第115話 掌上の皇帝

スフィアに連れられ、ルークはベルクト王国で助けた者達の元へと向かっている。ルーク達がダンジョンに入っている間に到着した彼女達は今日まで、使用人達によって給餌や警護に関わる教育を受けていた。現在はルークが面会を希望した為、全員が作業を止めて会議室に集まっている。


前世の頃から時間に追われ続けたルークは、廊下を歩きながらもスフィアとの話し合いを続ける。


「フィーナもいなかったけど、ギルド本部への対応?」

「いえ、そちらは連絡待ちです。今日は冒険者ギルドの方へ向かっています。」

「ギルド?そう言えば、前にナディアが何か言ってた気がするな・・・何だっけ?」

「ルーク・・・今の発言は聞かなかった事にします。ナディアは、この国の冒険者ギルドが臭うと言ってました。フィーナさんにはナディアの仕事を引き継いで頂いたので、その一環です。」


ルークが忘れていたと知られれば、ナディアによるお仕置きが待ち受けている。それを回避出来るのだから、ルークは心の中でスフィアに感謝した。しかし、スフィアは感謝して貰う為に黙っていると言った訳ではない。ナディアのお仕置きが、満足するまで膝枕をして貰う事だと知っていた為、それを阻止する目的があったのだ。当のルークは何も知らないのだが。


「まぁ、オレが首を突っ込む必要が無ければいいんだけど・・・。」

「あ・・・すっかり忘れてました。近日中に招集される、世界政府の総会に出席して頂けませんか?」

「今更?」

「えぇ。実は、普段欠席している出席者も総会には出席する決まりになっていまして・・・その時フィーナさんの件が議題に挙げられるはずです。任命式の為に5帝も出席しますから、その時ばかりは私が大きな態度を取る訳にも行かず・・・。」

「5帝?あぁ・・・おめでたい国出身の、天帝と愉快な仲間達だっけ?」


クリミア商国にある世界政府本部。そのトップには、世界政府の総会で選出された5帝と呼ばれる者達が君臨している。有事の際、世界各国を纏め上げる目的で用意された役職である為、その権力は一国の王を凌ぐ場合がある。


好戦的な国を牽制する目的から、各国の軍を傘下に置く事が許された存在。俗に4大属性と呼ばれる、火水風土の各魔法に秀でた魔法使いがそれぞれの帝につき、その上に天帝と呼ばれる光か闇のどちらかに秀でた魔法使いが君臨している。そして年に1度の総会で、5帝の任命式が執り行われていた。


勘の良い者なら気付く事だが、全員が魔法使い。つまり、ライム魔導大国出身者である。長年に渡り好戦的であった旧帝国への対抗策なのだが、ルークが新帝国の皇帝となった現在、その存在意義が問われ始めていた。


こうなると面白くないのが、5帝とその後ろ盾であるライム魔導大国であった。スフィアは黙っていたが、定例会議ではライム魔導大国から何度も挑発を受けている。その挑発に乗った瞬間、新帝国は好戦的な国だと認定される筋書きなのだから毎回必死であった。額に青筋を浮かべながらも、何とかやり過ごしていたのである。


これに我慢ならなかったのが、護衛に付いていたセラとシェリーであった。スフィアから口止めされてはいたのだが、2人はルークに相談していた。そして、嫁さんをいじめられて黙っているルークではない。


先程の発言は、『ウチの嫁をいじめてくれた、命知らずな国の連中』という意味を含んでいる。当然スフィアならば気付く。だからこそ、スフィアの心は穏やかではなくなった。


「ちょ、ルーク!?」

「あぁ、総会の時はオレとスフィアの護衛に、フィーナ・カレン・ティナが付くからよろしく。」

「は?・・・・・はぁ!?」


世界政府の会議では、1国につき護衛を含む5名までの出席が許されている。ルークの発言の本当の意味は、『スフィアの護衛にティナとフィーナ。売られた喧嘩は全部ルークとカレンが買いますよ。』である。


流石のスフィアも、出席者の名前から正解を導き出すには時間を要した。普通は気付かないのだが、カレンの名前を聞いた瞬間に勘ぐってしまい、やがて解答を得る。そして、その意味が完全に想定外だった為、素っ頓狂な声を上げてしまった。しかしルークは会議室に到着してしまった為、スフィアが何かを言う前に会議室へと姿を消してしまうのであった。


廊下で叫ぶスフィアを無視して、オレは皆に声を掛けた。真っ先に反応してくれたのは、ヤミー伯爵の元メイド長、名前は・・・ミリアさんだったかな?


「長らく不在にしてすみませんでした。皆さんお元気でしたか?」

「はい!・・・あの〜、王妃様が何か叫んでおられるようですが?」

「あ〜、特に気にしなくていいですよ?それよりも、皆さんの方は順調ですか?」

「私達は元々貴族様のお屋敷務めでしたので、特に問題はありません。」


オレがミリアさんの言葉に安堵していると、スフィアがプンスカしながら入って来るのが見えた。小言を頂戴しては堪らないので、さっさと要件を告げる事にする。


「それでは、城で働きたいと言う方は戻って頂いて構いません。まぁ、この後の話を聞いてからでもいいんですけどね。で、それ以外の方には、私が考えている店で働いて頂こうかと思います。」

「店ですか?」

「はい。私がお菓子の作り方を教えますので、それを販売して貰います。暫く城で練習して頂いて、店舗の準備が整ったらそちらで働いて下さい。他にやりたい事があるなら辞めても構わないですが、それなりの給金を支払いますから、ある程度貯蓄してからの方がいいと思いますよ?」


オレの提案に、全員が真剣な表情で考え込んでいる。急にこんな事を言われても戸惑うだろうから、暫く様子を伺う事にした。十数秒の沈黙の後、1人の女性が声を上げる。


「ちなみに給金は如何程でしょうか?」

「最低でも月に銀貨5枚。あとは売上に応じて加算します。住む部屋は店舗の2階が男性、3階が女性でトイレ風呂付きの個室。食事は店舗で摂るなら3食無料ですね。売上次第では、月に銀貨50枚も夢じゃないと思いますよ?」

「「「「「「「「「「銀貨50枚!?」」」」」」」」」」

「えぇ。ただし売上次第ですからね?それに、それだけ稼ぐとなるとその分仕事は大変になります。ですから、販売する商品を実際に食べながら考えて下さい。」


全員が給金の額に食いついたので、苦笑しながら注意を促す。それと同時に、アイテムボックスに用意してあったプリンとシフォンケーキを、人数分用意する。


ミリアさん達メイドさんに配膳を頼み、その間にも説明を続ける。


「今皆さんの前に並んでいるプリンとシフォンケーキですが、それは店舗の方々に作って貰います。で、こちらのショートケーキ等の難しい物を、ポーラさんやアスナさん達に城内で作って貰う予定です。」


実はこの計画、ルークの意見が全く反映されていない。初めはポーラとアスナに店舗の運営を任せるつもりだった。喫茶店のように、店内で食事を提供する考えだったのだが、ポーラが難色を示していたのだ。ポーラとしては、最低でもアスナだけはルークの側に仕えさせたかった。そんな事は、ルークにはわからない。だが、スフィアは事前に聞き出していたのである。


そしてスフィアはポーラとアスナの事情を全て知っている為、城外に置いた場合の問題を想定した。2人ならば確実に変な虫がつく。当然ルークがキレる。アンナちゃんの事だってある。ならば、城を改装してでも、そこから商品を供給した方が波風は立たない。


喫茶店を任せる予定の者にしても、ヤミー伯爵家で暴行を受けていたのだ。過度な接客はストレスが大き過ぎるだろう。ならばレジで仕切って、客との距離を取ろうと考えたのだ。


この計画、スフィアは一瞬で立てるしかなかった。当然だろう。ルークからこの話を聞いたのは、学園長達が消えたすぐ後なのだから。それでもここまで考えられるのだから、如何にスフィアの手腕が凄まじいのかが垣間見える。


皆がお菓子を食べて大騒ぎする中、ルークはそんな事を考えていた。たまにはスフィアに感謝の言葉の1つでも言おうとしていると、スフィアの言葉に遮られる。


「これでこの国の収入がさらに増えますね。」

「国?これってオレが経営者だよね?」

「えぇ、そうですよ?・・・ひょっとして、全てルークの懐に入ると思ってました?」

「え?違うの!?」

「当然です。ルークは皇帝ですから、ルークが経営する全ての店舗は国営となります。つまり、利益は国の物です。唯一の例外は冒険者としての活動だけでしょうか。ふふふ、残念でしたね?」

「バ、バカな!?オレの壮大な計画が・・・・・。」

「国の為にも、さらなる商品開発と人材育成に励んで下さいね。うふふっ。」


ガックリと項垂れ、両手両膝を床につけて落ち込むルークに対し、「嫁の為にも頑張れよ」という意味合いの言葉を投げ掛け、スフィアが手を振りながら立ち去る。嫁さん達は、全てお見通しなのである。


ルークの計画とは、自分の店を各国に展開し、その利益で『気ままにぶらり1人旅する事』であった。成人前にティナに話していたのだが、当然ルークは覚えていない。しかしルークを、専属料理人を逃したくないティナは、早い段階で嫁さん達に相談していたのだ。


捨てられる事を何よりも恐れている嫁さん達が、ルークを思い通りにさせるはずがない。完璧な人員配置により、既に外堀は埋められている。現在はその上に石垣を築いている段階なのだが、ルークが気付くのはずっと先の話である。

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