第175話 遭遇戦3

ゆっくりと歩みを進めるアスコットの姿に、娘のティナが息を飲む。そこには、自身の良く知る父とは異なる部分があったのだ。


「お父さんが武器を・・・?」

「ん?これか?当たり前だろ。こっちにはランドルフがいるんだ。」


ティナのに代わって説明すると、アスコットの戦闘スタイルは基本的に素手である。確かに訓練で武器を使う姿は何度も見ていたのだが、実践で使うとは思っていなかったのだ。それはつまり、きちんと使いこなす事が出来るという意味である。


そしてアスコットが言うように、彼等の武器は世界一の名工ランドルフが用意している。神器を破壊する為の武器とは異なるが、それなりの自信作であった。素手よりマシなのは言うまでもない。使いこなせれば、の話ではあるのだが。


しかしここで疑問なのが、彼が手にする武器であろう。エルフのイメージとかけ離れたムキムキのマッチョ。斧や巨大な剣が似つかわしいと言うのに、その手にあるのはショートソード。それを逆手に構える姿は、さながら忍者である。


「腕や足の1本は切り落としちまうかもしれないが、まぁ終わったら治療してやるよ。」

「「「っ!?」」」


物騒なセリフを言い放ち、ティナ、フィーナ、ナディアに対して殺気を向ける。すると3人は意図せず構えさせられたのだった。それはつまり、彼女達が怯んだ事を意味している。


3人の様子にニヤリと笑い、アスコットが一気に距離を詰める。最初の標的はティナ。ボディ目掛けて迫りくる左ストレートを躱し戦慄する。続けて放たれる右フックも避けなければならない。しかしその手にはショートソードが握られているのだ。


左に躱せば両断される。かと言って右に躱せば左手で掴まれる。ならばと、屈んだ所へローキックが飛んで来た。両腕をクロスして顔面への直撃を防ぐが、そのまま吹き飛ばされてしまった。


「「ティナ!!」」

「他人の心配とは、随分余裕だな?」

「「きゃあ!」」


吹き飛ばされたティナに気を取られ、2人が叫んだ所へアスコットが回し蹴りを放つ。ティナの横に居たナディアが飛ばされ、さらにその横に居たフィーナが巻き込まれる形で一緒に吹き飛んだ。


ここで追い打ちを掛ければ勝負はついたのだが、アスコットの目的は足止めである。命のやり取りをする気は毛頭ない。


すぐに立ち上がる3人を眺めながら、アスコットが屈辱的な言葉を投げつける。


「この程度の不意打ちに反応出来ないようじゃ、準備運動にもなりゃしねぇ。次はお前らが攻撃していいぞ。どうせなら武器も無しにしてやろう。」


ショートソードを鞘に修め、それを地面に突き立てる。武器を警戒しては、ティナでも相手にならない。そう感じた為のハンデなのだ。


これに1番腹を立てたのがティナである。日頃お母さんの尻に敷かれているくせに、そう思ったのだ。見当違いも甚だしいのだが、人の感覚などそんなものである。何に腹を立てるかなんて、他人にはわからないのだ。


完全にブチ切れたティナさんは、実の父に死刑宣告を言い渡す。


「娘の顔に傷をつけるような父親は、首を跳ねられても文句は言えませんよね?一瞬で済みますから、大人しく斬られて下さい!」


(あ、ヤベェ・・・ありゃ本気じゃねぇか!?)


アスコットの誤算は、模擬戦だと考えなかった事にある。と言うのも、エレナとティナを相手にする場合、顔面への攻撃禁止が家族のルールとなっていたのだ。初の敵対行動という事もあり、すっかり忘れていたのである。ちなみにルークは例外。男なので。


焦るアスコットを気にする事もなく、ティナが愛刀の雪椿を構える。何故ここまで本気で怒っているのかと言うと、彼女の口からは血が流れているからだ。口の中を切ったのである。ついでに言えば頬も赤くなっていた。


そんな事で怒るのか、と思うかもしれない。だがそれは真剣勝負、命懸けの闘いであっても頭にくる姿を想像出来るのではないか?冷蔵庫みたいな名前の敵に兄弟子を殺された、なんとか人の青年を思い浮かべればわかるはず。女性にとって、顔はそれだけ大切なのだ。



そんなティナの様子に、アスコットは前言を撤回する。再びショートソードを抜いたのだ。カッコ悪い事この上ないのだが、彼も死にたくはないのである。


ナディア達を待つ事も無く、ティナが斜め上段から斬り掛かる。アスコットは右フックの要領でショートソードを振るう。刃が交わろうとした次の瞬間、咄嗟に拳を縦に捻って自身は左へと飛んだ。


「・・・何だその剣?」


これまで培った経験が告げたのだ。刃を交えてはならない、と。恐るべき勘である。


「この刀は『雪椿』。ルークが私の為に作ってくれた、ルークの最高傑作です。」

「大事にされてるんだな。(ありゃランドルフの最高傑作に匹敵するんじゃねぇか?)」


アスコットが大事にされてると言うのも頷ける。ランドルフの最高傑作、つまり神器を破壊する為の武器と同等なのだ。そんな代物を与えられるのだから、どれだけ愛されているのかは語るまでもない。


アスコットは腕力で弾いてしまおうと考えていた。だがそれをすれば、彼の腕はショートソードと共に真っ二つだっただろう。


互いの武器を比較し、アスコットは闘い方の変更を余儀なくされる。まず順手に持ち帰る。そして真っ直ぐに刃を交えず、角度を付けて受け流す事にしたのだ。如何に名刀と言えど、当たる角度が悪ければ斬る事は出来ない。


ティナはアスコットの変則剣術を、完全ではないにしろほぼ封じる事に成功した。あとは剣を無力化すれば良い。そう考えて一気に責め立てる。


「はぁ!」

「ちっ!!」


刀と剣の応酬に、ナディアとフィーナが立ち入る隙は無い。離れて均衡が崩れる瞬間を待っていた。アスコットが防戦一方のままである以上、その時はすぐにやって来ると思っていたのだ。しかしその均衡は、予想外の形で崩れ去る。ティナに疲れの色が見え始めたのだ。


「何で斬れないのよ!?」

「刃の当たる角度が悪いのよ。それと力の差ね。」


雪椿ならばすぐに相手の武器を両断すると思っていたナディアが疑問を口にする。それに答えられるのは剣士であるフィーナ。返って来た答えに、さらに疑問が増す。


「力って腕力の事?」

「えぇ。幾ら角度が悪くても、雪椿なら簡単に終わってるわ。でも彼は圧倒的な腕力差で弾いて固定させないのよ。」


フィーナの説明を聞くが、ナディアは半分も理解出来ない。


「ふぅん。流石は剣士ね。」

「・・・ってルークが言ってたの。」

「・・・・・。」


フィーナを見直したナディアだったが、その後のセリフに冷たい視線を向ける。関心して損をした気分であった。そんな馬鹿げた会話も終わりを告げる。


ーーキィン!


永遠に続くと思われた打ち合いを制し、アスコットの剣が中程から斬られたのだ。斬れないとは言っても、刃をぶつける以上ダメージは蓄積する。何度も雪椿を受け続けた事で、彼の剣が耐え切れなくなったのだ。


「参ったな・・・。」

「降参して下さい。」


使い物にならなくなった剣を放り投げて距離を取るアスコット。刀を構え直したティナが告げると、突然アスコットが笑い出す。


「くっくっくっ。あーはっはっはっ!」

「「「?」」」

「悪いな?完全に舐めてた。久々に本気出すから、3人共気合い入れろよ!じゃないと死ぬぞ?」


ーードン!!


突然アスコットの全身から魔力が吹き出す。そう、彼は今までオリジナルだと言う肉体の魔力強化を一切行っていなかったのだ。突然何倍にも膨れ上がった威圧感に、3人は再び息を飲む。


「「「っ!?」」」

「さっさと来いよ!来ないならオレから行くぜ?」


明らかな挑発だったが、3人は仕掛けるしかない。後手に回れば、各個撃破される気がした為だ。


ティナが正面から斬り掛かり、ナディアが左後方、フィーナが右後方から襲い掛かる。上段から斬り掛かるティナの一撃を右に体を捻って躱し、フィーナの突きは右の裏拳を剣の腹に当てて払い除ける。ほぼ同時にティナへと左のミドルキックを放ち、そのまま後ろも見ずにナディアが放った右ストレートを躱しながら、腕を掴んで放り投げる。


フィーナは無事なのかと思いきや、ナディアを放り投げた後に右の脇腹へと掌底を撃ち込まれて吹き飛んでいた。剣を弾かれ体勢が崩れていた為、踏ん張りが効かなかったのだ。ちなみにナディアを投げたのは、弾いたフィーナの剣がナディアに向かうのを避ける為である。


ここまで3人の体を気遣っておきながら、吹き飛んだ3人に対して追い打ちをかける。


「水の精霊よ、我に力をーーー水弾!!」


かなり威力を抑えた精霊魔法により、水の塊を3人それぞれに放つ。空中で身動きの取れない3人は、その一撃をモロに受ける事となる。


しかしここで予想外の結果となる。威力を抑えたとは言え、それなりの攻撃だった。だが全くのノーダメージだったナディアが着地し、一気に距離を詰めたのだ。


そのまま渾身の一撃を、ガラ空きだったアスコットのボディへ放つ。だがその一撃もまた予想外の結果に終わる。アスコットは微動だにしなかったのだ。ノーダメージである。手甲を装備しているにも関わらずなのだから、ナディアの動揺は計り知れない。


「なっ!?」

「腰の入った、いいパンチだ。相手がオレじゃなかったらな?」


ーードスッ!


「かはっ!!」


お返しとばかりに、今度はナディアがボディブローを貰って崩れ落ちる。


「う〜ん、やっぱこんなもんだよな?どうすっかなぁ・・・。」



蹲るナディアを眺めつつ、ポリポリと頬をかきながら思案するアスコットであった。

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