第176話 遭遇戦4

この後どうするのか悩んでいたアスコットだったが、ティナとフィーナが同時に動く気配を察知してナディアから距離を取る。すると2人がナディアとアスコットの間に入り、フィーナがナディアの様子を伺う。


「ナディア!・・・良かった、無事よ!!」

「おいおい。別に殺すつもりなんてねぇぞ?まぁ、大人しくしてて貰うけどな。」


心外だとばかりにアスコットが呟く。そんなアスコットを警戒つつ、周囲の様子を確認していたティナが問い掛ける。


「・・・お母さんは何処です?」

「ん?あ〜、ここにはいねぇな。」


珍しく歯切れの悪い答えに、ティナは思考をフル回転させる。


(素直に言えないような場所、という事でしょうね。お父さんの相手、フィーナには荷が重そうですし私が止めるしかない。ですが勝ち目は無いでしょう。お父さん相手に奇跡が起きた所で、村のみんなは止められませんし。それにしても、お父さんがここまで強いとは・・・。)


ティナが考える通り、奇跡的に父親を押さえたとしても、まだ何人も残っている。だが負けた所で、自分達の身の安全は保証されるだろう。ここで敢えて痛い思いをする意味は無いのである。


何と言っても、ティナ最大の誤算は父の強さであった。と言うのも、ティナの模擬戦はエレナかルークが相手を務めていた。故に知らなかったのである。まぁ模擬戦で本気を出す事も無いので、どのみち知る機会は無かったのだが。


力ずくで止める事が出来ない以上、何か他の手段を考えるしかない。そう思ったティナだったが、アスコットにはこれ以上考える暇を与えるつもりはない。時間稼ぎはしたいが、娘が疑われるような状況は避けたいのである。


「考えてるとこ悪いんだが、数も個々の実力もオレらが上だ。いい加減諦めろ。」

「それは・・・」

「大体、こんな騒ぎを起こした時点でお尋ね者だ。今更ってヤツだよ。」

「ですが!・・・。」


まだ間に合う、そう口にしかけて飲み込んだ。既に手遅れだろう。国が管理する遺跡、重要文化財的な施設を襲撃したのだ。その上、治安に訪れた騎士団を返り討ちにしている。どうあがいても重罪は避けられない。


ならばこのまま目的を果たすべく、他大陸に向かってくれた方がいい。そんな風に考えてしまったのだ。これが死傷者を出すような事件であれば、ティナの考えも違っていただろう。しかし現在、そのような者は1人もいない。返り討ちにした騎士団に関しても、全員気絶しているだけだったのだから。


犯罪者を見逃すという行為はどうかと思うが、家族を想う気持ちというのはそれ程に強い。死が身近にある世界、死と隣り合わせの職業なのだから尚更である。


ましてや自分の手に負えない者達が相手。ならば下手にちょっかいを出して時間を引き伸ばし、騎士団の増援が来るのは事態を悪化させるだろう。そんな事を考えてしまったのだ。


「降参するわ。」

「フィーナ!?」


ティナの葛藤を理解してしまったフィーナが降参を告げ、驚いたティナが後ろを振り返る。そもそも部外者であるフィーナは、冷静に戦況を分析していた。どうあがいても勝てない。ならば撤退すべきなのだ。


だがフィーナも普通ではない。誰もが想像すら出来なかった奇策を思い付いていた。


「ティナ、私達に勝ち目は無いわ。」

「ですが・・・」

「だから最後まで見届けましょう?・・・ココで。」

「「はぁ!?」」


ウィンクしながら告げられたフィーナの言葉に、息ピッタリな父娘が声を揃える。それもそのはず、普通ならば撤退を選ぶ。それも安全な場所へ。だがこの場に残ると言うのだから、敵も味方も聞き流すような真似は出来なかった。だがフィーナが機先を制して一気に畳み掛ける。


「あら?別に構わないでしょ?だって邪魔しないんだもの。只の野次馬よ。当然協力もしないけどね?」

「ここに居たら疑われるんだぞ!」


アスコットが言う通り、近くに居るのだから間違いなく疑われるだろう。しかしフィーナは一蹴する。


「かもしれないわね。でも仲間じゃない貴方には関係無い事よ。」

「・・・くそっ!勝手にしろ!!」

「そうさせて貰うわ。」


口で女性に勝てない事は、長年の経験からわかっている。だからこそアスコットは、苛立ちながらもあっさりと諦めたのだ。当然フィーナはしたり顔である。


ブツブツと文句を言いながら立ち去るアスコットを一瞥し、フィーナは竜王達を呼び寄せる。ちなみに竜王達だが、迂闊に動く事も出来ず未だ交戦せずに睨み合いを続けていたのだった。


「エア、アクア、アース!こっちに来て!!」

「全部聞こえておったぞ!それで、一体どういうつもりなのじゃ?」


自分達に勝ち目が無いのは気付いていた。しかしフィーナの考えまでは理解出来なかったのか、歩み寄ったエアが問い掛けた。


「逆立ちしても勝てないんだもの。無駄に消耗する意味も無いでしょ?」

「それはそうじゃが・・・」

「なら力を温存しながら邪魔した方がいいわ。」

「「「「?」」」」


まともにやり合っても止められないと言うのに、力を温存しながらとはどういう事なのか。この場に居る全員が理解出来ずに首を傾げた。まだナディアは気を失っているので、全員とは言えないのだが。


「幾ら降参したとは言え、それを鵜呑みに出来ると思う?」

「「「「あっ!」」」」


そう。知り合いが含まれているとは言っても、今まで敵対していた者達である。到底信用する事など出来ない。ならば警戒する為の人員を配置する必要があるのだ。せめて拘束していれば良かったのかもしれないが、アスコットはそれすらもしなかった。まぁ、拘束した所で監視に人員を割かなければならないのだが。


拘束しなかったのだが、もし拘束されるとなれば逃走していただろう。もし逃げようとするのなら、アスコット達も深追いするつもりはない。誰が攻めて来るかわからないのだから、持ち場を離れる事も出来ない。下手に体力を消耗する事も出来ない。


圧倒的優位にありながら、エリド村の住人達は作戦負けしたのだった。とは言っても、結界が破壊されるのは時間の問題である。この状況を打開すべく、フィーナ達はカレンとルークに連絡を取る事にした。





そのカレンはと言うと、時は少しだけ遡るーーー




「いい加減、くたばったらどうです?」

「ようやく慣れて来た所ですから、まだまだこれからですよ。」


驚異的な身体能力によって致命傷を避け、攻撃のタイミングを掴み始めていた。既に1時間以上も全力で動き回っていると言うのに、まだまだカレンの動きに衰えは見えない。しかしエリドもまた、焦る様子もない。こうなる事は予測済みだったのだ。



(確かに慣れて来たようですね。そろそろ頃合いでしょうか?)


背後からの不意打ちを何度も躱された事で、カレンの言葉が間違いではない事を確認する。そろそろ次の作戦に移るべきだと判断し、エリドは静かに自身の能力を解放した。


「っ!?」


これによりカレンが動揺を見せる。エリドと距離を取っているにも関わらず、接近した時と同じ状態に陥ったのだ。動揺し、さらには動きの鈍ったカレンを見逃すはずがない。



「貰いました!」

「なっ!?」


ーーズブッ!


「くっ!?」


ーードスッ!


「ごふっ!!」


回避する事が出来ず、エリドの剣がカレンの腹部を貫通した。そしてエリドは追撃せずに再び距離を取る。初めは心臓を狙ったのだが、防御されたので腹部に狙いを変えていた。故に反撃される可能性があったのだ。


「あははははっ!いいザマですね?戦女神!!」

「かはっ!・・・やっと、謎が、解けました。まさか、もう1人居た、とは!」


エリドの攻撃が回避出来なかった最大の理由。それは直前に、カレンの太腿に針が刺さった為である。無警戒だった真横から姿を現した、もう1人のエリドによって。


「いいザマだな、戦女神?」

「貴女は一体?」

「私はイリド。エリドの姉だ。」

「(ハイヒール!)・・・口調が違う訳ですね。まさか忌み子・・・双子だったとは。」


エリドの横に並んだイリドを見つめつつ、回復魔法によって傷を塞ぎカレンが納得したように呟く。ちなみに忌み子と言ったのには訳がある。通常、妖精族は1人しか身籠る事が無い。双子は災いを齎す存在として忌み嫌われる事から、そう呼ばれていたのだ。


そんなカレンに、またしても驚きの言葉を投げ掛ける2人。


「誰が双子だと言いましたか?」

「え?」

「私は次女のイリド。こっちが四女のエリド。ここには居ないが長女アリド、三女ウリド、五女オリドも居る。つまり5つ子だ。」

「なっ!?」


妖精族にとっては双子でさえ稀である。それなのに5つ子だと言うのだから、カレンが驚くのも無理はない。そんなカレンに2人は、簡単な自分達の生い立ちを語り始める。


「流石に5つ子は前代未聞だったらしく、里の者達の反発は物凄いものだったらしいのですよ。」

「そんな私達を守るべく、産まれて間もない私達を連れ両親は里を抜け出した。その後は各地を転々としながらも、必死に私達を育ててくれたんだ。まぁ、そこまでは良かった。貧しいながらも幸せだったんだからな。問題はその後。」

「里の者達は忌み子である私達だけでなく、両親の命までも狙っていたのです。」


忌み子は産まれてすぐに命を奪う。それが妖精族のしきたりと言うのは聞いていたカレンだったが、その親が裁かれる事は無いはず。そう思っていたのにエリド達の両親は違う。カレンにはその理由が理解出来なかった。


「何故です?」

「忌み子を始末しなかったとして大罪人扱いしたんだよ!」

「そして何年も行方が掴めずにいた里の者達は、事もあろうに他の種族に協力を要請したのです。」

「そんな・・・」


エリド達が産まれた当時、争いの無かった世界で神々は各種族を注意深く見守っていた。そんな神々の1柱であるカレンの耳にも届いていなかったのだ。


「当然神々に悟られないよう、秘密裏に進められたらしい。最初はな?」

「最初は?・・・まさか!?」


意味深なイリドの言葉に、当然カレンも察してしまう。


「そう、そのまさかですよ!よりにもよって神の何柱かが手を貸したのです!!」

「神々までが敵に回っては、流石に逃げ切れなかった。結局捕まった我々は拷問を受け、その中で両親は息絶えました。」

「・・・ならば貴女達はどうやって生き延びたのです?」

「既の所を助け出されたのさ。魔神様達の手でな!」

「っ!?」


カレンも知らなかった事実に、当然の如く言葉を失う。しかし敵の言葉の全てを鵜呑みにも出来ない。そんなカレンの様子を伺いながらも、エリド達は言葉を続ける。


「そんな魔神様を貴女達は殺し、また封印した。」

「私達の目的はなぁ!そんな憎き神々を殺し、全ての種族を根絶やしにする事なんだよ!!」



淡々と告げるエリド、声を荒らげるイリドの様子を伺いながら、カレンは思索に耽る。



(何故我々の耳に入らなかったのでしょう?誰かの耳に届いていれば、裁きを下して終わったはず。いえ、耳に届いた結果がコレでしたね。・・・争う必要があった?まさか、神魔大戦きっかけはコレですか?1度しっかりと調べ直す必要がありますね。その為にも、まずはこの危機的状況を打開しなくては。)



2対1となり、未だに相手の能力が不明という状況である。エリド達の言葉の真偽を確かめる為にも、まずは生き残る術を見出す方向へと思考をシフトしていくカレンであった。

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