第174話 遭遇戦2
神器という言葉にティナ達が驚愕するのを、アスコットはニヤニヤと笑みを浮かべて眺めていた。無論これも時間稼ぎが目的である。食いつけば良し、思索を巡らせれば尚良し。そういった意図が込められていた。どの程度の時間、会話で引っ張れるだろうかと考えていたアスコットだが、思い掛けない者から声を掛けられて表情を引き締める。
「神器がどういう物か、ちゃんと理解しているのか?」
「それなりにな。ところで・・・さっきから気になってたが、アンタらは?」
「お主の息子の嫁、ここにおるナディアの協力者じゃよ。」
「そうか。(正体聞いたら教えてくれるのかねぇ?)」
アースの問いを適当に躱し、逆に聞き返す。するとエアが説明を行い、アスコットはさらに表情を引き締める。まず間違い無く『人』という括りの範疇にはないだろうと感じていた。当然これは単なる勘である。
「私からも1つ良いですか?」
「おう、何だ?別に一問一答じゃねぇからな。好きなだけ聞くといい。」
今度はアクアが尋ねると、アスコットは何でも答えてやると返す。
「此方が本命ですか?」
「本命?あぁ、そうかそうか。アンタら勘違いしてるな。」
アクアとしては、戦力が集中しているこの場所こそが本命だと思っていた。いや、思いたかったのだ。そんな淡い期待も、アスコットの言葉によって打ち砕かれる。
「「「「「?」」」」」
「全部本命だよ。何処か1ヶ所でも開けばいいって事だ。オレとしては、此処が本命だと思ってるけどな?」
「貴方としては?」
質問の全てに答えているのだから、アスコットが最重要人物だと考えていた。だと言うのに、まるで他に首謀者がいるような口ぶりだったのだから、聞かない訳にもいかない。そんなアクアの問いには、当然予想外の答えが用意されていたのである。
「オレ達は駒に過ぎない。だから他の場所がどうなってるのかは知らないのさ。考えたのもエリドだしな。」
「「「「「なっ!?」」」」」
「そういや、ルークの姿が見えないな?アイツはどうした?」
全員が驚いた事で、ふと思い出したのだろう。ルークの行き先を尋ねられた。
「ライム魔導大国に向かいました。」
「ライム?そうか、ライムか・・・。悪いがライムに関しちゃ何も知らん。魔の森にエリドが向かったのはわかるんだけどな・・・。アイツ大丈夫か?」
ティナの答えに、アスコットが正直に答える。育ての親としてルークの身を案じたのだ。それもそのはず。エリド村の者達はライムに関する作戦を一切知らなかった。聞いた所で自分達には関係無いし、エリドに聞いても答えるとは思えなかったのだ。
「お父さん!エリドとは何者ですか!?」
「何者って言われてもなぁ・・・村長としか答えられん。正直、オレ達も詳しくは知らないんだよ。会う度に口調が違う、まぁ変な妖精族って所か?」
色々とぶっちゃけ過ぎなアスコットに、いよいよ全員の頭が追い付かなくなる。まぁ無理もないだろう。意図的に説明を端折っているのだから、情報が少な過ぎるのだ。
と言うのも、この場に竜王達がいなければ会話を引き伸ばすつもりは無かった。アスコット1人でどうにかなると考えていたのだ。しかし予定が大幅に狂った。まさか自分の手に余りそうな者が3人もいるなど、一体誰が想像出来るだろう。
会話が終われば戦闘になる。アスコット1人の手に余る事は、村の全員が気付いていた。ならば、結界を攻撃する人員を竜王達に回さなければならない。避けられないまでも、出来る限りの時間は稼いでおきたかったのだ。
そんなアスコットの企みなど、竜王達はお見通しだった。だが、情報が欲しかったのも事実。そしてある程度の情報は得られたと判断し、エアが状況を変える決心をする。
「なかなか興味深い話じゃが、あまりのんびりもしておられん。時間はまだありそうではあるが・・・これが最後の質問じゃ。管理者たる女神不在の場で、この場の門を開く危険性を理解しておるのか?」
「向こうの魔物がこっちに来るって意味だろ?心配しなくても、門は勝手に閉まるぜ?許可を得てないと開けられない仕組みだしな。少なくとも前はそうだった。まぁ、結界は無くなっちまうけどよ?」
「結界・・・っ!?」
「どうした、エア?」
アスコットの言葉に、エアが愕然とする。とは言っても、アスコットの自信に驚いた訳ではない。気付いてはならない事実に気付いてしまったのだ。問い掛けたアースに、ギギギと顔を向ける。
「お主、何故複数の転移門があると思う?」
「あ?そりゃ・・・便利だからだろ?」
「色々な場所から行けた方が楽よね?」
アースの答えに、ナディアが同意する。気軽に向かうような場所ではない、という言葉を飲み込んで今度はナディアの方へと顔を向ける。
「魔の森じゃったか?そこの転移門には結界があるのか?」
「え?・・・無かったわよ?」
「あぁ、無いな。」
これには目の前まで行った事のあるナディア、そして潜り抜けた経験のあるアスコットが確証を持って答える。
「ライムとか言う国、そしてここ。どちらも強固な結界が張ってあるのは何故じゃ?」
「何故って、危険だからでしょ?」
「ふむ。じゃが結界の有無に関わらず、門を開く事が出来る者は許可を得た者のみと言ったな?」
「えぇ、カレンがそう言っていたわ。」
これもカレンから聞いていたので、ナディアは自信を持って答える。アスコットも無言で頷く。
「おかしくはないか?」
「「「「「?」」」」」
何処にもおかしい所は無い。誰もがそう思ったのか、アスコットまでもが首を傾げる。そんなアスコットを指差しながら、エアが考察を続ける。
「そもそも、そやつの話では魔の森にある門を通るのは構わんと言う。じゃが他の場所には結界がある。これでは門の意味が無い。と言う事はじゃ。魔の森の門以外潜ってはならん事を意味しておる。これはつまり・・・」
「門によって行き先が違う?」
「「「「「っ!?」」」」」
ティナが思い付いた事を口にし、全員が想像して声を失う。
「もしくは許可が無くても開けられる、じゃな。恐らく両方じゃろ。」
「「「「「はぁ!?」」」」」
突拍子も無い考えに、声を失っていた者達全員が声を上げる。しかし、エアの考察はまだ終わらない。今度はアスコットとの問答が始まる。
「そもそもお主ら、何故こんなにも面倒な事をしておる?」
「面倒だと?」
「そうじゃ。戦女神を足止め出来るのであれば、魔の森の門を抜けてからでも良いのではないか?目的地を知られておるのじゃ、戦女神に待ち伏せされるであろう?」
「それは・・・」
至極真っ当な指摘に、アスコットは反論出来ず言葉に詰まる。
「とは言っても、戦女神が引き留めるだけの理由がある、という前提になるんじゃがな?まぁ、それは良い。妾が言いたいのは、今回の首謀者の目的は結界の破壊にあるのではないか?と言う事じゃ。」
「壊してどうすんだよ?」
「それは知らん。じゃが、確実に魔物が押し寄せるであろうな。繋がっている場所にもよるじゃろうが・・・。」
スフィアもビックリの鋭い考察だったが、アスコットへの回答によって残念なものとなる。最後が締まらない所が、何ともエアらしいのだが。そんなエアに溜息を吐きつつ、アースはアスコットに声を掛けた。
「で、どうする?」
「・・・悪いがオレの独断では決められない。推論に過ぎないしな。」
「そうじゃろうな。まぁ、じっくり話し合うといい。」
複雑そうな表情のアスコットに、エアが答えるとそのまま仲間の下へと向かって行った。アスコットが声の届かない位置まで辿り着いたのを見届けると、エアがみんなに声を掛ける。
「さて、妾達も相談といこうかのぉ。」
「まずは向こうがどう出るか、ね。」
「父が何とか説得出来れば良いのですが・・・。」
フィーナの言葉に、ティナが不安そうに呟く。知り合い同士で争う意味もない。そう考えていたのだが、どうやらそれは人間だけだったらしい。
「この場がどうなろうと、それはどうでもいい。」
「えぇ。問題なのは他の場所です。」
「どういう事?」
アスコット達の出す結論には興味無が無いとアースが言い、アクアが他の場所を気にする。当然竜王達の考えが理解出来ない為、ナディアが素直に尋ねる。それに対して竜王達が順に答えた。
「1番の謎は戦女神の下へ向かった、いや、誘い出したという首謀者じゃ。扉の解放が目的とは考えられん以上、何かあるじゃろ。」
「足止めか、戦女神そのものか・・・普通に考えれば足止めでしょうね。」
「となると、ライムだったか?そこが1番きな臭いな。詳しく知ってるか?」
ライム魔導大国にあるダンジョンについて、詳しい情報を求められる。充分な答えを用意出来るのは元ギルド本部長であるフィーナだろうと、ティナとナディアが目で訴えた。
「貴方達の推論を聞いた時から考えてたのよね。あのダンジョンなら、私が本部長に就任した時には既に塞がれていたわ。でも、それは物理的によ?結界があるのかって事になると、私にはちょっと・・・。」
「な、何じゃと!?」
「何よ?」
焦るエアに、不安を隠し切れないナディアが問い掛ける。しかしエアは暫く考え込み、やがて静かに説明を始めた。
「・・・・・そうなると妾の推論は穴だらけじゃ。あの者達を説得する事は難しいじゃろ。じゃが、そんな事はどうでも良い。良いか?物理的に塞ぐというのは、恐らく人間の仕業じゃ。少なくとも神々ではない。つまり・・・」
エアの考えでは、ライムにあるダンジョンの重要度は、魔の森の転移門より低い事を意味している。神々が何の対処もしていないのだから、まず間違い無いだろう。それはつまり、この場所だけは何としても死守しなければならない事となるのだ。逆に言えば、他の場所は放っておいても構わない。
恐らくエリドの狙いは戦力の分散。特に、気軽に移動できるカレンとルークである。もしそうなら、カレンは手遅れでもルークだけは呼び戻す必要がある。逃げられる内に・・・。
「ティナとか言うたな!?お主の父親の仲間は何人おる?」
「え、え?・・・恐らく20人です。」
「っ!?お、お主等の夫を呼び戻すのじゃ!今すぐ!!」
エアにとっての誤算は、相手の強さと人数にあった。ナディアの説明にはなかったのだ。しかし無理もないだろう。ナディアも詳しくは知らないし、1ヶ所にほぼ全員が集結しているとは思わなかったのだ。しかも、結界を攻撃している人数は10人に満たなかった。まさか見えない位置で休憩してるなど、誰が想像出来るだろう。
そしてアスコットには及ばずとも、それに近い実力者が20人もいる。つまり、今の自分達では止められる可能性が低い。ならば、戦力を一瞬で集められるルークの存在が必要不可欠である。
しかし、彼女達にそんな時間は無い。
「またせたな。悪いが交渉決裂だ。」
「「「「「っ!?」」」」」
ティナ達の前に、エリド村の住人の内9人が姿を現したのだった。総力戦ではなく持久戦。僅かな光明が見えたティナ達だったが、この後絶望する事になる。それもたった1人の、世界最強冒険者によって・・・。
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