第260話 SSS級クエスト7

黒狼族が逃げ込んで来た理由はわかった。だがそれだけである。いや、そこまでわかれば後の事は容易に推測出来る。


「つまり、逃げて来た黒狼族がギルドにやって来て、女性職員達に手を出したと?」

「そうだ。集まっていた冒険者や職員の男共を軒並み惨殺。そして女性達に対して・・・。」

「レクターと言ったな。お前の衣服がボロボロなのは?」

「黒狼族に痛めつけられた結果さ。オレはずっと壁に磔られ、拷問されていた。」


ギルドマスターの言う光景を想像し、誰もが眉を顰めつつも首を傾げる。ならば何故、衣服だけがボロボロなのかと。そして、こういった現場を幾度となく経験していたフィーナが問い掛ける。


「傷はどうしたの?」

「助けられた後、癒やして貰った。」

「誰に?」

「黒髪黒瞳の美女、ユキ・カンザキと名乗る新人冒険者だ。」

「「「「「・・・・・。」」」」」


予想通りの展開に、誰もが静かに続く言葉を待つ。このギルドにて、一体何が起きたのか。女性達の意識が戻らないのを一瞥し、レクターが静かに語り始めた。






ユキがアームルグ獣王国へと転移する少し前。突如として事件は起こる。



この日も相変わらず、昼夜を問わず賑わいを見せる冒険者ギルド。その理由は、ダンジョン利用者の数が爆発的に増えた事にあった。


大陸中に広がったスタンピードにより、王都から出る事の出来なくなった冒険者達。じっとしていられない彼らが取った行動、それは複数のパーティが協力してダンジョンに向かうというもの。


スタンピード以降、転移出来なくなったダンジョンだが、それは前回ルーク達が潜入した時と状況が異なる。何故なら、難易度に変化が無かったのだ。つまり50階に足を踏み入れなければ、この世界にありふれた実力の冒険者でもそれなりに何とかなる。ギルド側は許可を出す際、その点だけは徹底するよう注意を促していた。



ただでさえ慌ただしいギルド。そこに突如として舞い込んだのは、誰もが耳を疑うような情報であった。それはとある冒険者パーティによって齎された。


「ダンジョンで黒狼族に冒険者達が襲われた!」

「本当ですかっ!?」

「ギルマスに報告して来て!」

この情報に、ギルド職員達が迅速に行動を開始する。報せを受けたレクターが冒険者から聞き取りを行い、すぐに対策を打ち出す。


・この時よりダンジョンは立ち入り禁止

・斥候並びに潜入中の冒険者へ通達の特別クエスト発注

・戻って来た冒険者の人数をある程度確保出来た時点で、黒狼族討伐クエスト発注


この決定は、国王の下にも届けられた。だがこの時、王国軍は王都の防衛にあたっており、ギルド側への協力は難しかった。それでも何とか精鋭部隊を送り、数日後には黒狼族討伐という特別クエストが実行へと移される。



それから数日が経過するも、部隊が戻る事は無かった。何故なら100人を超える討伐部隊は見事、返り討ちにあっていたのだから。そして事態は最悪の方向へと動きだす。



「黒狼族がダンジョンから出て来た!」

「ギルドへ向かっているぞ!!」


ダンジョン近くを警戒していた冒険者により、ギルドへと一報が齎される。職員からギルドマスターへ。当然の行動だった。これ以上ない程、迅速な行動。しかしそれは、ギルドに残っていた職員にとっては悪手となる。


何故ならば、黒狼族は獣人の中で最も身体能力に優れた種族。冒険者達がギルドへと報告に走るよりも、圧倒的に速いのである。それでも冒険者達が報告出来たのは、黒狼族が目障りな冒険者達を一掃していたからに他ならない。



黒狼族がダンジョンを脱出して来た理由。それは紛れもなく、敵対した者達に対する報復行動であった。実力者は全員ダンジョンへと向かっている。にも関わらず、黒狼族がダンジョンから戻って来た。その意味を悟り、レクターが避難を呼び掛けようとするも・・・。



あとの事は、想像するまでもないだろう。ギルドを襲撃して来た黒狼族によって、悪逆の限りが尽くされる。自分達の討伐を決めたギルドに対し、黒狼族は徹底して報復を行っていた。男には拷問、女には暴行。


ギルド内の者、ギルドの外に立ち尽くす冒険者。誰もが絶望にうちひしがれる中、事態は予想だにしない方向へと動き出す。




「「「「「えっ?」」」」」


間抜けな声を上げたのは、固唾を呑んでギルドの出入り口を見守っていた全ての者達。絶えず悲鳴の聞こえて来るギルドに、軽い足取りで進む女性の姿が写り込んで来たのだ。


気付いた時には後ろ姿しか確認出来ないのだが、見た事もない長い黒髪。誰にも呼び止められぬまま、黒髪の女性はギルドへと足を踏み入れる。まるで買い物にでも訪れたかのようだったと、後に目撃者は語る。



しかしその時。何が起こったのか理解出来ない者達は、口を開けて眺めるだけであった。僅か十数分後、その光景は再び繰り返されるのだが、その時は少し様子が違っていた。現れた美女に、見惚れる事しか出来なかったのだから。

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