第234話 ティナの正体1

シャルルーナ第二王女とルークが、互いの出方を伺う事数十秒。先に口を開いたのはシャルルーナであった。


「フォレスタニア皇帝陛下にお願いが御座います。」

「・・・願い?」

「此度の一件、どうか私の首一つで収めて頂く事は出来ないでしょうか?」

「話にならないな。オレは王都に住む全ての命を求めている。その中にはお前も入っているんだぞ?それなのに、たかがお前一人の命で納めろだと?巫山戯るのも大概にしろ!(これは間違ってない、よな?)」

「し、失礼致しました!(あぁ!いい!!それでこそ私の魔王様です!!)」


本当はもうどうでも良くなっているルークだが、引くに引けない状況に陥る。これが一般人としてのルークであれば、適当に誤魔化して逃げ出していただろう。しかし今は皇帝として振る舞っている。自国の利益にならない事は、出来る限りしないように頼まれていたのだ。


(ひょっとしてオレ、泥沼に嵌ってないか?この王女、頭良さそうだし起死回生の一手とか出してくんないかな?)


どれだけ頭が良かろうと、墓穴を掘り続けるルークに名案は無い。他力本願ではあるが、頼れるのは敵対しているはずの第二王女のみ。


その第二王女はと言うと、今まさに脳をフル回転させているのだった。ただしズレた方向に。




(魔王様に連れ去られる姫。何と甘美な響きでしょう!その為にも、まずは魔王様の要求を他のモノに移さなければ。しかし私で釣れないとなると・・・そう言えば、何故魔王様はあの衛兵を?)


己の欲望に忠実な所は母親譲り。第一王女との違いは自制心や道徳の有無だろう。暴走寸前で冷静さを取り戻す。そこから答えを導き出すまでは一瞬であった。


「では次なるお願いです。私が皇帝陛下のモノとなり、彼の衛兵が亡くなった理由を突き止めましょう。その上で皇帝陛下が満足出来るよう取り計らう、というのは如何です?」

「・・・ほぉ?」

「勿論、それでも陛下が王都に住まう者達の命をご所望とあらば、その時はご自由になさって下さい。(愛しの魔王様の手で殺されるのならば本望です!)」



本当はペロタンを徹底的に痛めつけてから殺すつもりだったルーク。だからこそ、誰かに口を封じられないようにと考えた条件だった。しかし結果はペロタンの死。しかもどうやら事故死の側面が強い。


ここで原因を突き止めなければ、ペロタンのような愚か者が跡を絶たないだろう。そしてその調査は、ルークよりも第二王女の方が向いている。そこまで考え、ルークは第二王女の提案を受け入れる事にした。



「半日・・・いや、3時間だけココで待ってやる。それまでに理由を突き止めろ。犯人がいるのなら、ソイツにも会わせて貰う。(まぁ3時間じゃ無理だろ?時間になったらデカイ魔法でもぶっ放してトンズラしよう。)」

「畏まりました。必ずやご期待に答えてみせますわ!魔王様!!」

「ん?・・・って行っちまったよ。魔王って言わなかったか?」


何やら不吉な単語が聞こえた気がしたルークであったが、聞き返す相手は猛スピードで王都内へと戻ってしまった。とりあえず気にしない事にして、どうやって3時間を消化するか考えようとする。しかしそれどころでない者達が歩み寄る。


「ルーク!」

「・・・・・。(やっぱり来たか。3時間以内にティナが来てくれると助かるんだけどなぁ。)」

「ちょっと!聞いてるの!?」

「ティナの事だろ?」

「そうよ!ティナは何処まで知ってるの!?」

「そんなのは本人に聞きなよ。」

「血の繋がりは無くとも、お前も家族の一員だろ!」

「・・・そうティナにも言ってやったら?」

「「っ!?」」


ルークの冷たく突き放す一言に、言葉を失うエレナとアスコット。何処まで知られたのかは不明だが、ティナが自分達の娘でない事は確実に知られている。そう判断するには充分な言葉であった。



「幾ら家族とは言え、オレが口を挟む事じゃない。オレが産まれる前の話である以上、ティナと母さん達の問題だ。オレに出来るのは・・・タイミング良く来たみたいだな。」

「「ティナ!」」


自分の意見を中断し、視線を逸したルーク。エレナ達がそちらに視線を向けると、カレンとフィーナに連れられたティナの姿があった。





ルークがシャルルーナ第二王女と会話している頃、城内で休んでいたティナが目を覚ましていた。



「ここは・・・そうでした。ショックのあまり、そのままベッドで・・・。私はお父さんとお母さんの子供じゃなかった?だとしたら一体誰の・・・。」


目覚めて視界に写ったのは見慣れた天井。帝都の城にある自室のベッド。それはすぐに思い出す事が出来た。そして眠る前の出来事を思い出す。


実に200年もの間、実の両親だと思っていた人物がそうではなかった。ならば一体誰が本当の両親なのか。知りたくないが知りたい。矛盾する気持ちに胸が苦しくなる。どうすれば良いのかわからない。室内を見回しても、ここには自分だけ。落ち込んだティナに、孤独が襲い掛かる。


「ルーク・・・そうでした。ルークがいつも言っていましたね。考える事は大切。でも、答えの出ない問いを幾ら考えてもわからないなら、それは考えるだけ無駄。知っている人に聞く方が良い、と。」


前世では時間に追われて生きて来たルーク。効率を重視する彼は、答えの出ない問いに対する独自の考え方を作り上げていた。ルークと1番長く一緒に過ごして来たティナもまた、ルークの考え方は見習う点が多かった。大きく影響を受けているとも言えるのだが。



「・・・・・行かなければ!」


気持ちを切り替え、勢い良く部屋を飛び出す。全速力で駆け出そうとして、掛けられた声に立ち止まって振り返る。


「そんなに急いで何処へ行くのかしら?」

「っ!?・・・フィーナさん。」

「私達の考えが間違っていなければ、ティナが1人で目的地に辿り着くのは難しいですよ?」

「カレン様。それでも私は・・・行かなければなりません!父と母に聞かなければ!!」

「えぇ。ですから、私達が同行すると言っているのです。」

「え?」


止められるとばかり思っていたティナは、カレンの言っている事が理解出来なかった。


「ルークに頼まれたのよ。ティナの好きなようにさせてやれって。」

「ルークが?」

「そうですよ。」

「ルーク・・・。」


何を想ったのか、俯いて涙を流すティナ。そんな彼女を優しく微笑みながら見つめるフィーナとカレン。だがルークがアストリア王国へ出向いてから、かなりの時間が経過しているのも事実。


「しかし随分とお寝坊さんね?」

「ふふっ。私もフィーナも待ちくたびれてしまいました。すぐに向かいましょう。」

「ぐすっ・・・はい!」


涙を拭い、笑顔で答えるティナ。既に昨日とは別人のようであるが、別に立ち直った訳ではない。まだ真実がわからない以上、落ち込むには早すぎると判断しただけの事。


転移すべくティナの部屋に入って行く2人を見つめながら、ティナは心の中で礼を述べる。


(フィーナさん、カレン様。ありがとうございます。そしてルークも・・・ありがとう。)




エレナとアスコットに呼び掛けられ、静かに歩み寄るティナ。3人が集中して話し合えるようにと、ルークはエリド村の住人達の横に移動する。しかし彼らとの会話は一切無い。エリド村の住人達もまた、ティナに関する秘密に興味を抱いていたのだから。



「お父さんとお母さんに聞きたい事があります。」

「・・・ティナの本当の両親だな?」

「はい。」

「ペロタンから聞いてしまったのね・・・」

「ペロタン?」


ティナが初めて耳にする名を聞き返す。非常にシリアスな雰囲気なのだが、必死に笑いを堪えている者の姿があった。不謹慎なのは百も承知な為、本人は人生で1番必死なのだが。


「オレ達が1番最初にパーティを組んだ男だ。昔は良い奴だったんだがな・・・」

「ペロタンが言ったと思うけど、私は子供を産めないわ。だからティナは、私の娘じゃないの。」

「っ!?」


エレナの口から告げられた真実に、ティナは言葉を失う。そんなティナを気遣ってか、フィーナが口を挟む。


「なら、ティナの本当の両親は貴方達の兄姉かしら?」

「「・・・・・。」」

「「「「「?」」」」」


否定も肯定もしないエレナとアスコットに、その場にいる全員が首を傾げる。そのままどれ位の時間が経っただろうか。長い沈黙を破り、エレナが口を開く。


「私の姉アレア、アスコットの兄クーガー。その2人にティナを託されたのは紛れもない事実よ。」

「じゃあ・・・」

「残念ながら違う。」

「「「「「?」」」」」


ならばその2人が自分の両親だと判断したティナが声を上げるが、それを遮る形でアスコットが否定する。


「約200年前、私達が冒険者として活躍し始めた頃。長年音信不通だった姉さん達が突然現れたのよ。」

「2人共瀕死の重傷を負っていてな・・・ほとんど手の施しようがなかった。」

「2人が息を引き取る前に、赤ん坊を託されたのよ。」

「この子を頼む、ってな。」

「その話の何処に、2人がティナの両親じゃないって根拠があるの?」


またしてもフィーナが口を挟むが、ルークは黙って見守るだけであった。ルークが口を挟まないと言ったのは自身に対してのみ。他の誰かが口を挟もうとも、それを止めようなどとは思わなかった。


「当然私達も聞いたのよ。この子は2人の子なのかって。」

「だが兄達は黙って首を振るだけだった。」

「どうして・・・どうして教えてくれなかったのですか!」

「真実がわからなかったからよ!」


エレナに掴みかかって声を荒らげるティナ。エレナもまた感情的になったのか、その理由を叫ぶ。そんな2人の肩に手を置き、宥めるようにしてアスコットが答える。


「誰の子かわからない。そんな無責任な状態で打ち明ける事が出来なかったんだ。だからオレ達は手掛かりを追い続けた。」

「手掛かり?」

「姉さん達の足取りを追って行くうちに、何処へ行っていたのかが推測出来たの。」

「・・・何処なんですか?」

「転移門の向こう、新世界と呼んでいる場所だ。」

「「「「「っ!?」」」」」



予想外の言葉に、その場の誰もが息を呑む。これが事実だとするなら、ティナはあちら側の住人という事になるのだから。誰もが声を発する事なく静観しているのは、それぞれが想像を膨らませているからであった。

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