第246話 ユキ2

戦慄したような表情のスフィアとルビアから視線を外し、ユキはシュウへと顔を向ける。


「ねぇ、シュウ君?」

「ん?」

「私、久々にハンバーガー食べたいな!」

「ハンバーガー・・・時間掛かるよ?」


ユキのリクエストに暫し考え込み、簡潔に答えるシュウ。アイテムボックス内の作り置きを確認した為であった。作り置きの品々ではどうにもならない事が判明したのである。


バンズも無ければ、パティも無い。ハンバーグはあるものの、残念ながらパティとはなり得ないだろう。一から作らなければならない以上、どうしても時間が掛かる。しかも相手は元ティナだ。100個は余裕で完食しかねない。他の嫁達だけでなく、エリド村の面々もいる。地球の料理とあって、転移組にも振る舞う流れになるだろう。城の料理人を総動員しても、数時間は掛かる。


だからこそ諦める可能性を考慮し正直に答えたのだが、ユキの答えはシュウが望むものでは無かった。


「今から作れば晩御飯までには間に合うでしょ?」

「・・・そうだな。」

「じゃあ、お願い!」

「・・・わかった。」


まだまだ話したい事は沢山あったのだが、それは食事が済んでからでもいいかと思い厨房へ向かうのだった。


「あ、ポテトは塩少なめでね!」

「(塩分控えめ!?そしてセットかよ!)・・・はいはい。」



ジャンクフードなのに健康に気遣うユキの注文に対し、シュウは内心で見当違いのツッコミをする。若干呆れつつも、素直に従うのであった。




「・・・さて。シュウ君も行った事だし、腹を割っての話し合いと行きましょうか?」

「ひょっとして、わざと時間の掛かる料理を?」

「半分は、ね。もう半分は、本当に食べたかったからよ。」

「つまりルーク、シュウに聞かれたくない話って訳ね?」

「「「「「っ!?」」」」」


ルビアの言葉で状況を理解した嫁達が息を呑む。


「女同士のギスギスした話・・・にはならないだろうけど、色々と抱え込んでるでしょ?」

「えぇ、そうですね。」

「単刀直入に聞くけど、ティ・・・ユキの目的は?」

「目的?う〜ん・・・特に無いかなぁ?強いて挙げるなら、幸せに暮らす事?」


顎に人差し指をあて、上を向きながら答えるユキ。見た感じは隙だらけの仕草だが、何をやっても様になっているユキに見惚れる嫁達。だからこそルビアは警戒した様子で質問を続ける。


「それはユキとシュウが?」

「シュウ君と私達が、だよ。」

「ユキさん、貴女は一夫一妻制の世界の住人だったのですよね?」

「うん。あ、別にみんなを蹴落とそうだとか、陥れようだなんて事は考えてないよ?」

「それでよろしいのですか?」

「大丈夫、全然問題無いから。」


(((((ほっ。)))))



ユキが全く気にする様子も無かった事で、胸を撫で下ろす嫁達。しかし、続く言葉で一気に緊張が走る。


「でも、シュウ君の1番を譲るつもりは無いから。誰にも・・・ね?」

「「「「「っ!?」」」」」


微笑みながら告げられた言葉と共に、緊迫した空気が流れる。これまでに感じた事の無いプレッシャーとでも呼ぶべきか。とにかく目の前の女性が放つ圧倒的なまでの威圧感に、カレンでさえも声を発する事が出来なかった。



静寂に包み込まれること数秒。額にジワリと汗を滲ませる嫁達からユキが視線を外すと、威圧感から開放された嫁達がヘナヘナと背もたれにもたれ掛かる。


圧倒的な存在感を放つユキの次なるターゲットはエリド村の住人達。嫁達に向けたものとは異なり、こちらは明確な殺気。ルークが放つよりも静かで遥かに冷たいそれは、数多くの修羅場を潜り抜けて来た猛者達でさえも身動き一つ取れない程であった。


「父さん、母さん。それからみんなも。これだけは覚えておいて。私はシュウ君ほど甘くないから。次にあの人の前に立ち塞がるようなら・・・問答無用で排除するわ。わかった?」

(((((コクコク!)))))


勢い良く首を縦に振るエレナ達に、満足したユキが笑顔を浮かべる。


「あぁ良かった!。私、怒るのって苦手なんだよね〜。」

(((((に、二重人格!?)))))


全員が内心でツッコむが、当然恐ろし過ぎて口には出来ない。気付いているのかいないのか、悟らせる事なくユキは話を続ける。


「それじゃあ話を戻すけど、家族で足を引っ張るのはバカのする事。それはダメ。だからと言って、争わずに仲良くしようとは言わない。家族だけど他人だもの。考え方の違いからぶつかり合う事だってあるでしょ?そういう時は思い切りやるべき。口にしないと伝わらないもの。だから言葉があるの。」

「それは・・・多対一の状況を生むのではありませんか?」

「でしょうね。でも、仕方ないでしょ?考え方は千差万別、偏る事だってあるわ。」

「それでは不公平になりませんか?」

「なるでしょうね。いいじゃない、不公平で。世の中に公平なんて無いでしょ?」

「「「「「え?」」」」」


余りにも乱暴な物言いに、全員が驚きの声を上げる。


「人は生まれながらに不公平よ。残念だけど、公平平等な世の中なんて綺麗事で絵空事。勿論理不尽とか差別はダメだけどね?」

「あの、どういう事ですか?」


ユキの言う不公平がイマイチ理解出来なかったのか、リノアが手を挙げながら問い掛ける。


「ん?そうだなぁ・・・例えば差別、人種差別はダメ。これは理解出来る?」

「はい。」

「じゃあ、貴族と平民に差をつけるのは?」

「え・・・それは・・・」

「答え難いかもしれないけど、私はアリだと思ってる。と言うか必要。」

「「「「「え?」」」」」


ルークからは、身分の違いが無い世界で暮らしていたと聞いていただけに、ユキの考えは誰もが予想外だった。


「貴族だって、世界が出来た時から貴族だった訳じゃないでしょ?努力して、成功を納めたからこそ手に入ったんだもの。これは極論だけど、平等で公平な世の中でなくちゃいけないなら格差があってはいけないわよね?」

「そうですね。」

「そんな事を言ってたら、誰もが同じ服を着て、同じ顔、同じ体型で同じ仕事に就かなくちゃいけなくなる。同じ給料を貰って同じ物を食べて、同じ容姿の伴侶と一緒になる。これって幸せ?」

「・・・違います。いえ、違うと思います。」


人の幸せは人それぞれ。そう思ったリノアが言い直す。


「そうね。私も違うと思う。嫉妬や羨望はあると思うけど、だからこそ頑張れる。他人と比べて勝ってるとか負けてるとか、目に見える物があって初めて人は努力出来るの。悲しい話だけどね。」

「・・・・・。」

「リノアは誰にも勝る美貌を持ってるけど、それだけで幸せになれると思う?」

「・・・思いません。」

「「「「「え?」」」」」


誰もが羨んでいた美貌だけに全員が驚いた。


「うん、そうだと思う。ハッキリ言って、王女は政治の道具。嫁ぎ先、相手を選ぶ事が出来ないでしょ?見た目に優れていればその分求められる。その結果、オークみたいな男の下に嫁がされるとしたら?」

「「「「「うわぁ・・・」」」」」


瞬時に想像出来たのだろう。全員が揃って嫌そうな声を出すのだった。


「リノアは幸運にもシュウ君の所に来れたけど、それで安泰でもないよね?」

「はい。頑張らないといけません。みなさんと比べてしまうとどうしても・・・あっ!」

「理解出来たみたいね。そしてシュウ君と一緒に居られるのは、リノアが王女だったから。」

「王族で良かったぁ・・・。」

「そうだね。平民じゃなくて良かった、他の人より綺麗で良かった。結局、ヒトは比べてしまう生き物なのよ。だからこそ努力して輝ける。そういった意味で、不公平じゃないといけないの。」

「深いですねぇ。」


リノアが関心して大きく頷く横で、他の嫁達も小さく頷いていた。そんな嫁達を一瞥し、ユキは説明を続ける。


「そして優れているからって胡座をかいていると?」

「・・・追い抜かれます。」

「うん。同時に劣化もする。同じように、権力を振りかざしていると断罪される。この辺の理不尽とか差別は説明しなくてもわかるよね?」

「はい。良くわかりました!ありがとうございます!!」



丁寧に説明して貰えた事が嬉しかったのか、眩しい程の笑みで頭を下げたリノア。ここで捕捉しておくと、ユキは誰よりも不公平に泣いた。何故自分だけが病弱だったのか、何故他の人達は恋人と出掛けられるのかと。


一方で、自分が病弱だったからこそ秀一の愛を一心に受ける事が出来たと思っている。誰よりも不幸だったが、誰よりも幸せだった。結果、不公平というものを受け入れたのだが、それを知るのは秀一と雪のみである。




「それじゃあ話を進めるけど、シュウ君は中座してる事を片付けると思うの。だから私は今後、シュウ君と行動を共にします。」

「中座?ユキさんだけ、ですか?」

「うん。具体的にはこの世界の調査と、お菓子屋さんの再開。どっちもみんなは同行出来ないでしょ?」

「確かに、私達では目立ち過ぎますね。」

「みんな有名だからね。しかも忙しいだろうから、当分は私とシュウ君。それからシノンとカノンを連れて行くって言うはず。」

「随分と自信があるのね?」


何の躊躇いもなく断言するユキに、ルビアが不満気に尋ねた。


「これでも1番あの人と一緒に居るの。誰よりも理解しているわ。」

(((((あ!そうか!!)))))




ユキの言葉で嫁達全員が理解した。何故ユキと対面した時から敗北感を覚えていたのか。


前世、そして今生において、最も同じ刻を過ごしてきたユキ。愛情は時間が全てでは無いのだが、本当に愛し合っている者にとっては1番と言っても過言ではない重要な要素。そこから来る自信に満ち溢れているのだ。始まった瞬間から対等では無かったのだと、改めて思い知らされたのである。


その上で行動を共にすると言うのである。差は縮まるどころか広がる一方。いよいよ本格的に危機感を覚える嫁達であった。


(本当に不味いですね・・・)

(誰か、何とかしなさいよ!)

(どうしよう!?)

(こうなったら私も一緒に・・・)



他の嫁達が視線で会話する光景を眺めながら、不敵な笑みを浮かべるユキ。


(これでみんなも向上心を持ってくれるかな。とりあえず当面の夫婦仲は安泰。その間に神崎の剣術を取り戻さなくちゃ・・・何バーガーかなぁ・・・)



今までの挑発的な態度の全てがユキの計算に基づくものだとは露知らず、まんまとのせられる嫁達。完全に策士と思われたユキだったが、食欲が顔を覗かせる辺りは流石ティナといったところだろう。

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