第210話 戦犯シルフィ

全員が食堂に集まり、和気藹々と食事を楽しむ。1人を除いて。ティナだと思ったかな?残念ながらティナさんではない。確かに沢山食べるが、ティナの場合は普通に会話も楽しむ。何を言っているのかわからない事の方が多いけど。


今回不満そうにしていたのはシルフィだ。オレにはその理由がわかる。料理が不満なのだ。今回オレの素性を隠す為、料理長にはある指示を出していた。



『オレが教えた料理を一切作らない事。当然提供した調味料も使用禁止。』



つまり、この世界の料理のみを提供させようとしたのだ。王族の食事ともなれば、相応に豪華となる。だがそれはこの世界での基準であって、恵まれた環境で産み出された地球の物には数段劣る。


それでも料理人達の腕は上達している為、食べ慣れている嫁さん達は何も言わない。召喚組も碌な物を食べていなかったのか、凄く美味しそうに食べている。


問題なのは、この世界の料理を食べ慣れていないヴィクトリア、ヴァニラ、シルフィだろう。だがヴァニラは通訳で忙しく、料理を堪能する余裕が無い。ヴィクトリアもまた、嫁さん達との会話に華を咲かせている。問題なのはシルフィだ。



さっきヴァニラへ丸投げしたツケが回って来たのだ。召喚組は面倒見の良いヴァニラにベッタリ、嫁達も義理の母であるヴィクトリアのご機嫌取りに忙しい。時折ヴァニラがシルフィを眺めてはニヤッとしている所を見るに、細やかな仕返しといった感じだ。



会話を楽しめない以上、料理を楽しむしかない。だがその料理も、昨日までと比較して数段劣る。これは慣れもあるが、それよりも散々贅沢してきたせいだろう。シルフィの発言がそれを物語る。


「ルーク、デザートは何?」

「朝っぱらから出すはずないだろ。」

「なっ!?」


シルフィの言うデザートとはケーキの類だ。朝っぱらからそんなのを食うなど、一体何処のセレブだ。いや、皇族だったな。そうじゃなくて、誰もそんな食生活を送らない。理由は勿論太るから。1日中体を使っているのはティナとナディアだけで、他のみんなは事務的な事をしている。



シルフィは太らないのかと疑問に思ったが、オレは先にスフィアやルビアに今日の予定を確認した。これが間違いだったのだ。


僅か数十秒目を離した隙に、シルフィが驚くべき暴挙に出る。


「ティナ、これあげる。」

「ふぇっ?いいんふぇふふぁ?(いいんですか?)」

「大丈夫。私にはヘソクリがある。」


ほとんど手を付けていない料理をティナに押し付け、何も無い空間から何かを取り出すシルフィ。空いたスペースに並べられていく皿を見て、召喚組が大声を上げる。


「「「あぁぁぁぁ!!」」」



これには全員が視線を向ける。オレも視線を向けてみると、そこには満面の笑みを浮かべてケーキを頬張るシルフィの姿があった。最近皿が減っていると料理長に相談されていたが、犯人はコイツだったらしい。ご丁寧に切り分けた状態で1皿ずつ保管していたようだ。どう落とし前をつけさせるか考えていると、立ち上がった3人がシルフィに詰め寄った。


「これってまさか幻の!?」

「神崎シェフ最期の作品!?」

「ど、何処でこれを!?」


幻?・・・そう言えばアレは、地球で死ぬ前の3日間だけ提供したチョコレートケーキだな。でもオレの最高傑作は、この世界の栗を使ったモンブランだ。あのティナさんが一口食べて、感動のあまり手を止めた唯一の料理。


所詮は栗なんだがあまりの採取難易度のせいで、市場に出回る事はないと思われる。現状、調理出来るのもオレだけという巫山戯た栗の話は、機会があればご紹介しよう。巫山戯たと言ったのは、鑑定結果が巫山戯たモノだったから。その名も『びっ栗』。誰が名付けたのか不明だが、悪意しか感じない。


とまぁ、思い出に浸って口止めを忘れていた。好物を口にしたシルフィは止まらない。


「ルークが作れる。」

「「「皇帝陛下が!?」」」

「そう。だってルークの転生前の名前は神崎「なぁシルフィ?」・・・という私の妄想?」

「そうかそうか。なら現実に戻ろうか?2度とケーキが食べられないという現実にな!」

「なっ!?」


まさかの大暴露に、オレの怒りはマックスである。ここまで全員が協力してくれたのに、その努力が一瞬で水の泡。頭に血が登りかけたシルフィだが、みんなの冷たい視線で状況を理解する。


「神崎シェフが・・・」

「転生・・・」

「また食べられる・・・」

「あ・・・み、みんな?それは私の妄想!信じてはダメ!!」


今更そんな嘘を吐いても遅い。ケーキを見ただけで誰の作品か判別するような者達だ。相手が悪い。それよりも凛ちゃん、君もティナさんと同類ですか?


「はぁ・・・ヴァニラ、どう思う?」

「手遅れでしょうね。」

「「「「「?」」」」」

「あぁ、みんなは何を言ってるのかわからないんだよな。シルフィが口を滑らせたんだよ。」

「「「「「っ!?」」」」」

「あぅ・・・ごめんなさい。」


流石に許す訳にはいかない。食べるならこっそり食べれば良かったのだ。それをみんなの前で堂々と・・・。


「今後、オレがシルフィに料理を振る舞う事は無い。食べたければ城の料理人に頼む事だ!」

「そ、そんな・・・」


シルフィにとって、この宣告は世界の終わりに等しい。何故なら、城の料理人はこの世界の食材しか扱えないからだ。別に扱わせても良いのだが、貴重な食材を巡るゴタゴタに巻き込まれる可能性が高い。料理人達もそれがわかっているので、オレが出した未知の食材を扱わせて欲しいとは言わない。扱えるイコール持ち出せるからだ。


持ち出せるとなれば、買収や脅迫される可能性が出て来る。だったら例外無く扱えない方が彼等の為になるだろう。その分、オレが彼等を指導する事で落ち着いている。つまり、シルフィは大したスイーツを食べられない事になるのだ。


「ルーク、それはあんまりです。シルフィ様?私の分でしたら・・・匂いを嗅がせてあげますから。」

「ガーン!」


さっき唯一買収されたティナが擁護に回る。だが食べさせてあげない所がティナらしい。ハッキリ言って只の拷問だからね?


「今回の事はシルフィが悪いわね。」

「ぷぷっ・・・ぷぷっ。」


ヴィクトリアも庇うつもりは無さそうだ。ヴァニラに至っては、チラリチラリとシルフィを見ては笑いを堪えている。仕返しの続きなんだろうが、逆襲には気を付けて欲しい。



「さて、こうなったら仕方ない。食事が終わったら、ヴァニラは3人を連れて来てくれ。こっちの人選はスフィアに任せる。」

「かしこまりました。」

「何人程です?」

「それも含めて任せるよ。」

「でしたら全員ですね。」


人選って言ったんだけど、それだと任せる意味ないよね?まぁ断る理由も無いけどさ。



全員がオレの執務室に移動し、まずはオレが口を開く。当然話題は地球の事。色々と気になってるからね。


「それじゃあこの世界に来たきっかけは後で聞くとして、まずは3人が女神カナンと交わした契約に関してだ。」

「私は・・・神崎シェフの失踪で仕事が手につかなくなりました。生きる気力も無くし、ダラダラと毎日を過ごしていると、頭の中に声が聞こえたのです。」

「それは・・・。声って?」

「はい。契約して異世界へ行けば、再び神崎シェフに会えるかもしれないと言われました。」


嫁さん達の視線が痛い。因みに今回はシルフィが通訳している。ポイントを稼ごうと必死なんだろう。


そんな事より、オレと月城さんは深い関係に無い。彼女はあくまでお客様だった。オレの失踪で生きる気力を失う理由がサッパリである。



「私は仕事で異世界モノに関わる機会が多かったので、ずっと興味を持っていました。そこへ突然女神様から声が掛かって・・・。」

「怪しいとは思わなかった?」

「思いました。断るつもりだったのですが、それなら他の人に声を掛けると言われて。それに神崎シェフの料理を食べられるかもしれないと・・・。」

「そうか。」


女神カナンとしては、本当に誰でも良かったんだろうな。この分だと、何人もの人に声を掛けたのかもしれない。と言うか、石原さんもオレの料理?お得意様の月城さんと違って、彼女とは本当に面識が無い。


「わ、私は学校でのいじめが日に日にエスカレートして・・・自殺を考えた矢先、お2人と同じように声が聞こえました。」

「ふ〜ん。なら早坂さんはすぐに同意したのかな?」

「は、はい。死ぬつもりでしたから、それなら誰も知らない場所へ行ってみようと。あ、神崎シェフの事は、私も言われました。」


まさかの予想的中に、思わず素っ気ない反応をしてしまった。まぁ、彼女の理由が1番納得出来る理由だな。それより気になるのがオレの話題だ。15年前、彼女は1歳かそこらじゃないのか?流石に身の回りで子供が出来たって話は聞いてないぞ?



「どうしたものか・・・。」

「ルークは彼女達の言葉がわかるのですよね?」

「それはちゃんと理解してる。産まれてから1度も喋ってないけど、多分話せるとも思う。」

「でしたら直接やり取りしてみては如何ですか?我々はヴァニラさんとシルフィ様に通訳をお願いしますから。・・・気になっているのでしょう?」


スフィアの提案には少しだけ驚いたが、確かにその方が良さそうだ。通訳が間に合わなくても、嫁さん達には後で報告すればいいだろう。


「わかったよ。・・・3人に聞きたい事がある。」

「「「日本語!?」」」

「それについては後で説明しよう。先に確認なんだが、月城さんはともかくとして、2人は何故神崎・・・シェフの事を知っている?随分と昔の事だろう?」

「私は時々ご褒美として、事務所の社長に連れて行って貰いました。」

「わ、私は中学の頃、姉に連れられてスイーツビュッフェに何度か・・・。」


この2人もお客さんだったのか。って中学?・・・高校何年生なんだ?


「見た感じ早坂さんは高校生みたいだけど、何年前の話かな?」

「え?神崎シェフが失踪する前ですから、約1年半前ですけど・・・。」

「1年半!?」


彼女が嘘を吐いているとも思えない。それに以前アークが言っていた。『地球とは時間の流れが違う』と。つまりこの世界は、地球の10倍の速度という事になる。これは驚きだ。



・・・とりあえず驚いてみたが、だから何だという話だった。行き来する訳でもないんだし、時間の流れは無視しよう。それよりも気になる言葉がある。


「さっきから失踪って言ってるけど、死亡の間違いじゃない?」

「い、いいえ!突然謎の失踪って、ワイドショーで連日騒がれていました。」

「そうか・・・。」



車に跳ねられたはずなんだが、運転手が証拠を消した?いや、山奥ならともかく、東京のど真ん中でそれは不可能だろう。そうなると考えられるのは、アークが何かした事になる。だが、一体何の為に?


転生なのだから、肉体に用は無いはず。ならばオレの体は何処に消えた?



新たに浮上した疑問を胸に仕舞い込み、隙を見て嫁達に相談する事を決めたのであった。

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