第287話 50階層へ1

シュウによって放たれた禁呪の炎が消え、辺りは静けさを取り戻す。とは言っても、全くの無音ではない。と言うのもボス部屋の前には現在、人の声が響き渡っていた。だがそれは予想外の人物の声。


「―――お主の旦那も悪いが、お主はもっと悪いのじゃぞ!」

「・・・はい。」

「そもそも何が起きるのかもわからんのじゃ!油断していられる程、お主は強くもなかろう!?」

「・・・ごめんなさい。」


声を荒げているのはエア。その相手であるナディアは現在、地面に正座させられている。何故このような事態となっているのか。それはナディアがシュウに怒りをぶつけた為に起こったのだ。



普通に考えればシュウが悪い。だがそれは、普通の状態であればの話。と言うのも、彼女達が置かれている状況は普通とは言い難い。今居るのは、危険と隣合わせのダンジョン。魔物も居れば罠もある。そんな特殊な状況下にあって、ナディアは無防備な姿を晒していた。そんな自身の行動を棚に上げてシュウに食って掛かったのだが、それがエアには許せなかったのだ。


そんなナディアに救いの手を差し伸べたのはシュウ。半分は自分のせいで叱られているのだから、その行動も頷ける。


「元凶はオレなんだし、そこまでにしてくれないか?」

「・・・やれやれ、わかったのじゃ。」

「悪いな。さぁ、ナディアも立って。」

「・・・ありがとう。」


シュウが差し伸べた手を、渋々と言った表情で掴むナディア。非常に面白くないのだが、ここで不満を口にしては逆戻りとなるのは理解している。元ギルドマスターだけあって、そこまで馬鹿ではないのだ。



一方で、説教を中断させられたエアも不満を抱いている。ムスッとしたエアとナディア。間に挟まれて居心地の悪そうなシュウ。そんな3人に苦笑しつつ、先へと進むユキ達。




そんな重苦しい空気も、そう長くは続かない。何故なら階段を降り切った彼女達の目に、これまでとは異なった景色が映り込んで来たからだ。


「これは・・・」

「本格的にダンジョン、と言った形ですね。」


整備された洞窟、或いは坑道といった光景に驚いたエアとアース。そんな2人に、2度目の訪問となるユキが説明を行う。


「以前と同じなら、ここからは迷路です。」

「「迷路?」」

「はい。49階までの間に1度でも道を間違えると、今立っている場所まで戻されます。」

「「はぁ!?」」


2人が驚くのも無理はない。順調に進んでも時間の掛かる道のり、それが迷路である。それを1度も間違えるなと言うのだから、とんだ無理ゲーだろう。


「しかも魔法は使えず、蒸し暑い環境が続きます。ですが魔物は一切現れません。」

「攻略が絶対に不可能と言うわけでもない、か・・・。」

「・・・道中に水や食料はあるのですか?」


逸早く問題点に気付くアクアは流石だろう。感心しながらも、ユキは最も大事な説明を続ける。


「水はありませんが、食料はあります。ですが、絶対に食してはいけません。」

「食うな、だと?」

「えぇ。食べると耐えられない程に喉が乾くみたいですよ。」

「・・・地味だが強力な罠だな。」

「「・・・・・。」」


一通りの説明が終わると同時に、遅れていたシュウ達が追い付く。当然エアにも説明は必要なのだが、意外にも引き受けたのはナディア。


この時、シュウ達は何も思わなかった。だからこそ、後ろでナディアが説明する声に耳を傾けたりはしない。悪く言えば油断。良く言えば予想外。いい年した大人がするとは思わなかったという・・・。



まさかそんな未来が待ち受けているとは思わず、シュウ達は充分に警戒しながら先へと進む。前回よりも相当早いペースで辿り着いたのはジャングル。果実の楽園とでも呼ぶべき場所であった。


事前に説明を受けていれば、凶悪な果実に気を取られる事はない。それ故に、ユキが気になったのは他の部分。この質問が無ければ、あんな事は起こらなかっただろう。



「シュウ君?」

「ん?」

「1度も迷わず辿り着きましたけど、ひょっとして・・・覚えているのですか?」

「道順の事?それなら50階層まで完璧に覚えてるよ。」

「「「はぁ!?」」」


まさかの答えに、ユキとアース、そしてアクアが驚きの声を上げる。何故なら、普通は地図が無ければ不可能な芸当だからだ。ここまでの道のりですら、前回は3時間を要した。冒険者パーティ『森の熊さん』がマッピングした地図をもとにして。今回は現在地の確認をカットしたお陰で相当に速い。驚異的な身体能力も相まっているのだが、だがそれでも30分は掛かっている。


かつては天才と持て囃されたユキも、ここまでの道順を覚えるので精一杯。かなりの早歩きでも、50階層までは10時間程掛かる。そんな巨大迷路の道順を、完璧に覚えていると言うのだから格が違う。


「オレの場合、ここに来るのは2度目だしね。」

「「「・・・・・。」」」


1度も2度も、大した違いではない。到底受け入れ難い事実に放心するユキ達。そんな彼女達の目の前で事件は起こる。


「美味しそうな果実があるではないか!・・・おぉ、美味いのじゃ!!」

「「「「っ!?」」」」

「・・・ぷぷっ!」


興奮したエアの大声に、シュウ達は一斉に顔を向ける。その背後で笑いを堪え切れないナディア。そう、食ってはいけないという説明だけを、意図的にしなかったのである。仕返しというか逆恨み。叱られた事を根に持っての犯行である。


「ひぇっ!?の、咽が!!」

「くっくっくっ、あーっはっはっはっ!」

「み、水・・・」

「偉そうに説教するからよ!!」

「「「「・・・・・。」」」」


まさかの展開に、シュウ達は言葉を失う。だが呆けてもいられないとあって、すぐさまアクアが駆け付ける。


「アクア!水を頼むのじゃ!!」

「ここでは魔法を使えませんよ?」

「ガーン!」

「あーっはっはっはっ!!」


笑い転げるナディアに冷たい視線を向けながら、シュウは水の入った樽を手渡す。





「・・・アレが同じ嫁でいいのか?」

「・・・そちらこそ、加護を与えてもよろしいのですか?」

「「・・・・・。」」


人選を間違えたかもしれない。本気でそう思うユキとアースなのであった。

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