第271話 ナディアの目指すべき道4

朝食を済ませ、一気に16階層へと進んだシュウ達。彼らが立ち止まったのは、アースに斥候を任せる為だけでは無かった。


「墓場ね・・・。」

「墓場じゃな・・・。」


眼前いっぱいに広がるのは、不規則に並んだ墓。とても絶景とは呼べないが、これはこれで圧倒されるものがある。


「此処には魔物が居るようですが・・・どうします?」

「ちょっとアクア!私は嫌よ!!」


魔拳の練習をするのか尋ねるアクアに対し、ナディアは当然拒絶する。アクアも出来れば御免被る。そう思っての問い掛けであった。そう、ゾンビやグールの相手は嫌なのだ。臭いのである。


「まぁ、オレも鬼じゃないからな・・・。ああいった相手の対処を軽く見せて、さっさと抜けようか?」

「「「「対処?」」」」

「あぁ。今後ナディアが単独でアンデッドの大群と戦う機会もあるだろ?」

「・・・あるじゃろうな。」

「そんな時、魔弾だけじゃ流石に厳しい訳だ。・・・いざとなったら魔拳を使うだろうけど。」


シュウの説明に、全員が揃って頷く。多少とは言え、魔弾は圧縮した魔力を放たなければならない。魔法よりも効率の悪いそれは、魔力の枯渇に陥るのも早いのだ。とは言っても、それは直接触れたくないという注釈が付く。我慢出来ればどうとでもなる話。


しかし獣人であるナディアにとって、それが何よりも辛い。腐臭というのは、そうそう耐えられるものではない。それは竜王達にも同じである。


「魔力は霧散・・・拡散する性質があるって言ったよな?それは魔拳においても言える事なんだ。」

「え?いえ、でも魔拳は・・・。」


魔拳を使えるようになったナディアが、思わず異を唱えようとする。だが自分は少し齧った程度なのだと思い直し、すぐに口を噤んだ。


「魔拳は魔力を圧縮していないだけなんだよ。拡散していなければ、拳大に穴が空くはずだろ?」

「そう言われるとそうね・・・。」


圧縮した魔力の塊を放つのが魔弾。圧縮していない魔力を放つのが魔拳。本来であれば、魔力の進み方は同じになるはず。しかし齎される現象が異なるのだから、ナディアも納得である。


「これは対象となる物の強度に左右されるから一見したらわかり難いんだけど、凄く硬い物を殴ってみるとわかると思う。けどまぁ、今は置いとこう。で、ああいった触りたくないモノが相手の場合なんだけど・・・積極的に拡散させるつもりで魔力を放つんだ。こんな風に!」


そう説明すると、シュウは少し離れた位置に居るゾンビの群れへと駆け出す。本気で移動しなかったのは、ナディアが見逃さないようにという気遣いから。見やすいようにと、ゾンビの横に並んでゆっくりと裏拳を放つ。


ーーボンッ!


「「「「はぁ!?」」」」


ゾンビの全身が粉々になって吹き飛んだ光景に、全員が驚きの声を上げる。とてもではないが、それ程の威力があるとは思えない一撃だったのだ。尚も固まる4人に構う事無く、シュウは群がって来るゾンビの群れへ次々と攻撃を繰り出す。


ーーボンッ!ボンッ!ボンッ!ボンッ!


「「「「・・・・・。」」」」


腐った肉片が飛び散るという地獄のような光景に、誰も声を発する事が出来ない。いや、4人が驚いているのはそこではなかった。返り血というか、返り肉というか・・・とにかくシュウは一切浴びていないのだ。これは全ての衝撃を、前方のみへと変換している事を意味する。


即ち、殴った部分だけでなく全身隈なく吹き飛ばしているのだ。このような真似が出来るとは思っていなかったのか、すぐに事態を飲み込めずにいた。



50体以上のゾンビを吹き飛ばし、シュウはゆっくりした足取りで戻って来る。


「・・・ここまで出来るようになれば安心かな。」

「凄い威力ね・・・」

「いやいや、大分加減してるからね?実際には本気で拳を振るうんだ。威力は何倍にも跳ね上がるさ。」

「「「何倍・・・」」」」

「・・・・・。」


シュウの言葉にゴクリと息を呑むナディア、エア、アース。しかしアクアだけは様子が違っていた。驚いているのは同じだが、内容は異なるようだ。シュウが気付かない訳もなく、当然理由を尋ねる。


「どうしたんだ?」

「この技は・・・本当に恐ろしいですね。」

「「「?」」」


アクアが何を言っているのかわからず、シュウ以外が首を傾げる。


「気付きませんか?魔拳の真の恐ろしさに・・・」

「何の事じゃ?」

「単純に威力の高い打撃ではない、という事ですよ。」

「どういう事?」

「触れた部分から魔力を送り込むのです。つまり、普通に防御してはいけないんですよ。」

「「「あっ!」」」


アクアの言葉が理解出来たのか、ナディア達が叫ぶ。そう、触れてはいけないのだ。


「体だけではありません。使い手の実力次第では、向かってくる武器すらも破壊してしまえるのです。しかも先程の魔拳を見るに、ギリギリで躱すのも許されないでしょう。」

「は、反則なのじゃ・・・」


唖然とする4人に対し、ルークが静かに告げる。


「確かに強いんだけど、それなりに欠点はあるぞ?」

「・・・何です?」

「知られてしまえば、使い手が爆発的に増えるって事だ。必要なのは魔力操作だけだからな。魔力で相殺出来るから、相手と運次第では返り討ちにされる。」


相手が玉砕覚悟で全力の一撃を放った場合、自分が様子見の一撃だった場合が恐ろしい。


「対人戦では使えないって事ね?」

「あぁ。人目につかない場所で魔物相手に使うのはいいが、人が居る場所では絶対に使わないでくれ。まぁ、緊急時は仕方ないけどな。」

「わかったわ。」



シュウはこう言ったが、実は全てを語っている訳ではない。熟練度次第では、相手が込めた魔力量に合わせた一撃を放つ事が出来る。瞬時に判断し、キッチリ同量の魔力を込める技能が必要となるのだが、今のナディアにそれを求める事は出来ない。焦りは禁物である。



それなりに使いこなせるようになった段階で真実を告げ、魔拳同士の組手をする。対人戦闘用に神崎の技を伝授するのはそれからだろう。改めてそう思うシュウであった。

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