第290話 50階層1

翌朝、シュウ達は50階層を進んでいた。前回訪れた時と同様、ガーゴイル、キマイラ、サイクロプス、ゴーレムといった多種多様な魔物が群れをなして襲い掛かる。さらには今回も同様に、シュウ単独で相手をして行く。1つだけ異なるのは、愛刀である『美桜』を使っていない事だろうか。


「これがシュウ君の編み出した魔拳・・・」

「全部軽く1撃ではないか・・・」

「とんでもねぇな・・・」

「しかもナディアに見せる為に限界まで手加減して・・・」

「・・・・・。」


誰もが呆然と眺める中、ナディアだけは動きの全てを食い入るように見つめる。本来であれば、魔物相手に素手で挑むのは愚かな行為。そう考えているシュウも、今回だけは素手であった。しかも繰り出される攻撃の速度は、駆け出し冒険者に毛が生えた程度。


どの部位にどの角度で魔拳を撃ち込むと、どういった効果となるのか。しっかりじっくり見せる、ただそれだけの為に。ナディアへのお手本は、ボス部屋の前に辿り着くまで続けられた。徐々に攻撃速度を上げて。




このような展開となった理由。それは50階層に降り立ってすぐの事――


「みんなには悪いけど・・・ここからはオレ1人で戦う。」

「何故じゃ?」

「もう少しだけ、ナディアに魔拳を見せておきたい。あとは準備運動かな。」

「準備運動ですか?」

「あぁ。クリスタルドラゴンも、オレ1人で相手をするつもりだし。」

「「「「「っ!?」」」」」


予想外の発言に、言葉を失うユキ達。だが説明を聞けば納得のいくものであった。


「前回戦ってみて思ったけど、アレを相手に武器は役に立たない。確かに雪椿は美桜よりかなり上だけど、例えるなら・・・アダマンタイトを相手に、鉄か銅かの違いでしかないだろう。決して斬れなくはないんだが、斬る方もタダでは済まない。まぁ正直な所、雪椿の代わりになる刀はそうそう打てないしな。万が一を考えて、ユキには我慢して欲しい。」

「わかりました。」

「「「「え?」」」」


まさか即答するとは思っておらず、呆気に取られるナディアと竜王達。前回は相手の姿を見ていなかった為、普通であればやる気になっていたはず。だがユキはブレない性格なのだ。


そう!食えない物に興味など無いのである!!


それ以外にも理由はある。シュウが告げたように、雪椿は特別なのだ。たった一振りを作り上げる為に打った刀の数は、優に千を超える。ユキの驚異的な殲滅速度は、雪椿によって支えられていると言っても過言ではない。ユキが狩る魔物の量を考えれば、失った場合の影響は計り知れない。それこそ世界規模で。


どんな刃物も、使えば切れ味は鈍る。つまり、刀にとってはダメージとなるのだ。もしもクリスタルドラゴン相手に死闘を繰り広げれば、いつかは折れる。それが理解出来たからこそ、ユキは身を引いたのだ。


どんな鍛冶職人だろうと、作り出す武具が人生最高レベルとはならない。作る刀が全て国宝級であれば、後世の者達が優劣をつけたりはしない。ユキもそれは理解しているのだ。


「そして竜王達。アンタらが本来の姿で、本気で戦えば余裕なんだろうけど・・・それだとナディアやナディアの姉さんが危険だ。」

「相手次第じゃ手加減出来ないだろうからな。」

「上手く加減出来るかわからんしのぅ。」

「・・・・・。(やはり、そこに自分は含まないのですね)」


シュウの言葉に同意するエアとアース。だがアクアだけは捉え方が異なっていた。ユキの名を出さなかったのは、意図的なのだと見抜いていた。実は現時点で、アクアだけが全員の実力を正確に見抜いている。


竜王それぞれとシュウがほぼ同等、次いでユキ、最後にナディアの順である。膨大な魔力と神力を保有するシュウ。その圧倒的な出力と持久力は驚異的なのだが、それは竜王達にも言える事。生物の頂点に君臨する竜種。その王ともなれば、内包するエネルギーは計り知れない。加えて竜鱗という強靭な鎧、巨躯から繰り出される爆発的パワー。総合的に判断すると、どちらが勝っても不思議ではない。


だと言うのに、シュウは余裕を崩さない。竜王同士の争いに巻き込まれても、自分ならば対処出来ると理解しているのだ。それはつまり、本気の竜王2体を相手にしても勝てるという事。竜王達の間ではこの世界において、その状況に何とか対処出来るのはカレンだけと考えられていた。


だからこそ、アクアは警戒を強める。何がキッカケで敵対するかわからない、思考の全く読めない相手。それが神族なのだから。



そんなアクアの様子を窺うでもなく、シュウは残るナディアに告げる。


「ナディアは・・・問題外かな。」

「・・・実力不足なのはわかってるわ。」

「いや、実力云々よりも精神面。だって最初から人質を取られてるだろ?ソックリな見た目なんだ、ゴブリンでもわかる。前回もいきなりナディアを狙って来たんだし、ナディアが前に出るのはマズイ。」


悔しさで拳を握り締めるナディアに、シュウは首を横に振って説明する。それに口を挟んだのはユキ。


「クリスタルドラゴンが、お姉さんに何かをすると考えているのですか?」

「しないとも限らないだろ?」

「確かにそうですね。現状がどうあれ、元は竜かそれに似た存在。ゴブリンよりも下は有り得ないはず。」

「それに正直ナディアには悪いけど・・・いざとなったらオレは、ナディアとユキを優先する。」

「・・・わかってるわ。」



もしも相手がナディアの姉に何かをしても、シュウは決して動揺しない。迷わない。万が一の場合は、ナディアの姉を見捨ててでもクリスタルドラゴンを始末するつもりなのだ。


その時が訪れた場合、自身には下せないだろう決断。迎えるであろう結末。それを想像し、覚悟を決めるナディア。そんな決意の表れた彼女の表情を見て、シュウは頷いてから告げる。


「最初は限界まで手加減して戦う。徐々に速度を上げるから、絶対見逃すなよ?」

「任せて!」



気合の入ったナディアの表情に、大丈夫そうだなと自身も気を引き締めるシュウであった。

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