第110話 救助完了

シャルルーナが立ち去ってから、ルーク達はテントを設営して一眠りする事にした。フィーナと学園長は冒険者たちに指示を出している為、ティナとナディアと共に眠る事となるのだが、そこはルークである。普通であれば落ち着いて眠る事など出来ないはずなのだが、横になって1秒で夢の中へと旅立ってしまう。


「こんな状況でも寝付きは早いのね・・・。街道でも眠れるんじゃないかしら?」

「ふふふ。ルークは道の真ん中でも眠ってしまいますよ?」

「えっ!?冗談のつもりだったんだけど・・・。とりあえず、私達も休まないとね。」


からかうつもりで言った言葉が事実だったと知ると、当然の事ながらナディアは呆れるしかなかった。そんなルークに気を取られている場合でもない為、ナディアとティナも眠る事にした。


体感で5時間程の睡眠をとり、ルークは目を覚ます。普段は3時間程度の睡眠で済ませてしまうのだが、ダンジョンという環境では疲労が溜まっていたのである。ティナとナディアは眠ったままだったので、起こさないように静かにテントから出ると、冒険者達は出発の準備が整いつつあった。


ギリギリまでティナとナディアを寝かせていたが、全員の準備が終わった段階で2人を起こし、テントを収納して出発する事にする。


総勢30名を超える集団での移動という事もあって、当然移動速度は遅い。新人冒険者も多い為、それは尚更の事であった。そして当然魔物にも気付かれる訳で、帰りは異常な数の魔物に襲われていた。


先頭には当然ルークが立つ。もう魔力と体力を節約する必要も無い為、随分と派手な攻撃を繰り出していた。ルークも虫の体液を浴びるのは避けたかったので、そのほとんどを魔法で対処していくと誰もが思っていた。しかしルークは、積極的に接近戦を行っているのである。


誰よりもルークを良く知るティナは、そんなルークの行動に疑問を抱いていた。そして魔物の襲撃が一段落した段階で、本人に説明を求めたのである。


「ルーク?魔法ではなく刀、それも美桜をずっと使っていませんけど・・・どうかしたのですか?」

「美桜?あぁ・・・美桜は使わないんじゃなくて、使えないんだ。」


ティナの質問に、ルークは苦笑しながら美桜を取り出して鞘から抜いて見せる。その刀身には、無数のヒビが入っていた。当然、ティナの驚きは計り知れないものとなる。自身の刀よりも切れ味は劣るものの、強度に関しては同等以上だったはずなのだ。


「そんな・・・どうして・・・」

「クリスタルドラゴンの尻尾を斬ろうとしたんだけど、一撃でこのザマだよ。鍛冶の技術も、剣術も・・・どっちも未熟だったって事だろうね。だから今は、出来る限り刀を振ろうと思ってるだけだよ。」


ルークの言葉に、ナディアは当時の状況を思い出す。そして、美桜が壊れてしまったのは自分のせいだと、自身を責めるのだが、当然ルークはお見通しであった。


「別にナディアのせいじゃないからね?状況が違ってても、闘う以上結果は変わらないよ。」

「そうかもしれないけど・・・。」

「武器は壊れても作り直せるけど、ナディアは作り直せないからね。無事で良かったと思ってるよ?それにあの時の一撃は、オレの人生の中でも最高のものだった。そうでなければ、美桜もナディアも・・・当然オレも此処にはいなかったよ。」


この時、ルークはナディアを気遣った訳では無い。本心を言っただけであった。完全に不意を突かれたものの、ナディアを護る為に実力を出し切っていたのである。ほんの僅かでも威力が足りなければ、美桜は砕け、ルークはナディア諸共吹き飛ばされていただろう。


これらの出来事がナディアに新たな決意をさせるのだが、ルーク達がそれを知るのは少し先の事である。


余談であるが、この世界にはオリハルコンやミスリル以外にも、希少かつ優れた金属は存在する。アダマンタイトやヒヒイロカネと呼ばれているのだが、何故かルークはそれらを使おうとは思っていない。本人曰く『何となく』なのだが、その理由もいずれ明らかとなるのである。


ともあれ、ルーク達はその後も順調に歩を進め、約2日を掛けてダンジョンの入り口へと到着するのであった。救出した冒険者達がダンジョンから脱出したのを見届け、残すはルーク達のみとなったのだが、突然ルークがフィーナに声を掛ける。


「あ、悪いんだけど、少しここで待ってて貰える?」

「いいけど・・・どうかしたの?」

「転移を封じられた今の状態で、外から転移魔法を使ったらどうなるのか確認しておきたくて。」

「あぁ、それは大事ね。例え一方通行でも、この状況で入って来られるなら大分違うものね。」


フィーナの了承を得て、フィーナ以外の全員がダンジョンの外に出る。暫くすると、ルークが走って来た為、フィーナは結果を聞いてみた。


「走って来たという事は、転移出来なかったのね?」

「うん。そんな事より外に飛竜がいるんだけど・・・ギルド本部の人間が来てるんじゃない?」

「飛竜って・・・シシル!?まさか・・・。」


心当たりでもあったのか、フィーナは足早にダンジョンの外へと向かう。そしてそこには、いつの間にか2人の男が立っていた。そのうちの1人が、フィーナの姿に気付き声を掛けてくる。あいつは何時ぞやの・・・。


「フィーナ様!!」

「えっと・・・誰だっけ?」

「そんな!?貴女の部下のリックですよ!忘れたのですか!?」

「え?そんな人もいたような・・・いたかしら?」


フィーナは、興味が無い事はすぐに忘れてしまうという、大変素晴らしい性格の持ち主だった。リックが呆然としていると、もう1人の男がフィーナに近寄って来る。


「フィーナさん、一応コイツは貴女の部下なんですけどね?」

「そうだったかしら?仮にそうだったとしても、私はもうギルドを辞めたの。もう部下じゃないわ。そんな事より、どうしてデニスがここにいるのかしら?ねぇ、副本部長?」

「貴女を探してたからに決まってるでしょう?まぁ、ここのギルドから救援要請が届いたので、詳細を確認していたら偶然貴女らしき名前を見つけたので、急いで駆けつけたんですけどね。」


このおっさん、冒険者ギルド本部の副本部長だったのか・・・。まぁ、フィーナに用事みたいだし、オレはさっさと退散しようかな。と思ったのだが、フィーナに捕まったので仕方なく留まる事にする。


「それで?ギルドを辞めた私に、何か用でもあるのかしら?」

「あのですねぇ・・・辞めます、はいそうですか、って訳にもいかないのは貴女もわかってますよね?」

「そんな事言われても、ギルドに戻るつもりは無いわよ?」

「貴女の意志がどうであれ、一度説明に来て頂かないと困るんですよ。」


今回、デニスっておっさんの言い分の方が筋は通っている気がする。会社で言えば、突然社長が「オレ、会社辞めるわ」って言うようなものだ。社員が納得出来る訳がない。そんな事をオレが考えたのが、フィーナにはわかってしまったらしい。


「ルーク・・・貴方はどっちの味方なの?」

「そ、そんなの当然、フィーナに決まってるじゃないか!何を言っているんだい?」

「ふ〜ん、そうなの〜?後でゆっくり話し合いましょうね?」

「すみません、ワタクシ嘘をつきました。ぐぇ!!」

「嫁の味方をしなさいよ!くぅぅぅ!!」


話し合い回避の為、正直に告白したら首を締められました。理不尽です。いや、オレが悪い。・・・悪いのか?いや、悪くないだろ!?・・・やっぱりオレが悪いですね。


「仲が良いのはわかりましたが、説明に来て頂けるんですよね?」

「そんなの当然、行かないに決まってるでしょ。」

「いや、ですから・・・」

「あ〜、フィーナはフォレスタニア帝国の王妃だから、国に話を通して貰えます?」

「・・・でしたら陛下が許可して頂ければ済みますよね?」

「うちの国、オレが勝手に判断する訳にもいかない事情があるんですよねぇ・・・。オレが長期間不在でも行政が回ってるんだから、大体わかりますよね?」

「えぇ・・・それは良くわかります。」

「ふざけるな!貴様がフィーナ様を縛り付けてるんだろ!?」


話が纏まりそうだったのに、我に返ったリックが言い掛かりをつけてきた。って言うか、またしても喧嘩を売ってきた。国王に対して、あの口の利き方はマズイだろ。根拠の無い言い掛かりには、流石にイラっと来る。


「何だ、やっぱり喧嘩を売ってるんだよな?前回はフィーナに返されたけど、今回はきっちりと受け取って貰うぞ?」


オレは売られた喧嘩を買うという意味を込め、副本部長に自身のギルドカードを渡す。これでオレもギルドとは無関係である。やっとムカつく職員を懲らしめる事が出来る。


「やっぱり?どういう意味ですか?」

「あぁ、それはねぇ・・・」


副本部長は事情を把握していなかったようで、フィーナが細かく説明してくれた。それを聞いた副本部長の表情が、徐々に険しいものとなる。


「リック、君の処分は本部に戻ってから言い渡します。大変厳しいものとなる事、覚悟しておきなさい。」

「な、何故です!?私はギルドの為を想って!」

「フォレスタニア皇帝陛下に対して不敬をはたらく事の、何処がギルドの為になると思っているのです?良くて鉱山奴隷。まぁ、陛下から訴えが上がった時点で、死罪はほぼ確実でしょうね。」

「そ、そんな・・・私はこんな所で死ぬ訳には行かないんだ!!」


あ、逃げた・・・。厄介事の予感しかしません。誰か後を追い掛けて、サクッと殺っちゃってくれませんか?・・・ですよねぇ、誰も行かないと思ったよ。皆の中でも、取るに足らない相手という認識なのだろう。まるで何も無かったかのように、副本部長が話を進める。


「うちの職員が失礼しました。指名手配しておきますので、後の事はこちらにお任せ下さい。それと、フィーナさんの件は帝国に連絡しておきますので、また後日という事で・・・。」


そう言うと副本部長は、今回の救援依頼に関する事後処理へと向かってしまった。今回のダンジョンは、色々と起こり過ぎたので、じっくり一つずつ解決するとしよう。



こうしてルーク達は、城へと帰る事が出来たのである。だが帰る直前、地面に光る物が落ちている事に気付き、拾って確認する。


「ん?地面にカードが・・・ってオレのギルドカードじゃん!あのおっさん、受け取ったフリして置いて行きやがったな!?」

「流石はデニス、やるわね・・・。」

「ちっくしょぉぉぉ!!」

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