第306話 襲撃

ティナ達がエリド村へ行ってから3日後の深夜。ルークとカレンは揃って執務室に居た。ルークは政務の続きを、カレンは紅茶を楽しんでいた。


(・・・どうやら来たようだな)


ほとんどの者が寝静まり、巡回する兵士達の足音しか聞こえない時刻。ルークは執務室に無音で近付く者達の気配に気が付いた。


「カレン、ちょっといいか?」

「何でしょう?」


事情を知る者達にとっては白々しい演技も、ルークの日常を知らない者達にとっては自然に見えた。ルークの横に回り込み、手にした書類を覗き込むカレン。出来る限り自然に近付いた2人が小声で認識をすり合わせる。


「人数は?」

「天井に4人、廊下の離れた位置に6人・・・でしょうか。」


真っ向勝負ならば敵なしに思える2人も、暗殺者という存在に精通している訳ではない。自分の感覚だけで決めつける訳にもいかないのだ。故に互いの感覚を確かめ合った。ズレているなら修正を、同じであれば次の行動を。そう決めていた。


しかし2人の感覚が同じでも安心は出来ない。気配だけでは察知出来ないような相手が居る可能性もある。だがその場合は、互いにフォローし合えば良いだけの事。不意を突かれても、ルークとカレンなら何とかなるだろう。怖いのはどちらかが人数を読み間違えていた場合。今回のフォローとは、足を引っ張る者を助けるという意味合いではないのだから。


「思ったよりも多いな。廊下の方は対処出来そうか?」

「えぇ、問題ありません。それで、どうするつもりですか?」


暗殺者はルークとカレン、それぞれに1人か2人だと予想していた。それが倍以上だった為、カレンは作戦の変更点を確認する。


「う〜ん、部屋の四隅に1人ずつだから、窓側の2人を残そうか。」

「わかりました。」


人数を確認しただけで、カレンはルークから距離を取る。あとは予定通りという事だ。


「ありがとう、助かったよ。」

「いえいえ。では一段落と言う事で、一緒に紅茶でも・・・あら?茶葉を切らしてしまいましたので、食堂へ取りに行って参ります。」

「ん?わかった。」


まだ茶葉は残っているのだが、位置的に暗殺者達が確認する事は出来ない。自然に演技をして、カレンが執務室を後にする。襲撃のキッカケを与えたのだ。



カレンが執務室を出て数分後。執務室の扉が勢い良く開け放たれ、覆面をした6名の暗殺者が押し入った。その音が合図だったのだろう。廊下側の天井を突き破り、さらに2名が降り立った。


本来ならば、そのまま一気に襲い掛かる手筈だったのだろう。しかし予想外の光景に、暗殺者達の動きが止まる。窓側に向かって魔法を行使する男性の後ろ姿。その先には、床から天井に向かって土壁が出来上がっていたのだ。これでは残る2人が降り立つ事など出来ない。しかもその土壁は、執務室の扉に向かって全方向から広がり続けている。


襲撃に気付かれていた。暗殺者達は瞬時に悟り、同時に二択を迫られる。このまま暗殺を実行するか、被害が出る前に撤退するか。


実は、彼らは超一流の統率の取れた部隊。であるが故に、判断はリーダーに委ねられる。言ってみれば、それは時間のロスでしかない。カレンやルークを相手に、その一瞬が致命的となる。


「「ぐあぁ!」」

「「「「「「っ!?」」」」」」


最後尾の2人が上げた悲鳴に、残りの6人が首を向ける。そこには武器を持った右腕を斬り飛ばされる2人の仲間と、剣を構えるカレンの姿があったのだ。


「1人も逃しません。大人しくリノアさん達の居場所を吐いた方が身のためです。」

「くっ!」


容赦はするな。そう言われていたカレンだけに、油断するような真似はしない。迅速に無力化し、口を割らせようとしているのが暗殺者達にもわかったのだ。だが当然、彼らも想定済み。寧ろ殺される心配は無いだろうと考えていた。リノア達の居場所は、咽から手が出る程欲しいはず。


そして拷問に耐えていれば、残った仲間が救出してくれる。そう考えていたのだ。だがそれは、ルークの一言で打ち砕かれる。


「全員殺せ。」

「え?」

「「「「「っ!?」」」」」


予想外の言葉に暗殺者達だけでなく、カレンまでもが耳を疑う。


「ここまで辿り着くような手練なんだ。拷問で口を割るとも思えない。逆にその程度で口を割られても信用出来ん。そんな不確かな情報なら無い方がマシだ。」

「でしたら減刑と引き換えに取引を・・・」

「犯罪者と取引はしない。皇族に弓引く者には極刑、それがこの国の法だ。一族郎党、尽く根絶やしにする。相手が国なら草の根1本残さず滅ぼしてやる!オレの女に手を出した事、後悔しながら死んで行け!!」

「「「「「なっ!?」」」」」


全員が驚きを顕にするが、実はルークの言葉はどの国の法律にも当て嵌まる。要はこの世界の常識なのだ。意外だったのは、リノア達の情報を要らないと言った事。


王族に手を出すのは、宣戦布告を意味している。スフィア達はリノア達の救出に意識を向けたが、ルークは戦争に意識を向けた。どちらが正しいかと言えば、実はルークなのである。ただし、どんな状況でも拷問はする。それすらもしないと言ったルークに、全員が混乱したのだ。


戸惑い、動けずにいるカレンから視線を外し、ルークは美桜を取り出し抜き放つ。無造作に目の前の暗殺者へと歩み寄り、そのまま首をはねる。


「ば、馬鹿な・・・」

「我々を殺せば情報は手に入らんのだぞ!?」

「いらん、と言っている。」


――ヒュッ


目にも止まらぬ速度で振られた美桜により、2人の首が舞う。


「ま、待て!言う!!」

「連れて行った・・・」

「うるさい。黙って死ね!」


――ヒュン


ルークは有無を言わさず、次々と暗殺者達の首をはねる。あっという間の出来事に呆然としていたカレンだったが、全員の体が倒れる音で我に返る。


「スフィア達を遠避けたのは、これが理由ですか・・・。」

「あぁ。こいつらを捕らえて吐かせようとするだろうからな。そして逃げられる。そんなのは我慢出来ないからな。今回ばかりは徹底的にやるぞ。誰1人生かしておくつもりはない。」



滅多に見せる事のないルークの表情に、人知れず身震いするカレンだった。

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