第305話 真意

翌朝、ティナ達をエリド村へ送り届けて執務室に戻ったルーク。政務に取り掛かろうとした彼の下をカレンが訪ねて来た。


「少しよろしいですか?」

「カレンか。何?」

「ティナやスフィアだけでなく、エレナ達まで遠ざけたのは何故です?」

「数日の内に、暗殺者が来るからだけど?」

「エレナ達が遅れを取るとは思えないのですが・・・」


暗殺者が来る。もしそれが本当ならば、エレナ達が残っていた方が対処は容易なはず。それなのに実力者揃いの冒険者集団を尽く遠ざけてしまった。そんなルークの考えが読めないカレンが、遠回しに真意を問う。


「何時来るかもわからない相手に労力を割くのは勿体ないだろ。スフィアにセラ、シェリー。そしてティナ、ナディア、フィーナ。標的が多いと、狙いが絞れなくて遅れを取る可能性がある。だったらオレとカレンだけの方が、こっちも相手もわかり易くていいだろ?」

「それはまぁ、その通りですけど・・・」

「あと、暗殺者が来たら遠慮は要らない。」

「それは・・・1人も帰すな、という意味ですか?尋問してリノアさん達の居場所を吐かせるのではなく?」


普通ならば、生かしたまま捕らえて拷問や尋問をする。場合によっては交渉するのもアリだろう。だがルークからそんな気配は微塵も感じられない。だからこそカレンは慎重に確認する。


「口を割るようなヤツは暗殺なんてしないだろ?仮に自白したとして、それが本当かどうかもわからない。もしも罠だった場合、さらに面倒な事になる。それにリノア達の居場所は、追い込まれた民が探してくれるんだ。オレ達が時間を無駄にする事もないさ。」

「そうですか・・・。もう1つお聞きしたいのですが、結界の魔道具とはそこまで信頼出来る物なのですか?」

「あぁ、アレか。そのままなら信頼は出来なかっただろうけど、稼働に必要な魔石を渡してあるんだ。オレが昼夜休まず、全力で攻撃し続けても3日は耐えられるだけの質と量を。」

「は?・・・はぁ!?」


流石のカレンも、驚くべき内容に耳を疑う。以前のルークが不眠不休で、全力を以てして3日。それはつまり、一国の軍隊が相手でも一月以上は保つ事を意味していた。


「そして今回、相手はすぐに動く。オレの予想では5日程度だと思ってるけど、民衆の動き次第じゃもっと早いだろうな。」

「そこまで多くの民が捜索にあたるものですか?」

「あぁ。抵抗するのは後ろめたい権力者だろ?民衆が対抗するには、数で勝負しなきゃいけないからな。そうなると勢いも凄まじい事になるわけだ。」

「ほとんど暴動に近い、と・・・」


少数ならば、貴族の私兵によって抑え付けられる。対抗するには大勢が一挙に押し寄せるしかないが、必死で捜索するのだからそうなるのは容易に想像出来た。


「まぁそんな訳で、オレ達が情報収集に当たる意味は無いよ。だからカレンは遠慮しなくていい。」

「私は、ですか?」

「あぁ。襲撃の際、オレがちょっとだけ細工をするつもりだからな。」

「細工?」

「そうだ。実は―――」



どのように対処するつもりなのかの説明に、カレンは静かに耳を傾けるのだった。





一方その頃、ティナ達はというと――


「まさかこうして村に戻って来るとは思わなかったわね・・・」

「そうだな。しかも魔物に荒らされてる様子も無さそうだし・・・」

「それは私とルークが、定期的に周囲の魔物を討伐しに来ていたからですね。」


無事な村を見回して感想を呟くエレナとアスコットに対し、ティナが理由を説明する。


「定期的って、一体何の為だ?」

「自分達が育った村ですから、それなりに愛着もありますよ。もっとも、1番の理由は魔物の多さでしょうか。世界中に食材を供給するとなると、効率を重視しなければなりませんし。」

「どういう訳か、この地は魔物が集まり易いものね。」

「オレ達がここを選んだのもそれが理由だしな。」

「どういう意味です?」


この地に村を作った理由。それはティナも聞いた覚えが無かった為、この機会に聞いておく事にしたのだ。


「・・・ティナって、本当に良く食べるでしょ?普通の場所だと、食材の確保に苦労するのよ。」

「「「「「・・・・・。」」」」」

「え?まさか、それが理由ですか?」


長い沈黙の末、待ち切れなくなったティナが声を上げる。誰もがエレナの回答に耳を疑った訳ではなく、他に高尚な理由が告げられると思い待っていたのだ。しかし、待ってみても続きは聞こえて来ないのだから、ティナとしては確認せずにはいられなかった。


「そうよ?」

「「「「「・・・・・。」」」」」

「ふふっ、冗談よ。」

「あながち間違いでもないんだが、まぁ、それも理由の1つという事だ。」

「お父さん?」


フォローになっていないアスコットの言葉に、不満げなティナが視線を向ける。


「この場所なら魔物に困る心配はない。強くなる必要があったオレ達にとって、戦いに明け暮れる日々はありがたかったのさ。」

「恐らく、魔の森に次いで過酷な環境にあるのよ。それに、魔の森には極力近付きたくなかったから・・・。」

「あぁ、なるほど。」


当時のエレナ達は、カレンに動向を知られたくなかった。その事を思い出し、納得するティナ。少しだけ重苦しい雰囲気になりそうだった為、エレナは話題を変える事にした。


「とりあえず家の様子を確認して、今後の予定を決めましょうか。」

「よ、よろしくお願いします。」

「えぇ、任せておいて。大丈夫よ、無茶な事をするつもりは無いから。」

「そうですか・・・」



スパルタを想像していたスフィアが躊躇いがちに頭を下げると、エレナは微笑みながら引き受ける。本当に無茶はしないのだと感じ取り、スフィアは胸を撫で下ろすのだった。

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