第74話 神域

翌日、朝になってもルークは目覚めなかった。前日に、ナディアが眠っているルークの頭を叩いた事が原因ではない。全員がルークを心配し離れようとしなかったが、学生は勉強に励むべきとの事でリノア達はカレンに送られて行った。現在、城に残っているのはティナ、ナディア、スフィア、セラ、シェリー、リリエルである。しかし、スフィアは帝国の仕事が、セラとシェリーにはスフィアの護衛という仕事がある為、ルークの部屋にはいない。


「ルーク・・・起きませんね?」

「そうね。疲れているだけならいいんだけど・・・リリエル?どうかしたの?」

「うん?なんか、眠ってるって言うより・・・魂が入ってないような感じがするんだけどなぁ?」

「リリエルもそう思いますか?」

「あ、カレンちゃん!?戻って来たんだ?・・・私はそう感じるかな。」

「そうですか。」

「・・・何か心当たりでもあるの?」

「・・・申し訳ありませんが、少し確認したい事がありますので失礼します。」


何やら考えこんでいるカレンに対しナディアが問い掛けるが、その質問には答えずに部屋を出て行ってしまった。


「怪しいわね。でもあれは、私達に出来る事は無いって事かしら?」

「おそらくそうでしょうね。暫くは私がルークの側に付いていますから、お2人はご自分の事をなさって頂いて構いませんよ?」

「そうだね。じゃあ、私は皆の所に行って説明してくるね!」

「なら私も、素材の整理をしてくるわ。早くルークに見て貰えるようにね。」


こうして眠り続けるルークとティナの2人きりとなった。ティナはルークの頬に触れ、優しく微笑みかける。


「ルーク・・・早く皆を安心させて下さいね?」




一方その頃、とある場所で目を覚ました者がいた。この世の物とは思えない、全てが美しい世界。沢山の花が咲き誇る、桃源郷と表現するのが適切な場所だ。そんなオレの背後に人の気配がするので、一応訪ねてみる。


「ここは・・・何処だ?」

「ここは神域って言ってな、神の住む場所だ。つっても、それぞれの世界に干渉する事を許されない、上の者しかいないんだけどな?」

「そうなのか・・・で?なんとなくだが、アンタがオレの父親か?」

「へぇ?良くわかったな?」


いや、自分で認めるのも釈然としないが、どう見てもオレに似ている。兄弟と言われても不自然ではないだろう。しかし、何故オレはこんな所に?そして、何故オレは父親と対面しているのだろう?


「色々と聞きたい事もあるだろうが、のんびり説明してる時間も無いんでな。悪いが勝手に説明させて貰うぜ?」

「え?あ、あぁ・・・いや、待ってくれ!その前に聞きたい。アンタ・・・がオレの父親で、神のトップなんだよな?」

「おう!オレの名はアーク。一応、最高神って立場にある。お前の父親だな。」

「どうしてオレはここに?」

「まぁ待て!出来る限り説明してやるから黙って聞け。いいな?」

「・・・わかった。」

「まぁ、ここに座るか。よっこらセックス・・・。」


本当は敬語とか使うべきなのかもしれないが、とてもそんな気にはなれなかった。オレの目の前に座った男、若いのだ。オレと同年齢と言われても疑わなかっただろう。そして、セリフがオッサンなのだ。父の威厳とか、立派な物は微塵も無い。


「なんだかノリが悪いな?まぁ、ほぼ初対面みたいなもんだし、仕方ないか。・・・さて、勝手に説明させて貰う。今回お前の意識、というか魂を神域に連れて来たのはオレだ。目的は状況説明と、頼み事があったからだ。まず状況からだが、お前は目覚めると覚醒する。魔力を使い切る事が、お前が覚醒する為の条件だったみたいだな。普通、神々は幼少期には覚醒しちまうもんなんだが、お前の場合は元人間の魂が入ってるもんだから、ちょっと特殊だったみたいだ。そんでだなぁ、覚醒するとレベルが1になる。・・・ここまでで質問は?」

「もっと早くに、ここへ連れて来なかった理由は?元人間の魂って、普通は違うのか?」

「覚醒前の状態だと、ここに入れないからだな。今のお前は覚醒した状態だ。だから連れて来る事が出来た。魂については・・・ちょっと訳有りでな?」

「・・・訳有りって何だよ?説明しないなら、頼み事ってのも聞かないからな?」


父・・・アークが視線を逸らし、顔を背けた。何か言い難い事でもあるのだろう。これは絶対に聞いておいた方が良い気がする。


「ったく・・・いいか?オレと神崎にはそれなりに縁があってな。昔困った時に手助けしてやったんだが、その礼にオレが困った時に助けて貰う約束をしてたんだ。で、その対象がお前だったって話だ。まぁ、その・・・お前が死にそうな場面があったからチャンスだと思ってな・・・魂を転移させた訳だ。」

「死にそうな場面って・・・あぁ!!トラックに引かれそうになった時、地面が輝いてたのはアンタのせいか!?」


15年も前の事だから忘れ掛けてたが、確かにあの時地面が光り輝いていた。確かそのせいで動けなかったんだよな・・・。そうか、コイツのせいか。まぁ、済んだ事は仕方がない。若返ったと思って諦めよう。それよりも、神崎の話は初耳だ。


「まぁ、それはもういいや。それより、神崎との縁っていうのは?」

「昔は難儀な仕事してたろ?暗殺なんて褒められた仕事じゃねぇけどよ?一族の努力は素直に感心したもんさ。で、その一族の危機に手を貸してやった。特別な力なんて存在しないあの世界で、あれだけの戦力だ。他の世界に行ったら、そりゃあもう・・・想像出来るだろ?そんな一族に、歴代最高の資質を持った変わり者が現れた訳だ。何としてでも引き込もうと思った訳よ。」

「変わり者って何だよ?」

「充分変わり者だろ?有名な大学の医学部を主席で卒業したのに、家の病院を継がずに料理人になるような奴だ。人を殺す為には、人の体を熟知してなきゃならないってのが教えだったか?その教えを守る為に学校に通ったってのに、全く見当違いな道を選ぶようなヤツだ。」

「確かにそうだけど・・・誰が何の仕事したって構わないだろ?」


確かにオレは医師免許を取得した。周囲からは、次期後継者なんて思われていたようだが、料理して喜んで貰える事の方が嬉しかった。それに、オレはスイーツが好きだったんだ。


「確かに何したって構わないけどよ・・・お前の母親が毎日のように『あの男のスイーツが食べたいわ』ってオレに言って来る訳だ。本当はお前が死ぬまで待つつもりだったんだけどよ?いよいよオレも耐え切れなくなっちまってな。恩を返して貰うっていう大義名分もあったし、チャンスだと思ってな・・・。」

「いや、遠くを見ながら言われてもな・・・。気持ちは察するけど、無理矢理はダメだろ?」

「別に、あの世界に執着がある訳でもなかっただろ?恋人と死別もしたしな。」

「恋人?」

「覚えてねぇのか?・・・まぁ、無理もないか。お前が唯一心を許した相手の死だもんな。」


恋人との死別・・・ダメだ、思い出せない。きっと、相当なトラウマになっているんだろう。


「ちなみに、そいつもフォレスタニアに転生させた。お前に協力して貰う為の保険としてな。一応記憶は消しといたけど、きっかけがあれば思い出すかもしれない。あぁ、2つの世界は時間軸が違うから、年齢はアテにならないぜ?」

「人質みたいなものか。誰なのか聞いてもいいか?それと、母親についても。」

「人質なんて物騒な表現はやめてくんねぇかな?報酬の先払いってヤツだから。誰なのかは教えてやらねぇ。自分で探してみな?まぁ、見つからなくても困らないだろうさ。当然、母親の件も秘密だ。」

「何でだよ?」

「そこで聞き耳を立ててるヤツがいるからだよ。」

「全て聞かせて頂けるものと思っていたのですが・・・やはり教えて頂く事は出来ませんか。」


聞き覚えのある声のした方に顔を向けると、木の陰からカレンが現れた。


「カレン!?いつからそこに?」

「ほんの少し前からです。異なる世界間での転生など、通常は有り得ない事態ですからね。妙だとは思っていましたが、やはりアーク様が・・・。」

「まぁな。それより随分と雰囲気が変わったな?誰かを愛するって事は、戦闘馬鹿をも変えちまうのか。くっくっく。」

「アーク様!戦闘馬鹿とは些か失礼ではありませんか!?いえ、すみません。それよりも、ルークへの頼みとは?」


あぁ、そう言えば忘れてたけど、そんな話だったか。出来れば聞きたくないんですけど・・・。


「・・・まぁ、カレン弄りはこの辺にしとくか。単刀直入に言うが、近いうちにフォレスタニアで大きな問題が2つ同時に起こる。カレンは1つに掛かり切りで、両方には対応出来ないだろう。まぁ、カレンのお陰で片方は対処出来るんだがな。もう片方に関して言えば、仮にカレン1人がいた所で対処は出来ない。」

「何でそんな事がわかるんだ?」

「オレはこれでも最高神なんだ。・・・ってのは嘘で、未来が視える者に教えて貰った。その未来は変える事が出来ない「でしたら!?」おっと、教える事で違う問題が発生するんだ。だからカレンにも教えてやる事は出来ない。」

「それで?その後フォレスタニアはどうなる?」

「フォレスタニア全土が恐怖に包まれる。そして・・・人々の恐怖心が膨らみ、やがて魔神が復活するだろう。」


魔神・・・復活するのかよ。最高神ってのも大した事ないな。と思っていると、父の視線が鋭くなった。


「言っておくが、オレは各世界の事には干渉しない。お前達に助言してんのだって、本来ならルール違反なんだ。娘みたいに可愛がってたヤツと、実の息子だからここまで骨を折ってるだけでな?それに、オレにはやる事があるし・・・。」

「やる事?」

「今回の件、何者かが裏にいる。オレはそいつを探してるんだ。まぁ、まだ何もわかってないけどな?」

「それはつまり・・・。」

「まぁ、あまり憶測で物を言うもんじゃねぇよ。で、話を戻すが、ルークへの頼みってのは『強くなって魔神を封印、もしくは倒して欲しい』って事だ。」

「「っ!?」」

「それに伴って追加しておく事もあるんだが、こっちは頼みじゃなくて忠告だ。ルーク、お前の嫁さんや愛人全員が亜神となった段階で、学園を休んで旅に出ろ。で、異変を感じたらすぐ自分の国に戻るんだ。いいか?この忠告は絶対に守れよ?どれか1つでも守らなかったら、お前の嫁さん達は死ぬ事になる。それを切り抜けて初めてオレの頼み事に移れるんだからな。」


忠告の内容は、頼み事を聞くまでの準備段階って事なんだろうか?しかし、強くなる為に学園を休む必要があるのだろうか?カレンと模擬戦でもしてた方が効率的だと思うんだが・・・。


「その面は、カレンと模擬戦でもしてた方がマシってとこか?言っとくが、それはダメだ。・・・はぁ、ここまで説明するつもりじゃなかったんだがなぁ。いいか?魔神なんて輩が封じられた世界は数える程しか無い。で、そんな世界じゃ複数の神が対応に当たってるんだ。ずっとフォレスタニアにカレン1人なんて状況から考えても、あの世界には相当ガタが来てんだよ。で、お前が回る事によって悪い部分が治っていく。それが神が世界各地を回る理由、神の祝福、神の加護というもんだ。」

「そ、そうだったのですか!?」

「「知らなかったのかよ!?」」


イカン、父とツッコミがハモってしまった。そう言えばカレンは、暇だから各地をブラブラしてるって言ってたな。あれって冗談だと思ってたんだが、本気だったのか・・・。


「ったく・・・カレンが知らないって事は、比較的若い奴等は知らないんだろうな。1回シゴクか・・・。おっと、予定より長くなっちまった。そろそろ戻らねぇと、叱られちまう。」

「アーク様・・・態々ありがとうございました。」

「なぁに、カレンも娘になったんだ、構わねえよ。じゃあな!」

「あ、父さん!」

「ん?何だ?」

「父さんもフォレスタニアなのか?」

「あ?・・・あぁ、名前か?フォレスタニアってのは、その世界を管理する神に与えられた称号みたいなもんだ。オレにはねぇよ。だが、そうだな・・・何かつけるか?う〜ん・・・エストレアにするか!」

「ちょっと、そんな簡単でいいのかよ?」

「ん?いいんじゃねぇか?ちなみにエストレーヤをチョイと変えてみた。ちなみにルークはルークスから付けたって、お前の母親が言ってたぜ?あっ!やべっ!!オレを探しに来やがった!じゃあ、またな!!」


慌ただしく立ち去る父の姿を眺めていると、数人の神と思われる者達が父の元へと向かって来ていた。あれは多分、仕事の途中で抜け出して来たってパターンだろう。


「さて、そろそろ戻りましょうか?」

「そうだね。帰ったら皆に説明しないとね・・・。」

「私は3度目なので幾分平気なのですが、ルークは初めて神域に足を踏み入れました。恐らくフォレスタニアに戻っても、ここの記憶が鮮明になるのは時間が経ってからのはずです。ですから、説明は私がします。まぁ、まずは戻りましょうか?」


そんなもんなのか。カレンも3度目って事は、気軽に訪れる場所じゃないって事なのかな?そんな事よりも、歩き出したカレンに気になった事を聞いてみる。


「ねぇ、カレン?」

「何ですか?」

「エストレーヤって何?」

「さぁ?」


そうだよね、そんな気がしてましたよ。ここには辞書もネットも無いんだよ・・・。肝心な所が抜けてるよ、オヤジ。

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