第169話 鬼軍曹登場
嫁達が何の手掛かりも得られずに神殿へと戻り、夕食を御馳走になった少し後。聖女に呼ばれて他愛無い話に花を咲かせていた時の事。ガールズトークと呼んではならない、言わば女子会が盛り上がりを見せ、小腹の空いたティナに気付いた聖女が同席していたシスターに声を掛ける。
「悪いけど、お菓子を持って来て貰えないかしら?」
「どのような物をお持ちしますか?」
「そうねぇ・・・折角お越し頂いたのだから、あの店の物をお願いするわ。」
「それはいいですね。すぐにお持ち致します。」
嫁達にはわからないやり取りをして、シスターが部屋を後にする。当然気になった嫁達は首を傾げる。
「あの店、ですか?」
「え?あぁ、エミリアは知らないわよね。数日前、王都に新しく出来たお菓子屋なのよ。珍しい上に美味しくてねぇ。毎日食べてるのよ。」
女性達は基本的に甘い物に目がない。全く疑問に思う事無く聖女の話に食い付いたのだが、聖女の性格を良く知るエミリアは眉を顰める。
「・・・昨日は出ませんでしたよね?」
「昨日は品切れだったのよ。」
「品切れ?売り切れではないのですか?」
普通ならば、どちらも同じ意味に思える。しかし厳密にはニュアンスが異なる。購入しているのなら、売り切れと表現すればいいと思ったのはエミリアだけであった。
「鋭いわねぇ。相変わらず、凄まじい食い意地だこと。」
「聖女様!?」
オホホ、と厭味ったらしく笑う聖女に、エミリアの頬が引き攣る。
「冗談よ。エミリアの読み通り、みんなで食べたら無くなってしまったの。ごめんなさいね。」
「「「「「・・・・・。」」」」」
ちっとも悪びれる様子も無い聖女に、嫁達は言葉を失う。いや、正しくは言葉を飲み込んだのだ。それぞれが異なる内容だったので言及しないが、要はクソババアだと思ったのだ。
何とも微妙な雰囲気となったのだが、それも一瞬の事。お菓子を取りに行っていたシスターが戻って来たのだ。余談だが、嫁達の分が残っていたのは偶然ではない。前日の反省を活かし、嫁達の分も購入したに過ぎない。
盛り付けの関係で持ち切れなかったらしく、ゾロゾロと他のシスターを引き連れて来る。皿の上に乗せられたお菓子の数々に、嫁達の視線が釘付けとなった。美味しそうだから、という意味では無い。単に見覚えがあったのだ。
「シフォンケーキ!?」
「こちらはマフィンです!」
「このクッキーにも見覚えがあります!!」
「「「「「ルークね。」」」」」
本来であれば、見た目ではなく味で判断すべきだろう。しかしこの世界において、ルークの作るようなお菓子は存在しない。ある種のオーバーテクノロジーなのだ。勿論環境の違いも大きい。何時魔物に襲われるかわからない生活では、嗜好品を開発する余裕が無い。例えるなら、料理は出来てもお菓子は作れないのと同じかもしれない。
嫁達全員の呟きを聞き、今度は聖女やシスター達が首を傾げる。
「ルーク?」
「皆さん、このお菓子とその料理人をご存知なのですか?」
シスター達が嫁達に質問を投げ掛ける。対話はスフィアの担当なのだが、彼女は絶賛反省中である為、受け答えは顔馴染みのエミリアが行う。
「まず間違い無いと思うのですが、私達の訪ね人はこのお菓子を作った方です。このお店は何処です?」
「え?ここから30分程の所にある住宅街ですけど・・・」
出来る事なら今すぐ乗り込もうと思った嫁達だったが、もう時間も遅い。それに万が一取り逃がした場合、夜の闇に紛れるだろう。人影もまばらな住宅街では、転移される可能性もある。そう判断したエミリアは、他の嫁達に確認する事なく話を進める。
「距離がありますね・・・。すみませんが、明朝案内して頂けますか?それと、店内には他に誰が?」
「わ、わかりました。彼の他には、獣人の女の子が2人おりましたけど・・・」
「「「「「女の子!?」」」」」
「「「「「ひっ!?」」」」」
シスターの説明に、嫁達の雰囲気が一変する。あまりの恐怖に、その場で話を聞いていたシスター達までもが悲鳴を上げた。しかしそんな嫁達に対し、勇敢にも苦言を呈した者がいた。聖女である。
「エミリア、それに王妃様方。貴女方の目的は何ですか?」
「それは・・・」
「謝罪です。」
言い淀んだエミリアを遮る形でスフィアが断言する。
「今回の一件、詳しい事情は知りませんが悪いのは貴女達ですよね?にも関わらず、その事を棚に上げて相手を叱りつけようと思っていませんか?」
「「「「「・・・・・。」」」」」
痛い所を突かれ、誰も言い返す事が出来ない。ちなみにだが、唯一ティナだけは無反応であった。彼女の目がお菓子に釘付けだった事は否定しないが、それとは別である。終始冷静だったお陰で、シスターの言葉を正確に理解していた。
(『女性』ではなく『女の子』ですか・・・。それよりあのお菓子は絶対に死守しましょうか。)
・・・訂正しよう。お菓子に釘付けだった影響も大いにある。聖女の説教を聞きつつ、誰にも悟られぬまま静かにお菓子を堪能していた。かなりの量を用意してくれていた為、少し食べた位では気付かれないという計算の上で。
「そんな頭に血が昇ったような状態で謝罪した所で、相手に伝わるはずがないでしょう!?悪化して取り返しのつかない事態になっても良いのですか?」
「「「「「・・・・・。」」」」」
「そもそも貴女達はーーーーー」
この国を訪れたのは脳筋達に変態、あとは権力と食欲の塊みたいな嫁である。多くの者達を教育してきた聖女にとって、彼女達を鍛え直す必要があると感じたのも無理はない。完全にスイッチの入った聖女によって、夜遅くまで絞られたのだった。
翌朝。逃げるように神殿を飛び出した嫁達はシスター案内の下、ルークの店の近くにいた。
「これ全部がお客なの!?」
「既に100人以上いるわね。」
あまりの行列にナディアが驚き、フィーナが大まかな人数を数える。すると案内してくれていたシスター達が、説明と私情を綯い交ぜにした言葉を発する。
「全種類買うつもりでしたら、夜明け前から並ぶ必要があるんです。随時補充してくれるんですが、それでも無くなるタイミングがありまして・・・」
「今日は何種類か買えそうにありませんね。」
若いシスターが溜息を吐きながら嫁達を見やる。流石に他国とは言え皇后達を夜明け前から並ばせる訳にもいかず、こんな時間の訪問となった為だ。その視線に耐え切れず、嫁達は視線を逸らす。しかしそこでもティナさんだけはマイペースである。
「後でお菓子を作って貰うよう頼んでみますから、ここで買えなくても大丈夫だと思いますよ?」
「「本当ですか!?」」
まるで女神でも見るかの如く、シスター達が勢い良くティナに顔を向ける。女神と言えば女神なのだが、正真正銘の女神ならばその横で視線を逸している。そして、なんちゃって女神の言葉に反応したのはシスター達だけではない。並んでいた客達までもが一斉にティナへと顔を向けたのだ。
当然そのような相手とお近付きになろうと考える輩もいるのだが、彼女達が腰に差す武器を見て考えを改める。当然嫁達の多くも身構えたのだが、何も起こらない事で肩透かしを食らう。
「腕ずくで・・・って考える者がいると思ったんだけど。」
「それは昨日の話が広まってるからですよ。」
前に並んでいた商人風の男性が、ナディアの呟きに反応した。
「何かあったの?」
「昨日遅くに来た貴族がいたらしいんですけどね?他の客が確保した商品の1つを横取りしたみたいなんですよ。それに激怒した店主が貴族を殴り飛ばしまして・・・。揉め事を起こした者には2度と売らないって宣言したみたいです。」
「貴族相手に!?大丈夫なのですか?」
ルークなら確実にやるとわかっている嫁達は苦笑したが、案内してくれたシスターは驚いていた。
「えぇ。閉店後に私兵を引き連れてやって来た貴族達をボコボコにして、さらには屋敷に乗り込んだらしいですよ。普通なら衛兵に捕まる所なんですけどね?逆に貴族が頭を下げたって話です。一体何者なんでしょうね?」
(((((ウチの皇帝です。)))))
商人の言葉に、嫁達全員が内心で呟く。まだ確定ではないのだが、ここまでメチャクチャならば間違い無いだろう。絶対にルークだと確信した瞬間でもあった。
その後も周囲の者達と雑談を交わし、2時間程で自分達が入店する番となる。覚悟を決めたスフィアを先頭に店内へ足を踏み入れると、まだ商品を選ぶ者の姿があった。
「うんしょ、うんしょ。あ!いらっしゃいませなの!!」
店に入って来た嫁達に気付いたのか、懸命に商品を運んでいるカノンが声を掛けた。小さい子供が一生懸命に手伝う姿。これには流石の鬼嫁達も、その心を鷲掴みにされた。
「「「「「か、可愛い!!」」」」」
特に我慢の限界を振り切ってしまったのがティナである。どうやら食べ物以外にも興味はあったらしい。嫁達がカノンに目を奪われる中、額に筋を浮かべたティナが声を張り上げる。
「ルーク!ちょっと来なさい!!」
「「「「「ひぃ!?」」」」」
「はい!」
全く耐性の無かった嫁達や客達も悲鳴を上げる。同時に店の奥から返事が。そしてすぐにルークがティナの前に現れる。当然気を付けの姿勢で。
「こんなに小さな子に仕事をさせるなんて、一体何を考えてるの!?」
「はい!すいませんでしたぁ!!」
口調までもが豹変したティナに、ルークは見事なジャンピング土下座を披露する。厳しく採点しても100点満点である。それ程必死なのだ。ルークは過去の経験から、例え自分に非が無くとも逆らってはならないと理解している。生きる上で、理不尽とはままあるのだ。
「謝る位なら最初からしなきゃいいでしょ!わかってるの!?」
「こ、これには海よりも深い事情がありまして・・・」
「本当に?」
「はい!本当であります!!」
必死過ぎてルークまで口調が変わっているのだが、唖然としているせいで誰も気付かない。ブチギレティナさんだが、ルークの言い分を聞くだけの冷静さは持ち合わせていた。
「話は後でじっくり聞かせて貰うから、まずはナディア!」
「はい!」
「この子と仕事を代わって!!」
「了解しました!!」
ティナ鬼軍曹の命令に、ナディア二等兵が行動を開始する。
「次、スフィア!」
「は、はい!」
「向こうで会計している子と交代!!」
「わかりました!!」
続いてスフィア一等兵がシノン目掛けて駆け出す。
「ルークは持ち場に戻る!他の者はルークの手伝い!!」
「「「「「はい!」」」」」
その他三等兵はティナの後に続き、厨房へと向かって行った。この日、増援部隊が到着した事で夕方まで営業を続けた結果、店を閉めた時には全員がクタクタだったのは言うまでもない。
一方、仕事を奪われたシノンとカノンは、ティナに勉強を見て貰ったらしい。店を閉める頃には完全に2人の『お姉ちゃん』となっていたのだった。
ちなみに嫁達が仕事に慣れ始めた頃、ルークはふと気付く。
「あれ?何でみんなが手伝ってるの?」
「「「「「・・・・・。」」」」」
人とは忘れる生き物である。都合の悪い事など特に。そして事実を口にしなかった嫁達の選択は正しい。ルークがティナに対し、頭が上がらない理由の片鱗を垣間見た嫁達なのであった。
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