第303話 暇

昼食を摂ってから1時間が経過した頃、バタバタと廊下を走る音に気付いたルークが顔を上げる。何事かと思っていると、執務室のドアが勢い良く開け放たれた。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・一体どういうつもりですか!」

「スフィア・・・何の話だ?」


ノックも無しに押し入ったスフィアを責めもせず、ルークは淡々と問い掛ける。


「わかっていて聞いているのでしょう!全ての取引を停止した件です!!」

「あぁ、それか。売られた喧嘩を買ったまでだ。」

「売ら・・・子供じゃないのですよ!そんな理由で納得出来るはずがないでしょう!!国の損害、何より、どれだけの民が犠牲になると思っているのですか!?」


激昂するスフィアに、ルークは頬杖を突きながら溜息混じりに尋ねる。


「はぁ。なぁ・・・どうしてスフィアが納得しなければならないんだ?」

「そんなのは、私が政務を任されているからに決まっ・・・決まって・・・。」


事実を口にした事で、スフィアは重大な事実に気が付く。


「そうだ、スフィアに任せていたんだ。今まではな。」

「そう・・・ですね。」


ルークの発言により、何を言わんとしているのか思い至る。普段、例えスフィアが失敗しても絶対に言わないセリフ。今回ばかりは避けられないと悟り、スフィアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「スフィアは本当に良く頑張ってくれた。相当疲れてるみたいだし、この機会に暇を与えよう。期間は、そうだな・・・疲れが取れたとオレが判断するまでだ。」

「・・・・・わかりました。」


料理人として振る舞っている普段ならともかく、皇帝として振る舞う今、噛み付くのは得策ではない。

それが誰よりもわかってしまうため、これ以上は反論せずに引き下がる。踵を返して立ち去ろうとするスフィアの背に、ルークは答えていなかった疑問に答えた。


「そうそう、さっきの質問に対する答えだけど、何も国内への食料供給を絶つ訳じゃない。つまり、もし今回の件で犠牲が出るとしても、それは帝国の民じゃない。だからオレやスフィアが考える必要の無い事だ。」

「っ!?・・・失礼します。」


ルークの指摘に、思わず声を上げそうになる。だが何とか堪えて執務室を後にした。スフィアが反論しようと思ったのは、他国の民がどうなっても良いのか追求しようとしたから。そしてそれを控えたのは、それが国のトップとしては正しい判断だと思ったからだ。


人としては間違っているのかもしれないが、政治に携わる者としては間違っていない。他国に口出しすべきでないのだ。これまでは善意から支援を行って来た。その結果、相手は恩を仇で返して来た事になる。いや、恩を感じていなかったのかもしれない。


スフィアは王族として、厳しい決断を下す事も出来る。だがそれは、相手を問わずというわけでもない。罪を犯した者や、結果を残せなかった貴族に対してのみ。故にルークからは優しいと言われるのだ。

甘いとも言うが。



「さてと、次は誰が来るのかな?」


次に噛み付いて来るのは誰だろう。そんな下らない予想をしながら、政務を再開したルークであった。





一方のスフィアだが、時間を持て余した事で何をすべきか考える。仕事人間から仕事を取ったら何が残るのか。そんな事は言わずともわかる。政務以外で時間を潰さなければならないが、スフィアの知識に答えは無い。ならばどうするのかと言うと、答えは簡単。知っていそうな者に聞くのである。


しかし問題がある。聞ける相手がいないのだ。


冒険者組に聞けば、魔物退治と答えるだろう。だがスフィアの参考にはならない。ならばそれ以外となるのだが、その相手は誘拐されている。唯一残っていたルビアも、今は実家に帰されていた。


「カレンさん、は紅茶を飲みながらボーッとしているだけですし・・・困りましたね。」


非常に失礼な物言いだが、純然たる事実。人知れず努力はしているのだが、知られていないので仕方ない。参考に出来る相手がいないのであれば、考え方を変えるしかない。


「となると、ルークに意見出来る方に相談するしかありませんね。」


取り上げられた仕事の一部だけでも返して貰う。その為の助っ人を用意しようと言うのだ。幸いにも城内には数人居る。数撃てば当たるだろう。




「――で、私達の所に来たと?」

「えぇ。何とかなりませんか?」

「う〜ん。私達が言って聞くとも思えないし・・・」


スフィアに相談を受けた人物が腕を組んで唸る。


「ねぇ、ティナ?何か良い方法は無い?」

「そうですね・・・ルークに聞きたい事もありますし、私が行って来ます。」

「本当ですか!?」


エレナに声を掛けられたティナが答えると、キラキラした眼差しのスフィアが視線を向けて来た。


「はい。ですが、あまり期待はしないで下さいね?」

「よろしくお願いします!」


余程困っていたのだろう。嬉しそうにティナの両手を握って懇願するスフィアに苦笑しつつ、ティナはルークの下へ向かうのだった。

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