第188話 生存への道1

「それで・・・種を確保するのは良いが、それをどうするのじゃ?」

「実は今、帝都の地下に農園を作っています。それだけでは帝都の食料すら賄い切れないでしょうが、無いよりはマシです。」

「地下に農園じゃと!?そうか、ドワーフ国を参考に・・・」


考えもしなかったのだろう、カイル国王が驚く。


「元々は異なる環境下で育つ作物を栽培しようとして開発していましたが、この際そうも言ってられないでしょう。まずは充分な量を確保出来る穀物の栽培に着手するつもりです。」

「そうじゃな。今備蓄している穀物で半年、或いは1年保つじゃろう。考えるべきはその後か・・・。」

「えぇ。そしてそれは地下通路の脇に作っています。この国にも作る事が出来るはず。」

「真か!?いや、まずはドワーフの人材確保か。じゃがそれも、ルークのお陰で何とかなる。早速この国でも取り掛かろう。」


やはりカイル国王は凄い。普通ならば調査結果などを精査して、採算が取れるかどうかを吟味する。未曾有の危機が迫っているのだが、それも自らが調査した訳でもない。だというのに、即断即決が出来るのだから、本当に民の事を想っている王というのが伺える。


「とりあえず、地下通路の入り口だけは何としても死守しなければなりません。その前に街の警備も必要ですが。」

「うむ。地下通路の出入り口は王都にしか無い。他の街や村の民達は、出来る限り王都に避難させるしかないようじゃな。王都に入り切らない者達には、地下農園の開発に携わって貰うしかないか。問題なのは、通路が我らの国にしか無いのをどう説明するかじゃが・・・。」


カイル国王の懸念は、スフィアが招集をかけた世界政府の緊急会合にあるのだろう。他の国に責められるのは目に見えている。別に相手をする必要など無いのだが、見殺しにするようで気が引けるのだ。


「それなんですが・・・実はもう他国への道は出来ているんです。」

「は?」

「勢い余ってというか、調子に乗ったというか・・・ドライアドが、ですよ?」

「でかした!じゃが、全ての国ではないじゃろ?」

「えぇ。ミーニッツは学園都市まで。これは通学目的です。あとは作物の出荷を目的としてクリミア商国に。」


完全に私利私欲の為なのだが、別に文句を言われる筋合いはない。こんなに早く作れる物でもないし、通行料も取らないのだ。感謝して欲しいくらいである。


「随分と地下道の数は少ないが、あるだけマシじゃな。」

「一応、嫁さん達の実家がある街までは作る予定ですよ?」


贔屓と言われるだろうが、それは承知の上だ。愛する嫁の為に行動して何が悪い。


「そう考えると、この国はツイておった事になるな。ふむ、何故今この話をしておるのかと思っておったがそういう事か。儂の主導で会議を進めさせ、その間に地下道を作ろうとしておるのじゃな?」

「はい。私のせいでスフィアは反感を買うはずですから、第三者である陛下にお願いすべきと思いまして。自分の口で説明すべきなのでしょうが、あまり時間も無さそうですし・・・。」


不本意ではあるが、オレかカレンが脅してでも会議を進めたい。しかしそうしている時間も惜しい。ならば誰かに任せたいが、嫁さん達を嫌われ者にするのも憚られる。だったら無関係の第三者に頼むのがベスト。その点カイル国王ならばうってつけだろう。他国の王達からも一目置かれているっぽいしな。


「わかった。ならばまず儂がすべきは、情報入手の手段をどうでっち上げるかじゃが・・・」

「でしたら直接見て頂くのが1番でしょう。ウチの嫁達は通信用の魔道具を持っています。会議でその話になったら連絡して下さい。王達を転移魔法でライムにお連れしますから。」

「な、何じゃと!?転移魔法だけでも騒ぎとなるのに、通信用の魔道具まであると言うのか?いや、やむを得んか・・・。ルークよ、転移魔法は仕方ないが魔道具の方は秘匿するべきじゃ。」


カイル国王の驚きはわかる。この世界の通信手段は紙だ。相手の下に届くまでに時間は掛かるし、何より確実性が無い。道中で魔物か盗賊にでも襲われたらそこで途絶える。そこにタイムラグ無しで確実に届く情報伝達手段が登場すれば、こぞって入手しようと考えるだろう。


地球のように、国民のほぼ全てが入手すれば問題無い。だがオレしか作れない状況ではそれも難しい。であれば、それはまず軍事目的で利用されるだろう。下手をすれば戦争が起きる。そう思い至ったカイル国王の助言は有り難いと言える。悪人ならば尚更、どんな手段を使ってでも手に入れようとするだろうから。


「ご忠告感謝します。そうですね・・・その辺は上手くやるとしましょう。所で肝心の会議は何時開かれるのです?」

「緊急招集とは言うが、準備が整うのは明日の昼じゃな。」

「随分とのんびりしているんですね?」

「何処の国も、王とは忙しいものじゃ。お主が羨ましいわい。」


ここに来て嫌味を言われるとは思っていなかった。そろそろお暇しようじゃないか。


「でしたらオレもそろそろ帰りますね。」

「待つのじゃ。一度儂をライムに連れて行って欲しい。」

「・・・は?」

「いや、お主を信頼しとらん訳ではないぞ?じゃが会議を進める上で、実際に見ているのといないのでは全く違うであろう?」


あぁ、そういう事ね。この人もピンと来ていないって訳か。それもそうだよな。


「わかりました。では1度ライムにお連れします。・・・このまま向かって良いですか?」

「構わん。誰にも言えんのじゃ、臣下を気にする必要は無いぞ?」


カイル国王の言い分はもっともなので、オレはカイル国王の手を取りライムへと転移する。安全だと思われる、オレが作ったトンネルの上。その先に広がっていたのは、今尚洪水のように飛び出す魔物の群れであった。



「こ、これは・・・」

「あの1匹1匹がエリド村周辺の魔物と思って下さい。」

「そうか・・・魔物が他国に移動するのに数日は掛かるか。何とか間に合いそうじゃが、この国はダメかもしれんな。」


ライムの王都を守る為に行動はしたが、それ以外の街や村は手付かずのまま。王都から出られなければ、いずれ食料は底をつくだろう。それ以前に、誰かが迂闊に門を開けた瞬間王都は滅びる。


ましてや魔物の絶対数が多いのは、出口のあるこの国だ。魔物の出現が止まり、生態系が整うまでの長い期間それは変わらない。それまで耐え切れるかと言われれば、答えは限りなくノーと言える。


「一応未然に防げなかった責任は感じていますから、この国に関しても尽力するつもりですよ?」

「ルークがそこまでする必要も無いのじゃが・・・すまんな。」

「いえいえ。そうだ、ついでに飛んで周辺の調査をしたいのですが構いませんか?」

「空まで飛ぶか・・・好きにすると良い。儂も空を飛ぶのには興味があるからの。」


カイル国王を放っておく訳にもいかないので、試しに聞いてみたら予想外に乗り気であった。この時は知らなかったのだが、風魔法で自在に飛べる者はあまりいないらしい。


一般的に魔法が使える者のイメージとしては、紙風船を扇風機でコントロールするような感じだ。浮かび上がるのも移動するのも猛スピードとなるのだから、ハッキリ言って自殺行為。



基本、そこまで細かい魔力操作の出来る者は少ない。戦いに明け暮れる者でもなければ、絶妙な魔力操作は必要無いのだ。魔物と戦うにしても、全力で魔法を放つだけである。手加減してやられましたでは笑い話にもならない。



話を戻そう。カイル国王と共に風魔法で浮かび上がり、そのまま王都の上空へと移動する。一応気遣って声を掛けようとしたが、先にカイル国王が声を上げた。


「ほほぉ!これは絶景じゃのぉ!!」

「・・・大丈夫そうですね?」

「ちと不安ではあったが、思ったよりも安定しておるからな。問題無いぞ。それよりも向こうで魔物と闘っておる者がいるようじゃが・・・」

「え?」


カイル国王の言葉に、二重の意味で驚いた。あっちの魔物とまともに戦える者がいる事と、それが視認出来る国王に。安全な高さまで飛び上がったのだから、魔物なんて米粒程度にしか見えない。それが見えるのだから、流石は異世界の住人である。


それはともかくとして、まずはその者達に近付いてみる事にした。王都からかなり距離がある場所なのだが、近付くにつれてその者達の姿がハッキリと視認出来る。


「あれは・・・ルークの両親じゃな。」

「陛下にもそう見えますか?見間違いじゃないのか・・・」


カイル国王の言葉に、オレは何となくだが事態を察する。間違いなくカレンの仕業だろう。


「やはり最強冒険者と呼ばれるだけの事はある。じゃが、些か不味いのではないか?」

「数が数ですからね。」


ダンジョンから距離はあるが、次々と押し寄せる魔物に押され気味といった様子。僅かな傷を負っているだけなのだが、回復している余裕が無いのもまた事実なのだろう。流石に死なせる訳にもいかないので、まずは回復魔法を掛ける。


突然傷が癒えた事で、2人もこちらの存在に気が付いたようだ。


「「ルーク!?」」


見上げた2人と一瞬だけ視線が合う。しかし2人はすぐに魔物の方へ視線を戻す。問題はこの後どうするかって話だが、周囲にカレンの姿は無い。こんな場所に放り出したのか、それとも2人が望んだのかは不明である。しかしこのままでは力尽きるだろう。


そう考えたオレは、ある実験を試みる事にした。ゲームなんかで『○○神の加護』以外に『祝福』なんて言葉を見た覚えがある。実際に加護が存在するのだから、祝福もあるのではなかろうか?


言葉は悪いが人体実験と行こう。そう考えて、2人に向かって加護と同じような繋がりを作ろうと集中してみる。


「う〜ん・・・出来た、かな?」


オレの言葉と同時に、戸惑う2人の様子が見える。だがそれも束の間。すぐに対応した2人は、先程までとは打って変わって攻勢に躍り出る。嫁さん達程の上昇ではないが、それでも今の2人にとっては大きい物だったらしい。


「突然盛り返したようじゃが、何かしたのか?」

「えぇ、少しだけオレの力を与えました。」

「何でもアリじゃの・・・」


呆れたようなカイル国王の呟きを無視して、オレは次なる行動に移る事にした。


「時間も惜しい事ですし、とりあえず戻りましょうか。」

「そうじゃな。あの魔物達が我が国に辿り着くのは早くとも半月後じゃろうが、時間が無い事に変わりはない。」



実際には、真っ直ぐ移動し続けて半月である。魔物達にそんな知能は無いし、当然眠りもする。ただ魔物は本能のままに行動する為、その予測が困難なのだ。だからこそ最短日数で考える必要がある。


人間基準ではマズイのだが、参考となる情報が無いのもまた事実であった。

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