第302話 ルークの本心

翌朝、ルークは執務机に向かっていた。普段はスフィアに任せきりの仕事だが、流石に今日ばかりは自分がやるしかない。彼女は5日も寝ていなかったのだから、そう簡単には目覚めないだろうとの考えからだ。


そんなルークの下に、困り顔のカレンが訪れる。


「ルーク、少しよろしいですか?」

「ん?何?」


驚異的な速度で書類を処理している為、ルークは顔も上げずに聞き返す。


「ルビアさんから迎えに来るよう催促があったのですが・・・」

「ダメだって言っといて。」

「・・・・・。」


ハッキリと拒絶したルークに、カレンは何も言い返さず立ち尽くす。納得していないのだと悟り、ルークは手を止めて顔を上げる。


「・・・何?」

「理由を説明して頂けますか?」

「私的な時間ならともかく、ルビアは部下達の前で歯向かったんだ。見逃す訳にはいかない。」

「私が聞いているのは建前ではありませんよ?」


明らかに室内の空気が変わったのを感じ取り、ルークは仕方なく理由を説明する事にした。


「・・・はぁ。ここだけの話にしてくれよ?」

「わかりました。」

「今回の一件、リノア達の誘拐だけで終わらないからだ。」

「え?」

「オレが出した命令によって、相手は窮地に立たされる。そうなると、今度はオレ達の暗殺を企てる。命令を出したヤツを殺すのが手っ取り早いからな。」

「そう、なのでしょうね。・・・オレ達?」

「あぁ。」

「ルークだけではないのですか?」


皇帝の命令、そう昨夜の内に通達されている。だと言うのにルークだけではないと言う。カレンにはその理由がわからなかった。


「普段からオレが仕事してるなら相手も信じるさ。でも実際は違う。スフィアとルビア、あとはユーナに任せっきりだろ?だからオレだけを始末すればいいとは思わない。実際は3人の誰かが考えた案かもしれないと思うはずだ。」

「あぁ・・・なるほど。」


つまりは、お飾りの皇帝を亡き者としても、今出されている命令が撤回される保証は無い。そう考える可能性が高いのである。


「暗殺の順番を考えるなら、オレが1番最後って可能性もある。四六時中カレンが警護にあたる訳にもいかないだろ?」

「1人ならば構いませんが、3人となると難しいですね・・・。」

「スフィアにはセラとシェリーが貼り付いてる。問題なのはユーナとルビアだ。そうなると、確実に守れそうなのはどっちだ?」

「・・・ユーナでしょうね。」


獣人には珍しく、ルビアは魔法主体で戦う。しかし城内で魔法をぶっ放す訳にはいかない。一方のユーナはと言うと、ダークエルフとあって直接的な戦闘が得意である。背後からの不意打ちとなると、魔法使いよりも戦士系の対応力が優れているのは言うまでもない。しかも実力は圧倒的にユーナが上。


仮に後手に回った場合でも、生き残る可能性が高いのは間違いなくユーナである。


「スフィアは真っ先に狙われるから、下手に目の届かない場所には置けない。ユーナの故郷は辺境過ぎて、暗殺者よりも魔物が怖い。つまり実家に帰すって点でも、ルビア1択なんだよ。」

「不在となれば最も狙い易いのはスフィアですね。気配や匂いに敏感な獣人達を相手に暗殺は難しいでしょうから、ルビアさんは祖国に居た方が安全。確かにルークの言う通りですか・・・。」


顎に手を当てながら、何やら納得した様子のカレン。そしてルークは上手く丸め込めたと、内心ほくそ笑むのだった。


「納得した?」

「はい。時間を取らせてすみませんでした。」


礼を言って、足早に立ち去るカレン。扉が閉まり、1人きりになった事で息を吐く。


「・・・ふぅ。相手がカレンで助かったよ。全部本心だけど、おそらくティナには勘繰られるだろうからな。」


嘘偽り無い本心だけを打ち明けたのだが、それが全てではない。ルークの狙いを知った上で、完璧な演技が出来るのはエミリアだけだろう。だからこそルークは、誰にも悟られないよう立ち回る必要がある。



「オレの女に手を出そうとしたんだ。誰だか知らんが、絶対に容赦しない。リノア達は大変だろうが、暫く我慢してもらおう。まぁ事前に準備は済ませてあったし、4人一緒だから案外楽しくやってるか?・・・それにしても、みんな相当動転してるな。ちょっと考えればリノア達の無事はわかるはずなんだが・・・リノアに気を取られ過ぎか?」



ルークが呟いたように、リノア達の無事は少し考えればわかる。彼女達に手出し出来る者は、皆無と言えるのだが・・・その事実に至っているのはルークだけ。世界一の美女と呼ばれるリノアのネームバリューに、誰もが気を取られて気付いていないのである。


一体誰を誘拐したのかという事に・・・。

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