第138話 閑話 セラとシェリーの嫁探し1

時は遡りーーー


ルーク達がアームルグ獣王国のダンジョンに入った頃、セラとシェリーの2人はドラゴニア武国の近くに立っていた。引率して来たカレンが周囲の様子を確認し、2人の元へ戻って来る。


「近くに2人の脅威となりそうな魔物は見当たりません。もしトラブルに巻き込まれたら、すぐに王都から脱出して下さい。最優先で救出しますので。・・・いいですか?すぐに脱出して頂けない場合、ドラゴニア武国が消える事になりますからね?」


セラとシェリーは一瞬、カレンが冗談を言っているのだと思った。しかしカレンの笑顔を見た瞬間、本気であると悟ったのである。目が笑っていなかったのだ。あまりの衝撃に、2人はただ頷く事しか出来なかった。


「ふふふ。そんなに心配しなくとも、貴女達は私の使者として行動して頂きますから、ドラゴニア国王が護ってくれますよ。それでは早速王城へと向かって下さい。その親書を見せれば、あとは国が協力してくれます。」

「あの・・・どのような方を選べばよろしいのでしょうか?」


セラは不安だった。ルークの嫁候補を数名見繕って欲しいとカレンに頼まれたのだが、条件に関する指示は一切無い。自分達が選んだ者が、カレンのお眼鏡にかなう保証など無い。そればかりか、下手な人選をした場合、妻一同の怒りを買う恐れすらあった。早い話、もう気が気でないのだ。


「こればかりは、指示の出しようが無いのですよ。私やスフィアが気に入っても、ルークが気にいるとは限りませんからね。」

「確かに。」

「ですから、2人が受け入れられない者以外であれば、あとはお任せします。人選が失敗しても、ルークが拒絶するだけですから、気負わず選んで下さい。それでは後ほど。」


カレンは2人に丸投げすると、さっさと転移してしまう。ここまで曖昧な任務というのは、2人にとって未体験の物であった。騎士団の出身、現在も席を置いている2人は途方に暮れる。


本来騎士団に与えられる任務というのは、明確な目的がある。要人警護、魔物や盗賊の討伐など。今回のように雲を掴むような任務の場合、マニュアルなど存在しないのだ。


「だんちょー、どうします?」

「まずは親書を届けます。その後の事は・・・神のみぞ知る。」

「・・・その神様も知らないみたいでしたよ?」

「い、いいから行くぞ!」

「あ!待って下さいよ〜!!」


シェリーの的確なツッコミに、動揺したセラは足早に王都を目指して歩き出す。置いて行かれそうになったシェリーは、慌ててセラの後を追い掛けたのであった。


フォレスタニア帝国の正式な使者として訪れた2人は、これまで経験した事の無いVIP待遇で王宮へと案内される。王妃という肩書を持つ2人ならば当然と思うかもしれないが、ここドラゴニア武国は少しだけ異なる。


この国は至って単純。強さこそが基準となる。2人も騎士団のナンバー1・2だけあって、それなりの実力を持つ。その上でルークからのドーピングも加わっている事で、この国においても敵となる者は少ない。


しかし重鎮達の態度が急変するのは、決まって親書を目にした後だった。何が書かれているのか確認していない2人だったが、とんでもない内容ではないかと思い始める。普通、親書は真っ先に国王の下へと届けられるものなのだが、戦力重視のドラゴニアにおいて、そんな常識は通用しない。セラとシェリーも事前に聞かされていた事もあって、既に読まれているだろうとは思っている。


そして事実、親書の内容はとんでもなかった。誰もがスフィアの窘めた書状であると思い込んでいるそれは、カレンによって書かれていた親書ならぬ脅迫状であった。内容は次の通り。




〜ドラゴニアの者達へ〜


私の使いであり、王妃でもあるセラ、シェリーの両名に全面協力する事。

目的は1つ。我が夫、ルークの妻に相応しい者を数名選び出す事。

2人を害する、または非協力的な態度をとった場合、ドラゴニアは

過去の古代竜と同じ道を辿るものとする。


カレン=フォレスタニア





この国は過去、壊滅寸前まで追い込まれた歴史がある。調子に乗った者達が、偶々訪れたカレンに喧嘩を売ったのだ。通常ならば相手にしないカレンだったが、この時ばかりは事情が違った。竜人の名誉の為に理由は明かされていないが、激昂したカレンの暴れっぷりは今尚竜人族に語り継がれている。


竜人に加護を与えていた古代竜、エンシェント=ドラゴンの軍勢を相手に、数度の剣閃を以て勝敗を決してしまったのである。これにより、古代竜の数は激減したと言われている。


事の詳細が語り継がれているドラゴニアの者達の口伝では、カレンという名の悪魔ーーーもとい女神だけは何があっても怒らせてはならない、と締め括られている。



この親書を読んだ全ての者が、最初は性質の悪い悪戯だと思った。しかし、他種族が竜人族に伝わる伝承を知っているはずがない事から、すぐにこの親書の主が本物である事を悟る。当然この事はすぐに国王へ伝えられ、最上級のもてなしと共にセラとシェリーを王城へと招くに至ったのだ。


セラとシェリーに謁見した国王の第一声は、2人にとって忘れられぬ物となる。


「セラ王妃殿下にシェリー王妃殿下。遠路遥々ご苦労であった。まず初めに教えて頂きたいのだが・・・この書状にあるカレン様とは、あっさりと国を滅ぼすようなお方、あのカレン様の事だろうか?」

「「え?」」


セラとシェリーは互いに視線を交わし、同じ事を考える。


((カレン様、一体何したのよ!?))


しかしコソコソと相談出来る状況でもない事に気付き、2人は国王に視線を戻す。すると、自分達の体に穴が開くのではないかと思う程、無数の視線を浴びせられている事に気付く。このままではマズイと思ったセラは、正直な考えを述べる事にした。


「どのカレン様かは存じませんが、その認識で間違いないと思います。」

「そ、そうか・・・。皆の者良く聞け!こちらのセラ様並びにシェリー様を最上級の国賓としておもてなしする!!無礼を働いた者は即刻死罪!これは王命である!!」

「「え?」」


王命まで飛び出した現状に、2人の思考は空回りする。どうしてこうなったのか、理解が追い付かなかった。そして追い打ちを掛けるように、家臣全員が息の合った返事をする。


「「「「「「「「「「ははぁ!!」」」」」」」」」」

「「えぇぇ!?」」


まさかの展開に、2人は驚く以外にない。そんな2人ではあったが、すぐに別室へと案内される。

そこには国王と王妃、そして重臣2名が待っていた。ソファーに座らせられると、落ち着く間も無く会話がスタートする。


「他国の方と接する機会が無いもので、無礼があったら申し訳ない。お2人の目的はフォレスタニア皇帝陛下の奥方探しという事ですな?」

「は、はい。国王陛下のおっしゃる通りです。」


動揺しているのだろうか、かなり早口で国王が問い掛けて来る。当然、答えるのはセラであった。セラとシェリーは長い事染み付いた上下関係のせいで、受け答えはセラの担当となっている。


しかし経験豊富なセラであっても、他国の王と同席するという経験は無かった。こちらの動揺も計り知れず、国王の勢いに押される形である。しかし、唯一冷静だった王妃によって、全員が少し落ち着きを取り戻す事となる。


「貴方?自己紹介がまだですわよ?」

「お、おぉ!そうだった!!これは失礼をした。私はこの国の王、カイル=ドラゴニア。こっちが妻のセレスティアだ。」

「初めまして、セラ王妃、シェリー王妃。夫が失礼しました。」


赤毛の大柄な男性で見た目は40代後半だろうか。国王であるカイルが爽やかな笑みで自己紹介を行う。続けて青い髪の王妃もまた、思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべながら謝罪の言葉を口にする。竜人とは思えない程の線の細さではあるが、頭に生えた角を見るに、間違いなく竜人族という事が伺える。


え?年齢?そんなのは知らない。同じ女性であるセラとシェリーだからこそ、そんな下世話な考えには至らない。多分国王と同年代だろうだなどと、間違っても思ったりはしないのだ。


お互いに紹介を済ませ、少しの間ドラゴニアとフォレスタニアに関する世間話に花を咲かせたが、いよいよ本題に移る。勿論、会話の主導権を握るのはセレスティア王妃である。


「ところで、失礼ですがこの件に関して皇帝陛下は何と?」

「この件に、陛下は一切関与しておりません。」

「では・・・カレン様のお考えですか?」

「カレン様と言うか、妻達による会議での決定事項です。」


セラの答えに、セレスティアの動きが止まる。


(これは・・・この国に近いと考えるべきね。帝国の政治も、女性達が動かしていると見て間違いは無い、かしら。いえ、まだ何かありそうね。おそらくは・・・カレン様かしら?)


この時のセレスティアの考えは、的確に的を得ていた。ドラゴニアという国は、基本的に脳筋の国である。当然、そんな者達が集まった所で国は成り立たない。では、一体何故ドラゴニアという国が今日まで続いて来たのかと言えば、一重にこの王妃あっての賜物であった。


何処の世界でも、女性は強いのである。




「そう、ですか。それで、どのようにして探し出すおつもりですか?」

「え?それは・・・この国を見て回ろうかと・・・。」


急な質問に、セラが詰まりながら答える。残念な事に、具体的な方法までは指示されていなかったのだから、当然と言えば当然であった。しかしこの答えには、置物と化していた国王ですら反応してしまう。


「この国を見て回ると言っても、かなりの広さがある。それに・・・馬は使えないぞ?」

「「え?」」


これはセラとシェリーにとって寝耳に水であった。それもそうだろう。馬が使えないとなれば、必然的に自らの足で移動する事となるのだから。帝国より小さいとは言え、広大な土地を徒歩で移動するとなれば、その絶望が伺い知れる。


「竜人族に馬が怯えてしまうのでな・・・使い物にならないんだ。流石に王妃2人きりで移動させる訳にもいかん。どうしたものか・・・。」

「「・・・・・。」」



この展開は、流石のスフィアでも予測出来なかっただろうと思う2人であった。

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