第167話 嫁達の動向

ルークが城を飛び出してから数日後のフォレスタニア帝国ではーー



「・・・まだ見つかりませんか?」

「えぇ。少なくとも私では見つけられないでしょうね。」

「そうですか。一体何処に・・・。」


深夜遅く、城へと帰還したカレンにスフィアが問い掛ける。カレンの返答はスフィアも覚悟していたのか、特に目立った反応は無い。と言うよりも、既に憔悴しきっているせいか他人には判断がつかなかった。


ルークが飛び出した際、嫁達全員が軽く考えていた。その内帰って来るだろうと。ティナの指摘も半信半疑のまま、とりあえず動ける嫁達でライム魔導大国の王都内を捜索していた。行き交う人の群れの中からたった1人を探そうというのだから、見つかったら奇跡である。


そんな中途半端な捜索を続けている中、ついに事件は起こる。スフィアとカレンを対象とした加護の消失。常日頃から意識などしていなかったスフィアが気付く事など無い。しかし、実力者であるカレンは即座に気付いた。そしてすぐさま嫁達全員を確認し、自分とスフィアだけが加護を失っている事実に愕然としたのであった。


スフィアの場合は何となく理解出来る。彼女は調子に乗ってやり過ぎたのだ。それ位は如何にカレンと言えど断言出来る。しかし自分までが加護を失う理由がわからない。幾ら考えても、思い当たる事など無い。だからこそ、本来ならばスフィアだけにこっそりと伝えるべき所を、よりにもよって全員が集合している場で口にしてしまったのだ。普段見る事の無いカレンの動揺した姿である。それがどういう事なのか、その場の誰もが察してしまった。


この時最も驚いたのはスフィアだろう。当事者なのだから無理もない。しかし、他の者達の動揺も凄まじかった。明日は我が身。自分は大丈夫、そう言い切れるだけの根拠は無い。自分達は無関係なのだが、逆に擁護もしなかった。ルークの性格上問題無いとはわかっているのだが、逆恨みやとばっっちりが無いと断言する事など出来ないのだ。他人の考えている事などわからないのだから、愛の深さは意味を為さないのである。



そしてさらに2日が経過した日の深夜。一向に進展の見られない状況に、苛立ったナディアが声を荒らげる。


「私達の知らない場所で、過去にルークが行ったのは何処!?」

「ナディア、少し落ち着いて。それを知っていたら知らない場所にならないわよ?」

「・・・それもそうね。」


焦りから矛盾する問い掛けをしたナディアをフィーナが窘める。意外と冷静なフィーナであるが、これには訳がある。前にフィーナはルークを怒らせている。仲直りをした後、より親密な関係となった事をお互いに感じていた為、少しだけ自信があったのだ。とりあえず自分はまだ大丈夫だろう、と。


しかし、それを悟られる訳にはいかない。全員を敵に回すような事態だけは避けねばならないのだ。自分でも不自然だとは思いつつ、フィーナは話を逸らそうと口を開く。


「あまり多くの国を飛び回る訳にもいかないし、気長に待ってみたら?」

「・・・それが出来ないのです。」

「出来ないってどうして?」


フィーナの提案に対し、苦々しい表情でスフィアが無理だと告げる。その理由がわからないフィーナが聞き返す。すると逆にスフィアが質問を投げ掛けた。


「我々とルークの関係、わかりますか?」

「夫婦でしょ?」

「法的にはそうです。ですが、まだ結婚式を挙げておりません。つまり、政治的には婚約者止まりなのです。」

「「「「「え?」」」」」


スフィアの説明に対し、予想外とばかりに嫁達全員が疑問の声を上げた。法的に夫婦ならば、政治的にも何も無いだろう。そう考えるのは当然の事である。しかしスフィアはそうではないとばかりに俯き、暫しの沈黙の後に口を開く。


「・・・・・ルークが生まれながらに皇族であれば問題は無かったのです。ですが、力ずくで皇族を排して皇帝となりました。ルークが皇帝である事は紛れもない事実であると、国内外の誰もが認識しています。そこに口を挟むような命知らずはおりません。」

「まぁ、そうでしょうね。」


ここまでの説明に、そんな事は子供でも知っているとばかりにフィーナが答える。他の者達も無言ではあるが、何度も首を縦に振る。


「そんな恐怖の対象でもあるルークがいるのならば、我々に面と向かって反論する者はおりません。ですが、長期間ルークが不在となれば話は別です。言うなれば私達は、虎の威を借る狐。」

「・・・そこで私を見ないで貰える?」


狐という言葉に反応した嫁達が、一斉にナディアへと視線を向ける。スフィアの言葉の意味は全員が理解していたのだが、条件反射だったのだろう。ナディアも気持ちはわかるのか、声を荒らげる事もなく静かに文句を言うのだった。半目ではあるが。


「その虎が外出したのではなく、我々に愛想を尽かして出て行った。そう思われてしまえば、周囲は私達を排除しようと画策するでしょう。そして邪魔者が消えた所でルークに取り入ろうとするはず。」

「無茶苦茶でしょ!?」

「それって絶対にルークの怒りを買うわよね?」


突拍子もない内容だった事で、思わずフィーナが声を荒らげる。その後でナディアが冷静に指摘する。


「そう思っているのは私達だけです。私達・・・主に私でしょうね。兎に角、皇帝陛下は嫁に愛想を尽かして出て行った。そう思われた時点で誰も、ルークが私達を庇い立てするとは考えなくなります。」

「「「「「あ・・・」」」」」


普通であれば、皇帝が嫁を追い出す事だろう。しかしどういう訳か、権力の頂点に君臨するはずの者が行方をくらました。真相は不明だが、嫁が嫌だったのは事実。そうなれば、嫁を排しても皇帝が怒るはずがない。寧ろ良くやったと褒められるかもしれない。ひょっとしたら皇帝は嫁の誰かによって亡き者とされた可能性もある。


そう考える輩は間違いなく現れる。それも相当数。正に四面楚歌、針の筵である。その事に気が付いた嫁達の顔が一気に青ざめる。既に数日が経過している以上、彼女達に残された時間は少ない。あの皇帝はまたふらりと出掛けたのだろう、そう思われている内に連れ戻さなければ自分達が危ないのだ。


「お父様に知らせなければ!」

「私も!!」

「待ちなさい!!」


国王である父に使いを走らせルークを探して貰おう。そう考えたクレアに、リノアが続く。そんな2人を珍しく強い口調のスフィアが静止する。


「一体どう伝えるつもりです!?」

「それは行方不明のルークを探して貰うように・・・」

「嫁に愛想を尽かして出て行った皇帝を探してくれと?」

「「あ・・・」」


スフィアの指摘に、慌てていた2人も冷静になる。自分から秘密を打ち明ける事なのだと、当然使者には知られ、さらには国外にも知られる事となる。何故スフィアが人を使わず、嫁達だけに探させていたのかを、今更ながらに理解したのだ。


このまま秘密裏に捜索を続けるしかない。誰もがそう思った時、ふとルビアが気付いた。自分とは異なる理由なのだろうが、全く動揺していない人物が他にもいる事に。


「随分と落ち着いている人がいるみたいだけど、理由を聞いてもいいかしら?」

「「「「「え?」」」」」


ルビアの指摘に、心当たりのない者達が周囲を見回す。やがて誰の事を言っているのかわかったのだろう。全員の視線が2人に集中する。


「私は家に戻ってみんなと空から探せばいいから、かな?そのうち見つかるでしょ。」

「「「「「・・・・・。」」」」」


外界から隔離されたローデンシアに戻れば危険は無い。100年もあれば探し出せるだろうと、楽観的なリリエルがそう答えた。この答えには全員が絶句する。ルークのお陰で力を補充出来ている彼女達ならば、あと数百年は余裕で生きられる。老いとは無縁の彼女達ならではの考えに、全員が恨めしそうな視線をぶつけたのだった。


「私は・・・何となくルークの行動が読めますから。」

「「「「「はぁ!?」」」」」


何となく、つまりは勘。そう告げたのはティナである。これには全員が聞いてないとばかりに、揃って声を上げた。その光景が不思議だったのか、ティナはキョトンとしながら首を傾げる。


「そこまで切羽詰まった状況とは思わなかったもので・・・。と言うか、みなさんは本当にルークの行き先がわからないのですか?」

「「「「「・・・・・。」」」」」


相変わらずマイペースなティナに、全員が文句を言いそうになる。しかし続く言葉によって、全員が出掛かった言葉を飲み込んだのだった。言外に『旦那の事なのにわからないのか?』と言われている気がしたのである。勿論ティナは、そういうつもりで言ったのではない。純粋に疑問だっただけである。それが逆に悔しいのだが、反論するのは肯定と同意だと思った為、誰1人として口を開く事が出来なかったのである。


「えぇと・・・ちなみにですが、ティナは何処だと思うのです?」

「ラミス神国です。」

「「「「「ラミス!?」」」」」


今は女の闘いどころではない。そう考えたカレンがティナに尋ねる。そしてあっさりと告げられた国の名に、ティナ以外の全員が驚きを露わにする。それもそのはず、ルークは宗教を敬遠している。共に過ごす中で何度も話題に昇っていただけに、嫁だけでなく城に仕える者の多くが認識していた。それだけに信じられなかったのだ。


ちなみにティナが答えなければ、ラミスという国の捜索は1番最後だっただろう。それ程有り得ないと嫁全員が考えていたのだ。しかし、ルークの家出が本気であり、長引くだろうと指摘したティナの言葉。またしても軽視するような、そんな愚かな真似はしない。




ずっと不思議に思った事だろう。ルークの考えを知らないのだから、ひょっこり帰って来るんじゃないかと。どうして嫁達が本気で探しているのか、理解に苦しむはず。


その答えは、この2日におけるカレンの様子が物語っていた。毎日限界まで転移を繰り返し、綺麗なドレスは泥だらけで汗まみれ。鬼気迫るカレンの様子に、全員が心の底から危機感を覚えたのだ。この世界は広い。カレンが本気を出した所で、そう簡単に見つかるはずがないのだ。ましてやルークは店に篭りっぱなしである。嫁達の探し方では、絶対に見付からないだろう。



そんな彼女達だが、ティナの口から告げられた国についての根拠を問い質す。ティナは勘だと言うが、それだけで言葉にするとは思えない。


「よりにもよって、どうしてラミスなの!?」

「まず、逃げる時は大概北へ向かいます。そして今回は全員の裏をかかなければなりません。奴隷と宗教を毛嫌いするルークならば、ラミスはうってつけと言えるでしょう。さらに木を隠すなら森。人混みに紛れ込むでしょうから、恐らく人の多い王都で新たに住居・・・店舗を構えていると思いますよ?」

「「「「「・・・・・。」」」」」


名探偵も真っ青の推測に、流石の嫁達も言葉を失う。普段のティナを見慣れてしまった嫁達は忘れているが、彼女は超一流の冒険者である。得物を追い詰めた経験は言うまでもなく、こなした捜索依頼も数え切れない。さらには誰よりもルークの性格を熟知している。言わばルークの天敵なのだ。


ルークがこの会話を聞いていたら、一目散にラミス神国から逃げ出した事だろう。その場合、さらに行動を読まれていずれは捕まるのだが。逆もまた然りである。ティナの逃走は、ルークが瞬く間に捕捉する。この2人は、それ程深くまで相手の事を理解しているのだ。知り過ぎている事で、天敵と呼べるまでに至っているのだが・・・。


状況が状況なだけに誰も考えなかったが、平時であれば激しく嫉妬した事だろう。今はその余裕も無い為、それを口にする者はいない。



納得させられた彼女達は、急いで情報を取り纏める。情報源は次期聖女と呼ばれるエミリアだ。


「エミリア!ルークが潜伏しそうな場所は!?」

「はい!わかりません!!」


スフィアの問いに、元気良くエミリアが答える。あまりのテンポの良さに全員がずっこけたのだった。


「ちょっと!」

「し、仕方ないじゃありませんか!ずっと神殿に押し込まれていたんですよ!?これでも箱入り娘なんです!!」


まるでコントのような一幕に、怒り心頭のナディアが文句を言う。しかしエミリアも引く訳にはいかない。何故なら彼女は本当に知らなかったのだから。


次期聖女として大切に育てられて来た。言わば将来を期待された、箱入り娘のような扱いである。この場にルークが居れば、ダンボールの箱を想像したのかもしれないが。


冗談はさておき、打つ手の無くなった嫁達は次の手段に移る。この場で情報が得られないのであれば、現地に赴いての情報収集以外に無いだろう。


「だったらカレン!今すぐラミスに転移よ!!」

「あ、無理です。」


エミリアとのやり取りで興奮状態のナディア。今度はカレンに移動を願い出る。当のカレンは、ひらひらと手を振りながら、気の抜けた様子でナディアの頼みを断った。これには行く気満々だった者達だけがずっこける。


学園組とスフィア達、つまりは戦闘が不得意な者達だけが笑いを堪えていた。直接的な捜索に関わる事が出来ない以上、彼女達にとっては他人事なのだ。客観的に眺めていたのを責める訳にもいかないだろう。


「何でよ!?」

「流石に力を使い過ぎました。私も共に行動しますから明日にして下さい。」

「・・・わかったわ。ごめんなさい。」


ツッコミを入れるナディアであったが、カレンが疲弊しているのは誰の目にも明らかである。無茶を言った事に詫びを入れた。全員の頭を解散という文字が過る中、スフィアが異なる言葉を口にする。


「でしたら、私も共に参ります。」

「「「「「え?」」」」」

「「えぇ!?」」


ルーク捜索は、馬車での移動ではなく徒歩である。執務で多忙を極めるスフィアが同行を申し出た事

に、全員が呆気にとられる。いつの間にか戻って来ていたセラとシェリーは、信じられないとばかりに驚きの声を上げた。歩き回るとわかっているのに、今回は背負ってくれる者などいない。にも関わらず同行すると言うのだから、その驚きは計り知れなかった。


普段ならばセラとシェリーを叱り付ける所だが、今回ばかりは何も言えない。騒動の発端は自身にあるのだから、むしろ叱られる立場だと理解していた為だ。


「今回の件は私の責任です。みなさんへの謝罪は当然ですが、まずはルークに直接謝罪したいのです。お願いします。」

「そういう事ならいいんじゃない?」

「そうね。じゃあ、明日カレンが回復したらラミスに向かうって事で。」


頭を下げるスフィアの様子に、フィーナが賛同する。全員が頷いたのを一瞥してナディアがまとめた。何とかなりそうな予感がしたのか、全員の顔に笑みが浮かぶ。そのまま各自が自室へと戻る中、1人神妙な面持ちの者がいる事に気付いた者はいない。




(嫁に甘くて滅多にキレないルークがキレたのですから、簡単に済むはずがないと理解していないのでしょうか?やはり黙っているべきだったのか・・・でもカレン様も憔悴しきっていましたし。難しいですね。)


誰よりもルークを理解するティナが考える通り、スフィアは今後苦労する事となる。半年も放っておけば自然と怒りも収まったのだが、それだとカレンが許されるのに時間が掛かり過ぎる。結局は結論を出せぬまま、ティナも他の者達と同様に自室へ向かうのであった。

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