第301話 策

自身の執務室に戻ったルークは、食事を続けるフィーナ達の視線を浴びる。何やら険しい表情のルークに誰もが尻込みする中、仕方なく声を掛けたのはティナであった。口いっぱいに料理を詰め込んで。


「んーん、んんんふぁっふぁふぉふぇふふぁ?」

「「「「「はぁ?」」」」」


『ルーク、なにがあったのですか?』そう言ったのだが、当然何を言っているのか理解出来る訳がない。しかしルークは別である。


「・・・リノア達が誘拐されたそうだ。」

「「「「「はぁ!?」」」」」


今度は何を言っているのか聞き取れた。しかし意味がわからない。だからこそ、全員そろって声を上げたのである。そしてルークが説明してくれる。そう思いティナまでが手と口を止めるも、一向に口を開く気配が無い。


そうこうしている内に、突然室内にカレンが現れた。


「ご苦労さん。で、悪いんだけど、詳しく説明してくれるかな?」

「えぇ、そうですね。あれは5日前の事――」



カレンの説明は、大した内容ではない。というのも、カレン自身も良くわかっていないのだ。いつものように迎えの連絡を待つカレンだったが、待てど暮せどリノア達からの呼び出しは無い。不審に思ったカレンが通信の魔道具で連絡を試みるも、リノア達からの反応は無かった。


暫く待ってみるも状況は変わらず、痺れを切らしたカレンは学園内に突入する。手当り次第に捜索し、学生達に声を掛けるのだが、誰も行き先を知らなかった。最悪の事態を想定し、スフィアに連絡して捜索を続けたのだが、何の手掛かりも無いまま現在に至る。



カレンの説明が終わると、不意にフィーナが立ち上がる。


「みんな、探しに行くわよ!手を貸して頂戴!!」

「ちょっと待て!」


一刻も早く探し出さなければ。そう思ってエレナ達の協力を仰ぐフィーナに、ルークが待ったをかける。


「何よ!?」

「一体何処を探すつもりだ?」

「それは・・・」

「学園はカレンが探した。帝都はスフィアが探している。他に心当たりでもあるのか?」

「・・・・・。」


心当たりがあるのか。そう聞かれて答えられるのは、誘拐犯だけだろう。全く無関係のフィーナは、何も答える事が出来なかった。そんなルークとフィーナのやり取りに、エレナが口を挟む。


「随分と落ち着いているようだけど、何か手はあるのかしら?」

「とりあえず打てる手は打った。」


そう告げると、自身の下した命令を説明して行く。しかし内容を聞くも、何処に解決の糸口があるのか理解出来た者はいない。


「それでどうやって解決するのよ?」

「八つ当たりにしか聞こえないんだけど・・・」


真っ先に苦言を呈したのは、ナディアとフィーナ。犯人がわからないから、無差別に報復しているようにしか思えない。他に被害者を出さないように、という側面があるような気もする。だが解決策には程遠いとしか言えなかった。しかしルークの考えは違う。


「今、帝国が取引を停止するとどうなる?」

「どうって・・・」

「飢餓に苦しむ者が増えるでしょうね。」

「「「「「っ!?」」」」」


食料に敏感なティナが答える。肉はティナ達が、野菜は帝国の地下農場が。そのほとんどを帝国に依存しきっているのだ。今現在、各国が地下農場の作製を進めている。しかし今作ったからと言って、すぐに収穫出来る訳ではない。


正確には、魔法によって2〜3日で収穫出来る野菜を大量に栽培しているのだが、後発国はその規模があまりにも小さいのだ。充分な収穫量があるのは、事前に地下農場作りに取り組んでいた帝国、カイル王国、そしてドワーフ国だけである。


肉に至っては更にヒドイ。魔物被害に悩まされるこの世界では、酪農は極々一部なのだ。動物や魔物を狩るのが一般的。つまり現状、ティナ達の成果のみである。危険を顧みずに狩りを行う者達もいるのだが、その成果は言うまでもない。



そんな世界の食料事情を掌握する帝国が一切の取引を停止する。即ち、帝国以外の国が食糧難に苦しむ。だが問題はそれだけに留まらない。帝国内が潤沢な食料事情となれば、儲けを企む者が現れる。密輸である。


リノア達の捜索で手一杯な所に、新たな問題が現れるのだ。これを手っ取り早く解決する為、ルークは極刑を打ち出した。決して褒められたものではないのだが、国力の落ちた現状では強い皇帝であり続けなければならない。弱みを見せれば、そこにつけこまれるからだ。まぁ、数十万の兵を亡き者にした自身の責任なのだが。



さて、ここまで説明しても、ルークの意図は理解出来ないだろう。だからこそ、その真意はルークによって告げられる。


「初め、民衆の怒りは取引を停止した皇帝に向く。だがオレには大義名分がある。妻達を誘拐された、っていうね。そして取引は妻達が無事に戻って来るまで再開されないと知る。するとどうなる?」

「・・・犯人に向けられる?」

「そう。そして国内は虱潰しに捜索されている。国内に居ればそのうち見付かるだろう。でも見付からないとオレは思っている。つまり、犯人とリノア達は国外に居る。結果、帝国は手が出せないから、取引が再開される事は無い。」

「え?じゃあどうするのよ!?」

「どうもしないさ。ただ待つだけ。」


この時点で、勘の良い者達がルークの狙いに気付く。真っ先に辿り着いたのは、最も駆け引きに慣れているフィーナであった。


「そうか!?民衆による犯人探しが始まるのね!?」

「「「「「あっ!」」」」」


飢餓に苦しむ世界中の民達による、壮大な犯人探しである。この参加者は貧困層だけではない。富裕層、果ては貴族に至るまで。何故ならルークは数日後、懸賞金の発表を計画していたのだ。正確には金ではない。望むモノを与えようと言うのである。


「そして褒美は1人だけじゃない。見付けたグループ全員に与えるつもりだ。そうなると、犯人がどれだけの権力者であっても揉み消す事が出来なくなる。手下すら信じられなくなるだろうからな。」

「幾ら貴族でも、数百人規模の平民相手じゃ手間取るものね。しかも騒ぎになればもっと人が集まる。」

「だから時間の問題。」

「でも、スフィア達はどうして気付かなかったの?」


素人目に見ても上手く行きそうなルークの策。故にナディアは不思議でならない。政治のプロであるスフィアが思い至らなかった理由に。その予想外な理由も、ルークによって語られる。


「一時的にではあるけど、国の利益を損なうからだ。何より・・・優しいんだろうな。」

「優しい、ですか?」

「あぁ。今回の命令は、少なからず人が死ぬ。長引けば長引いただけな。それも無実の人間から。兵を死地に送り出すのとは訳が違う。良き国家元首だったスフィアに、そんな命令は出来ないのさ。」

「「「「「・・・・・。」」」」」


ルークとスフィアでは根本的な部分が違う。ルークは家族を守る為ならば、誰が何処でどうなろうと知った事ではない。ティナ達を守る為ならば、進んで世界を滅ぼすだろう。しかしスフィア達貴族は違う。


国を、家を守る為ならば家族の犠牲も厭わない。それが貴族というもの。産まれた時から貴族だったスフィアやルビアは、真っ先にそういう考え方をしてしまうのだ。



どちらが正しいとは言えない為、ルークがスフィア達を責める事はない。しかしそれが互いの関係に不和を齎す事になろうとも、自身の考えを改めるつもりはない。そう自分に言い聞かせるルークなのであった。

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