第221話 ルークの過去2

幸之進と静の夫婦喧嘩が終わったのは20分程経った頃だろうか。流石に痺れを切らしたアークの登場によって、強制的に終了となった。結果は当然引き分け。


(持久力もだが、瞬発力も老人のソレじゃねぇな。健康の秘訣は夫婦喧嘩か?いや、こんな死と隣り合わせの健康法があってたまるか。それよりも気になるのは・・・)


「婆さん、その剣・・・刀だったか?ソイツは一体何だ?」

「はぁはぁ・・・コレかい?中々目の付け所がいいじゃないかい。」

「刀がどうかしたのですか?」


武器に関してはサッパリのエールラが首を傾げる。そんなエールラに対し、アークが自らの剣を抜いてエールラの目の前に掲げる。


「コレを見ろ。」

「・・・神剣ですね。」

「違う、ココだココ!」

「欠けてますね。・・・・・欠けてる!?」


自分の発言が理解出来るまで数秒を要したが、事態を飲み込めたエールラが驚きの声を上げた。


「そうだ。コイツはオレの力にも耐えられるよう、強度重視で作られた剣だ。たったの1度切り結んだだけなのに欠けちまった。婆さんの実力も相当だが、それだけでは説明がつかん。」

「だから静さんの刀に秘密があると?」


聞き返したエールラに、ふと思い出したアークが答える。


「そう言えば1年に1度、自分の実力に見合った刀を打つのが神崎家の習わしだと聞いた気がする。つまり婆さんは、そんな恐ろしい武器を量産出来る事になるな。」

「っ!?」


アークの言葉に息を呑んだエールラ。地球に転がっている分には問題無いが、他の神や魔神に目をつけられるのは色々と問題がありそうだったのだ。しかしそんな心配も、静によって杞憂に終わる。


「心配せんでも、アタシにゃ打てやしないよ。」

「どういう事だ?」

「これはシュウの作品なんだよ。銘は『白雪』、シュウの最高傑作さ。」

「時代が時代なら、国宝に名を連ねる一品だな。」

「時代とは?」

「今の世に産まれた所で、切れ味の良い名品止まりという事だ。国宝ってのは、背景にある歴史的価値が物を言うからな。」

「なるほど。」


エールラの疑問によって話が逸れたが、アークはホッと胸を撫で下ろしていた。


「なら、その刀が世に出回らないように注意すればいいって事か。安心した。」

「何言ってんだい?アタシは最高傑作って言ったんだよ。シュウの作品がこれ1振りだと思ったら大間違いさ。」

「だからソイツが最高傑作なんだろ?」

「・・・お前さん、勘違いしてるみたいだね。シュウの作品は、他のも負けず劣らずの名刀なんだよ。」

「「は?」」


白雪が最高傑作なのだから、それより劣る物は気にする必要無しと判断したアークとエールラ。当然、静の言葉に耳を疑った。


「1年や2年で実力が衰えるとでも思ってるのかい?そんな若者が年に1振り打ってるんだよ?考えたらわかる事じゃないか。」

「ま、まさか・・・」

「他にもあるぞ?神崎の習わしじゃから、毎年仕方なく打っておったがの・・・。」

「白雪が出来るまでは真面目に命名していたんだ。淡雪、綿雪、風花。あぁ、風花も雪の一つだな。」

「細雪の次が白雪だね。そこからは消化試合みたいなもんさ。粉雪、霰、雹まではまだいい方さ。大雪、小雪に名残雪と来た時は流石に小言を言ったもんだよ。」


あまりにも適当過ぎる銘に、アークとエールラも言葉が出ない。


「吹雪にどか雪、垂り雪なんてのもあったね。」

「ぜ、全部残ってるのか?」

「使い道なんてありゃしないんだ。当たり前だよ。」

「何処にあるのです?」

「家に仕舞ってあるぞ。」

「「・・・・・。」」


使い道が無いのだから、1本あれば充分だろうと思った神々。しかし作った者達からすれば、自分の子供のようなものである。廃棄出来るはずも無かった。


事態を重く見た2人が念話を行う。


(アーク様!回収すべきと具申します。)

(同感だが、今回のオレ達じゃ回収は無理だ。)

(あ・・・)


そう、アーク達は特製の転移部屋から訪れていた。故に、どう足掻いても持ち帰る事は出来ないのである。しかしこのままにはしておけない。


(あの部屋を使ったのは失敗だったか?いや、本来の意図は地球を訪れた痕跡を残さないようにする為だ。う〜ん、戻るまでに考えるしかないか。)

(いっそ処分してしまっては?)

(いや、この2人を敵に回したくはない。何とか方法を考えるぞ。)

(畏まりました。)


あまり長話をしても怪しまれる為、早々に話を切り上げたアークとエールラ。そしてアークはもう1歩踏み込んだ。


「それで全部なんだな?」

「「・・・・・。」」

「何だ?まだ何かあるのか?」

「雪ちゃんが亡くなった年の1振りと翌年の1振りがあってね・・・」

「それがとんでもない問題作なんだ・・・」

「「?」」


言い淀む2人の様子に首を傾げるしかないアーク達。険しい表情で見つめ続けると、観念した静が重い口を開く。


「世に残しちゃいけないと思って、何度も処分しようとしたのさ。」

「その度に引き込まれそうになってな・・・やむなく封印する事にした。」

「シュウの最後の作品でね。『雲雀殺し』と『深雪』って銘なんだが・・・」

「あれが世に言う妖刀なんだろうな。白雪は見る者に感動を与える美しさだが、あの2振りは違う。見る者を魅了してしまう儚げな美しさがあるんだ。」

「意志の弱い者が持てば、間違いなく切れ味を確かめたくなるだろうさ。実際に人を斬って、ね。それが刀本来のあり方なんだろうけど、アタシらがそれを許す訳にもいかないだろ?」


静の言葉に頷くアークとエールラ。実際には誰が誰を斬ろうとも、2人には無関係である。だからと言って、今更見て見ぬフリなど出来なかった。


「さて、戻って昔話の続きといこうか。」

「はい!宜しくお願いしますね!!」


幸之進に連れられて、室内へと向かうエールラ。その後ろ姿を眺めながら、静が謝罪の言葉を口にする。


「余計な時間を取らせて悪かったね。」

「いや、思いがけず重大な話が聞けて良かった。」

「・・・いい娘じゃないか。大切にするんだよ。」

「・・・善処しよう。」


静が言うのは勿論、将来の嫁としての意味である。当然理解出来たアークは一瞬悩んだものの、拒絶する事は無かった。これが一体何を意味しているのかは、アークにしかわからないのだが。


アークの返答に満足したのか、静が歩き出す。その後ろ姿を数秒見つめ、アークは後を追い掛ける。





静とアークが戻ると、そこにはすっかり意気投合した幸之進とエールラの姿があった。


「静さんが淹れて下さったお茶と同じなのですよね?こんなにも違うものですか?」

「ワシはババアと違って繊細なんだ。それがお茶の味に出ているんだよ。」

「アタシがガサツだとでも言いたいのかい!?このエロジジイが!」

「何だとクソババア!?ワシの何処がエロジジイだと言うんだ!!」

「そこの女神に鼻の下が伸びっぱなしなんだよ!てっきり馬がいるのかと思ったよ!!」


静の指摘通り、幸之進の鼻の下は伸びまくりだった。これでもかと言う程。基本的に女神はこの世のものとは思えない程の美しさを持つ。幸之進でなくとも、そうなるのは当たり前なのだ。


「ちょっとお2人共!話の続きをお願いします!!」

「そうだったな。何処まで話したんだったか?」

「婆さんの顔にアイロンを掛けてやる、って所までだな。」

「アーク様!間違いではありませんが不適切です!!」


冗談で答えたアークに憤慨するエールラ。確かに幸之進の最後のセリフなのだが、この場合はNGワードである。


「クソ神・・・絶対に一撃入れてやるからね!」

「いや、オレが悪かった!勘弁してくれ!!」

「いい加減にして下さい!雪さんと秀一さんが同棲しなかった所からです!!」

「おぉ、そうだったそうだった。」


どうやら本当に忘れていたらしく、エールラの言葉で落ち着きを取り戻した幸之進と静。


「・・・まぁいいさ。それが高校3年生の春だね。そこからの1年、シュウは毎日朝と夜に雪ちゃんの身の回りの世話をしに通い続けたよ。」

「通い妻みたいだな。」

「実際そうさ。当然周囲の目は厳しいものだったが、2人は全く気にしなかった。お互いが居れば幸せって気持ちが伝わって来たしな。」

「生徒や保護者は色々と言ってたみたいだけど、学校側は何も言って来なかったからね。アタシらも口を出さなかったよ。」

「どうしてですか?」


不純異性交友だと騒がれそうなものだが、学校が何も言わない理由がわからなかったエールラが尋ねる。


「アタシらが2人の保護者なんだからね。それで文句を言えばウチで一緒に暮らす事になる。そしたらもっと大騒ぎになるだろ?それに2人共成績優秀だったからね。言いたくても言えなかったのさ。」

「なるほど。」

「色々とあったけど、無事に高校を卒業してね・・・。シュウは大学に行ったけど、雪ちゃんは進学しなかったんだよ。」

「成績優秀だったのにか?」


予想外の展開に、思わずアークが口を挟む。返って来た答えは納得のいくものだった。


「あぁ。進学した所で、雪ちゃんは働ける体じゃなかったからね。学費を無駄にする位なら生活に回す事を選んで、家で静養する事にしたのさ。無論この家でね。アタシらは嬉しかったよ。雪ちゃんといると心が暖かくなってねぇ。」

「この時点で、2人は婚約という形を取っていたんだ。入籍出来れば良かったんだが、神崎家の連中が煩くてな。」

「お2人が居るのですから・・・」

「家督を譲っちまってたからね。あまり口を出せなかったのさ。そういう意味じゃ、シュウも神崎とは疎遠だったんだけどねぇ・・・優秀過ぎたのが仇となったんだよ。」


つまり、一刻も早く縁を切りたい秀一と、何とか引き止めたい神崎家の構図である。何となく理解出来たのか、アークとエールラは無言で頷くのであった。



「この時のシュウは本当に頑張っていた。雪ちゃんの治療法を必死に探していてな・・・ほとんど寝る暇すら無かったよ。」

「大変だったろうけど、この頃の2人は本当に幸せそうだったよ。アタシらも、こんな日がいつまでも続けばいいと思っていたもんさ。」

「それはつまり・・・」

「・・・お茶を淹れ直して来るとしよう。」



この後の展開が予想出来たエールラが言葉を濁す。答えたくなかったのか、徐に席を立つ幸之進。だが話さない訳にはいかないとばかりに、静が険しい表情で口を開くのだった。



「必死に希望を掴み取ろうとしたシュウを絶望が襲うのさ。アタシらと同じようにね。」

「それはつまり、治療法が無いという事だな?」

「あぁ。元々難病に指定されてる病気だったからね。アタシらには当然わかってた。だが医学は日々進歩するもんだからね。アタシらの知らない研究があるかもしれない。シュウはそう信じて、ありとあらゆる論文を読み漁ってたよ。」

「では、医師にはならなかったのでしょうか?」

「いいや、医学生じゃ調べられない物もあるからね。結局医師にはなったんだよ。神崎家の思惑と違う内科医に、ね・・・。」




ふと悲しそうな表情を浮かべた静を、アークとエールラは無言で見つめるのであった。

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