第160話 家出

カレンに逃げられ、それぞれ思う所のあったルークと嫁達であったが、これ以上は何を考えても無駄であると悟って話題を変える。普段であればそれはスフィアの担当なのだが、今回は珍しくルークが切り出した。


「ところで・・・クリスタルドラゴンについて何かわかったの?」

「それに関してはわからなかったわ。でも、全く希望が無い訳でも無いの。」


ルークの問いにナディアが答え、そのまま竜王達に教えられた内容を説明して行く。長い説明が終わり、ルークはふと思った事を口にする。


「そうか・・・クリスタルドラゴンを倒したらクリスタルが消える、なんて都合良くはいかないんだな。」

「それは当然だろうな。そもそも人間は、魔法で生み出した水を飲食に利用するだろう?」

「あぁ、なるほど。」


出来る限りわかりやすい例えを持ち出したアースの答えに、ルークが納得する。頭の回転の早い者達も気付いたらしく何度も小さく頷いているが、それは嫁全員ではない。


「あのぉ・・・どういう事でしょうか?」

「ん?野営の準備をする機会の無いリノアには馴染みが無いか。そうだな・・・。」


基本的に王女で構成されている嫁達という事もあり、魔法で水を生み出す状況を目にする機会は無い。誰かに声を掛ければ飲み物が出て来るのだから、それも当然だろう。


その事に思い至ったルークは、丁度空になったティナのカップを魔法で生み出した水で満たす。その水をリノアに勧めようとした次の瞬間、その意図に気付かなかったティナが一気に飲み干してしまう。どうやらお菓子を食べた事で喉が乾いていたらしい。


「ちょ・・・まぁいいか。例えばの話、ティナが1週間飲まず食わずの状況だとしよう。水を飲まなければ今にも死んでしまう状態。そして飲めるのはオレが魔法で生み出した水だけ。ここでオレが死んだら今の水はどうなると思う?」

「え?・・・消える?」


ティナに文句を言いかけたが、誰が飲んでも同じだという事でリノアへと向き直る。そのまま問い掛け、返って来た答えにルークは笑みを零しながら再度問い掛ける。


「くすっ。じゃあ、明日死んだら?」

「明日ですか?消化されているでしょうから、消える事は・・・あっ!!」


自身の答えに対する矛盾に気が付いたリノアが声を上げる。過酷な状況下で水を飲んだティナが生きているのは消化・吸収した場合である。そして先に言われたように、飲食に魔法の水を利用する事を知った。しかし、魔道士が死んだ事でミイラになった者の話など聞いた覚えが無い。それは即ち、魔法で生み出された水が消えない事を意味していると悟ったのである。


余談だが、土魔法を例に用いた方が理解は早かったかもしれない。しかしその場合、馴染みの無い者に対する立証には死んでみせるしかないのだ。とてもではないが、そんな事の為に命をかける事は出来ない。



全員が納得したのを確認し、ルークは話を進める事にした。


「リノアも理解したみたいだし、さっきの続きといこうか。竜王の加護を使いこなすって言ったけど、それって具体的にどうするの?」

「うむ。魔法を使える者であれば比較的容易な話じゃったが、ナディアは使えぬからの〜。」

「戦闘できっかけを掴むしかないだろうな。」


エアとアースの答えに、全員の視線がナディアへと集まる。お気の毒に、という気持ちを込めて。そのまま沈黙が続く中、何かに思い至ったスフィアが口を開く。


「その加護というのは、我々も頂けるものでしょうか?」

「ん?まぁ、与える事は出来るな。」

「でしたらティナさんやフィーナさんに「それは無理じゃ!」・・・何故です?」


スフィアの提案は、手っ取り早く魔法を使える高ランク冒険者に加護を与えてしまえば話が早いのでは、というものだった。しかしそれはエアに拒絶される。


「そもそも、我らが加護を与えた前例は無い。竜王の加護という物は、それ程までに特別な物なのじゃ。」

「わかりやすく言い換えるなら、それだけナディアの事を気に入ったという事だ。しかし他の者達はまだ良く知らないからな。」

「共に暮らす中で気持ちは変化するじゃろうが、今の所は加護を与えようとは思わぬという事じゃの。」

「そうですか・・・それならば仕方ありませんね。」


エアとアースの説明に、スフィアを含めた非戦闘組は心底残念そうである。対して、あまり加護に興味の無いルークの意識は別の所に向いていた。


「ちょっと待った!共に暮らすって何だ?」

「文字通りの意味じゃぞ?妾達もここに住む!!」

「「「「「はぁ!?」」」」」


ナディアと竜王達以外の全員が揃って声を上げる。まさかの展開に全員が呆気にとられる。てっきりナディアと共に旅立つと思っていたのだから、その衝撃は計り知れない。それもそのはず、相手は空飛ぶ災害である。そんなのが3体も。


元の姿に戻っただけで、城など簡単に崩れ去るだろう。その光景が頭をよぎったのか、全員が揃って頭を抱えた。唯一、言い訳という褒められたものでは無い行為に慣れつつあったルークが声を上げる。


「戦闘できっかけを掴むって事なら、魔物を相手にした方がいいんじゃないか!?」

「それはそうだろうな。」

「だったら竜王の住処に近い方がいいだろ!?」

「じゃろうな。」


あとひと押し、そう勘違いしたルークが続けてまくし立てる。


「事情は理解したし、ナディアも一刻も早く姉さんを救う為なら頑張るはずだ。」

「オレもそう思う。」

「ならここに住むよりも、帰った方がいいと思わないか!?」

「言えておるの〜。」


必死に嫁を追い出そうとしている旦那に、無言で声援を送る嫁達。当然ナディアの額には青筋が浮かんでいた。気持ちは理解出来るが、納得は出来ない。ナディアの怒りが爆発しそうになった瞬間、今まで黙っていたアクアが口を開いた。


「ご迷惑をお掛けしましたし、黙っていようと思いましたが・・・。我々は問題を起こさないと約束しましょう。何か不満がありますか?」

「い、いや、不満とかでは、ない、よ?」


アクアに指摘され、ルークの目が観賞用の熱帯魚の如く泳ぎ回る。


「それに魔物との戦闘でしたら、この近くの森で充分ですよね?」

「え〜と、多分。」

「そもそも、我々の興味は貴方とその妻達にもあります。なら一緒に住むのが最適でしょう?」

「そ、そうなのかなぁ?」

「極めつけに、貴方は転移魔法が使えます。態々愛する妻と離れて暮らす意味はありませんよね?」

「ぐぅ・・・」


グッピーに負けず劣らず泳ぎ回る目が嫁達と合う。先程までとは打って変わって、そこに宿っているのは冷たい感情であった。口ほどに物を言う目が語っている。使えねぇ旦那だと。


もっと口が達者ならば、上手く言い負かす事も出来たかもしれない。だが、ルークがそんな男であれば愛想を尽かされていた事だろう。嫁達もそれは理解しているので、特に口を挟む事は無かった。観念した嫁達に対しアクアが譲歩する。


「無論、住居を提供して頂くのですから、それに見合った代価は支払います。そうですね・・・我々の知識を役立てて頂く、というのは如何ですか?」

「「「「「知識?」」」」」


竜の持つ知識が想像出来なかったのか、嫁達が揃って首を傾げる。


「最近まで引き篭もっていたとは言え、昔はそれなりに人間と関わる事もありました。我ら全員、魔法薬や魔道具の知識は相当な物だと自負しております。」

「「「「「魔法薬!?」」」」」

「「「「「魔道具!?」」」」」


魔法薬に食い付いたのは学園組、魔道具に食い付いたのは執政組である。そのどちらでもないティナは、いつも通り無言でお菓子を貪っている。


学園組が魔法薬に食い付いたのは、まだナディアの姉を救う手段が確立されていないのだから当然だろう。自分達が協力を申し出た以上、最後まで諦めるつもりは無いらしい。竜王達の持つ知識では救えないが、何かの糸口が掴める可能性はある。


一方の執政、というか政治に関わっている者達なのだが、これは学園組のような高尚な目的あっての事ではない。彼女達の脳内では、如何に国へ利益を齎すか、如何に楽出来るかという事がよぎっている。損得感情が多分に含まれているのだが、他者を貶める目的でないだけマシだろう。



嫁達が買収されるのを、ルークは指を咥えて眺めていた。嫁1人が相手であれば、妨害出来たかもしれない。しかし、今この場に居るのは複数名。如何に皇帝と言えど、数の暴力には勝てないのである。



(オレに魔法薬の知識は無いから、学園組を味方にするのは論外。魔道具に関しては戦闘方面ばかりだから、スフィア達も厳しい。残るは食欲の化身、ティナさんだけど・・・ありゃダメだな。)


唯一の味方となりそうなティナへと視線を移すが、彼女は今もお菓子に夢中である。彼女の食事を妨げる事こそ最も愚かな行為。誰よりも理解の深いルークは早々に諦めた。



(オレに残された道は転移のみ!しかしこの場合・・・二番煎じは最悪の一手。カレンへの非難まで引き受ける事になり兼ねない。ならばどうする、ルークよ!?)


それっぽくカッコつけても、全然キマっていない事に気付いているはずもない。器の大きい所を見せれば終わる話も、尻に敷かれている男が思い付く訳がないのだ。そして思い付くのは、やはり逃走。しかし若干の捻りを加えている。転移ではなく、堂々とした逃走なのだ。


何故ここまで逃げる事に拘るのかと言うと、グッピーと化した瞳が捉えていたからである。ナディアの青筋を。そしてナディアと言えど、他の嫁達に正面切って喧嘩を売る度胸は無い。ならばその矛先が向くのは、たった1人残された旦那である。



そのような理由で、先程からルークの脳内には警報が鳴り響いている。全部同じ意味なのだが、本人にツッコむ余裕など無い。全速力で逃げるか忍び足で逃げるか悩み抜いた末、今回は忍び足を選択した。


(危険、危ない、デンジャー!!全速力・・・はドアを開ける瞬間に捕まる!ならば物音を立てずに!!)


変な所は冷静なのだが、動揺している時とはこんなものだろう。それでも静かにドアまで辿り着き、何とか部屋を抜け出す事に成功した。安堵しつつも振り返ってドアを閉めようと顔を上げ、仁王立ちする嫁さんと目が合ってしまう。


「あらルーク、コソコソと何処へ行くつもりなのかしら?」

「ナ、ナディアさん!?ちょ、ちょっとトイレに・・・」

「あらそうなの?てっきり逃げようとしてるのかと思ったわ。」

「どどど、どうして逃げなければいけないんだい?」


基本的にルークは嘘がつけない。例え言葉に現れないように気を付けたとしても、結局顔に出てしまうのだ。今回は突然の事に、モロに口調へと現れた。


「ふ〜ん。ねぇルーク?そんなに私を追い出したかったの?」

「いや、ナディアじゃなくて竜王達を・・・」

「私の姉を助けられるかもしれないのに?」

「それはわかるけど、オレにも我慢出来ない事くらいある!」


ナディアの言いたい事は誰よりも理解しているルークであったが、それでも耐えられないというルークの様子に全員が視線を向ける。


「私が頼んでもダメって言うの?」

「あぁ、絶対ダメだ。少なくともオレは許可しない。」


嫁のお願いに弱いルークのはずが、ナディアが頭を下げようとも譲らない。考えられない光景を目にした嫁達がルークとナディアのやり取りを見守る。


「一体何が不満なのよ!?」

「少なくとも、アクアって竜王と毎日顔を合わせるのは耐えられないんだよ!!」

「アクアと?・・・何でよ?」

「先にちょっかい出して来たのはあっちだ!それなのに、何でオレまで責任を負わされなきゃいけないんだよ!?」

「それは喧嘩両成敗ってスフィアが・・・」

「喧嘩じゃないだろ!オレは帝都の為に闘ったんだ!!」


夫婦喧嘩を絶対にしたくないルークは、泣き寝入りする道を選んだ。しかし、その元凶と毎日顔を合わせなければならない。追求されなければ噴出する事も無かったのだが、ナディアと言い合う内に沸々と湧き上がって来たのだ。今回ばかりはルークも我慢出来そうにない。


「だからアクアも反省してるでしょ!!」

「いくらアイツが反省した所で、減らされた小遣いが増える訳でも無いんだよ!!」

「「「「「え?」」」」」


ルークが何に対して怒っているのか。告げられた側の誰1人として、即座に理解する事が出来なかった。


補足しておくと、ルークの財産はスフィアに没収されている。大金を持っていても使う機会が無いのと、あまり金を持たせておくと何をするかわからないという理由からである。代わりにルークは毎月お小遣いを貰う取り決めとなっていた。


その金額の少なさに、自ら稼ごうと画策するもそれすら没収されたのである。加えて今回の小遣い減額。被害額を考えると、期間は十数年に渡るだろう。月々3万円のお小遣いを貰っていたサラリーマンが、家のローンを理由に月々3千円しか貰えなくなるようなものだ。


ハッキリ言うと文句を言わないルークに対し、調子に乗ってやり過ぎたスフィアの責任である。そして一度火が点いたルークの怒りは収まらない。残念ながらそれを知るのはティナのみである。


「兎に角、アクアと一緒に住む事は出来ない!だからここから出て行く!!」

「「「「「は?」」」」」

「転移!」


てっきりナディアに出て行け、と言うものとばかり思っていた嫁達が呆気に取られる。そうしてる間に、ルークは転移魔法で姿を消してしまった。暫し静寂に包まれたが、ナディアが振り返って判断を仰ぐ。


「ねぇ?・・・どうすればいいの?」

「放っておけば良いのでは?その内戻って来るでしょう。」


スフィアは呆れたように答えるが、その考えにティナが待ったを掛ける。


「いいえ、それは違いますよ?」

「どういう事です?」

「普段怒らない分、ルークの怒りは後を引きます。今回の場合は1年、ひょっとしたら数年は戻らないかもしれません。」

「「「「「えぇぇぇぇ!?」」」」」



真顔で告げられたティナの言葉に、嫁達の絶叫が響き渡る。夫婦喧嘩の末、夫が家を飛び出すという珍事は笑い話と化す。その後、笑えない状況となった国々を巻き込む騒動へと発展するのであった。

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