第161話 ラミス神国へ

転移魔法で逃走したルークだが、その姿は予想外の場所にあった。そもそも、帝国領内にいれば補足されるのは時間の問題。次に思い浮かぶのが拠点作製中のライム魔導大国。この2国は有り得ない選択肢だろう。


次に思い浮かぶのが、国王と面識のあるカイル王国。あとは最近訪れたドワーフ国とアームルグ獣王国、そしてグリーディア王国だろうか。


夫婦喧嘩の末に飛び出したは良いが、実家に帰る意味は無い。本気で隠れるのであれば、そんなわかり易い場所を選ぶ必要など無い。そして嫁達は、それらの国を重点的に捜索する事だろう。



そして嫁達、特にスフィアにとっての誤算は幾つかある。まずは追跡の出来るカレンの不在。これについては転移出来る場所を増やしていた為、あの場にカレンがいなかったのは非常に大きい。


通常、カレンが追い掛ける場合はある程度ルークの行動を予測している。幾つか候補を選択し、虱潰しに転移する事で当たりを付ける。そしてルークの姿を見つけた所で、一気に捕獲するのが常套手段であった。しかし今回のように、転移から時間が経ってしまうとそれも不可能となる。


ルークを遥かに凌ぐ移動速度を以ての捕獲なのだから、姿を捉えられない時点で詰むのだ。事実、城へ戻ったカレンの口からは、ルークの追跡は不可能だと告げられる。




次に挙げられる誤算が、ルークの資産状況。スフィアは全額没収と言いつつ、何処かにヘソクリがあると考えていた。事実あった。しかしそのほとんどを気前よく、先の拠点リフォームで支払っていたのだ。何とも間抜けに思えるだろうが、ルークは商売の売上と小遣いがあれば取り返せると踏んでいた。


小遣いをアテにしていたルーク、金なんて使わないだろうと思っていたスフィア。双方の読み違いによって、今回の不幸は起こったと言える。




最後に喧嘩両成敗。言い争いでルークが言ったように、今回ルークに落ち度は無い。格上と思しき相手との戦闘を考えれば、寧ろ賞賛されるべきだろう。しかし、アクアに全額請求する度胸も無ければ、ナディアに全て押し付けるのも気が進まないスフィアである。


嫁の不始末なのだから、夫にも責任はあるという理論を以ての沙汰だった。そう説明していればルークも納得した事だろう。しかし日頃から部下を叱責するクセがついていた事、さらには国としての出費という事で仕事扱いしてしまった。夫に対する態度では無かったのだ。



以上の理由から、今回の家出騒動となったのである。そして肝心のルークだが、転移の瞬間に見つからない場所を選択していた。真っ先に浮かびそうな場所ではなく、最後まで浮かびそうにない場所を選択したのだから驚きである。


それもそのはず。この世界でルークが関わりたく無い物は、奴隷と宗教である。これは馴染みが無いのと、あまり良い印象を持っていなかった事が大きい。そしてその最たる国がラミス神国であった。嫁達の裏を描く為だけに、最も敬遠していた国へと移動したのだ。



(勢いだけでラミスまで来ちまったけど、これからどうしたもんかな・・・。)


ノリで行動するルークだが、今回は冷静に行き先を決めた。否、行き先だけは冷静に決めた。それ以外は完全にノープランである。まだヘソクリの残金はあるが、これが無くなれば本当に終わりである。家に帰って嫁に土下座するしかない。それだけは何としても避けたいルークは考える。


(いよいよファンタジーっぽく冒険者、はフィーナに補足される。鍛冶師として武器・・・は無名だから売れる補償が無い。そうなると残るは料理、かなぁ・・・。)



ルークは知らないのだが、魔物の素材を買い取って貰うのであれば商業ギルドでも可能だった。討伐依頼とセットだという先入観があった為、完全に頭に無いのだ。確認すらしていないのも問題だろう。


まぁ、ルークだろうとアストルだろうと、冒険者ギルドでカードを提出した瞬間に所在がバレる。秘密裏にフィーナへと報せが届き、やって来たカレンによって御用となるのはルークの予想通り。


再度偽名で登録すれば良いと思うかもしれないが、そこはルークも学習している。新人冒険者が高ランクの魔物を討伐して騒ぎになるという流れは目に見えている。あまり魔物のランクに興味が無かった事が災いしているのだ。結局、つくづく冒険者というものに縁の無いルークである。



鍛冶師として良質な武器を作る自信はある。しかし、設備や素材への先行投資に金が掛かる上、売れる補償は無い。軌道に乗るまで何年掛かるか知れたものではないのだ。これにはちゃんとした理由がある。


高ランク冒険者ともなると、それなりに有名な鍛冶師の作品を買う。もしくは新人の頃から世話になっている鍛冶師の所だろう。自分や仲間の命が掛かっているのだから、信頼出来る武器を使うのは当然なのだ。


そうなると、ぽっと出の鍛冶師から武器を購入するのは新人くらい。しかも格安で。凝り性のルークにとって、これは赤字になること間違い無しである。



実は魔道具製作という選択肢も存在しているのだが、そこは自重を知らないルークである。ぶっ飛んだ物を作って騒ぎになるとわかりきっている。だったら自重しろと言いたくなるが、我慢というのは続かない。何処かで限界が訪れるだろう。これは成人前に自覚していた。だからこそ、初めから選択肢に無かったのだ。



と言う事で、ライム魔導大国と同様に料理屋を開くという結論に至る。何とも無駄な事をしていると自覚しているのだが、今回ばかりは仕方ないと腹を括ったのだった。



(咄嗟に王都へ来たのは正解だったかな。まずは建物を買って、リフォームは・・・自分でやるか。そう言えば、期日にはライムへ行かないとな。そっちは詳しく話してないから、当日嫁の誰かと鉢合わせしなけりゃ大丈夫だろ。)


偶然にも王都近くに転移したのだが、これには何の意図も無い。しかし人口と立地を考慮するならば最良の選択と言えた。辺鄙な村で料理屋を開いた所で歓迎される事はまず無い。オマケに目立ったらお終いである。それならば、初めから人口の多い王都の方が何かと都合が良かったのだ。


そして商人達との約束だが、これもルークの思惑通りであった。嫁達が真っ先に思い付いた行き先がライム魔導大国。この日から数日間、動ける嫁達の姿はライム魔導大国にあった。しかし自分達も有名である為、目立った行動も出来ずに終わる。これについてはまた後日。


「さて。まずは移動しますか。とは言うものの、王都を目指すか野営をするか・・・。って考えるまでもなく野営だよな。」


独り言の多いルークだが、本人も呟いたように野営以外の選択肢は有り得ない。直に日が暮れるのだが、王都へ入るには行列に並ぶ必要がある。オマケにこの場所はカレンに連れて来て貰った転移ポイントという事もあり、王都を目指した上で順番待ちをするのは見つかる可能性が極めて高い。


加えて綺麗好きのカレンの事。服が汚れるような場所まで捜索に訪れるとは考え難い。そういった意味でも、人目につかない場所に身を潜めるのは絶対なのだ。



「潮の香りがするって事は、王都の奥は海か?確か海が北だから東がヴァイス騎士王国で、西がシルヴァニア王国だったっけ?で、ヴァイスの東がライムだから・・・う〜ん、西に行くか。」


余談だが、どうせ野営をするのだからさらなる僻地に向かうべきである。見つからなかったから結果オーライなのだが、この辺は些か思慮が足りていないと言える。



結局の所、この日の夜はラミス神国の王都から西に20キロ以上離れた山間部で息を潜めていた。翌日は夜明け前から門に並び、開門と同時に王都へと足を踏み入れたのである。


その後は何事も無く拠点を手に入れ、現在は改装の真っ最中である。とは言っても、都合良く元パン屋だった建物を手に入れられたので、大きく改装する必要は無かったのだが。


「結局は情報収集を考えないなら、こういったパン屋みたいな造りでいいんだよな。外を気にする必要も無いんだし。店舗はこんなもんでいいとして、問題は材料と調理器具か。そう言えば調理器具は商人に頼んでたな。仕方ない、暫く待つか。その間に食材の調達でもするかな・・・。」



ルークの誤算は正に食材であった。完全に帝都の商人や地下農場をアテにしていた為、それ以外のルートを確保していなかったのだ。商業ギルドや市場で手に入れるしか無いのだが、ルークが望む物が手に入る保証は無い。


半ば諦めつつ王都を散策してみると、予想以上に食材が豊富であった。これは海が近い為である。内陸で生活していた事と、流通に関しては商人に任せっきりだった事が原因だ。執務をこなしていれば知り得たかもしれないが、丸投げしていたのだから無理もない。ここで初めて商船という存在に気付いたのである。


「これだけ食材が豊富なら、従業員さえ確保出来れば食堂の方が良さそうなんだよな。いや、そんなに働きたくないな。売り切れたら閉店ってのがいいんだよ。」


だったら売り切れない量を作ればいいのだが、ここにツッコミ役などいない。ある程度は稼ぐ必要があるにも関わらず、忙しいのは嫌という商売を舐めた考えである。



その後、数日を掛けて食材や一般的な調理器具を揃え、まずは簡単なお菓子屋を提供する店を始めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る