第304話 ティナとの駆け引き

――コンコン


扉をノックする音に、ルークは次なる刺客を思い浮かべる。


「(来たか。次は多分・・・)どうぞ!」


――ガチャ


「失礼します。」

「っ!?・・・驚いた。てっきり村の誰かだと思ってたんだけどな。」

「スフィアもそのつもりだったようですよ?お母さんに頼んでましたから。」

「へぇ。となると、ティナが来たのは・・・」

「私の考えです。」


スフィアならばティナに頼むのは最後だろう。そう予想していただけに、ルークは早々に負けを認める。


「やっぱりティナに・・・ユキには適わないな。」

「シュウ君の考えている事はお見通しですから。ですが、流石に全てとはいきません。」

「だろうね。じゃあ、ここに来たのは説明を求めて?」

「はい。ルーク・・・何故自分でリノアさん達を探さないのです?」


現在、多くの兵士がリノア達の捜索を続けている。だが、機動力で遥かに勝るのはルークである。だというのに、ルーク自身には探そうという意思が感じられない。ティナにはその理由がわからなかった。そんな彼女に躊躇う事なく簡潔に告げる。


「必要無いからだ。」

「必要無い?それは居場所に見当が付いているという意味ですか?」

「いや、居場所はオレにもわからない。」

「え?でしたら・・・」


欠片も心配する素振りを見せないルークに、ティナは予想を立てる。だがそれも即座に否定され、より一層訳がわからなくなる。


「ふぅ。出来れば敵が動くまでは話したくなかったんだけど、納得出来ないと何をされるかわからないか。」

「いえ、そこまで自棄になるつもりはありませんが・・・」

「まぁいいよ。説明する。」

「・・・よろしくお願いします。」


何の説明も無しでは面白くないが、だからと言ってヤケクソで行動しようとは思っていない。だが手の平を返したように説明すると告げたルークに、ティナは素直に従うのだった。



「まず今回の一件だけど、オレ達は予想してた。いずれ誰かが、いや、少なくともリノアは狙われるだろうって。」

「オレ達?」

「オレとリノア達だよ。」

「それは・・・そうでしょうね。」

普段、あまり自信の無いリノアであっても、周囲からどう思われているのかは知っていた。世界一の美女。遠くから眺めるだけで満足する者ばかりではない事も、常日頃から言われ続けていた。当然対策を考える事もあったし、相談相手も限られる。最近ではルークだったという事だ。


「因みにティナが思う有効な対策って何?」

「私ですか?・・・優秀な護衛、でしょうか?」

「学園内でも?」

「それは・・・」


ルークの問いに、思わず言い淀むティナ。信用の置ける優秀な護衛となると、ルークを除けばカレンや自分達しかいない。だが学園内にまで同行する事は敵わない。それがティナの出した結論。


そしてルークがこの質問をした真の意図。それはティナがルークの狙いに気付いているかを確認するためでもあった。その結果、やはり気付いてはいないのだと悟る。だが時間を与えれば気付かれる可能性もある。だからこそルークは話を進める事にした。


「実は、城の宝物庫に『いいモノ』が保管されていたんだ。」

「『いいモノ』ですか?」

「あぁ。結界の魔道具だよ。」

「結界!?」


ルークの口から告げられた言葉に、ティナは珍しく大声を上げる。それもそのはず。ティナでさえ初めて耳にする魔道具だったのだ。噂ですら耳に入らないような魔道具が存在する。それがどのような効果であれ、驚かずにはいられなかった。そこにルークが追い打ちを掛ける。


「オマケにそのままでも充分強力ではあったんだけど、万全を期して改造を施しておいた。具体的には、オレの神力を限界まで注ぎ込んである。例えカレンでも破るのに数日は掛かるだろうな。」

「それはつまり、数週間は無事が保証されているという事ですね・・・」


カレンが数日掛かるのであれば、その辺の兵士や冒険者が幾ら集まろうと烏合の衆。そうそう突破出来る代物ではない。


「あぁ。しかも持ち主に危険が迫ると自動的に発動するみたいでな。リノアが無事なのは間違いないんだ。更には充分な料理と小さな屋敷も預けてある。」

「・・・え?」


料理は理解出来たが、その後に続く言葉が理解出来なかった。


「小さな屋敷だよ。いくら結界で守られてると言っても、敵に囲まれて平静ではいられないだろ?風呂やトイレにも行きたいだろうし。宝物庫にアイテムボックスが幾つもあったのはホント、ラッキーだったよな。」

「・・・・・。」


これ以上無い程に完璧な籠城作戦。ティナもどう返して良いのかわからず、言葉を発する事が出来なかった。


「とは言っても、やはり時間に限りはある。オレやカレンが必死に探し回った所で、食料や神力が尽きる前に見つけ出せる保証も無い。だからこそ、オレは取引を停止したんだ。民衆にリノアを探して貰うためにね。」

「リノアさんを探して貰うとは、一体どういう意味です?」

「この国から手に入らなくなって困る物は?」

「・・・あっ!食料ですか!?」


詳しい説明を聞いていなかったティナだが、他国が帝国に依存している物が何なのかはわかる。その大半を提供しているのはティナ達なのだから。


「正解。飢餓に苦しむ者達が一斉に行動に移す。原因となったリノアを見つけ出すために、な。そういう訳で、ティナには魔物の提供を控えて貰いたい。少なくとも、オレがいいと言うまでは。」

「・・・わかりました。」


非人道的とも取れる内容だが、この世界での生活が長いティナに不満は無い。自分達にちょっかいを掛ける者が悪いのだ。


「そして追い込まれた犯人が取る行動は、そんな命令を出した者の排除。つまりはオレ達・・・オレとスフィアの暗殺だな。実際どっちの命令かわからないんだ。両方潰そうと思うのは当然だろ?」

「あ・・・」

「スフィアの場合、実家に帰す意味が無い。寧ろ帰した方が危険だろうな。」

「政務となると、護衛に付けるのはセラとシェリーだけでしょうし。ならば暇を与え、私達が守った方が良い・・・確かに理に適っていますね。」


ルークの描いた作戦を読み取り、ティナが詳細を口にする。ルークは笑みを浮かべるのだが、それはティナが理解してくれたからではなかった。


「と言うわけで、だ。ティナに1つ頼みがある。」

「何です?」

「暫くの間、スフィア達を連れて食料調達に向かって欲しい。」

「・・・魔物の討伐ですか?それはそれで危険な気もしますが・・・」

「表向きは暇を持て余したスフィアがティナ達を手伝うって所だ。実際は、スフィア達を少し鍛えてやって欲しいと思ってる。最低限の自衛が出来る程度にな。場所は・・・エリド村が良いかな。送迎も楽だし。」


セラとシェリーが居るとは言え、彼女達もそこまでの強者ではない。凄腕の暗殺者集団に襲われれば万が一も有り得る。今後の事を考えれば、今回の事態はうってつけと言えるのだ。そんなルークの提案に理解を示し、ティナは暫しの沈黙の後に答える。


「・・・・・わかりました。では明日から10日程討伐に向かいます。」

「カレン以外の皆で行って来てくれ。・・・カレンは頼んでも行かないだろうけど。」

「ふふっ、そうですね。では失礼します。」



笑みを零し、執務室を後にするティナ。暫く扉を眺めた後、ルークが独り呟く。


「完全には信じてない、か。やはりユキとの駆け引きは疲れる。だが、今回はオレも本気なんでな。カレン以外が居ると失敗する可能性がある。悪く思わないでくれよ?」


嘘は言っていないが、全てを打ち明けた訳でもない。悪いとは思いつつも、ルークがティナ達に話す事はない。何故ならルークの計画は途中、スフィア達の批判を浴びるものだからである。


「しかしカレンへの説明と食い違う部分はあったけど、特に追求されなかったな。カレンは黙っててくれたって事か。オレ達がいない間、カレンには迷惑を掛けたみたいだしな。手伝って貰うとするか。」



単独で解決するつもりであったが、急遽カレンにも鬱憤を晴らさせようと決め、ルークは独り今後の計画を修正するのであった。

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