第173話 遭遇戦1
夜明けまであと30分といった頃。カレンはルーク宛の手紙をスフィアに託し、単身魔の森にある転移門の前に転移した。実はこの場所、カレンだけが察知出来るように結界が張られているのである。これはルークとナディアの接近を許した際、カレンが施した対策の1つであった。
これまでは封印等を確認し、世界中を巡り歩いていたカレン。しかしルークと結婚した事で、1ヶ所に留まる機会が多くなった。その為の措置である。とは言っても、侵入を拒むような結界は維持が難しい。ならばと言う事で、察知する事だけに特化する結界を張る事にしたのだ。
その結界内に足を踏み入れた者がいる。それを察知したからには、向かわない訳にもいかない。正体は不明だが、自分が遅れを取る事は考えられなかった。
転移門の前に歩み寄ると、背中に羽の生えた女性が佇んでいた。
「誰かと思えば・・・随分と懐かしい顔ですね。エリド?」
「もう千年近くなりますか?・・・戦女神!」
カレンの呼び掛けに、エリドが振り向き様に答える。しかし自分の知るエリドとは異なる点がある事に気付き違和感を覚える。
(口調が変わりましたか?それに長剣?)
自身の知るエリドはもっと馴れ馴れしい口調のはず。それに魔法主を得意としていた為、剣を使う姿は想像出来なかった。しかし、千年あれば変わるはず。そう考えて首を横に振るのだった。
「たった1人で私を相手にしようと言うのですか?随分と舐められたものです。」
「安心して下さい。無策で貴女を相手にする程、私は愚かではありませんよ?」
軽く挑発してみるが、薄く笑みを浮かべて流される。
(別人?いいえ、あれは確かにエリドです。妖精族は不思議な術を使うと言いますし、警戒すべきでしょうね。)
あまり駆け引きが得意とは言えないカレンは、これまでの相手とは違うと自らに言い聞かせた。
「戦女神、1つ確認したい事があります。」
「・・・何ですか?」
「貴女の力、私とどの程度の差があると思います?」
真っ向から立ち向かって来ておきながら、今更聞くような事ではない。エリドの狙いが読めず、カレンの表情は一気に険しさを増す。しかし答えた所で問題は無いだろう。そう考えたカレンは自らの感覚を口にした。
「そうですね。せいぜい私の半分程度、と言った所でしょうか?」
「なるほど。・・・安心しました。」
この時、カレンは完全に混乱していた。実力差が2倍以上あると言ったにも関わらず、エリドは安心したと言う。益々相手の狙いがわからないのだ。しかしエリドは、カレンに落ち着く暇を与えない。
「折角ですから、私も1つだけ質問にお答えしますよ?」
「色々とあり過ぎて迷いますね。・・・では、何故村の者達と別行動を?」
この質問には、幾つか意味が含まれていた。如何にカレンと言えど、エリド村の者達全員を相手に勝ち目は無い。にも関わらず、戦力を分散させる意味は無いのだ。戦力差があり過ぎては、足止めにすらならない。それを理解した上での行動なのか?ならば狙いは他にあるのだろう?と。
「素直に私の目的を聞いて来ると思ってましたが・・・侮れませんね。まぁいいでしょう。答えは、貴女を殺すのを邪魔されない為ですよ。」
「私を?何故・・・いえ、質問は1つでしたね。」
こういう所で律儀な性格の現れるカレンであった。当然、聞いた所で答えるような相手でもない。そう感じたカレンは剣を抜き、エリドに対して構える。
「安心して下さい。貴女が死ぬ前には教えますから。では、始めましょうか!」
エリドが剣を構えたのを確認し、カレンが先手を取る。これはカレンの必勝パターン。と言う訳でもない。実力が拮抗している相手であれば、様子を伺う事もある。しかし、まともに戦える相手の少ないカレンの場合、真っ直ぐ向かって一閃。これで終わってしまうのだ。駆け引きだとか技だとか、そういった物とは縁遠いのである。
ーードン!!
20メートル程あった距離を僅か1歩で詰め、上段から剣を振り下ろす。その刹那、体に異変を感じて横に飛ぶ。
ーーヒュン!
エリドによって振るわれた剣により、カレンの頬に薄っすらと血が滲む。
(私が傷を?それよりも、体が重く・・・)
不測の事態に動揺するカレン。しかしその隙を見逃すエリドではない。一気に距離を詰めて連続突きを繰り出した。
「くっ!」
「どうしました?」
ギリギリで回避するカレンだが、回避し切れずドレスは数カ所切り裂かれていた。当然そこにも血が滲んでいる。完全に躱しきれないと悟り、致命傷を避けたのだった。
(やはり突然体が重く・・・ですが、今は何ともありませんね。考えられるのは距離、でしょうか?)
現在カレンは、エリドと相当距離を取っていた。カレンの瞬発力があれば、100メートル程度は問題とならない。それでは会話にならない為、20メートル程に収めてはいるのだが。
と言うのも、大体10メートルの距離になると体が重くなるように感じていた。つまり、今の距離が対処可能なギリギリと言う事になる。
「どうしました?そんなに離れていては、自慢の剣が当たりませんよ?」
(接近戦に持ち込もうとしているようですね。仕方ありません、あまり好きではないのですが・・・)
「剣しか能が無い訳ではありませんよ?ファイアーボール!!」
魔法は不得意でもないと告げ、すぐさま巨大な火の玉を3発撃ち込む。躱すか防いだ所で距離を詰めようと考えたのだが、カレンの目論見は外れる。
あと10メートルまで迫った所で、火の玉が半分の大きさになったのだ。これには流石のカレンも驚く。
「なっ!?」
驚きのあまり硬直する。その瞬間、嫌な予感に右へと飛ぶ。しかし反応が遅れた為か、左腕に強烈な痛みを感じたのだった。
「ぐぅ!!」
痛みに顔を顰め、自身の左腕を見る。そこには巨大な針が突き刺さっていた。
「今の攻撃でも仕留めきれませんか。やはり離れていてはダメですね。」
カレンが声のした方向に顔を向けると、そこには無傷のエリドが佇んでいた。背後からの反撃に気を取られて確認出来なかったが、恐らく魔法で相殺したのだろう。
(どういう原理かわかりませんが、これはかなりマズイですね・・・)
左腕に刺さっている針を抜き、回復魔法で傷を塞ぐ。今回は問題無かったのだが、もし相手が毒を仕込んでいたら。そう考えると落ち着いてはいられなかった。1度見た以上、次は躱せるかもしれない。しかしそれは、10メートル以上の距離をとっていた場合に限られる。接近戦で同じ攻撃を受たら・・・その光景を想像して、カレンの額には汗が滲むのであった。
一方、ラミス神国では。
ティナ、フィーナ、ナディア、竜王達が音のする方へと向かっていた。
「派手にやっておるのぅ!」
「呑気な事を言ってる場合じゃないわよ!!」
ピョンピョンと飛びながら走るエアの呟きに、ナディアが怒りを露わにする。竜の姿になればすぐに辿り着くのだが、流石にそれは不味い。人の姿であるのだが、その身体能力は計り知れなかった。全力で駆けるナディア達とは裏腹に、竜王達は余裕である。
賑やかに走る事数分。やがて目的の遺跡が見えて来る。その前には倒れている数十人の騎士の姿。間違いなく返り討ちに会ったのだろう。そしてその奥に、遺跡に向けて魔法を放つ者達の姿が写り込んで来た。
「む?散開しろ!」
「「「「「っ!?」」」」」
ーー ドーン!
アースの叫び声に、全員が四方へと飛び退く。すると全員が走っていた場所が突然爆発したのだった。
「あ〜、やっぱり来たのか。久しぶりだな?ティナ。」
「お父さん!」
声のする方へと視線を向けると、そこには気まずそうに頭を掻く者の姿。その人物を確認し、ティナが声を上げる。残念な事に、感動の再会という訳にはいかなかった。
「アスコット=ブランシュ・・・。」
「SSランク冒険者にして、世界最強の一角・・・。」
ナディアが話し掛けると、フィーナが丁寧に説明してくれた。どうもありが、じゃなくてきちんと説明しよう。
ルークはSSSランクとなったが、他の高ランク冒険者とまともに闘った訳ではないので現状ランク外扱いである。その為、今の所はアスコットが冒険者最強の一角と呼ばれている。一角と言われた理由は、エレナの姿が確認出来ていないからだ。エレナとアスコット夫妻が揃う事で『双璧』という異名が用いられる。何故壁かと言えば、エルフが『森の守り人』という呼ばれ方をするからである。
旧帝国との闘いにおいて、ルークはSSランク冒険者を瞬殺している。しかしその5人は旧帝国の権力によってSSランクになっただけで、実力はギリギリAランクより上と言った所だろう。真っ当なSランク冒険者ともなれば、その実力は圧倒的となる。要は、Aランクより上は良くわからないからSランクにしてしまおうという、何とも適当かつお粗末な理由なのだ。
同じSランクやSSランクでも、その実力はピンキリである。その中でも確実に最強と噂されるのが、今は不在のエレナであり、目の前に立ち塞がるアスコットなのだ。
その最強に、実の娘であるティナが問い掛ける。
「どうしてこんな真似を!?」
「あ〜、やっぱり聞きたいか?(今のオレは時間稼ぎ担当だし、少し付き合ってやるか?)」
そう。こうしている間にも、エリド村の住人達の攻撃は続いている。口を動かしている場合ではないのだが、娘としては確認せずにはいられない。謀らずもアスコットの狙い通りとなったのだ。
「門の先に進みたいのでしたら、カレン様にお願いすれば良いではありませんか!」
「いや、それはダメだ。というかダメだったらしい。」
ティナの提案に、アスコットは急に真剣な表情になり否定する。その言葉に、ティナ達は首を傾げる。そんな話は聞いていないのだから。
「ただ通るだけなら構わないらしい。だが、オレ達の目的地に立ち入る事は許さないと言われてな・・・。仕方ないから実力行使って訳さ。監視や邪魔が入らないよう、カレン様がいない間に向かおうって寸法さ。」
「目的地?」
アスコットの説明に、思わずナディアが声を上げる。そんな声の主に視線を移し、アスコットは驚きを顕にする。
「ん?お嬢さんは確か・・・カイル王国王都のギルドマスターか!オマケにそっちはギルド本部長か!?こんな所でどうした!?」
「「元よ!」」
当然、そんな事はアスコットも承知の上である。カレンの居場所を調べる中で、その周囲に居る人物の情報も手に入れていた。時間稼ぎの為の演技といった所だろう。
「あっはっはっ。悪い悪い!ルークの嫁だもんな、知ってるよ。」
「お父さん!!」
ナディアとフィーナをからかった父に、ティナが怒りをぶつける。すると一瞬自身の嫁と姿がダブったのか、若干慌てて取り繕った。
「おっと、冗談はこれくらいにして・・・。オレ達の目的地って言うのは、魔族が暮らす大陸にあるダンジョンさ。」
「「「え?」」」
「「「・・・・・。」」」
アスコットの言葉に、ティナ達が声を揃えた。ダンジョンがあるとは聞いていなかったのだ。その後ろで、無言を貫く竜王達の様子に気付く者はいない。
「そのダンジョンに安置されてる、神が作った魔道具・・・あ〜、誰かに聞かれてもいいか?どうせオレ達以外には辿り着けそうにもないし。まぁ、所謂神器ってヤツだ。その神器の破壊が目的だな。」
「「「神器!?」」」
「「「っ!?」」」
アスコットが口にした大層な代物に、ティナ達だけでなく竜王達もまた驚きを隠せなかった。しかし前者と後者では驚きの意味が異なるのだが・・・。
この神器を巡り、さらに一波乱も二波乱も巻き起こる事になるのは、最早お約束だろうか。
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