第171話 襲撃

シノンとカノンを寝かし付けたティナが戻って来てソファーに腰を下ろし、ルークが声を掛ける。


「そう言えばこの間、この近くでリューとサラを見掛けたよ。」

「っ!?」


当然の如く、寝耳に水だった事でティナが目を見開いた。まずは説明してしまおうと思い、ティナの反応を待たずに話を続ける。


「オレが後を追ってるのに気付いたんだろうね。途中から狩りの動きに変わったよ。」

「では他にも最低2人、何処かにいるという事ですね?」

「どういう事?」


ティナはすぐに理解したのだろうが、村の狩りを知らないフィーナが首を傾げる。オレとティナだけでは手に負えない可能性がある為、フィーナの協力云々はさて起き、まずは事情を説明した。


「・・・なるほど。だからもう2人ね。確認なんだけど、その2人の実力は?」

「ん?リューとサラ?そうだな・・・正直に言うと、良くわからない。」

「は?一緒に狩りをしてたんでしょ?」


ルークの返答に、フィーナは眉を顰める。それもそのはず、長年近くに居たのだから共に行動するメンバーの実力を把握していない方がおかしい。しかしそれは、戦闘に偏った考え方だとルークが指摘する。


「フィーナの言いたい事はわかる。でも残念ながら、村で行われていたのは戦闘じゃなくて狩りなんだよ。安全且つ確実に得物を得るのが目的だからね。100パーセントの実力を出したりしない。そんなのは狩りじゃなくて修行だよ。」

「村を巻き込まないような逃走も考慮していましたから、半分の実力も出していなかったでしょうね。」

「それでもSランクの魔物を狩るんでしょ?相当な化物じゃない・・・。」


ティナの捕捉を聞き、フィーナは愕然とする。数人掛かりとは言え、力を抑えた状態でSランクの魔物を狩るのだ。そこらの冒険者では太刀打ち出来ない事は明白である。


「オレやティナにも隠してる事があるくらいだから、話し合いじゃ解決しないだろうな。」

「かと言って、力ずくという訳にも行きませんからね・・・。」

「あぁ。戦闘になったらお手上げだよ。」

「ルークより強いって言うの!?」


口でも力でも手に負えない。バンザイして見せるルークにフィーナは動転した。現状、フィーナよりも相当強いであろうルークが無理となると、カレンを投入するしかないのである。ラミスが消し飛ぶ光景を思い描いた事だろう。しかしフィーナの想像に2人が待ったをかける。


「いやいや、正面切って負けるって言ってるんじゃないからね?」

「下手に命を奪えない訳ですから、連携を崩す事が出来ないという意味ですよ。」

「相手が完全に敵だったら、確実に数を減らすんだけど・・・。」

「あぁ、なるほどね。」


数十年に渡って培われた完璧な連携。圧倒的な実力差があれば気にする必要は無い。しかし、多少上回っている程度なら苦戦は必死。確実を期すなら一刀の下に切り伏せ、数を減らすしかない。だが相手は元お隣さん。そうするには理由が弱いのだ。


幾ら自分が皇族とは言え、元お隣さんが怪しいので斬っちゃいました、では流石にマズイだろう。今の所、そこまでする理由も無い。


そういった背景がある事を理解し、フィーナも難しい表情となる。そんなエルフ2人の様子に苦笑しながらルークは話題を変える。


「まっ、向こうの目的もわからないし、そのうちバッタリ出くわすでしょ。それよりも、オレは明日朝早くから仕込みをするからもう寝るよ。」

「あら?私達も寝るわよ?」

「この建物は防音もしっかり施されているようですし。」

「・・・は?いや、ちょっと!?」


ルークが他の嫁達を送り届けている間に、ティナとフィーナは建物のチェックも万端だったらしい。多少騒いだ所で、隣室のシノンとカノンに聞かれる心配は無いと判断したようだった。地球で若かりし頃、壁の薄いアパートでの体験がトラウマとなっているのが仇となった。結局ルークは深夜まで搾り取られたのだ。




結局翌日も忙しく、エリド村の者達を捜索出来ぬまま事件は起こる。事件当日未明から、仕込み作業の為に起きていたルークが初めに異変を察知する。とは言っても、お菓子が完成したので、商品を並べる為に店舗へ足を運んでいて気付いたのだが。完全な出遅れ組である。


「何だか外が慌ただしいな。お客さん達にトラブルか?」


防音対策をしっかりし過ぎた事で、逆に外の物音が聞こえない。しかし店舗の窓から、人々がバタバタしているのが見えたのだ。溜息を吐きながら外に出てみると、どうやら店の客が騒いでいた訳ではない事がわかる。


ーードォン!

ーードォーン!!


何処か遠くで、何かが爆発する音が鳴り響く。音のする方向を見るが、何が起きているのかはわからない。どうすべきか悩んでいると、通りを歩く者達の会話が耳に入る。


「何でも、遺跡が襲撃されてるらしいぞ。」

「オレは教会の騎士団が鎮圧に向かったって聞いたぜ?」

「なら安心じゃねぇか。」


(遺跡を襲撃?騎士団?何のこっちゃ?)


仮に教会が襲撃されたと言うなら話はわかる。しかし、遺跡を襲撃するという光景が想像出来なかったルークは盛大に首を傾げる。そんなルークに気が付いたのか、店の前に並んでいた女性が声を掛ける。


「旦那様はご存知ありませんよね。最近は聞きませんが、昔は良くあったそうですよ?」

「え?・・・・・はぁ。態々並ばなくても、ちゃんと用意してますよ。ソフィさん?」


旦那様と呼ばれた事で誰の事かと思ったルークだったが、先頭の女性を目にして大きく息を吐いた。聖女に仕えるシスターの1人、ソフィであった。ルークがエミリアの夫である事を知ったらしいが、声に出す訳にもいかずに旦那様と呼んだのだ。


聖女のおつかいとして、毎朝先頭に並んでいる。その為名前も覚えたし、彼女の正体はティナ達から聞いていたのだ。その為ルークは聖女の注文分を確保している。にも関わらず並んでいる彼女に呆れてしまっていた。


「いえ、それとは別なんです。他の者達にも頼まれていまして・・・。」

「あ〜・・・ご苦労様です。それで、襲撃って何です?遺跡にお宝でもあるんですか?」


聖女のおつかいだと、どうしてもメインは聖女となる。教会にも役職がある以上、ご相伴に預かれるのは立場が上の者達だけなのだ。下っ端にまでは回って来ない。だからこそ、おつかいに出られるソフィが頼まれるのは道理であった。


気の毒に思いながらも気になっている事を聞いてみる。しかしその答えは意外なものだった。


「いえいえ。これはこの国で囁かれている噂なんですけどね?王都の外れにひっそりと佇む、小さな遺跡。その奥に近付く事の出来ない門があるそうなんですよ。」

「門、ですか・・・?」

「えぇ。それで、きっとその門の奥にはお宝が眠っているはずだと、無理矢理こじ開けようとする盗賊まがいの者が跡を絶たず・・・ある時の教皇様が立ち入り禁止にした。っていう噂です。」


何とも具体的な内容の噂である。こういう噂の類は真実が明らかにされず、時代と共に伝承があやふやになった物が多い。だが、この国の噂は趣が異なるようだ。


「こじ開けるって事は、結局誰にも開けられなかったという事ですか?」

「いえ、ですから先程、誰も近付けなかったとお教えしましたよね?」

「あ、そうでしたね。失礼しました。あはははは・・・。」


こじ開けるという単語が気になって、その前の説明が頭に入っていなかった。これは盲点である。誤魔化し笑いをするルークであったが、その後のソフィの呟きに顔色が変わる。


「でも、奥には一体何があるんでしょうね?魔法陣の刻まれた大きな門らしいですから、きっと見た事も無い物が仕舞われているんですよ!まぁ配置的に、奥には部屋なんて無さそうなんですけど。」

「魔法陣?奥に部屋は無さそうって・・・冗談だろ!?」


普通の者であれば、こんな情報で連想する事など不可能である。しかしルークは連想してしまった。奥に部屋など無さそうな間取りにも関わらず設置された門。それがただの門であれば、設計者の遊び心として片付けられる。しかしその門には魔法陣が刻まれていると言う。一体何の為か?


残念な事に、魔法陣の刻まれた門に見覚えもある。ならば答えは出るだろう。それは転移門だと。それに気付いた瞬間、ルークは血の気が引くのを感じた。その辺の冒険者であれば心配は無い。しかし先日目撃したのだ。ある称号を得られる者達の姿を。


「急で申し訳ありませんが、今から店を開けます!今並んでいる方々にお売りしたら店を閉めますのでご理解下さい!!」


並んでいる者達を店内に招き入れ、すぐさま2階に向かって叫ぶ。


「ティナ!フィーナ!準備が出来たら手伝ってくれ!!」

「は〜い!」


既に起きていたのか、フィーナの返事が聞こえて来た。一刻を争う状況かもしれないが、まだエリド村の者達の仕業と決まった訳ではない。それに折角何時間も並んでくれた客を帰す事も出来なかったルークは、逸る気持ちを抑えながら会計を行う。それから少しして、準備の整った女性陣が店舗に顔を出す。


「お待たせしました!」

「随分慌ててるけど、どうかしたの?」

「悪い!全部売ったら店を閉めて、フル装備で待機しててくれ!カレンを呼んで来る!!」

「「え?」」


2人には悪いが、説明している時間が勿体ない。そんな気がしたルークはそのまま2階へと向かい、すぐさま城へと転移した。



城へと移動し、自室から廊下へ出ながら大声で呼び掛ける。


「誰か!すぐにカレンを呼んでくれ!!」


近くに誰かは居るだろうと思ったルークの予想通り、すぐに使用人の女性が返事をする。


「カレン様でしたら、朝から姿が見えませんけど・・・。」

「っ!?くそっ!なら今すぐナディアを!!」

「か、かしこまりました!」


初めて聞くルークの怒声に、女性はビクつきながらも走り去る。彼女には後で謝ろうと思いつつ、今度はカレンへの通信を試みる。が、何の音沙汰も無い。益々お取り込み中の可能性が高まった。苛立ちを募らせつつ、何度も通信を試みているとスフィアとナディア、そして竜王達がやって来た。


「何を慌てているのよ?」

「新たな転移門が存在する可能性がある!」

「うそ・・・」


ナディアの問いに答えると、信じられないといった様子のナディアが呟く。


「多分エリド村の住人達の狙いはそれだ!」

「っ!?」


スフィアは瞬時に理解したのだろう。門が開かれるのは時間の問題だと。その後の光景を思い描き愕然とする。だが、そんな2人の反応を楽しんでいる場合ではない。


「カレンは何処に行った!?」

「夜明け前に森へ向かうと・・・陽動ですか!?」


カレンの居場所を尋ねると、目的地を聞いていたスフィアが答えた。しかしその言葉の途中で、エリド村の住人達の狙いに気付く。すぐにカレンを追うべきかと思ったのだが、ラミス神国を放置する訳にもいかない。当然もう1ヶ所、狙われそうな場所もある。


「そうなるとライムにも・・・本命は何処だ!?」

「ルークはこれを読んで落ち着いて下さい。その間にナディアさんは竜王達へ説明を。」

「わかったわ!」


焦るルークにスフィアが手紙を差し出す。同時に事情を知らない竜王達へ説明するよう指示され、ナディア達はルークから距離を取った。そして手紙を受け取ったルークは、何の手紙かわからずスフィアに問い掛けたのだった。


「これは?」

「カレンさんからの手紙です。これが先日の答えとの事ですよ?」



この非常時に手紙など、そう思ったルークであったが言葉を飲み込んだのだった。無意識にカレンを頼った自分がいる。しかし信用出来ないと言った手前、合流する前にカレンの想いを知る必要がある。ひょっとしたら、合流する必要は無いのかもしれない。有耶無耶なままでは、お互いを危険に晒す事だろう。そう考えたルークは、黙って手紙へと目を通すのだった。



手を取り合って同じ道を歩むのか、それとも袂を分かつのか。選択を迫ったのは誰でもない、ルーク自身なのだから。

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