第156話 水竜王vs皇帝 1

スフィア達が大騒ぎする少し前、フォレスタニア帝国の北東遥か上空を飛行する1体の巨大生物。その背に乗る3名の男女がいた。


「時間で言えばルークやカレンの方が速いけど、単純な速度で言えばエアの方が速そうね。」

「そりゃあ腐っても竜、しかも風の竜王だからな。」

「エアは竜王最速ですからね。」

「腐っておらん!妾はピチピチじゃ!!」


などと呑気なやり取りを交わしているのは、ルークの嫁であるナディアと愉快な仲間達。もとい人の姿をした2体の竜王と、竜の姿で全員を背に乗せる竜王である。


上空は寒いという常識も風を、厳密には空気を自在に操るエアの前では意味を為さない。一行は快適な空の旅を楽しんでいた。しかしそれもあっという間。ほんの1時間程で目的地に到着しようとしていた。


「やっと見えて来たな。」

「え?・・・何処よ?」


アースには城が見えているようだが、ナディアの視界には全く映らない。目を細めたりしてみるのだが、その事実は変わらなかった。それもそのはず、まだ10キロ以上離れているのだから。竜とは全てにおいて規格外なのだ。


「まだ人の目には見えぬじゃろうな。ところでどうするのじゃ?このまま城に突っ込むか?」

「ちょっとやめてよ!問題を起こすのはルークだけで沢山だから!!」


ルークが聞けば憤慨しそうなセリフを吐きながら、ナディアがエアの背中をバンバンと叩く。


「あまり被害を出すのも可哀想だ。挨拶代わりにブレスでも吐いてみたらどうだ?」

「そっちの方が被害が大きいから!って言うか被害を出さないで!!人目を憚って頂戴!!!」

「何じゃ、いちいち五月蝿いのぉ。」


ルークと同じ扱いをされるのだけは避けたいナディアは必死である。そもそも竜と人の感覚は違う。良識ある元ギルドマスター1人では、自重を知らない竜王3体の相手は手に余るのだ。とは言え、とんでもない発想なのはエアとアースのみで、残るアクアは特に発言しない。これが所謂、嵐の前の静けさである。嫌な予感がしたナディアが恐る恐る尋ねる。


「ねぇアクア?大分大人しいけど、何を考えているのかしら?」

「・・・決めました。このまま全員で行っても面白くありませんから、皆さんはここでお待ち下さい。まずは私が挨拶して参ります。」

「「「は?」」」


まさかの独断先行発言に、ナディア達は揃って声を上げる。誰かが引き止める暇も無く、アクアはエアの背から飛び降りてしまう。そのまま竜へと姿を変え、猛スピードで帝都へと向かうのであった。


「ちょっ!?エア!早く追い掛けて!!」

「待て!オレ達はここで待機だ!!」

「何でよ!?」


一刻も早くアクアを連れ戻したいナディアだったが、アースによって止められる。説明を聞かなければ納得出来るはずもなく、当然ナディアは食って掛かる。


「竜王が揃って大衆に姿を晒すのは、どう考えてもマズイとは思わないか?」

「それは・・・そうかもしれないわね。」


口では色々と言ったものの、どうやら良識ある竜もいたようだ。ナディアにとって嬉しい誤算である。少しだけホッとしたのも束の間、エアの一言でその顔は瞬時に引き攣る。


「じゃが妾達の中で1番目立つアクアが向かうのはどうなのじゃ?しかもあやつ、完全に暴れる気でおるぞ?」

「え?」


アクアの丁寧な言葉遣いに勘違いしそうになるが、その性格はエアに近い。そうでもなければ、エアと共にナディアを引きずり回すような真似はしないだろう。


余談ではあるが、アクアが1番目立つと言われているのは青い鱗が眩しい程に煌めきを放つ為である。人・・・竜一倍お肌に気を遣うが故の事であった。


空の上で揉めている頃、既にアクアは帝都近くで様子を伺っていた。ターゲットは勿論ルーク。大声で呼び出す事も考えたが、コミュニケーションを取れると思われるのは良くないと思い直して無言を貫く事に決める。


待つ事数分。城から向かって来るルークの気配に気付いて迎撃の準備に移る。放つのは当然挨拶代わりのブレス、ではなく三日月状に弧を描いた水の刃。触れる全てのモノを切り裂くソレを計10発。


鋭利な刃物と化した水を、初見のルークに判断出来るはずは無い。しかし膨大な戦闘経験によって培われた勘だけで、その危険性を察知する。


徐に愛刀の美桜を抜き、水の刃を次々と切り裂いて行く。しかし、挨拶代わりとは言え水竜王の攻撃である。1撃1撃の威力は高く、刃を合わせる度に後方へと押しやられる。捕捉しておくと、ルークの飛行手段にも問題があった。風魔法による飛行と言うのは、何も自由自在に飛び回れる訳ではない。


人間1人を宙に浮かすのだから、相当な力を必要とする。それも直線的に。微調整するにはあまりにも難易度が高いのだ。初撃に刃を合わせた瞬間、ルークは対応を間違えた事に気付く。しかし、対応を修正する余裕は無い。瞬時に理想的なポジショニングを捨て、迎撃のみに重点を置いたのだった。その結果、お互いの距離が開く事となったのだが気にする様子は無い。所詮は挨拶なのだから。


「今まで闘った竜とは全然違うな・・・。クリスタルドラゴン、いや、それ以上か?」

「・・・・・。」


ルークの言葉に反応しそうになるアクアだが、かろうじて無言を貫く。相手が格上の存在であると認識したルーク、声を発してしまいそうなアクア。互いの思惑が一致する。長引けば不利。アクアの場合、声を出したところで特に不利でも無いのだが・・・本人がそう思っている以上、そういう事にしておこう。


周囲への被害を考え、帝都を背にするルークが全速力で自身の位置を変える。アクアの左側へ回るルークに合わせてアクアも向きを変えるのだが、一瞬の隙をついてルークが上段から斬り掛かる。


「っ!?」

「ぐふっ!!」


驚いて声を出しそうになるが、代わりに50センチ大の水球を出してルークへと放つ。予想外の反撃は無防備となった腹部へ直撃し、そのままルークは吹き飛ばされる。


そのまま彼方まで飛ばされそうなルークであったが、体を捻って水球を後方へ受け流す。先程以上に開いた距離に、軽く舌打ちしながら戦況を分析する。


「ちっ!只のウォーターボールが鉄球並の威力かよ。どうにか接近戦に持ち込みたい所なんだが、近付かせて貰えないか。・・・っていうか、美桜で斬れるのかよ?」

「(斬れないと思いますよ?ですが、肌に刃物を向けられるのは生理的に受け付けません)」


アクアが頭の中で呟いたように、今のルークでは傷1つ付けられない。そればかりか、アクアが声にしていたら精神的ダメージを受けた事だろう。現状、ルークとアクアの間にはそれ程の実力差があった。


今のままでは接近出来ないと感じたルークは、即座に方針を転換する。この頭の柔らかさこそ、ルーク最大の強みである。戦闘に関しては下らないプライドを持たないルーク。意固地になる事は皆無であり、思いつく限りの方法を試す事で突破口を開くように心掛けている。逃げる時はあっさり逃げるのだが、稀にムキになる事がある。今回も徐々にではあるが、確実にムキになりつつあった。


最も記憶に新しいのは、闇の禁呪による自爆だろう。あの時と状況が異なるのは、逃げる訳にはいかないという事である。ここで逃げれば帝都が消えて無くなるかもしれない。覚悟を決めたルークは、両手で握った美桜を右手に持ち替えた。空いた左手に魔力を集中し、そのまま一気に解き放つ。


「フレイムランス(×100)!」

「ガァァァ!!」

「エクスプロージョン(×10)!!」

「グォォォ!!」


ルークは相手が水を得意とすると判断し、相反する火魔法を連発する。全力で放たれる魔法に、流石のアクアも叫び声を上げて次々と相殺する。フレイムランスには水球、エクスプロージョンは巨大な水の壁を出現させて防ぎ切った。


アクアも黙って的になるつもりは無い。ルークの魔法を防ぎつつ、水刃を連発してルークを牽制する。対するルークも、次々迫る水刃を美桜で切り裂きながら火魔法を撃ち続ける。


互いに1歩も譲らぬまま数分が経過した頃、突如ルークが攻撃を変化させた。


「サンダーランス!」

「っ!?」


これにはアクアも動揺した。水では雷を防ぎ切る事が出来ない。少し捕捉すると、魔法で生み出された水は不純物を含まない。このままであれば、ほとんど電気を通さないと思うだろう。しかし、産み出された瞬間から、空気中のゴミを取り込んでしまうのだ。ゼロ距離で一瞬展開するのであれば、影響は最小限に留められる。しかし、そんなのは如何に竜王と言えどもリスクが高いのである。


しかし流石は竜王か。長き時を生きる事で蓄えられた知識によって、咄嗟に水壁ではなく氷壁を展開して事なきを得る。ちなみに、直撃していれば多少は鱗が焦げた事だろう。普通であれば問題では無い。しかし今闘っているのはアクアである。誰よりもお肌に気を遣っている・・・。


故に危機感を募らせる。主にお肌の。そうなれば、考え付くのは短期決着。これまで使用を控えていた氷主体に切り替える。直径10メートルはある氷塊を、ルークを取り囲むよう無数に作り出し、そのままルーク目掛けて一気に動かした。




数キロ離れた地点で見守っていたエアとアース、それにナディアもこの攻撃には声を荒らげる。


「あの攻撃はマズイじゃろ!?」

「アクアのヤツ、相当焦ってるな!?」

「ルーク!!」


ガーン、ガーンという轟音を響かせて、何十個もの氷塊がぶつかり合う。その中心に居たルークが押し潰される光景を、多くの者達が目にするのであった。

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