第92話 初ダンジョン

翌朝、普段よりも早く起床したルーク達は、冒険者ギルドの営業が始まって少し経った頃にギルドへと向かった。本来であれば混雑は避けるのだが、ナディアの気持ちを考えた結果である。


ギルドに入ると、予想していたよりも多くの冒険者で賑わっていた。冒険者達の目的は勿論ダンジョンである。Sランクのダンジョンではあるが、比較的浅い階層であっても貴重なアイテムが入手出来る。その為、低ランクの冒険者であろうと、一攫千金を狙っているのである。


そして、低ランクの冒険者程、プライドが高く自分より弱い者に対しては強気に出るのがお約束。当然ルークも、弱いもの扱いされる。いや、この場合はアストルが、であろう。超絶美人に囲まれている方が、理由としては大きのだが・・・。


そんな事はお構い無しに、ルーク達は受付へと向かう。ダンジョンに入る為の手続きをしなければならないからだ。通常の依頼ならば、ギルドランクによって受けられるかどうかが決まる。しかし、ダンジョンにはランク制限というものが無い。依頼では無いのだから、当然だろう。ただし、何が起きても自己責任という注意書きがある。


「冒険者ギルドへよ・・・・・かっこいい・・・。」

「え、あの、ダンジョンに入りたいんですけど?」

「・・・・・はっ!?すみません!だ、ダンジョンですね?それでは、どなたか1名のギルドカードの提出と、許可証発行の手数料として、お1人銀貨1枚ずつお支払下さい。」

「じゃあ、銀貨4枚ね。ギルドカードは・・・アストルでいい?」

「いいんじゃない?はい、これ。」


ルビアはギルドカードを持っていない。フィーナはギルドからの詮索を受けたくない。ナディアは騒がれたくない。以上の理由から、満場一致でアストル名義のギルドカードとなる。


「確認しました。ランクF冒険者のアストル様ですね。えぇと、パーティ申請がまだのようですので、こちらの用紙に全員のお名前を記入頂けますか?」

「ナディア、頼める?」

「いいわよ。・・・パーティ名は?」


パーティ名だと?どんな名前にしろ、中二病感満載に感じるのは気のせいだろうか?


「パーティ名なんてあるの?適当でいいよ。」

「適当って・・・じゃあ『金色の翼』ね。」

「何で?」

「え?・・・何となく?」


適当って言ったら、本当に適当につけやがったよ!あとで文句を・・・言えないな。オレが悪いんだ。気にするのはよそう。そんなオレの心の声には気付かず、ナディアによって無事に手続きは完了してしまった。


「それでは、こちらが許可証になります。それから、ダンジョンに関する説明はお聞きになりますか?」

「いえ、知ってるから大丈夫よ。」

「そうですか・・・。それではアストル様。絶対に帰って来て下さいね?」

「え?オレ?・・・はい。」


ギルドの受付嬢が頬を赤らめながら、オレを気遣ってくれた。背後から冷たい視線を感じるのは、多分気のせいだろう。目を合わせないようにしてギルドを出ようとすると、前を塞ぐようにして冒険者達が立っていた。コレ、来たよね?噂に聞くテンプレだよね?


「よぉ?お前Fランクのくせに、随分調子に乗ってるよな?」

「調子になんて乗ってませんよ?すみませんが、急いでいるので通して頂けませんか?」

「美人に囲まれてるからって、いい気になってんじゃねえぞ!」


いいだろ〜?羨ましいだろ〜?なんて事は、思っても言わない。黙って様子を伺っていると、リーダー格と思しき男がナディア達に近付いて来た。


「姉ちゃん達、こんなヤツは放っておいて、オレ達と一緒に楽しまねぇか?」

「・・・1つ忠告なんだが、オレの女に手を出そうってヤツは容赦無く殺すからな?」

「はぁ?誰が誰を殺すって?オレ達はなぁ、これでもランクÇ冒険者様なんだよ。たかがランクF風情が、いきがってんじゃねえぞ!さあ女共、さっさとオレ達と一緒に来るんだ!!」


興奮した男が、叫びながらナディアに掴みかかろうとした。が、ナディアに触れる事は出来ない。


「あれ?何だ?なんで触れないんだよ!?」

「それは、あんたに腕が無いからだろうな。」

「は?何を言って・・・うぎゃぁぁぁ!!」


事態を把握出来ていなかった男に対して説明してやると、自分の腕を見てようやく気付いたようだ。というか、斬られた事にも気付かないとは、ランクÇはこの程度か。


「おい、ルーサー!しっかりしろ!!」

「一体何が・・・まさか、お前がやったのか!?」

「ランクFのオレが?・・・大体、何か見えたのか?」

「そ、それは・・・」


ちなみに、ギルド内での暴力沙汰にはペナルティがある。オレは冒険者ギルドに未練もないので、罰を与えると言うのなら甘んじて受けよう。その前に、見えなかったのでは犯人と断定出来ないだろうが。そして何よりも決定的な事実がある。オレは素性を隠しているが、ナディア達は皇帝の妃、つまり王族である。不貞の輩を処罰する事に、異を唱えられる者はいない。


「(ねぇ、フィーナ?今の動き・・・見えた?)」

「(かろうじて見えたわ。ナディアは?)」

「(悔しいけど半分くらい。)」


誰にも気付かれぬよう、フィーナとナディアが小声でルークの動きを確認する。現在のルークのレベルはナディアの半分以下なのだが、実力にはそれ程の差は見られない。その事に、2人は驚きを隠せなかった。


そんな事に気付かないルークは、嫁さん達を引き連れてギルドを後にする。そうなると面白くないのは残された者達、特に腕を切り落とされたルーサーと呼ばれた男である。彼は未だに動揺しながらも手当してくれた仲間達に向かって告げる。


「お前ら、行くぞ!」

「行くって、一体何処に!?」

「決まってんだろ!あの新入りをぶっ殺す!!」

「やめとこうぜ!そもそも、あいつの仕業と決まった訳じゃない!!誰にも見えなかったんだ。証拠が無い。」

「魔道具か何かを使ったんだろ?そんな事はどうでもいい!女の前で恥をかかされたんだ、このまま見逃してたまるか!!それに・・・あれだけの美人揃いだ。楽しみたい奴もいるだろ?」


大量の汗をかきながらもニヤリと笑ったルーサーの言葉に、全員の意見が一致する。『皆でかかれば怖くない』と。無知とは恐ろしいものである。この場に集まった冒険者全員が、束になっても『金色の翼』のメンバー1人に勝てないのだ。唯一勝てるとすればルビアだろう。しかしルビアは、アストルにベッタリである。どのような策を講じても、分断は不可能なのだ。そんな事とは知らず、十数人の冒険者達は急いでアストルの後を追い掛けた。


「アストル様、どうか無事に帰って来て下さい。私のアストル様・・・。」


冒険者の姿が消えたギルド内に、受付嬢の声が虚しく響く。ここにも無知な女性がいるのだが、そんな事は勿論誰も知らない。



さて、渦中のアストル達であったが、その姿はダンジョンの入り口前にあった。一見すると立派な建物にしか見えないそこは、ダンジョンに入る者の管理を目的としてギルドが建築した物である。


建物内部の受付を済ませ、奥にある重厚な扉を抜けると、地面に大きな穴が開いていた。その穴の先が、魔神の手によって作り出されたダンジョンである。念の為にアストルはパーティの者達に確認を行う。


「なんだか洞窟探検みたいでワクワクしてきた。・・・じゃあ、皆覚悟はいい?」

「えぇ。」

「問題無いわ。」

「私は少し怖いので、腕を貸して貰うわね?」

「「ルビア!!」」


ルビアのせいで折角の緊張感も消えてしまったのだが、いつも通りの皆の様子に安心したアストルは、いよいよ人生初のダンジョンへと足を踏み入れる。


「じゃあ皆、行こうか!」

「「「はい!」」」


世界屈指の高難易度ダンジョン、その認識が覆されるのは少しだけ先の話。

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