第98話 牛さん
まだ入り口付近であるにも関わらず、ルーク達は100頭近い数の牛さん、キングブルという巨大な牛の魔物によって取り囲まれている。冒険者ギルドによって現在までに確認されているのは、ビッグブルと呼ばれる牛の魔物であったが、キングブルは体長10メートル前後。ビッグブルの2倍であった。
ビッグブルはDランクの魔物であるが、キングブルは情報が無い。単独であれば行わない鑑定の魔法を、ルークは迷わず使用する。カンニングをしているようで好きになれないルークであるが、仲間を危険に晒してまで控える理由では無かった。
「それにしても、随分と大きな魔物ね・・・。」
「鑑定の結果は・・・キングブルだって。ビッグブルとは違うみたいだ。」
「入って早々に未確認の魔物・・・しかもあれだけの数。一旦散った方がいいんじゃない?」
「いや、普通ならフィーナの言う通りにする所だけど・・・あの手の魔物はティナに任せてしまおう。」
「「え?」」
牛の魔物の恐ろしい所は、突進のスピードと頭に生えた角の威力である。それが一斉に突進して来るのだ。高レベルのナディアとフィーナが警戒するのも頷ける。しかし、ルークはティナに任せると言ったのだから、2人が驚くのも無理は無かった。
ビッグブルはDランクである。しかしそれは、単体での強さでしかない。1匹の突進であれば、ベテランの冒険者ならば回避は容易である。しかしそれが複数、例えば10頭が横一列になって突進して来た場合、回避の難易度は格段に跳ね上がる。そして、ビッグブルは群れで行動する。故に討伐の難易度はCランク以上に設定されていた。
今回はそのビッグブルの2倍に及ぶ大きさである。群れの数に至っては5倍以上。普通ならば策を練って安全かつ確実に対処するのだが、ティナは違った。精霊魔法を使用し、一瞬でキングブルの元へと駆け寄ると、手にした愛刀を振るった。
次々と宙を舞うのはキングブルの頭部。一刀の元に首を猟団して行くその光景は、ホラー映画というよりもコメディに近いだろう。ティナの戦闘を初めて見たフィーナはおろか、ナディアでさえも驚愕していた。
「ティナったら、今まで以上に凄いわね・・・。」
「ティナもそうだけど・・・あの剣、刀だっけ!?あれは何!?」
「あぁ、ティナの刀は『雪椿』って言って、今までオレがティナの為に打った刀の中でも最高の一振りかな。純粋な切れ味は、オレの『美桜』を超えるよ。」
「ティナの為に打ったって・・・どれ位?」
「ん?う〜ん、1000本近いかな?」
「「1000本!?」」
生来の性格なのか、オレは自分が作った物に対するこだわりが強い。その為か、特に刃物に関しては一切の妥協を許さなかった。特に、最愛のティナの身を護る武器に対しては過去最高と言えるだろう。
「なるほど、ティナが特別なのも納得ね・・・。」
「皆の武器も妥協はしてないけどね?でもまぁ、それでも『雪椿』は特別かな。オレが『雪』の名を使うんだから。」
「雪?どうして?」
「どうしてって・・・・・どうしてだろう?何か特別な意味があったような・・・」
オレが思い出せないなんて珍しい。呆れていたナディアも、オレの様子に神妙な面持ちとなる。ナディアの視線に気付いたオレは、話題を変える事にした。
「そういえば、学園長の姿が見えないんだけど?」
「学園長なら、ティナの後を追って行ったわよ?」
「マジで!?」
「マジで。・・・何よ?」
「フィーナは、あの問題発生器を野放しにしたの!?」
「問題発生器って・・・あの人は元高ランク冒険者だったのよ?いくらなんでも・・・」
オレの発言に異を唱えるフィーナであったが、視線の先に捉えた学園長の姿に言葉を失った。オレもフィーナの視線を追うと、その理由が明らかとなる。あいつ、本当にロデオしてんじゃねぇか!
「ひゃっほ〜!なかなかのスリルじゃのぉ!!」
「・・・高ランクの何だって?」
「わ、私が悪かったわ!!」
冷たい視線に耐え切れなくなったフィーナは、地面に四つん這いになって謝罪の言葉を口にした。悪いのは、目を離したオレの方だろう。フィーナを立たせて、問題発生器のスイッチをオフにしてやろうとした矢先、状況が一変する。
「のぉ!?こらっ!何処へ行くのじゃ!!た、助けて欲しいのじゃあああ!!」
「あ・・・学園長の乗ったキングブル、ティナから逃げて行ったわよ?」
「はぁ!?・・・マジかよ。まぁ、ティナを手伝ってから追い掛けようか。」
「それでいいの!?・・・いいえ、そうね、そうしましょう。」
冷静に状況を説明するナディア。的確な判断を下すオレ。フィーナは疑問を投げかけるが、どうやら納得したようだ。そう、オレは間違ってない・・・はずだ。
ティナの元に向かうと、彼女は険しい表情を浮かべていた。周囲には70頭程の死体が転がっている。
ナディアとフィーナは、ティナに何かあったのではないかと思ったようだが、オレにはわかる。悔しいのだろう。
「ティナ!?一体どうしたの?」
「怪我でもした?」
「あぁ、違うと思うよ?ティナは、悔しいだけだよね?」
「はい。折角のお肉を逃してしまいました。牛さんは美味しいのに・・・。」
「「・・・・・。」」
予想外の言葉に、2人は呆れているようだった。しかし、あまりのんびりもしていられない。
「時間も無いし、ティナとナディアはキングブルを収納してくれる?フィーナは周囲の警戒を頼むよ。」
「そうね。学園長の「肉が痛むもんね」・・・がく「肉が痛むもんね?」無かった事にした!?」
フィーナが何か言おうとする度、オレが口を挟んでやった。当然です、自業自得でしょ?
ティナとナディアが素材の回収を始めたので、オレはキングブルの解体を行う。別に学園長を亡き者にする為の時間稼ぎでは無い。今後、パーティが分散した場合を想定し、全員に食材を配る為である。嫁さん達には、美味しい食事を摂って欲しいからね。
部位毎に人数分を切り分けていると、回収が終わったらしく、全員が集まって来た。それらを配りながら説明する。
「今後オレ達が分断される可能性を考慮して、全員に焼くだけで美味しく食べられる部位を配る。もし食料に困ったら、配った肉と同じ部位を解体して食べてね?それ以外の部位だと、焼くだけじゃ美味しくないだろうから。」
「それは有り難いわね。私達じゃ、細かい判断が難しいから。」
「そうですね。ありがとうございます。」
「料理が出来る人と分断されたら、生存率が下がるものね。」
どの世界もだが、食材に適さない物も数多く存在する。味の悪い物から、生物にとって毒となる物まで。一流の冒険者であっても、時にはその判断を誤って命を落とす事もあるそうだ。冒険者で解体の知識を持つ者、特に料理が出来る者は少ないらしく、引く手数多なのだと説明された。
「さて、これ以上は時間が勿体無いから、出来る限り急いで学園長と合流しよう。魔物は無視かな?」
「そうね。最初からあんな魔物が出るんじゃ、先が思いやられるもの。」
「Aランクの冒険者が全滅というのも納得です。」
「そんなに強かったの?」
「見た感じ、単体でBランクって所かしら?あれ程の数だと、下手したらSランクよ?」
フィーナさん、1階からSランクって相当ヤバくね?そんなオレの考えが伝わったのか、全員が真剣な表情になる。考えてみると、あのカレンが片道に1週間も要したのだ。カレンの移動速度を考えると、単純な移動だけならば1日あれば50階までは行けそうだというのに。
ともあれ、オレ達は不安な気持ちを抱えたまま、学園長と合流する為に全速力で移動を行う事に決めたのだった。
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