第92話 休暇

 今日は休暇。

 たまにはボナス商会のみんなで揃ってゆっくりしたい。

 それに、価格を上げたにもかかわらず、コーヒーやチョコレートの消費も思った以上に激しい。

 ということで、二日露店をだしたら一日休むことにしたのだ。

 もちろんオスカー親方はじめ、常連客達からは悲鳴のような抗議にあった。

 何故かそれにウララまで混ざっているあたり、俺の露店もだいぶとサヴォイアへ馴染んだと喜ぶべきか……。


 とはいえ既に今日で三回目の休暇である。

 ハジムラド達はまだ帰ってきていない。

 何となく不安にはなるが、だからと言っていま俺に出来ることも思い浮かばない。


 ちなみに休暇日は、ギゼラとミルも一緒にアジトで生活するようになった。

 ミルをノリノリで拉致して帰ったのは、少々いたずらが過ぎる気もしたが、結果的には良かったと思う。

 帰り道、すねたように怒っていたミルだが、ザムザから久しぶりに会えてうれしいと笑顔で言われると、それ以降はずいぶんとしおらしくなっていた。

 夕食を囲むころには、エリザベスにもたれかかりコハクを抱きしめ、柔らかい笑顔でザムザの作った料理を楽しんでいた。

 寝る前、ミルはやや恥ずかしそうに、無理やりでもアジトへ連れてきてくれたことに感謝された。

 やはり自分でも無自覚なまま、気を張りすぎていたことに気が付いたらしい。

 休暇を提案した際も、素直に受け入れてくれた。




 

「ねぇ、ボナス。この部分なんだけど、こういう形でいいかな?」

「そうだなぁ、別方向からも力が加わるかもしれないから、こういう形の方が――――」


 そして今、何故か湖の畔、以前クロと釣りをした場所で紙を広げ、ギゼラと一輪車用の金物をデザインをしている。

 前々から大量のサトウキビをはじめ、いろいろと収穫物など、大量にものを運ぶことが多かったので、運搬方法をなんとか効率化したかったのだ。

 それに一輪車であれば、今後村の復興を手伝う際にも役に立つかもしれない。

 そう思い、ギゼラへ相談したのだ。

 その結果が今の状況なのだが……、いくつか誤算もあった。

 ひとつは、思いがけずギゼラに全く車輪の知識がなかったことだ。

 サヴォイアでは車輪を使った輸送手段はあまり利用されていないようだ。

 そういえばメナス達もラクダに直接荷物を載せて移動していた。

 他の地域では荷車などもよく利用されているようだが、この周辺で荷車を使うのは、地形や材料の関係で効率が悪いのかもしれない。

 

 もうひとつの誤算は、ギゼラがこの話へ食いつきすぎてしまったことだ。

 サヴォイアでは車輪を使った輸送手段が、あまり一般的ではないにしろ、一輪車であればそれなりに有用なはずだ。

 そう考え、試しにギゼラと一緒に、ゼロから一輪車を設計してみることにしたのだ。

 特に前提となる知識も持ち合わせていなかったので、お互いのアイデアを出し合うところからはじめ、意見をすり合わせていき、簡単な図面を描いていった。

 意外とギゼラは論理的な考え方をするのもあり、設計は面白いように捗った。

 ただ、彼女は設計を進めるに従い、どんどんのめり込み、興奮してきて……気が付くと顔がくっつきそうな距離まで近づいてきていた。

 普段から無駄に色気をまき散らしている彼女ではあるが、俺としてはむしろ鍛冶仕事などと同様に、今のように物事と真剣に向かい合って集中している時のほうが、はるかに魅力的で色気を感じる。

 しかも距離が近いせいか、なんだかいい香りまでする。

 おかげで設計半ばにもかかわらず、俺がまったく集中できなくなってしまったのだ……。


「ギ、ギゼラ近すぎないか?」

「うん? だって……おもしろくって……」

「まぁ確かにギゼラはこういうの設計するの向いているね。もっといい筆記用具が簡単に手に入れば、色々捗るんだけどなぁ」

「そんな薄くて均質な紙なんて見たことも無いし、そのペンも……なんかすごいね」


 ギザラはそう言いつつ、紙の表面と、鉛筆で描かれた図案をそっと指の腹で触れる。

 紙もインクもあるのだが、なかなかの高級品だ。

 高いだけなら購入してもよいのだが、サヴォイアで流通しているものは品質があまり良くないようだ。

 一度だけ筆記具を一式手に入れ、試してみたのだが、どうにも使いづらかった。

 紙も繊維質が目立つもので、どうしてもペンが引っ掛かる。

 葦ペンのようなものが比較的安く主流なようなので使ってみたが、図案などを描くのにはあまり使い勝手がよくなかった。

 鉛筆や万年筆とは言わないまでも、せめてチョークのようなものがあればいいのだが……。

 

「今までこうやって誰かと一緒に物の形や仕組みを考えたことが無かったけど、すごく面白くて…………なんだか気持ちいい。…………やっぱりボナスと一緒にいると楽しいね」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、実際どうなんだろうな~。ギゼラはいままで機会に恵まれなかっただけのような気もするが……。まぁ、きりがいいし、設計は一旦ここまでにして、続きはまた今度にしよっか」

「ぐぎゃう~! ぎゃうぎゃうぎゃう!」

「あっ! 私のもつれた」

「きょうも釣れているみたいだけど……、ここの魚たちはいったいどこから来るんだろうなぁ~」

「ミルちゃんに美味しく調理してもらおう~。晩御飯だね」


 ちなみにここにはクロとシロ、エリザベスにコハクもいる。

 クロとシロの二人は先ほどから魚釣りをしているのだ。

 クロは相変わらずはしゃいでいるが、シロも意外と楽しそうに釣竿を握りしめ、にこにこと浮きを見つめていた。

 ちなみにシロは虫を針に通したり、糸をうまく結んだりといった細かな作業が苦手なようで、クロにやってもらっている。

 まるで姉のように世話を焼くクロが面白かったりするが、思い返すとこの二人はずっとそういう感じかもしれない。

 エリザベスは木陰で気持ちよさそうに寝っ転がり、コハクはエリザベスの角によじ登って遊んでいる。

 この場所は木漏れ日が心地よく、水場の近くということもあり、ぼんやりしているだけでも気持ちいい。

 休暇を満喫するにはぴったりの場所なのだ。


 

「そういえばアクセサリーの制作ってどうなっているのかなぁ。ギゼラ知ってる?」

「メラニーの話だと、ちょうど今日あたり出来ている頃じゃないかな~」

「おお~、そっか。それは楽しみだな」


 ボナス商会共通のアクセサリーとして、ぴんくが腕に巻き着いたかのようなデザインのバングルを全員分注文した。

 もちろんそれに加えてそれぞれ個別に注文しているものや、既に既製品で購入したものもある。


「なぁクロ、そのピアスの羽って……」

「ぎゃ~ぅ?」

「いや、とても良く似合っているよ」

「きゃぅきゃぅ!」


 最近クロはどういうわけか鳥を育てている。

 腰に小さな籠をつけ、その中にエリザベスの毛を敷き詰め、雛を入れている。

 突然おやつのようにバリバリ食べだしたらどうしようかと心配していたが、どうやらそう言うつもりではなさそうだ。

 そして面白いことに、クロが雛を育てるようになってから、いろいろな鳥が俺達に近づいてくるようになった気がする。

 クロに至っては、多種多様な鳥を当たり前のように肩に乗せ、とことこ歩いていたりする。

 雛の餌をもらったり、クロが捕まえた虫をあげたりと、アジトに来る鳥たちと妙な交流があるようだ。

 たまに小さな鳥と、よくわからない歌を一緒に歌っていたりもする。

 クロが今つけているピアスに吊るされている羽飾りはそんな鳥の一匹から貰ったものだろう。

 以前、同じの色柄の鳥を頭に乗せていたのを見た。

 色鮮やかな鳥と戯れるクロはなかなか絵になるし、ピアスも実際良く似合ってはいる。

 糞にさえ気を付けてもらえれば、俺も文句は無い。

 

 その他にもクロは腕輪等、メラニーやエッダからも色々貰っているようだ。

 仲間達の中では、一番多くのアクセサリーを身に着けているが、ごちゃ着いた印象が無くむしろ蝶のような華やかさを感じる。

 彼女は露店でも軽やかに、そして楽し気に、くるくると踊るように働く。

 その動きに合わせて色々なアクセサリーが揺れ動く様子はとても魅力的だ。

 常連客達も知らず知らずのうちに、そんなクロを目で追っている。

 多分、うちの露店で一番人気なのは間違いなくクロだろう。

 俺には挨拶すらしない客も、クロには笑顔で声をかける。


 

「ねぇ、ボナス。わたしは?」

「シロも綺麗だよ。メラニーたちが言ったように、ピアスとイヤーカフどっちも似合ってる」

「えへへっ」


 実際シロの新雪のような美しく揺れるショートヘアと褐色の肌に、アクセサリーはほんとうによく映える。

 そんな彼女は誰よりも凛々しい顔立ちをしている癖に、少女のように微笑みかけてくる。

 彼女のいろいろな面を知っている俺としては、余計にドキドキしてしまう。

 

「ところでそれは……蜂をモチーフにしている?」

「うん、でもこっち側は本物」

「うわっ動いたっ! びっくりした……別の意味でドキドキするわ」

「だいじょうぶ。いいこだよ」


 シロは何をどうやったのか謎だが、たまに蜂を連れていることがある。

 彼女曰くかわいい隣人らしい…………。

 ちなみに見た目は丸っこくて意外と可愛いのだが、きちんと針がある。

 そして、この蜂の巣にはキダナケモも近寄らない。

 エリザベスでさえ、あの羽音が聞こえると嫌そうな顔をしているので、実際やばい奴らなのかもしれない。

 とはいえ、たまにとんでもなくうまい蜂蜜を分けてくれるので、喧嘩せず仲良くしていきたい。

 ただ面白いのは、この蜂はエリザベスのことは全く怖がらないのに、鳥たちとクロは怖いようであまり近寄らない。

 クロや鳥が近づいてくると、すぐに逃げていく。

 たしかに、蜂を食べる鳥もいた気がするし、クロも虫を捕まえるのが上手い。

 シロに蜂を食べないよう言われていた際も、クロは当然とばかりに頷きながらも、目ではしっかりと蜂を追いかけ舌なめずりをしていた。

 そして面白いことに、鳥たちはコハクのことが苦手らしい。

 まだ生まれたばかりの小さな豹だというのに、かなり警戒しているようだ。

 コハクも鳥を見ると、本能的に目で追いかけているようだ。

 もう少し体がしっかりしてきたら、飛びかからないように注意しなければ……。

 できればお互い、良き隣人として暮らしていきたいものだ。


 

「ね~ボナス。私のアクセサリー、ボナスにも一緒に考えてほしいな~」

「いいよ。俺的にはギゼラはこういうタイプのネックレスが良いと思うんだが」


 蜂を目で追いかけていると、すぐ耳元でギゼラが声をかけてきた。

 一輪車の図面の横に、思いつくままにアクセサリーの形状を描いていく。

 昨日までのギゼラは、例のごとく自分のアクセサリーには大して興味が無いようだった。

 なので、共通のバングル以外は何も注文していなかったが…………何か心境の変化でもあったのだろう。

 まぁこいつは意外と寂しがり屋なので、なんとなくクロとシロが盛り上がっているので混ざりたくなっただけの可能性もある。


「どうして~?」

「ギゼラは首から鎖骨にかけての辺りが、少し繊細で艶めかしい感じがするんだよね。だからその辺にこういう形状のネックレスを付ければ、より魅力的になるんじゃないかな?」

「ああ~っ、ダメだ~! うわ~……なんかはっずかし~。だめだ、やっぱこれは恥ずかしい! 今度メラニーと相談して買うことにする~」

「あ、そう……」

「でも……ネックレスにはするね……。 さぁ! そろそろ昼ごはんだよ~みんな戻ろう!」

「それもそうだな」

「ぐぎゃーぅ~!」

「魚いっぱい取れた」


 クロとシロも魚を入れた籠を覗き込みご満悦の様子だ。

 ギゼラも立ち上がり籠を覗き込んでいる。

 ちなみに昼食はミルとザムザが用意しているはずだ。

 最近ザムザが料理に興味を持っているので、ミルが教師役にまわりつつ、二人で料理しているのだ。

 ザムザも色々と目新しいことが多いようで楽しそうだ。

 ミルは言葉遣いこそいつも通りを装っているが、顔はだらしなく緩み切っている。

 ……なんだかザムザの貞操が心配になってきた。

 早く戻るか。

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