第118話 アジトの案内と洗濯

 あっという間にアジトへ到着。

 相変わらずエリザベスが優秀過ぎる。

 到着後はすぐに昼食の予定だったが、まだ腹も減っていない。

 ラウラが疲れていなければ、先にアジトを案内するのもありか。

 そう思い彼女へ目を向けるが……、なんだかアジトへ着いてから、ずっと呆然としてしまっている。


「ラウラ、大丈夫かい?」

「あっ……す、すいません。自分でも不思議なんですけど、ボナスさんがアジトと呼ぶこの場所、なんだかすごく懐かしい感じがして…………。ここは、なんというか……心地よくて……とても素敵な場所ですね」

「気に入ってくれたのなら何よりだよ。村に戻るまでのしばらくの時間ゆっくりしていってね。とはいえ慣れない場所だろうし、疲れたり困ったことがあればいつでも言ってね」

「はい、ありがとうございますね!」


 ラウラはまだ少し夢見心地のようだが、特に疲れたというわけではなさそうだ。

 むしろ周囲の風景を見つめるその表情は、いつもより穏やかで柔らかく感じる。

 一方のオスカーは意外なことに、その立ち振る舞いは慎重だ。

 少し緊張して、注意深く周囲を観察しながら、用心深く歩いている。


「すごいな……。こんな景色は想像したことすらなかったぞ……」

「サヴォイアでは珍しいのかもしれんが……そこまでなのか?」

「俺は若い頃、王都までの旅でいろんな場所を見たが……こういう気持ちになったのははじめてだな! なんというかここの景色は……自分が本当に生きてるのか疑わしくなる」

「多分生きてると思うぞ。いつも通り十分うるさいわ」


 確かにオスカーが言わんとすることも分からなくもない。

 周りの景色から隔絶しすぎているせいか、この場所だけ世界から切り取られたような印象を受けることがある。

 たがオスカーも、少し歩くうちに慣れてきたのだろう。

 次から次へと気になるものを発見し、興奮したようにいろいろと質問攻めしてくる。

 目につくものすべてが新鮮で、好奇心を刺激されてたまらないようだ。


「見たことの無い植物が多いな……おもしろい。用材にも使えそうだが……、いろいろと食えそうなものも多そうだな! だが……、キダナケモに襲われたりはせんのか?」

「うん? たま~に襲われるが、そんな時は亀裂に隠れたり、みんなで倒したり……」

「お前らキダナケモ倒せるのか!? モンスターなんぞとは訳が違うんだぞ……? だが、エリザベスや鬼達がいればなんとかなるか……」


 オスカーはあらためて俺の仲間を見渡し、勝手に何か納得したような顔をしている。

 実際はぴんくが最終兵器にして最大の保険だったりするのだが……、分かるわけもないよな。


「ラウラ、水浴びしよう?」

「あっ、シロさん。水浴びできるような場所があるのですか?」

「うん」

「ぎゃうぎゃう~!」

「いいね! さぁ、早くいこう~!」

「ゼラちゃんは水浴び好きだねぇ」

「お風呂も悪くないけど、私はやっぱりここの湖が一番好き~」


 彼女たちは連れ立って湖へ行くようだ。

 皆嬉しそうだが、ギゼラはとりわけ楽しみにしていたのだろう。

 早歩きで先頭に立ち、今にも服を脱ぎ捨てそうな雰囲気だ。

 気持ちはよくわかる。

 昨日までであれば、俺も喜び勇んで湖へ飛び込みに行っただろう。

 だが、昨晩風呂に入れたおかげで、いまは後回しにできる。

 それに俺が近くにいると、ラウラが恥ずかしがりそうだ。

 何となく、アジトでは男女関係なく人前で裸になることへの抵抗感がなくなるので、気を付けなくては。


「なぁ、ボナス。さっき見た木の果実、食ってみたい!」

「ああ、いいぞ。そうだな……適当にみんなの分も収穫しておくか。ザムザ、かご取ってきてくれるか?」

「わかった」


 それから暫く三人で果物を採集しつつ、アジトの植生や生き物たちについて簡単に説明した。

 オスカーが最も驚いていたのは、アジトの季節感の無さについて。

 さすがに木材を取り扱っているだけあり、そのあたりの感覚については敏感なようだ。

 アジトの植物には俺が良く知るものと見た目が似ているものも多い。

 チョコレートやサトウキビ、コーヒーだってそうだ。

 だが決定的に違うことがある。

 それは明確な収穫時期がないことだ。

 もちろん生育には一定以上の期間が必要ではある。

 だが、ある時期に特定の野菜や果実を収穫が出来ない、ということはほぼない。

 しかも成長自体も俺が知るものより少し早い気もする……。

 だがまぁ、それも当然と言えば当然なのかもしれない。

 このアジトには季節が無いのだ。

 昼夜の差こそあるものの、年中ほぼ同じ温湿度で、雨はめったに降らない。

 アジトにずっと引きこもっていると、時間の概念が崩壊しそうになる。

 そして意外なことに、ここから大して遠くもないサヴォイアの街では、ゆるやかだが明確に季節はあるようだ。

 むしろ俺はそのことを知らなかったので、オスカーと同じように驚いてしまった。

 

「たまたま地形的なものがそう言った結果を生み出しているのか、それとも魔法が関わっているのか……」

「まぁ、いいんじゃないか! 年中食いもん採れるってことだろ? 最高じゃねぇか!」


 そういうわけで、オスカーを案内するつもりだったが、結果的に俺自身にも驚きや発見があった。

 意外に有意義だったのかもしれない。

 そうして十分な果物を採集し、今は調理窯前の皆で食事をとる場所へと戻ってきた。

 エリザベスはコハクをじゃれつかせながら、ここで休憩していたようだ。


「コーヒーでも淹れるか……」

「せっかくだし、豆を挽いてくる」

「おっ、いいねそれ。ありがとう、ザムザ」

「なぁボナス、先にこれ食っててもいいだろ!?」

「どうぞ……大量にあるから食いすぎてもいいが、腹は壊すなよ」

「おう! よーし、それじゃこいつから――――」


 ひたすら騒がしかったオスカーも、今は果物に夢中だ。

 やっと落ち着いて、コーヒーが飲めそうだ。


「んめぇ~なこれ……あんまいわ!」

「お前そんな食ったら昼飯食えるのか?」

「こんなうまい果物食ったことない……止まらんわ!」

「ああ、そう……」


 オスカーはバナナが相当気に入ったようだ。

 わざわざ俺とザムザが豆を挽き、コーヒーを淹れ、一息ついて今に至るまで、延々食い続けている。

 いまも両手にバナナを持ち、もっちゃもっちゃと頬張っている。

 ほぼ猿だな。


「ボナス、コーヒーおかわりいるか?」

「ああ、ザムザありがとうな。しかし、水浴び長いなぁ~。ラウラおぼれたりしてないかな」

「皆がいるから大丈夫だろう」


 特に急ぐこともないので、メモ帳を取り出し監視塔について考える。

 エリザベスにもたれかかり、ハジムラドとの会話を思い出しながら、設計要件を箇条書きにしていく。

 どうも気になるようで、並んで座っていたザムザが横から覗き込んでくる。

 手を動かしながら考えていると、徐々にデザインの方向性が見えてくる。

 イメージをスケッチに描き起こしていくにつれ、徐々にザムザの頭が視界へ入ってくる。

 描きづらい……。


「ザムザ、あたまあたま」

「あっ、すまん…………だが、格好いいなこれ」

「監視塔とやらか?」

「ああ、避難場所も兼ねるから、一階部分はなるべく強固に作りたいんだ。ただ……、日干し煉瓦の強度もいまいちわからないから、どんな工法が良いのか悩ましくてさぁ」

「まぁモンスター次第だろうな。エリザベスならサヴォイアの防壁でも簡単に突き破りそうだな!」

「メェェ~?」

「また後でギゼラに相談するか……。それより、なんかオスカーを見ていると腹減ってきたな。先に昼飯作り始めておくか……ザムザ、俺は野菜取ってくるから肉を頼む」

「わかった。久しぶりの肉……楽しみだな」


 そう言うとザムザは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 外では表情に乏しいザムザだが、アジトでは笑顔を浮かべることが多い。


「おお! いいな! 俺も手伝えることがあれば言ってくれ!」

「ああ~、そうだなぁ……。まぁ急ぐわけじゃないんだが、みんなで飯を食う場所を、もっと綺麗に整えたいんだ。どういった家具を、どう手配すればいいか、いろいろ考えてくれよ」

「確かにただの岩じゃ味気なさすぎるし、まともな椅子くらいはほしいな……。任せろ!」

「あと洒落た感じで頼むわ」


 ザムザと食材置き場へ行き、ヴァインツ村で手に入れた海藻や干物を仕舞いつつ、昼食に使う野菜を物色する。

 ミルがある程度整理してくれているが、当初と比べ食材もずいぶん増えて、かなりごちゃついてきた。

 食料置き場と言いつつも、現状は日陰になる場所の岩肌の窪みを利用しているだけなので、こうなるのも仕方がない。

 さすがにもうそろそろ何とかした方が良さそうだ。

 ヴァインツ村が落ち着いたら、岩肌を削り場所を拡張し、木材できちんとした棚を設けよう。

 せっかくオスカーも仲間になったのだ、こき使ってやらなければ。


「ぎゃう~!」

「ただいま」

「海もいいけど、やっぱり水浴びできる湖は最高だね~。あ~気持ちよかった」

「食材用意してくれたんだね。ねぇザムザ、窯にも火をいれてもらえるかい?」

「わかった。ミル、薪の量はどうする?」

「ちょっと多めにお願いするよ」

「まさか地獄の鍋に湖があるなんて! 夢でも見ているみたいです……ああっ、コハクちゃん! エリザベスさん~! ここって素敵~!」

「メェ~」

「な~ぅにゃう」


 野菜を持って戻ると、すっかりリフレッシュした様子のクロ達と出くわす。

 ちょうど水浴びから戻ってきたところのようだ。

 先程まではアジトの景色に飲まれてか、少しぼんやりとしていたラウラだったが、今はひたすらご機嫌なようだ。

 オスカーに負けず劣らず興奮した面持ちで、アジトの感想を喋りまくっている。

 だが、頭にコハクを乗せたエリザベスを見つけると、感極まったように両手を大きく広げ、まるで吸い込まれるように抱き着いていく。


「そういえば……ミル。この間の怪鳥の肉ってまだいける?」

「大丈夫だよ。ちゃんと腐らないように保存してあるから……唐揚げでしょ?」

「そうそう! あれ、うまかったからさ~、ラウラにも食べさせてやりたいなと……」

「怪鳥?」

「ああ、キダナケモの鳥肉。なかなかうまいよ」

「ええっ!? た、食べられるのですか……? やはりボナス様たちはキダナケモを普通に倒しているのですね……」

「怪鳥は別に俺達が倒したわけでは無いよ。ただ確かに、エリザベスとクロ、シロがいつの間にか何か狩ってきたりすることもあるけどね」

「エリザベスさんはまぁ……わかりますが、クロさん達も本当にお強いのですねぇ」

「それでも、わたしたちが戦えるのは、小さいのが相手の時だけだけどね」

「もし……大型のキダナケモが来た場合は、この亀裂に隠れ潜むのですか?」

「まぁ、それも一つのやり方だけど…………、いろいろだね」

「なるほど……」


 昼食はミルとギゼラ、そしてクロが腕を振るってくれるようだ。

 ラウラにはコハクの相手を頼んだのだが、どうも楽しそうに料理をする三人の様子が気になって仕方がないようだ。

 見慣れぬ食材に驚きの声をあげたり、なんとか手伝おうとして見たり、窯に潜り込もうとするぴんくと謎の攻防を繰り広げたりと、コハクを抱いたまま落ち着きなく調理場をうろついている。

 ちなみに、それ以上に落ち着きのないオスカーの相手はザムザに任せており、二人はアジト内の居住エリアを観光中だ。

 そして俺はシロと洗濯に来ている。


「ふんふふ~ん……んふふっ」

「シロ、今日は機嫌が良いねぇ~」


 シロが鼻歌を歌いながら、次から次へと洗濯ものを木の棒で叩くように洗っていく。

 軽く作業しているように見えるが、シロの動きが速すぎて、すすぎ係の俺の作業はまるで追い付く気配がない。

 目の前に未処理の仕事がどんどん積もっていく。


「そうかな? まぁ……わたしはやっぱりアジトの暮らしが好きだからね」

「サヴォイアへ行くまでは、あんまり実感無かったけど、地獄の鍋でこんなに自然が豊かなのは、本当に恵まれているよなぁ」

「うん、たべものもいっぱいあるしね。それに、ここは普通に暮らしているだけでも、なんだか……とてもきもちいい」

「湖や木陰があるだけで過ごしやすさが全然違うからなぁ。ラウラやオスカーの反応を見ていると、ほんとここが奇跡的な場所だということが改めて分かるわ」

「そうだね。わたしはここで……、ボナスと一緒に、死ぬまでずーっと一緒に暮らしていければ、それだけで満足だよ。あとはなんにもいらない」

「まぁ、人生なるようにしかならないけど……、俺もそう思うよ」

「んふふっ。わたし終わったから、手伝ってあげるね」

「はっやいなぁ~。んじゃ、よろしく――――ってそう言う感じ?」

「こういう感じ」


 シロは俺の後ろへ回り込むと、腰へ手を回し抱き着いてくる。

 超人的な体格を持つ彼女だが、背中には包み込まれるような柔らかさを感じる。

 しかも最近のシロは、とてもいい香りがする。

 クロやギゼラ、ミルなどもそうだが、それぞれの趣味に合わせて香油を自作しているようだ。


「シロ……、嬉しいが、なんだか洗濯どころじゃなくなりそうなんだけど……?」

「大丈夫。わたしが手伝うから」


 そう言うと俺の手に手を重ねるようにして洗濯物を湖の水にさらす。

 しかも顔を首元へ寄せてくるので、彼女の絹糸のような髪がくすぐったくてかなわない。

 もはや手伝っているのか邪魔しているのかはわからない状況だ。

 だがまぁ…………、たまにはこういうのもいいだろう。


「しかし……俺はシロの弱点を知っている! ここだっ!」

「んあぁっ……ボナス! ダメだよっ、そこはくすぐったいって――――」


 最終的にふざけすぎてシロと一緒に湖へ落っこちるまで、久しぶりに二人きりの時間をゆったりと楽しんだ。

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