第117話 帰り道
「ひぅっ、いあっ、えっ、ああっぁぁぁああっぁっ…………な、なっ…………」
「うわぁぁああっ……で、で、でっけえええええ!!」
「メェ…………」
「んな~ぅ!」
あぁ、しまったぁ……説明し忘れたぁ……。
ヴァインツ村からアジトまであと半分というところで、エリザベスが俺達を迎えにきてしまった。
全力疾走してきてくれたのだろう。
遠目に白い塊を確認したころにはもう手遅れだった。
慌ててラウラへ声をかけるのが精いっぱいで、ろくな説明もできないままに現状へと至る。
ラウラはその場にへたり込み、なんとかそのまま後ろへ進もうとじたばたもがいている。
眼鏡はずり落ち、顔は真っ青で、呼吸もおぼつかないような状態だ。
オスカーでさえもエリザベスの姿に驚きひっくり返っている。
当のエリザベスはラウラ達と俺の顔を交互に見て、すっかり困惑顔だ。
コハクだけは純粋に嬉しさを爆発させている。
少したどたどしい足取りだが、跳ねるようにエリザベスへと駆け寄っていく。
エリザベスはそんなコハクの様子にやさしく顔を寄せる。
「ラウラ、オスカー、ごめんよ、説明し忘れていたわ。そいつはエリザベスで……、え~っと、なんというか……アジトで一緒に暮らしている仲間だよ。エリザベスもびっくりさせてごめんな~」
「ボッ、ボ、ボ、ボナス様!? な、仲間!? キ、キダナケモでは!?」
「おお! そうだったのか! いや~立派な角だな……ああっ! 昨日の手ぬぐい、こいつのことか!」
「そうそう、正解。あと確かにキダナケモでもあるね」
「ぐぎゃぅ~!」
「ただいま、エリザベス」
「メェェェェ!」
クロとシロが困惑顔のエリザベスをねぎらうように声をかける。
二人はエリザベスを撫で、エリザベスは少し甘えるように二人へ鼻を押し付ける。
ギゼラとザムザ、ミルはこの状況をある程度予想していたのか、少し苦笑いしつつも粛々と荷物をエリザベスへ乗せ換えていく。
「ラウラ立てるかな? いやぁ説明が遅れてごめんよ。こんなに早く出てくるとは……ああ、お前が呼んできてくれたのかな?」
「ぎゃう~!」
「まさか……クロの小鳥が連れてきたのか……? お前ら本当に面白いなぁ! これだけでもついて来た価値があるぞ!」
「ああっ、ちょ、ちょっと腰がぬけて…………。あっ、だ、だ、大丈夫です! ボナス様! 大丈夫ですからっ! ちょっと、あのっ、そ、それ以上近寄らないでください!!」
ラウラが尻餅をついた状態のまま立ち上がれずにもぞもぞしている。
だが、俺が手を貸そうとすると嫌がり……ああ、なるほど……。
確かに初めてキダナケモを目の前にすると仕方ないよなぁ。
「着替えは荷物鞄の――――」
「ボナスさんはいいですからっ! クロさ~ん! 助けて~!」
「ぎゃう~?」
「ボナスは女性への配慮が足りてないな」
「うっ……、オスカーに言われるとダメージがでかいな……」
俺に出来ることはもはや何も無さそうだ。
仕方が無いので、先にオスカーをエリザベスへ紹介することにした。
「エリザベス、こいつはオスカー。木工職人で、木を使って色々なものを作るのが得意だ。あとやたら声がでかい。新しくボナス商会にはいった新人だ。先輩としてよろしくしてやってくれ」
「メェェェ」
「おぉ……よろしく? さ、触ってもいいか?」
「メェ……」
「おっぉぉぉ……」
「あっ、ラウラ……もう大丈夫?」
「す、すいませんでしたぁぁぁ! たいへんお見苦しいものをお見せしてしまい……」
「いやぁ、こっちこそなんかごめんね」
「いえ、まぁ……さっきのは不幸な事故ということで! そんなことより、ボナス様! 私もご紹介いただけますか!?」
「あ、ああ……」
オスカーがエリザベスの毛に飲み込まれていくのを眺めていると、いつのまにかラウラが復活してきた。
あんなに怯えていたというのに、エリザベスと仲良くなりたいのだろうか。
ちなみにいつの間にか、きっちりと服は着替えたようだ。
「ええっと、エリザベス。この女性はラウラという名前で、魔法使いらしい。お客さんだから仲良くしてやってくれ」
「メェェ~」
「何て美しい魔法…………。私が何百人……、いえ何千人いたとしても扱えないような、繊細で美しい魔力操作を全身に巡らせていますね…………。ボナス様、つい昨日私がお話した知識は、魔法のほんのわずかな、限られた一面にすぎないのかもしれません…………。エリザベスさんを見ていると…………、私自身の魔法への認識が塗り替えられてしまいます。あぁ…………、それにしても何て美しいのかしら」
「メ、メェェ?」
よくわからないが、ラウラはエリザベスにとてつもなく感動しているようだ。
両手を広げ、吸い込まれるようにエリザベスにしがみつく。
なぜかはらはらと涙まで流しており、まるで生き別れた家族との再会でもみているような気持ちになる。
当然出会ったのはこれが初めてなわけで、エリザベスはすっかり困惑しているのだが……。
「いや~ボナス! これはたまげたなぁ! なんてカッコいいんだエリザベスは!」
「メェェェ…………」
オスカーは先ほどからエリザベスの周りをグルグル回り、その威容に感嘆しっぱなしだ。
仲間としてのエリザベスはたまらなく可愛い。
だがたしかに、あえて彼女を一匹のキダナケモとして見た場合、その力と躍動感に満ち溢れた姿は抜群にカッコよくもあるのだ。
巨躯にも関わらず、力強く軽やかに、アジトの切り立った崖を駆け上がる姿などは、まるで神話の世界から抜け出てきたかのような神々しさを感じる。
そんなエリザベス自身は、少し呆れたような顔を俺に向けてくる。
「ラ、ラウラ、そろそろ行こうか?」
「嫌ですー! もう二度とエリザベスさんとは離れたくありませんー!」
「いや、さっき会ったばかりだろ……しかも漏らしてたじゃないか。どういう関係だっていうんだよ……。それにこれからエリザベスが乗せてくれるから……別に離れるわけじゃないからな?」
「えっ、あっ、……すいません。でもボナス様! これは仕方ないですよ! 魔力を感知できるものは誰だってこうなります! エリザベスさんとその魔力は……とんでもなく美しく魅力的に見えるのですよ。あっ、そ、それで……乗せていただけるのですか?」
「メェ~メェ~メェ~」
「ああ、そうだな。早くアジトもどろうな~」
エリザベスもさっさと帰りたいようだ。
確かに、またいつ強力なキダナケモに襲われるとも限らない。
クロとシロは既にエリザベスの背中にいるし、ギゼラ達もいつの間にか皆の荷物をエリザベスへ乗せ終えている。
「それじゃ行こうか」
「おお~! 乗れるのか!? 乗っていいのか!!」
「んしょっ! うんしょっ……ああっ……ありがとうございます!」
俺とオスカーはエリザベスにしがみつくようによじ登る。
最後までじたばたして、うまく乗れないラウラをシロがやさしく引っ張り上げる。
エリザベスは一瞬後ろを向き、皆が乗ったことを確認すると、体を揺らさないようにゆっくりと立ち上がる。
「うおおおおお!! かっこいいい!!」
「うわぁ~! すごい! すごいすご~い!」
ラウラとオスカーからまるで子供のような歓声が上がる。
エリザベスに乗ると目線の高さは三メートルを軽く超えるのだが、非常に安定して走ってくれるので、まるで怖さを感じない。
むしろその力強さと安定感、そして心地良さを感じさせるその背中は、最高の特等席として素晴らしい見晴らしを楽しめる。
オスカーはこの状況に興奮して、ずっと何かを叫んでいる。
ラウラはエリザベスの背中へ張り付き顔を埋め、幸せそうにしていている。
なんとなくそんなラウラの姿にマリーを思い出す。
そういえば、マリーも異様なほどエリザベスを気に入っていた。
彼女も元々貴族だ。
もしかするとエリザベス周辺の魔力をある程度感知できていたのかもしれない。
魔力まで魅力的とはいったいどういうことなんだよ。
「なんて罪な女なんだ、エリザベス…………」
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