第116話 裸の付き合い

「風呂楽しみだな!」

「ああ、そうだな~。ラウラの機嫌も直ってよかったわ……。何故かクロ達も褒めたたえることになったが、まぁ~良かった!」

「クロ達も嬉しそうだったな。だが、ボナスは良く毎度シロやギゼラにあんなことを言えるな……俺は恐ろしくてそういう目では見れんぞ……」

「あの二人も可愛いだろうが。まぁ……お前はミルと仲良くやっとけよ」

「ミルはとても優しい女性だからな」

「はいはい」


 ザムザ、オスカーと三人で風呂へ急ぐ。

 先に女性陣が使っていたようで、ついさきほど、入れ違うようにクロ達とラウラに出くわしたのだ。

 かなりくたびれた様子だったラウラもすっかり綺麗になっており、後で髪もクロに整えてもらうと言って嬉しそうにしていた。

 俺はここぞとばかりに全力でラウラを褒めたたえた結果、なぜかクロやシロ、ギゼラまで一緒に褒めることとなり、日干し煉瓦づくりよりも疲れることになった。

 とはいえ別に無理をして褒めたわけではない。

 風呂上がりのラウラは妙に色っぽく、言葉を選ぶのに苦労したのだ。

 しっとりとした象牙色の肌に少し顔を赤らめた姿や、やや汗ばんだ素肌に薄手の服地が張り付くような様子は中々に艶めかしく、表現に困った。

 何とか彼女を褒め終えたと思ったら、今度はクロ達が意味ありげな視線をこちらへ投げかけてきたので、風呂上がりの彼女たちがどれだけ魅力的かについて言語化させられる羽目になった。

 めんどくさそうなオスカーと若干引き気味のザムザが背景にいたせいで、何か特殊な新人研修でも受けさせられているような気持ちになった。

 おかげで大層疲れはしたが、最終的に皆機嫌よく夕食を作りに行ってくれたので、その甲斐はあったと思おう。


「機嫌が良くなったのも風呂のおかげだな! ザムザ、お前さんも嬉しいだろ?」

「ああ、たしかにそうだな。昔は風呂なんて行ったことさえなかったが……」

「シロやギゼラもそうだが、お前たちは鬼のくせにみんな身綺麗だよな~」

「俺はボナスと初めて出会った時、まず風呂に入れと言われたからな。それからはなるべく清潔にしている」

「あぁ……そう言えばそんなこともあったなぁ……」


 三人でいそいそと蒸し風呂へ入る支度をする。

 午後はひたすら日干し煉瓦を作っていたので、全身ドロドロだ。

 おかげで、余計に風呂が待ち遠しかったのだ。

 小さな明り取りの窓から漏れ出てくる蒸気に期待感が高まる。


「おい、ボナス! やっぱり風呂作っておいてよかったな!」

「ああ、まぁな……しかしオスカー、おまえ下手な傭兵より体格良いな」

「そうだろう! まぁ木工仕事も最後は体力勝負だ」

「お前普段大して仕事してないだろ」

「そんなことは……ない、こともないか……。うちの家系は生まれつき体がでかくて丈夫なんだ。とはいえ、さすがに鬼には勝てんなぁ……。なぁ、ザムザ! お前もやっぱりすごいな~……いい筋肉だ!」

「そうか? まぁシロに比べれば、俺なんて赤子みたいなもんだがな」


 蒸気の充満する室内に長椅子が置いてあるのが薄っすら見える。

 部屋は薄暗く、小窓からの薄明りを頼りに足を滑らさないよう、慎重に歩く。

 目を慣らしつつ、建物に問題が無いかを確認するが、特に問題は無いようだ。

 ただ、夜使う場合、換気を考慮して蝋燭の置き場には工夫は必要だろうな……。

 一通り室内を確認した後、俺とザムザが横並びで、オスカーは俺達と向かい合うように腰掛ける。

 サウナと似たようなものだが、やや温度は低めだろうか。

 それでも十分に汗は噴き出てくる。

 普段から水浴びはしていたが、この体の芯から温まる感じは久しぶりだ。

 できれば湯につかりたい気もするが、これでも十分体はほぐれる。

 これはいいな……やはりアジトにも作りたい。


「いや~、あったまるな~!!」

「オスカー、狭い部屋ででかい声を出すな」

「おお! ハジムラドも年の割にはなかなか良い体だな!」

「はぁ……」


 手ぬぐいを首にかけたハジムラドが、オスカーに苦情を言いつつ、のしのしと部屋へ入ってくる。

 オスカーが言うように、少し腹は出ているが良く鍛えられた体だ。

 さすがに傭兵をやっていただけあり、体のいたるところに古傷が目立つ。

 ハジムラドはよっぽどオスカーの相手をするのが面倒なのか、わざわざ俺の横へ腰掛ける。

 気が付くと三方を男の裸体に囲まれている。

 なんて残念で暑苦しい絵面なのだろうか……。

 髭面の二人はいうまでもなくむさくるしいのだが、ザムザもいい男過ぎて腹立たしい。

 湿度百パーセントのこの空間にはもっと癒しが必要だ。

 目を閉じ風呂上がりのクロ達を思い浮かべ心を落ち着けていると、オスカーが無駄にでかい声で話しかけてくる。


「そういやボナス! お前明日アジトとやらに行くんだよな?」

「ああ、そうだが?」

「俺も行きたい!」

「いや、来るなよ。まったく、なんでまた……」

「面白そうだ! なぁ、別にいいだろ!?」

「基本的にはボナス商会限定なんだよ! ラウラは領主代行だから特別なの! それに来たって別になんもないぞ?」

「う~ん……そうだなぁ……」

「まぁそう言うわけで諦めて――――」

「よし! じゃあ俺も商会に入れてくれ!」


 オスカーが面倒なことを言いはじめた。

 室内の湿度が一段階上がったような気がする。

 よくわからないが、どうしてもついて来たいようだ。

 別にオスカーとは古い付き合いだし、信用もしている。

 だが、知り合いというだけで際限なくアジトへ連れて行くわけにもいかない。

 なるべくなら秘密にしておきたい場所なのだ。


「お前、一応親方だろうが……。商会に入ったら、工房はどうすんだよ?」

「いや、実はずいぶん前から辞めようかと思っていてな。前々から俺には向いてないとは思ってたんだ」

「いや本気かよ……」

「先代の親方から腕が一番いいからって引き継いだんだが、商売はまったくダメでなぁ……」

「確かに……そうだろうなぁ」

「昔は弟子も沢山いたんだが、今はもう一人しかいねぇ……。あいつも親戚の子供だからって預かってるだけで、仕事は小鬼の方ができるかもしれん。実際お前と会っていなかったら、今頃うちの工房は閉じていたと思うぞ。まぁ、だからちょうどいい機会なんだ!」

「お、おぉ……えぇ……でもなぁ……」


 自分の工房があるから無理だろうと、諦めさせるつもりだったが、思いがけずまともな理由を返された。

 完全に思い付きかと思ったが、意外と真剣に考えてのことなのだろうか。

 オスカーには世話になっているし、どちらかと言えば好きなタイプの人間なだけに断りにくい。


「俺がとやかく言うべきでは無いかもしれんが……ボナス、オスカーならお前の商会に入れてやってもいいんじゃないか」

「ハジムラドまで……」

「今回の遠征で見た限り、オスカーは相当優秀な人材だぞ。だが、たぶんそれは……お前とつるんでいるからだろう。誰かと組むと突然才能を発揮する、そう言うたぐいの人間なのだ。こう言っては何だが……、お前がその男を放っておくと、いずれ工房を潰し借金を抱え、腐ってダメになると思うぞ。良くも悪くもサヴォイアで生きるには野心が無さ過ぎるのだ。……まぁ少々うるさすぎる気もするがな」


 思いがけずハジムラドまでが推してくる。

 斡旋所で人材派遣業みたいなことをやっているハジムラドのことだ、一応意見は聞いておいてもいいのかもしれない。

 う~ん、でもなぁ……こいつに昔紹介された傭兵盗賊だったんだよなぁ……。

 だが実際、オスカーと組むと色々なことができる。

 間違いなく腕はいいし、俺の知識やアイデアが恐ろしい速度で形になる。

 普段は馬鹿っぽいが、物作りになると急に頭もよく回るようになるし、センスもいい。

 一緒に仕事をしていて、正直かなり楽しいのだ。

 今回、猫車や木造クレーンがあれほどあっさりと実現したのはギゼラの協力もあるが、やはりこいつの存在が大きい。

 

「まぁ、いいかなぁ……」

「よし!! じゃあ明日からよろしく!!」

「だが、工房は実際どうするんだ? 自宅も兼ねているんだろ?」

「まぁとりあえずはボナス商会に看板架け替えとけばいいだろ?」

「流石に親戚の子は解雇せざるを得んが、自分の食い扶持ぐらいは稼げるぞ?」


 あまりこれまで真剣に考えていなかったが、月々の給与とかしっかり決めた方が良いのだろうか。

 これまでは得た収入を適当に分配したり、必要に応じで俺が支払ったりしていたが……。

 黒狼の討伐や今回の仕事のように、個別の依頼で商会としてそれなりに大きな収入はある。

 だが、露店などによる安定した収入はそれほど大きくない。

 皆が自由に使える金はあった方が良いのは間違いないが、長期的に月給を支払い続けられるのだろうか。

 そもそも管理が面倒だ。

 できれば資金の管理はもっと適性のある奴に任せたいが……どう考えても適任者がいないな。

 意外とクロなんか……いや、あいつも唐突に変な仮面とか欲しがるからな……。

 だめだ、蒸し風呂で考えるような内容じゃない。


「とりあえず詳細については今回の遠征終わってから考えるか……。お互いそれなりの金も手にはいるし」

「まぁ、俺はなんでもいいぞ! 全部まかせる!」

「オスカーを推薦した手前、木工関係の仕事をボナス商会へ紹介してもいいぞ。ラウラ様も仕事をくださるだろうしな。まぁ……そんなことをするまでもなく、オスカーは腕がいい。ボナスもその手の段取りが上手いし名前も売れてきた。お前たちに仕事を頼みたがる奴はいくらでもいる。それこそ工房の看板をかけ替えるだけで十二分に仕事は来るだろうさ」

「そんなもんなのかなぁ……。あ~やばい。いろいろ考えていたらのぼせそうだわ。そろそろ出ようぜ、ザムザ」

「ああ」


 思いがけず長湯してしまった。

 だが、いい具合にたっぷりと汗はかけた。

 後はなるべく早く水をかぶりたい。

 そう思い腰を浮かせたところでアジールが入ってくる。


「おいボナス! 見たかあの胸? あれはなかなかいいものだな!」

「うわ、また一気に暑苦しくなったな……どの胸だよ? ハジムラドの胸か?」

「そうそう、髭と繋がった胸毛が何とも……って、そんなわけあるかよ! 領主代行様の胸だよ! 今までゆったりとしたローブ着てたもんでいまいち分かりにくかったが……、風呂上がりの様子はなかなか……ぐっと来たな!」

「俺から領主様にお伝えしておこう」

「ハ、ハジムラド?」

「邪魔だ。さっさとどいてくれ、のぼせそうなんだよ」

「お前は相変わらず胸と尻の話しかせんな」


 とりあえずアジールは平常運転のようで何よりだ。

 誰もアジールを視界に入れることなく、外の洗い場へと急ぐ。

 そうして手桶をひっつかむと、大瓶から競うように水をすくい取り、頭からかぶる。

 火照り切った体にまとわりつく汗を、井戸水がきれいさっぱり洗い流していく。

 冷水が体を流れ落ちると同時に、とてつもない爽快感が全身を駆け巡る。


「おぉぉ……」

「ああぁ~!」

「んんっ……」

「ふぅ~」


 男四人から示し合わせたように何とも言えない声が漏れる。

 そうして汚い四重唱を奏でた後、しばらく余韻に浸る。


「これはあれだなぁ……酒が飲みたくなるな!」

「メナス達からもらったの、飲み切っちゃったからなぁ」

「酒は欲しいな!」

「そうか?」

「お前鬼のくせに酒に興味ないのか?」


 ザムザはそう言うが、実際に酒を出すと結構な量飲む。

 ちなみにシロやギゼラも特に酒を欲しがることは無いが、あれば底無しに飲む。

 毎回それなりに酔って楽しそうにしているので、嫌いということは無いはずだ。


「別に嫌いでは無いが、それほどでもないな。俺は酒よりも、早くミルの料理が食いたい」

「そんなことは後で本人に言ってやれよ」

「なぁ、アジトに行ったら、久しぶりにチョコレート食わせてくれよ! いやぁ、楽しみだな!」

「オスカー、言っておくが少々地形的に変わっているだけで、特に何もないところだからな。あんまり期待するなよ」

「いや、お前とつるんでいると確実に面白いことに出くわすはずだ!」


 そうしてとりとめもない話をしつつ、手ぬぐいで体をこすり、垢と汚れを落としていく。

 これでどの程度綺麗になっているのかはわからないが、気分的には相当さっぱりする。

 だが、そろそろちゃんとした石鹸も欲しいな……。

 サヴォイアには獣脂で出来た石鹸もあるのだが、匂いが悪く品質も良くない。

 それなりに汚れは落ちるので、家事には使えるのだが、肌にはあまりよくなさそうだ。

 なのでアジトでは、市販の石鹸は使わず、油汚れがひどいものについては、灰を濾して使う程度だ。

 正直なところ、肌の調子もよく、定期的に水浴びができるのであれば、あまり石鹸の必要性は感じない。

 食生活が良いのか、運動量が増えたからなのかはわからないが、昔と比べて全体的に体調が良いのもある。

 ただ、今回のように長期間風呂に入れない日が続いたり、何らかの戦いに巻き込まれた後は、石鹸でさっぱりと汚れを落としたくはなる。

 特にモンスターやキダナケモの解体作業の後はきつかったりする。

 いずれ、ヴァインツ村のオリーブ畑が復活したら、アジトのハーブや果実で香りをつけたオリーブ石鹸でも作ってみようかな。

 そんなことを考えつつ体をゴシゴシと洗っていると、ハジムラドが俺の方をずっと見ていることに気が付く。

 こいつまさか俺の体に……!?


「ボナス」

「な、なんだ?」

「その手ぬぐいはどこで買ったんだ?」

「うん? ああ……エリザベスの手ぬぐいか……」

「エリザベス? その手ぬぐいは、村に来てからずっと使っているようだが……いつも輝くように白い。何か特殊な加工でもしているのか?」

「ああ~それな! 俺も気になっていた! ボナス商会の連中は全員それ使ってるだろ?」


 オスカーも気になっていたようだ。

 実は石鹸を必要としない理由のひとつは、この手ぬぐいだったりもする。

 クロやミルが編んで作ってくれたものなので、目は粗いがかなりの優れものだ。


「加工は特に何もしてないんだが、使用している毛が少々特殊でな……。確かに不思議だよな~……汚れはとても綺麗に落ちるんだけど、手ぬぐい自体はまったく汚れない。実は肌触りもめちゃくちゃいいんだ」

「ボナス商会の商品か?」

「いや、これは非売品だぞ」

「ということは! ボナス商会に入った俺も貰えるのか!?」

「ああ……。まぁ、またクロかミルに頼んでおきなよ」

「よし!」

「そうか……売り物では無いのか……」


 ハジムラドがいささか気落ちしたような顔をしている。

 エリザベスの手ぬぐいを欲しがるとは、なかなかお目が高い。

 確かにこいつは普段から持ち物へのこだわりが強い気がする。

 ちょっとした日常の道具類や持ち物が逐一洒落ていたり、あまり見たことの無いようなものだったりする。

 聞いた話だが、傭兵としてのハジムラドは、マリーのように高い戦闘力を武器に仕事をこなすタイプではなく、人であれモンスターであれ、相手を細かく観察し、よく勉強した上で対応するタイプとのことだ。

 そう言う性質はものに対しても存分に発揮されているようだ。


「売り物では無いが、ハジムラドにはいろいろ世話になっているし……、今度あげるよ」

「そ、そうか! それは……ありがたい」


 そういえば……、明日アジトへ戻る前に、二人へエリザベスのことを伝えておかなければな。

 はじめて見ると、相当びっくりするらしいからな。

 忘れないようにしないと……。

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