第16話 クロの気持ち②

 わたしはボナスから言葉をもらった。

 そう、ボナスはわたしに話しかけてくれるのだ!

 ボナスが話しかけてくれると、とにかく嬉しい。

 どんどんボナスが何をしゃべっているのか、分かるようになってきた。

 けれど、とても残念なことに、わたしはボナスのように喋ることはできない。

 それでも言いたいことは伝わっている気がする。

 なんて楽しいのだろう。

 穴の中でも外の世界でも、これまで感じたことの無い気持ちが、体の奥から湧き上がって抑えられなくなる。

 そうやって、つい体を動かしていると、ボナスはいつも笑ってくれる。

 それを見ると、わたしはまた楽しい気持ちになってしまう。



 そういえばわたしには先輩がいた。

 ぴんく先輩だ。

 最初見たときは美味しそうだなと思った。

 だけどボナスが食べないようにと言ったので、見るだけにしていた。

 けれど、実際はすごい先輩だった。

 わたしたちを襲ってきた、とてつもなく大きくて強い生き物を、一瞬で消し飛ばしてしまった。

 わたしの手のひらより小さいのに、なんて強いのだろうか。

 かっこいい!




 そしてボナスとアジトでの暮らしが始まった。

 ボナスはアジトで色々なことを教えてくれた。

 体を洗うこと、食べ物の集め方、料理、他にも色々教えてくれた。

 たまらない……最高に楽しい。

 あの暗い穴の中ではこんな楽しいことが世の中にあるなんて思いもしなかった。

 ボナスは食べ物を奪わないし、叩いてこない。

 一緒に食べ物を食べて、話かけてくれる。

 そしてアジトで料理した食べ物は信じられないくらいおいしい。

 ボナスと会えて本当に良かった。

 わたしはこれからずっとボナスと一緒にいよう。



 

 暫くするとボナスと二本足のたくさんいる場所に行った。

 そこはアジトほど居心地が良くない。

 けれど、わたしはボナスと一緒に暮らせればそれでいい。

 ボナスはこの場所が初めてのようで、ずっと心配そうにしていた。

 確かにボナスはとても弱い。

 他の二本足には乱暴なのもいるから、わたしが何とか守ってあげなくてはならない。

 わたしは弱いけれど、ボナスから貰ったナイフもあるし、何とかなるかな。


 ボナスは不安そうにしながらも、色々動き回っていた。

 わたしにはいまいちわからないけれど、ボナスにはここでやってみたいことがあるようだ。

 そういえばここへ来る前に、ボナスに服というのを貰った。

 服はいい。

 まずは夜暖かいのがいい。

 そして服を着ると、なんだが自分の形が、少しだけ変わったような気がする。

 ちょっとボナスの姿に近づけたかな?


 一度怖い二本足に出会った。

 これまでは、貰ったナイフでなんとかボナスを守れるかもと思っていた。

 でも、このマリーという二本足は、わたしではどうにもならない。

 ぴんく先輩の攻撃は強いけど、当てるのが難しそうだ。

 結局ボナスがチョコレートをあげて、仲良くなったようだ。

 チョコレートは本当に美味しい。

 たしかに、あれを食べたら仲良くなっちゃうかもね。




 それから色々な場所を歩き回ったり色々なものを見たりした。

 色々なものを見られるのは楽しめたけど、食べ物はアジトのほうが美味しいね。

 結局2日ほど街で過ごして、今日アジトに戻る。

 そして、その帰り道、あいつらに襲われた。



 街から出て、暫くすると3人の男に囲まれた。

 後ろの男がボナスの荷物を奪おうとしたから、なんとかしてみようと頑張った。

 けれど地面を引きずり回されるばかりで、全然ダメだった。

 結局荷物を奪われて地面を転がってしまった。

 体中痛いが、それよりもボナスの荷物を奪われたのがショックだった。

 わたしはまた奪われてしまった。


「ちょっと待ってくれ! クロ背負子を渡すんだ! 落ち着け…………言うとおりにさせるから待ってくれ!」

「無駄なことをしゃべるな!手を出せ。…………おいその場所から動くな!」

「ううっ、痛ってぇ………………わ、わかった。」


 引きずり回されたわたしを見て慌てたボナスが、動こうとして殴られた。

 ボナスの頭から血が流れだし、青い顔をして座り込んだ。


 その瞬間、急にあの洞窟の中で見た小さな仲間の死体を思い出した。

 あの時は漠然と嫌な気持ちを感じただけだったが、今はとても怖くて、そして猛烈に腹が立つ。

 弱々しくしゃがみこんだボナスと、あの小さな死体が重なるように思えて我慢ならなかった。

 今までずっと色々なものを奪われてきた。

 今度はわたしからボナスまで奪うというのか。

 ダメだ! わたしからボナスを奪うことは許さない!



 さっきまでわたしを引っ張りまわしていた男は、もうこちらを見ていなかった。

 ゆっくりと歩いていき後ろから飛びかかると同時に首に何度もナイフを突き立てる。

 首から凄い量の血が噴き出してきた。

 そのまま体をビクビクさせながら前かがみに倒れ、声も出せずにのたうち回っていた。


「おいなんだ! 何してるお前!」

「やめろ!くるな…………殺すぞこっちに来るな!」


 残りの二人がこちらを見て騒ぎ出した。

 上手くいった。


 一度姿勢を下げてボナスめがけて走り出す。

 そして、そのままボナスの頭を飛び越える。

 みんな呆気にとられた顔をしている。

 ボナスを叩いた男の首に飛びつく。

 足で体を固定し、間髪入れずにナイフを目に突き刺した。

 暴れるのであまり狙いは考えず、素早く何度も突き刺すことに集中する。

 何度かナイフを突き入れると男は倒れこんだ。

 飛び退き周りを見る。

 ボナスは青白い顔をしているが生きている。

 何とか立ち上がれたみたいだ。

 ああ、よかった。

 鉈を持った男がこちらとボナスを交互に見て何かわめいている。

 ボナスが何か言ったので、急いで振り向く――――。


 次の瞬間、目の前が閃光に包まれ、次の瞬間鉈を持った男は消えた。

 ああ、ぴんく先輩か。

 未だに悲鳴を上げて足元で転がりまわっている男の喉に、何度かナイフを突き刺すと直ぐに静かになった。


「お~い。クロ~だいじょうぶかー」


 ああ…………いつも通りのボナスの声だ!

 ボナスに駆け寄るとまだ少し血を流していた。

 そして見たことも無いくらい青い顔でぼんやりこちらを見ていた。

 ああ、大変だ!

 とにかく何とかして早く血を止めなきゃいけない。

 わたしはもうどうしていいかもわからないまま、ボナスに買ってもらった布を血が出ているところを抑えるようにしてグルグル巻き付けた。

 なんだか止まってきたかな?

 暫くすると、ボナスの顔色が少しだけ良くなってきた。

 よかった…………ああよかった。

 今度は奪われなかったんだ。



 なんかほっとしたら、急に体が重くなってきた。

 今まで感じたことないくらい体がしんどいなあ。

 これがいつもボナスの言う眠いって気持ちなのかな。

 それでもなんとかボナスと一緒に歩いていたら、いつの間にか三角岩に着いていた。

 もう立っていられなくって、岩陰に座って少し休もうと思ったら、そのまま意識が途切れた。






 そして次に意識がはっきりした時には、わたしは今までと少しだけ違うものに変わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る