第15話 クロの気持ち①

 一番古い記憶にある場所は、暗くて湿った穴の中だった。

 小さな虫や魚を採ったりして、仲間たちと暮らしていた。


 わたしは虫や魚を捕まえるのが上手いようだ。

 他の仲間は中々捕まえられない。

 だから、いつも仲間に分けてあげていた。


 ある時から大きくて力の強い仲間達が、わたしが採った食べ物を奪うようになった。

 別にいつでも採れるから構わないけれど、分けてほしければ言えばいいのに。



 しばらくそうして暮らしていると、だんだん寒くなってきた。

 そして虫や魚もあまり取れなくなった。

 それでも大きな仲間たちは、わたしから食べ物を奪おうとする。

 食べ物を持っていないことがわかると、わたしを叩くようになった。

 ほんとうに、たまにしか食べ物が採れなくなったころ、一番小さい仲間が死んだ。

 群れの中でも小さいわたしよりも、さらに小さかったこの仲間は、骨と皮だけになって眠るように動かなくなった。

 わたしはなんだかこの穴にいることが、とても嫌になってきたので、ここを出ることにした。


 とても長い間、穴の中を歩き回っていると、いつのまにか少し暖かい空気が流れていることに気が付いた。

 その空気を強く感じるほうに向けて、どんどん歩いた。

 そうしてさらに長い間歩いていると、あるとき光を見つけた。

 この光は外の世界に繋がっていた。

 外の世界に出てみると、いつのまにか仲間達もついてきていた。



 外の世界には、明るい時と暗い時がある。

 明るい時は暖かくてとても気分がいい。

 暗い時も穴の中よりは明るいし風も気持ちいい。

 空の小さな光をみているのも好きだ。

 そして周りには穴の中とは比べ物にならないほどたくさんの小さな生き物がいた。

 わたしはお腹がすいたら、その生き物たちを捕まえて食べるようにした。

 けれど相変わらず、仲間たちはわたしを見つけると、食べ物を奪い、叩く。

 どこに行っても同じようにされるので、もう諦めた。

 食べ物を奪われることも、叩かれることも嫌だけど慣れた。

 それにここには、穴の中では見たことも無いものがたくさんある。

 そういうものを見ているうちに嫌なことはすぐ忘れた。



 ある日、小さく素早い生き物を追いかけていた時、見たことの無い二本足を見つけた。

 どの仲間達とも違う二本足だった。

 その二本足の生き物はたくさんいて、何かを話し合っているようだ。

 わたしの仲間達と違い、とても体が大きい。

 そして何か色々なものを体にくっつけていた。

 暖かそうでいいなと思った。

 もっと近くで見てみようと近づいていくと、一人がこちらに気が付いた。

 わたしが手を振ると、二本足は大きな声で何か言う。

 すると、全員が一斉にこちらを見たかと思うと、何か棒のようなものを振り上げてこちらに向かってくる。

 いつもわたしを叩く仲間と同じ感じがする。

 なんだか危なそうだと思い、仲間たちのいるほうに急いで逃げる。

 二本足たちは、わたしにずっとついてくる。

 わたしの仲間たちを見つけるとさらに大きな声で何か言う。

 今度はその声に気が付いたわたしの仲間達はみんな騒ぎ出す。

 わたしをよく叩いていた、一番大きな仲間が、二本足のひとりに飛びかかっていった。

 大きな仲間は二本足に棒を叩きつけられ、血を出しながら地面を跳ねるように転がっていき、動かなくなった。

 これは危ないと思い、頭を抱えて岩陰に隠れていた。

 二本足も仲間も、みんな本当にうんざりする。

 こんなことはわたしのいないところでやってほしい。


 しばらくすると仲間の声が聞こえなくなったので、ゆっくり岩陰からでていく。

 そしてわたしは大勢の二本足達に囲まれた。

 どうしていいのか分からなくて立っていたら、乱暴に縄で縛られて引っ張って行かれた。

 体の大きかった仲間たちは、みんな動かなくなった。

 小さい仲間達も半分はそうなって、残りの半分はわたしのように縛られて引っ張られていた。

 この二本足達に食べられるのだろうか。

 わたしがこれまで食べてきた小さい生き物たちのように。


 

 そうしてわたしはそれから長い間、色々な二本足にずっと縄で引っ張られていた。

 今のところわたしは食べられてはいない。

 それどころか、たまに二本足の食べ残しが放り投げられるので、それを食べる。

 そして縄で縛られて引っ張られている限り、二本足は誰も叩いてこない。

 強く引っ張られるのは嫌だけれど、色々なものを見ることが出来て、それは面白い。




 ある時、これまでと違う感じの二本足と出会った。

 色々な二本足がわたしの縄を引っ張ったけれど、いつも二本足達は縄を引っ張るだけで、こちらに見向きもしなかった。

 けれどこの二本足は最初に遭った時から、ずっとわたしを見ていた。

 わたしも見ているので目が合う。

 この二歩足と目が合うとなんだか不思議な気持ちになる。

 これは仲間たちと暮らしていた時も、他の二本足に連れられていた時にも感じたことが無かった気持ちだ。

 何となくこの二本足がどうしてほしいのかが分かったし、わたしが考えていることが伝わっている気がする。

 …………面白い!

 縄も手足に着けていた重い鉄も、直ぐに取ってくれた。

 なんだかとても気分が良くて踊ってしまう。



 この二本足はボナスということが分かった。

 そしてわたしはクロという名前をもらった。


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