第14話 油断

「寝すぎた! クロ起きるんだ!」

「ぐぎゃあ?」


 ずいぶん日が高い。

 やってしまった。

 今日中に三角岩まで戻れるか不安になってきた……。

 よく考えると、迷子になる可能性も十分ある……心配だ。

 一応移動中、目についたものは全てメモしている。

 とはいえ、行きと帰りでは風景の見え方全然違うからなあ…………。




 結局時間も無いので市場散策は諦めて、メナスキャラバンに泣きついた。

 相変わらずメナスとは会えず終いだったが、流石の品揃えで、必要最低限の買い物は手早くできた。

 とりあえず屋台ですぐ買えそうなパンと謎スープを買う。

 パンは布で包み鞄にしまい、スープはさっさと胃に流し込む。

 クロにも同じものを与えているが、食べながら首をひねっている。

 うまくも無いが、それほどまずくも無いだろ…………。

 良いもの食わせすぎなのだろうか。



 寝坊したせいで最後はグダグダだったが、なんとか昼前に街をでられた。

 これで初めての街探訪は無事にこなせたと言えるだろう。

 後はひたすら歩くだけだ。




 


 

 ――――と思っていたら、街を出て早々に襲撃をうけた。


「とまれ!動くな!しゃべるな!」


 完全に油断していた。

 家に着くまでが何とやらだ。

 少なくとも3人の男に囲まれた。

 前に2人、後ろに1人。

 前の2人は鉈とこん棒をそれぞれ持っており、後ろの男はこん棒を持っている。

 どんなに火力が高くても、囲まれた状態では、ぴんくをうまく使えない。

 これはまずい。


「荷物を下ろせ。ゆっくりと動け! ………………その小鬼の荷物もだ。」

「ぎゃう?………………ぎゃっ!」


 クロが蹴り転がされた。

 うつ伏せに転んだクロを引きずるようにして、無理やり荷物を引きはがそうとする。


「ぎゃうぎゃっうぅっ!」


 クロは何とか背負子を掴んで引きはがされなようにしているが、そのせいで地面を引きずり回されている。


「ちょっと待ってくれ! クロ背負子を渡すんだ! 落ち着け…………言うとおりにさせるから待ってくれ!」

「無駄なことをしゃべるな! …………おいその場所から動くな!」


 何とか位置を調整してぴんくに攻撃させようと思ったら、こん棒で殴られ、腹を蹴り倒された。

 頭から血がどくどく流れているのがわかる。


「ううっ、痛ってぇ………………わ、わかった。」



 次変な動きをすれば、殺されるかもしれない。

 頭からの出血が止まらない。

 血の気が引いてきた。


「その場で立て!」

「わ、わかった! 今立ち上がる!」


 そうは言ったものの、上手く立ち上がれない。

 手が震える。

 思わずそのまましゃがみ込んでしまった。


「早くしろ!」


 ふと思い出した。

 こいつら、最初に街で俺を尾行していたやつらだな。

 ずっと狙われていたのか……。

 何もできない自分が情けなくなってくる。


「う、うまく……立てないんだ」


 これは……殺されるかもしれないな。

 せめて一人くらい殺してやりたいのに、何も手が思い浮かばない。

 こんなことはいくらでも想定できたはずだ。

 完全に油断していた。

 俺はいつもそうだ。

 すぐに調子に乗って失敗する。

 自分でも何か武器を持っておくべきだった。

 ぴんくがいれば何とかなると過信していた。

 せめて最初に全力で逃げていれば、まだ可能性はあったかもしれない。

 だがもう遅い。


 

「おいなんだ! 何してるお前!」

「やめろ! くるな…………殺すぞこっちに来るな!」


 急に目の前の二人が焦りだしたと思ったら、黒い影が俺の頭を飛び越えてこん棒を持った男の顔にへばりついた。


「ひあああああああああ! いっでええええええ! うぁうううう…………」

「くっそがあああ! ど、どうなってんだこれ!」


 一瞬のことでよくわからなかったが、どうやらクロが襲い掛かったようだ。

 こん棒男が悲鳴を上げながら、顔から血が噴き出している。

 どうやらクロは男にしがみついたまま、渡しておいたナイフで目を突き刺したようだ。

 男はこん棒を放り捨てて、必死でクロを引きはがそうとする。

 クロは足で首にしがみついたままナイフを引き抜き、残ったもうひとつの目にもナイフを突きす。


「ひああああああああああああああああああああ!」

「ぎゃっぎゃっぎゃっ!」


 両目を刺された男は地面に倒れこんだ。

 クロはその後も躊躇なくナイフを顔に突き刺し続けている。

 目の前の状況があまりにもグロすぎる上に、頭から血が流れすぎてクラクラする。

 さっき食ったスープを吐きそうだ。

 鉈を持った男は一瞬呆気にとられていたが、距離を取り直ぐに鉈を構え機会をうかがっている。

 このままだとクロも危ない。

 奥歯を痛い程かみしめることで、無理やり気合を入れ立ち上がる。

 後ろを振り返ると、ぐちゃぐちゃになった首から大量の血を流す死体がある…………あれもクロがやったのか。

 よし、他に誰も出てこないな……。

 的は小さいが、……この距離ならいけるか。


「おい!! こっちは放っておいて良いのか?」

「う、動くなって言ってんだろ!」

「お前が立てって言ったんだろ?」


 足止めも成功。

 よし――――――。


「ぴんく、あいつを焼いてくれ」


 言うと同時に、ポケットからするっと出てきたぴんくは、鉈男に顔を向けて口を開く。


「な、なんだそ――――」


 細い白い光が、不思議そうな顔をした男の胸に吸い込まれていく。

 そして次の瞬間、光がその男を包み込み、跡形もなく消し飛ばした。

 クラクラする頭で状況を確認する。

 他の襲撃者はいないようだ。

 クロはちょうど、完全に沈黙した男の首にさらにナイフ突き立て、止めを刺していた。

 きつかったぁ……。


「ぎゃっぎゃっぎゃっ!ぐぎゃ!」

「お~い。クロ~だいじょうぶかー」

「ぐぎゃあ!」


 全身血まみれの小鬼がナイフを持ってこっちに駆け寄ってくるのは怖すぎる。

 頭から血を流す俺を見ると、急におろおろしだす。


「ぎゃうー?ぎゃうーぎゃうぎゃう!」


 何とか血を止めようと、頭に布を何とかまきつけようとしてくる。

 さっきまで狂ったようにナイフを振り回し、残虐行為に勤しんでいた奴とは思えないな。


「たぶん大丈夫。生き残れて良かったな~」

「ぐぎゃあぎゃあ!」


 血まみれでよくわからなかったが、クロも痣や傷だらけだな。

 まったく良く生き残れたものだ。

 それにしても、あいつら最初からクロのことは全く警戒していなかったな。

 確かに街で見かける小鬼は基本的に無抵抗、無気力で弱々しかったから、普通は警戒する必要も無いのだろう。

 だがクロもやっぱりモンスターなんだな。

 人の顔にナイフを突き入れることに何の迷いも無さそうだった。

 ただ手早く効率的に殺すため、という感じで、ザックザックいっていたな。

 とはいえ、俺がこいつに命を助けられたのは間違いない。


「クロには本当に助けられたな。ありがとう」

「ぎゃうぎゃうぎゃう!」



 

 しばらく座って休んでいると、なんとか血が止まってきたようだ。

 派手に血は出たけど意外と大丈夫そうだ。

 まだ動くとズキズキ痛む。

 とはいえ、耐えられないような痛みではないし、熱も持っていない。

 気分的にも落ち着いてきた。

 さて……これからどうするか。

 このまま街に戻るのも危険な気がするな。

 あいつらの仲間が待ち構えている可能性もある。

 何よりも、なるべく早くアジトへ帰りたい気分だ。

 ……頑張って三角岩まで歩くか。


「このまま三角岩まで行ってしまおうかと思うんだけど、クロも大丈夫かい?」

「ぎゃうー」



 クロも珍しく疲れているようだ。

 少しぼんやりしている。

 まぁしんどいけど歩くか。

 ぴんくもすっかり爆睡中だ。

 今襲われたら終わるな。



 色々ボロボロだが、なんとか三角岩まで来ることができた。

 火をおこす気力も無いので、鞄から布で包んだパンをもそもそと食べる。

 クロはパンも食べず横になり、直ぐに寝てしまった。

 こんなことは初めてだ。

 大丈夫だろうか……。

 心配だ。

 とは言え俺も限界だ。

 傷が当たらない位置に頭を調整し、布にくるまり目を閉じる。


 今後も街に行けば同じような目に遭う可能性はある。

 対策を考えねば。

 急に色々なことが不安になってきた。

 ショッキングなことがあったし、怪我もしたので弱気になっているのかもしれない。

 正直、しばらくアジトから出たくないな。

 そんなことを考えているうちに眠りへ落ちていた。

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