第13話 市場
それからはひたすらサヴォイアの街を歩き回り、情報を集めた。
その結果、どうやらこの街には3つの大きな市場があるとわかった。
ちなみに昨日卵串を買った大通りにも市場があり、3つの市場でいちばん治安が悪い模様。
通称ドゴール闇市場。
闇市って……。
ここは出店料がかからないようで、狭い広場に小さな露店がびっしりと並んでいる。
闇市という名前の割に、人も多く活気がある。
ただし、取り扱う商品に盗品や非合法ものも多いようだ。
トラブルも絶えないようで、地元の一般市民はあまり近寄らない。
しばらくは俺も近寄らないようにしよう……。
2番目に安全と言われているのがフラニエ市場だ。
かなり大きな広場に、たくさんの露店が並んでいる。
3つの市場の中でも一番規模が大きく、人も多い。
出店料は必要らしいが、かなり安いようだ。
雑多な雰囲気で、客層も金持ちから貧乏人まで、傭兵もいれば現地住民もいる。
そのかわり、スリや怪しい奴もたまに見かけた。
1番安全な市場は、ミシャール市場と言う。
中央通り沿いにある、好立地の広場にある。
衛兵所も近く、中央通り沿いなので、客層はかなりいい。
当然、トラブルも少ない様子。
客や出店者、通行人に至るまで全員清潔感があり、それなりの格好をしている。
俺が物見遊山で混ざると、貧相過ぎて若干浮いていた。
この市場では出店料に加え、ある程度売れている店は徴税されるらしい。
出店料自体も高めで、商品自体もやや高めな傾向。
もしチョコレートを売るのであれば、この場所だな。
いい服買わないと……。
うろうろとミシャール市場の様子を観察していると、エッダに声をかけられた。
「おーい! ボナス~」
「おおっ? エッダ! ジェダやほかのみんなも1日ぶり! この市場でも商売していたのか~」
メナス達は市場の中でも結構いい場所を広く確保している。
そりゃそうか。
10人のキャラバンだもんな。
当然扱う商品もかなり多い。
「そだよ。メインは卸売りだけどね。その時の商品によって、ここかフラニエの市場で露店することも多いよ。ボナスは街、楽しめてる?」
「おかげさまでね! 今色々見て回っているところ。それでさ、なんだか見ているうちに…………実はちょっと露店やってみたくなって、色々市場を観察研究していたんだ」
「へ~そうなんだ! ボナスが露店ねぇ。肉でも売るの?」
「俺が露店で肉売ったら、メナス達に肉を譲れなくなっちゃうけど?」
「それはいやあああ!」
しかし商売についてはメナス達に相談するのが間違いないな。
市場での商売も慣れてそうだし。
「商品はお決まりで?」
ガザットも気になるようで、会話に混ざってきた。
「実はまだ決めてないけど、キダナケモから採れたものとか、珍しいものを売るのも危険かなと思って。悩み中」
「明らかに地獄の鍋産のものは、やめておいた方がいいかもしれませんねぇ」
「やっぱガザットもそう思うかぁ」
メナスは出かけているようだが、相談相手としてはガザットも悪くない。
「別に儲けたいだけなら私共の露店で代売しますが、……そういうわけでは無いのでしょう?」
「そうなんだよねー。やっぱ何か飲み物、食べ物を売ってみるかな。飲食品であれば、地獄の鍋のものを使っていても、簡単には分からないだろうし」
「それがいいかもしれませんね。肉などの場合もなるべく他の食材と一緒に調理して、素材そのもののうまさがばれないようにして売るといいと思いますよ。」
流石何でもできるガザットだな。
こちらの事情を察しつつ、逐一わかりやすく説明してくれる。
そういえば昨日ジェダから聞いた話では、この小太り中年には、タイプの異なる美人の奥さんが3人もいるらしい。
それ聞いて、ちょっと嫌いになってたけど、やっぱ頼りになるわ。
アドバイスは素直に聞いとこう。
「おおー。それいいね~ボナスそうしなよ。そしたら私らがこっちにいる間にも、おいしいお肉が食べられる!」
「エッダには悪いけど肉は安定供給が難しいんだ。でも実はもう食品についてはいくつかアイデアがあるんだよ」
「えー残念。でもなんだろ。私たち食べたことある?」
「秘密。まぁうまく出店出来たら食べさせたげるよ。でも最初は飲み物のほうから始めたいんだよね……。そういえば、露店用屋台って借りたりできるのかな?」
「借りられますよ。この市場の管理をしている場所が、広場の入り口付近ににあります。そこで借りられますよ。大分古いものですし割高ですけどね」
「それは良いこと聞いた。ありがとう! 早速行ってみるよ」
「いえいえ。お気をつけて」
「またね~」
確かに市場の入り口のあたりに屋台を何台も置いている一角があった。
これは誰に声をかければいいんだ。
きょろきょろしていると小柄な老婆が滑るように近寄ってきた。
「…………出店するのかい?」
「あ、いや、今はまだしない。ただ、近々店をやろうと思ってるんだけど、手続きのやり方がわからないんだ」
「簡単なことだよ。出店するとき、私に声をかけて、出店料を支払うのさ」
「この屋台も借りられるの?」
「そうさね。ものによって値段が違うから、使いたい屋台が決まったら値段を聞いとくれ」
「大体屋台込みでいくら支払えばいいんだい?」
「出店料が一日5000レイで屋台が3000~1万5000レイだね。派手に稼いでると徴税人が寄ってきて、いくらか取られるけどね。まぁそんな無茶な金額じゃないから、その場合は素直に支払いな。ここの領主様はだいぶまともだからね」
「よくわかったよ、ありがとう」
そういうと老婆は滑るように離れていった。
まぁ1万あれば足りそうか。
場所は良いが出店コストはやっぱり高いな……。
それなりに売れないと厳しいな。
とはいえ普通に飲食店を経営することに比べれば、リスクはあってないようなものだ。
昔から飲食やってみたかったし、いい機会かな。
それにしても、ちょっとした観光のつもりが、何時の間にか露天商する計画を立てているという。
まぁ、おまけの人生だ。
こういう欲望には蓋をしたくはない。
何を売るかが問題だな。
コーヒーやチョコレート、乳香あたりから始めたいところだ。
商品の組み立てが難しいなぁ。
チョコレートをメインにすると商売は簡単な気がする。
だけど、街で顔を売るにはコーヒー主体の方が良いな。
なるべく滞在してもらい、無駄話のひとつでもしていってほしい。
そうして地道に顔を売って、ゆっくりと商売を定着させてから手を広げていった方が良いだろう。
よし、色々買いに行くか。
なるべくなら、この市場で買ったほうがいいな。
今度自分も出店するんでよろしくと言っておけば、立ち寄ってくれるかもしれない。
後は素泊まり5000レイくらいで泊まれる場所だな。
そんなこんなで一日中歩き回ったが、俺が想像するカップアンドソーサーは見つけられなかった。
そもそも磁器製品は存在すら怪しい。
陶器も大きい壺や瓶、大皿くらいしか見かけない。
見た目もかなり武骨で、そのくせ結構値段も高い。
一方木彫りのコップは安く売っている。
金属製のジョッキみたいなものもあるが、高すぎる。
中々これというものが見つけられないな。
初動からうまくいかず嫌になる。
まぁ商売なんてそんなもんか。
いったん諦めて、先に宿を探すことにする。
ミシャール市場のある主要道路から一本入る。
こじんまりした飲食店や、宿泊施設があるが、それでも1万レイを切るような店は無さそうだ。
さらにもう一本奥に入ってみると、職人街らしき場所に出た。
歩いていると色々な仕事が見られるので面白い。
この通りには、ほぼ職人とそれに関わる商人しかいないな。
意外と治安は悪くなさそうだ。
むしろ俺が悪目立ちしている。
そんな中、風呂屋も見つけた。
多分蒸し風呂だろうな。
いい加減風呂にも入りたいが、クロ置いてはいるわけにもいかんしなぁ。
そうしてしばらくうろうろしていると、職人用の休憩所のような場所があった。
個室ではなく、2段ベッドが並んでいるだけで、外からも丸見えだ。
玄関ドアすらない。
入口に綺麗に禿げ上がった髭面の中年が、目を閉じて置物みたいに木箱に座っているだけだ。
昼間なのであまり寝ている人はいないが、ベッドに転がって本を読んでいる人もいる。
まぁ別にここでもいいか。
「こんにちは。ここいくらで使えるの?」
「半日で1000レイ」
意外に声高くて、一瞬この髭中年の声だとわからなかった。
……せめて目を開けて喋れよ。
それにしても安いな。
意外と奥行きがある。
部屋の両側に二段ベッドが並んでいて、その間が通路になっている。
20床くらいあるのかな。
……プライバシーや防犯性に対する配慮は何もないな。
とはいえ、この辺の職人達が日常的に使っているとすれば、むしろ人の目がある分安全な気もする。
何か盗まれるかもしれんが、殺されることは無いだろう。
泊まってみるか。
「ありがとう。じゃあ後で借りにくるわ。そん時はよろしく」
「おう」
宿を出ると、ちょうど向かいが木工所っぽい。
手動の旋盤みたいなのを使って、階段の手すり部品のようなものを作っているな。
旋盤あるのか……。
もしかすると、カップアンドソーサーくらい作れんじゃないかな。
「こんにちは! 親方、ちょっと作ってほしものがあるんだけど」
「なんだ!? だれだ!? 金はあるのか!? うーん、ちょっと待っててくれ!」
「わかった。すまんね。忙しいところ」
30代くらいの職人2人と小鬼1体で作業しているようだ。
髭をはやした職人がやたらでかい声で答える。
こっちが親方か。
こいつ人差し指と中指が無いな。
この手の機械は指飛ばしやすいからなぁ。
「あ~なに作ってほしいんだ?」
「こんなコップと皿のセット作れるかな?」
地面に落ちている廃材に、持ち手の無いカップアンドソーサーの絵を描く。
「なんだそれ? いいな!」
「書きやすくて気に入ってんだ。でも貰い物だよ。どこで手にはいるのかはもうわからん」
鉛筆のほうに食いついた。
気持ちは分かるが、絵を見てくれ。
「で、どうだろ?」
「ふ~ん。コップと皿かぁ。まぁ簡単に作れると思う。だけどな~そのままじゃ使えんと思う。すぐ割れるな」
まぁそりゃ水吸うもんな。
「どうしたら割れないと思う?」
「そりゃお前、なんか塗って固めるしかないだろうよ」
「そこまでやってもらえるかな?」
「うちではやらねえ! でもやってるとこ知ってるから、そこ出しといてやってもいい」
「塗ったらどんな色になるかな?」
「安く済ませるなら、え~あ~漆でも塗ればいいんじゃないか? そしたら水はあんまり漏れないだろ。色なぁ……濡れた感じになるんじゃないか?」
「いいね。20セット作ったらいくらかかる?」
「うーん…………わかんね」
「木の加工だけだったらどんなもんだろ?」
「うーん…………やってみねぇとわかんねぇなぁ。まぁわかんねぇけど……全部で1万レイあればいいか」
安いな。
大丈夫かな…………こいつ計算出来てんのか。
市場ではしょうもないコップでも1個3000レイとかしたぞ。
だが、話が早くて助かる。
「よし、じゃあ頼むよ!」
「じゃあ5日後で!あ~まぁ4日後までにはできるか」
「先に5000レイ出しとくよ。5日後から7日後の間にまた来るんでよろしく」
「わかった!」
金を渡すとめちゃくちゃ嬉しそうだ。
大丈夫なんだろうか…………。
なんか宿を見つけると同時に、思いがけずカップアンドソーサーも解決してしまった。
なんかそんなことわざあったな。
ん~……瓢箪から駒か。
いいな、これ店の名前にしようかな。
こっちの言葉だと発音しにくいかもしれない。
やめとこ。
後は布巾やお手拭きとか欲しいな。
どうも職人に直接頼むとなんか安そうだ。
この調子で布を作っている所も探してみよう。
しばらくそういう店がないか探し回ったが、だめだった。
店自体はいくつもあるのだが、小売りはお断りだった。
当たり前か……。
もうちょいたくさん買えば違うんだろうが、流石に小ロットだと厳しいよな。
もう一本表通りに戻りそれっぽい店を探す。
今度は相手をしてもらえたが、新品の布はかなり高いなぁ…………。
色々生地屋を見ていると、服屋が併設されている店があった。
店主とその愛娘2人で商売しているようだ。
ぼんやりした職人肌の父親と、商売上手な娘達とのやり取りを見ていると和んだ。
結構大きな店だが、どうも上の娘がかなりのやり手のようだ。
色々欲しいものもあるが、流石に今は資金的に厳しく手が出ない。
新しい服は基本完全オーダーのようだ。
簡単な上着で5000レイと布代か。
手縫いフルオーダーの服と思うとかなり安く感じてしまう。
もう少し金に余裕が出来たら、スーツ持ち込んで同じの作れないか相談してみようかな。
何も買わずに出ていくのも気まずいな……。
クロが興味を持った、若干光沢のある赤い布の端切れだけ買った。
「ぐぎゃ!ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」
えらくご機嫌になった。
街中ではおとなしくと言っておいたのだが、抑えきれ無いものがあるようだ。
さっきまでは静かにしていたんだがな…………。
くしゃくしゃの髪に端切れを結び付けようとしている。
クロの頭には髪の毛がまばらにしか生えていない。
流石にその髪に結ぶのは色々な意味で厳しい。
とりあえず首に適当にリボン結びっぽく巻き付けておいた。
「よく似合っているぞー!」
「ぎゃうー!」
あんま聞いたことのない鳴き声で喜んでるな。
このお洒落さんめ。
それから一度市場に戻り、適当な露店で揚げパンみたいなのをいくつか買って職人通りに戻る。
ベッド貸し屋に行き、相変わらず置物みたいな髭面中年に金を払う。
謎の番号札を渡されたので、その番号の書かれたベッドへ向かう。
上の段だったので、はしごをよじ登り、木のベッド横になる。
ベッドと言っても、ただ木の板を並べただけだな。
天井が落書きだらけだ……。
荷物を盗まれないように、しなければなぁ。
しかし食費のほうが宿泊費より高くついたな。
次回は調理できる機能のある宿がいいなぁ。
防犯のためクロと荷物を挟むようにして眠る。
明日は一度アジトに帰ろう。
その前に店で使う布や簡単な調理道具も用意しないとなぁ。
午前中の間に市場を手早く見て回るか。
…………最悪メナスに泣きつこう。
見知らぬ男たちがいびきの大合唱をする中、こんな板の上で寝られるのか非常に心配だったが、疲れているせいか、夜中に起きることも無く爆睡した。
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