第12話 マリー
次の朝、持ってきたチョコレートを少しだけ食べる。
ここでは朝食を食べる習慣は無いようだ。
温かいコーヒーくらい飲みたいな……。
その後簡単に身支度をして部屋を出た。
ちなみにこの宿、結構な金額をとるだけあって、それなりに立派なロビーがある。
天井は高くないが、中庭に面して間口が広く、とても明るい。
高級家具などが多くレイアウトされており、なかなか贅沢な作りとなっている。
ソファーは無いが、木製のベンチやテーブルセットがいくつか置いてある。
意外と人が集まっており、今日の予定の相談などをしている。
宿泊客以外も待ち合わせなどで利用しているようだ。
利用客も、お金に余裕のありそうな商人や傭兵が多い。
しかしその中でも、圧倒的に目を引く女性がいた。
派手なオレンジ色のショートボブに、中肉中背。
猫のような大きな瞳もオレンジ色だ。
使い込んだ革の防具を身に着け、腰には細剣を2本差している。
日当たりの良い窓際で、姿勢よく立ったまま窓の外を眺めている。
身に着けているものは使い込んでいるが、乱れた様子が無く、全体的に細工が細かい。
明らかに高級品だろう。
しっかり日焼けしており、化粧もしていないようだが、まるで人形のように整った顔をしており、冷徹な印象を受ける。
防具に無数についた小傷や、実用性の高そうな剣、そして隙のない佇まいに、うっすらと暴力の気配も感じる。
そしてただ立っているだけで、身体能力の高さを感じる。
絶妙な重心バランスから、次の瞬間どのような攻撃姿勢にでも移れそうだ。
華のある見た目も相まって、その場にいるだけで、空間を支配するような迫力がある。
あまり人と相対しているような気がしないな。
体が特別大きいわけでもないのに、まるで野生の肉食獣でも見ているような気になる。
などとぼんやり観察していると、女が突然こちらを向き、しっかりと目が合ってしまった。
「お、おはよう」
やばいな、凝視してしまっていた。
ごまかす隙も無かったので、思わず挨拶する。
「それ、あなたが連れているのは、小鬼かしら?」
「そうだよ」
「ぐぎゃ!」
「なんだか…………とても変わった小鬼ね」
絡まれるのかと思ったら、ただクロが珍しかっただけのようだ。
こいつは多分傭兵だろう。
しかもかなり優秀な奴だ。
昨日のチンピラとはモノが違う。
今後を考えると、こういう力のありそうな傭兵とはいい関係を築いておきたい。
「小鬼のクロだ。陽気で中々楽しい奴だよ。ちなみに俺はボナス。よろしくね」
「マリーよ。………………そのポケットの中にいるのは何?」
常に先手をとり、切り込んでくるように話すので、相手のペースに飲まれそうだ。
ちなみにぴんくはポケットから顔を出していない。
特に動いたわけでもないと思うが……何で気が付いたんだ。
あまり人目の多いところでぴんくを出したくない。
しかしこの状況で、とぼけて気分を悪くされても嫌だな……。
仕方がないので、ポケットからぴんくを手に乗せて見せる。
「こいつはトカゲのぴんく。俺の相棒なんだ」
「あら? 見たことの無い種類ね………………可愛いわ」
ぴんくがかわいげのあるポーズをとって目をくりくりさせている。
そうだ! いいぞ! その調子だ。
最近いつもだらけているのに……やればできるじゃないか!
「実はこれから商売を始めようと思って、田舎からこの街に来たんだよ」
「へぇ~」
もう一押し何か欲しいな。
…………飛び道具出しちゃうか。
「実はちょっと変わった商品があるんだけど、この地域じゃ受けるか自信が持てなくて……若干心配なんだ。それで……もしよければ、試作品の味見をしてもらえないかな?」
「私、食事にはそれほどこだわりがないの。あまり参考にならないと思うわ」
思ったより反応が悪い。
警戒されているわけでもなさそうだが、普通に面倒なのだろう。
少しだけ押してみて、無理そうなら嫌われないよう、早めに諦めるか。
「食事というより……お菓子なんだけど、甘いものは……」
「いただくわ!」
被り気味で食いついてきた。
目力が凄まじい。
食事にこだわりないんじゃないのかよ。
顔が整っているせいで、余計に迫力があるな。
鞄から木箱を取り出し、ふたを開ける。
なかには黒い砕けたチョコレートの欠片がいくつか入っている。
マリーが訝しげに視線を向ける。
「これはチョコレートというお菓子。試作品なんで見た目はあまりよくないけど、甘みと苦みの対比と香りを楽しむお菓子なんだ。ひとつつまんでみて」
そう言って自分でもつまんで口に放り込む。
ぴんくが自分にもと手を叩くので、ぴんくの口にも一番小さい欠片を放り込む。
だいぶ作りなれたので当初に比べるとかなりうまい。
特にクロが手伝ってくれるようになってから、より手間をかけられるようになり、口当たりもよくなめらかだ。
俺たちを観察していたマリーが、チョコレートを上品につまみあげ、目の前でじっと見つめる。
そして少し警戒しつつ、ゆっくりと舌に乗せた。
ゆっくりと咀嚼し、一瞬だけ動きが止まり、目が大きく開かれる。
美人が目を見開くと迫力がありすぎて、若干怖い。
ありえないのは分かっているが、今にも腰に差した細剣で切りつけられないか不安になる。
暫くするとまた口が動き出し、次第に人形のようだった顔に、とろけるような笑みが浮かぶ。
そして目を閉じて、じっくり味わっている。
「これは…………凄いわね。とりあえず今あなたが持っている分すべて買い占めたいわ」
ゆっくり目を開けたかと思うと、次の瞬間、頭がくっつくかと思うほど顔を寄せられ、有無を言わさずそう言われた。
動く速さが人間離れしていて、何か特殊な技でも食らった気分だ。
とは言え、これは絶好のチャンス。
しっかり営業トークしなければ。
「おお!それは良かった。サヴォイアの人たちにも受け入れられるかな?」
「今まで食べたものの中で、一番美味しいわ。これが受け入れられないなんてことはあり得ない。むしろ私がすべて買いましょう」
「あっはっは、そう言ってもらえると嬉しいよ。今持っている分であれば売ってもいいよ。ただ……俺は昨日この街にきたばかりで、相場がいまいちわからないんだ……。だからいっそのことマリーに値付けしてもらおうかな。どうだろう?」
「わかったわ。6万レイでどうかしら」
ノータイムで値段付けてきたな。
決断が早すぎて何の思考も読み取れない。
とは言え流石に6万は……高すぎる気がするな。
「いやいやいや、流石に貰いすぎだとおもうよ! 試作品だから木箱付き4万レイで十分だよ」
「そう、それじゃ交渉成立ね」
そう言うや否や、手早く1万レイ硬貨を4枚手に握らされたと思ったら、マリーの手に木箱があった。
何の手品だよ。
「暑いところに放置すると溶けちゃうから、保管するときは木箱に入れたうえで、さらに布に包んで涼しいところに置いといてね」
「わかったわ。これはとても、とても気に入ったわ。本格的に売りだしたら、傭兵斡旋所に連絡くれないかしら」
「やっぱり傭兵だったんだね。じゃあ店を出したら必ず連絡するよ。斡旋所には伝言を残したいと言えば対応してもらえるのかな」
「そうね、マリー・ボアロ宛に伝言をと言えば対応するはずよ」
「わかった。それじゃ開店する際は必ず連絡するよ」
「頼むわね。それじゃあまた、美味しかったわ」
そう言って木箱を鞄の中に丁寧にしまうと、マリーは颯爽と宿を出ていった。
予想通りチョコレートは良い働きをしてくれた。
まぁ砂糖自体の流通量が圧倒的に少ないのだろうな。
マリーがお得意様になると商売的には色々メリットは大きいだろう。
あの見た目に加え、素人の俺でも感じる実力だ。
サヴォイの中でも有力な傭兵であることは間違いないだろう。
しかし、流石に目立ちすぎたな。
ロビーにいた客全員がこちらを見ていた気がする。
まぁこんな機会は早々ないだろうし、今回ばかりは仕方がない。
チョコレートの威力にすっかり満足しながら、宿を出る。
さて、予定通り街を散策するか。
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