第11話 初サヴォイア

 街に入ると、埃っぽい活気に満ちていた。

 未舗装の道には、商人や傭兵、町民や子供達、さらにはラクダや小鬼まで、せわしなく土ぼこりを巻き上げ続けている。

 道と建物が同じ土色をしており、この街が日干し煉瓦で出来ていることがわかる。

 ごく一部、建物を縁取るように、漆喰が装飾的に使われており、青空によく映える。

 久しぶりに見る都市的な美しさを前に、感動で体が痺れるような心地だ。

 

 

 ちなみに関所では、ひとりで勝手に緊張していたが、難なく入れた。

 衛兵達もただひたすら事務的な対応だった。

 クロを見ても特に何も言われなかったし、まったくの拍子抜けだ。

 ちなみに今回の徴税金はメナスがおごってくれた。

 どんどん借りが増えていくばかりだ。

 いい加減何かでお返ししたいが、隙が無くて返せない。

 ほんとやり手だわ……。



「メナス、色々ありがとう。ジェダも助かったよ」

「いえいえ、ほんのついでですから。私たちは5日ほどこの街に滞在していますので、また何か困ったことがありましたら、いつでも訪ねて来てくださいね」

「助かるよー! ありがとう! 来週は三角岩に行けないと思うから、会えるのは最短で2週間後だね。またね~」

「また肉持ってきてくれよー」


 ジェダは俺のことを肉の人だと思っていそうだ。

 さて、宿を探しつつ散策するか。


「クロ、街中はおとなしくな。あとこれ一応もっとけ」


 クロの腰布に大型のナイフを取り付けておく。


「ぐぎゃぁ?ぎゃっぎゃ」

「ナイフはあんまり街の中で振り回しちゃだめだぞ」

「ぐぎゃぅ」


 いつもより少しだけおとなしい。

 多少は空気を読んでくれているのかもしれない。



 

 この街の構成は、単純だ。

 中央に大広場があり、大きく立派な建物がその広場に面して建っている。

 街の主要機能を担う公共性の高い建物だろう。

 大広場から3本、主要道路が放射状に延びている。

 とくに道によって機能が分かれているわけではない。

 ただし、所得や地位といった階層の違いは大きいようだ。

 主要道路はところどころで、中小の広場と連絡しており、そこからさらに細かく枝分かれする。

 そういった広場には市場が開かれている場所もある。

 また主要道路の周りには商業的な施設が多く、教会のような建物も見られる。

 主要道路から一本入るごとに、段階的に人影は少なくなる。

 急に女性や子供が少なくなり、腰に武器を下げた奴しかいなくなってくる。

 意外なのは、主要道路沿いでも小さな露店が時折見られることだ。

 あれは合法的なのかな?


「そこの人!変わった顔してるね。この辺の人じゃないよね。よかったらこの地域の名物の卵揚げ串食ってかないかい?」


 そういった露店をきょろきょろ見ていると、若い露天商に声をかけらた。

 変わった顔していて悪かったな。


「ああ、実はかなり遠くから来たんだ。じゃあ一本試してみるかな。いくら?」

「1本200レイ、2本だったら今なら300レイでいいよ!」

「商売上手だね。じゃあせっかくだから2本貰うよ」


 支払いを済ませると、手慣れた感じで2本の串を差し出してきた。

 見た目はウズラの串カツだな。


「そういえばこの辺で良い宿屋は無い?」

「それならペチカットの宿屋がお勧めだよ。この通りの一本裏手を東に進むとあるよ。」


 最終的にジェダから聞いた宿屋に泊まるつもりだが、せっかくだし色々な宿屋を見ておきたい。


「おおー、ありがとう。この卵うまいね。どんな生き物の卵なのかな?」

「ああ、砂トカゲの卵だな。砂トカゲ自体も結構いけるぜ」


 一瞬胸思わずポケットを見ると、ぴんくと目が合った。

 まぁ砂トカゲとお前は別もんだよな…………だよな?

 なんか食欲無くなったな。


「予想外だったな。鳥かなんかの卵かと思ったよ。そういえばお兄さんはこの辺の人なのかい?」

「いや東のペリメタ村からの出稼ぎだよ。本当は漁師なんだよ俺。でも今の時期は荒れていて海に出られないもんで、仕方ないから出稼ぎに来てんだ」

「へ~そうなんだ。その割には商売上手だね。結構儲かってるんじゃない?」

「あっはっはっは。まぁ実際ぼちぼちだな~。どうせ近くの村だし、最悪徴税分稼げば赤字にはならないし」


 ということは出店料や場所代は掛からないのか。

 まぁ実際は分からないな。

 この露店自体合法なのか怪しい。


「いいね~。なんかお兄さん見ていると、俺もなんだか露天商やりたくなってきたよ」

「お客さんも何か商売やってるのかい?まぁこの街は比較的緩いから、派手に儲けていなけりゃ、誰も何にも言ってこないから、結構お勧めだよ」

「なるほどねぇ。参考になったよ。また見かけたら買わせてもらうよ!」

「まいどあり!」


 一本奥の通りに移動して、クロに串をあげる。


「ぐぎゃあぎゃあ」

「まぁ普段食ってるもののほうがうまいよな。ってぴんくも食うのかよ」


 ぴんくもポケットから俺の腕を伝って卵串かじりついたが、味がお気に召さなかったのか直ぐに引っ込んだ。

 宿屋一応見てみるか。

 暫く歩いていると、向こうからガラの悪そうな連中が歩いてくる。

 剣やこん棒をこれ見よがしに携帯している。

 これも傭兵なのだろうか。

 まぁ、どちらかというとチンピラだな。

 もめごとになっても嫌なので、早めに道を譲るように移動した。

 傭兵たちは一瞬だけチラッとこっちを見たが、特に気にしたようでも無く歩き去っていった。

 なんとなくだが、こちらを観察していた気がする。

 警戒した方が良いな……。

 もしかしたら、狙われていたのかもしれない。

 あの揚げ串屋も信用できんな。

 早めに大通りへと戻り、ジェダの言っていた宿屋を探そう。

 振り返るとさっきの面子が戻ってきた。


「クロ、走る。ついて来い」


 振り向くことなく全力疾走で大通りまで駆け抜ける。

 大通りに出てからも暫く走る。

 振り返ると連中の姿は見えない。

 メナスは安全と言っていたが、やっぱり油断はできないな。


 この街でもできれば商売したり人間関係を作りたいが、安全の確保が課題だな。

 まずは街を歩き土地勘を身に着け、安全な場所とそうでない場所を把握しなければならない。

 その上で、きちんとした常連を捕まえ、地道に認知度を上げていく必要がある。

 さらにはよそ者のまま儲け過ぎないようにしなければ、あっという間に排除されるだろう。

 分かっちゃいるが、前途多難だな。




 ここがジェダの言っていた宿屋か。

 大通り沿いの良い場所にあるな。

 高そうだけど金足りるかな。

 まぁ入ってみるか。


「いらっしゃいませ。」


 体格のいい若い男がフロントに座っていた。

 こちらをみるとにこやかに声をかけてきた。


「こんにちは。今日泊まりたいんだけど、部屋は空いてる?」


 顔だちも整っており、服装もそれなりに洗練されている。

 近寄ると体格の良さが目立つ。

 さっきのチンピラ達よりも強そうだ。

 表面上はにこやかに対応しつつ、目はしっかり値踏みしている。


「もちろんお泊りいただけますよ。夕食はお付けしますか?」

「ああ……、うーんと、夕食ありの場合、なしの場合それぞれの値段を教えてもらえるかな?」

「はいもちろんです。夕食を付けた場合3万レイ、夕食なしの場合は2万3千レイになります。どちらも先払いになります」


 さっきのことがあったせいで、夜に出歩く気にはなれないな。

 今日は疲れたし、安全重視で、ここで食べよう。


「それじゃあ、夕食付きにしようかな。部屋で食事をとることもできる?」

「わかりました。それでは後ほどお部屋まで運ばせましょう」

「後、小鬼を連れているんだけど部屋に入れてもいいかな」

「そうですね。今連れている小鬼ですか?」

「ああ、そうだね」

「ぐぎゃあ」

「一応追加料金をいただく場合もありますが………………今回はかまいません」


 お眼鏡に叶ったらしい。

 クロが綺麗好きで良かった。


「もし小鬼が部屋を汚した場合は追加で清掃費をいただく場合もあります。ご理解ください」

「わかったよ。ありがとう」


 部屋は思ったより広く、きちんと掃除もされている。

 とはいえ家具などは素朴なものだ。

 部屋にも実際は色々なグレードがあるのだろう。

 ベッドで寝るのは久しぶりだな。

 とは言え今や岩壁ベッドのほうが快適なんだけども……。

 微妙な時間だな。

 食事まで少し寝るか。


「クロ、晩飯まで少し寝るよ。お前も適当に体を休めておいてくれ」

「ぐぎゃあ」


 相変わらず普通に一緒に寝てくるなこいつは。

 まぁ、最近はこの醜悪な顔にも、どことなく愛嬌を感じるようになってきた。




 ――――コンコン

 

 ドアのノック音で目を覚ました。

 ああ、食事か………………。


「あ~今開けるよ」


 緊張していたせいで疲れたのか、寝入ってしまった。

 ドアを開け、食事を運んできた給仕を招き入れる。

 手早く支度しているのをぼんやり見ていると、一瞬給仕がぎょっとした顔で、動きを止めた。

 ああ…………ベッドに座っているクロを見たのか。

 二度見している。

 昔メナスが言っていたように、小鬼を苦手とする人も割といそうだ。

 まぁ顔怖いもんね。


「なんだか一日荷物を持たせて歩かせていたせいか、疲れてるみたいでね」

「そ、そうなんですね。……それではごゆっくり。また食器を回収に参りますが、何時ごろがよろしいですか?」

「2時間後くらいかな」

「かしこまりました」

「ああ、ありがとう」


 量は多いのだが……色々と簡素だな。

 パンとシチューと肉とゆでた野菜だな。

 うーんただの塩味だ。

 まぁシチューというか具沢山スープかな。

 クロと一緒に何とか食べきる。

 ぴんくは持ってきたチョコレートだけしか食べなかった。


「腹がパンパンだわ」

「ぐぎゃああ…………」

「そんな微妙そうな顔するなよ。クロもすっかり舌が肥えちゃったな」


 それにしても、メナス達に肉持って行くと喜ぶわけだ。

 端的にまずい肉だったな。

 何の肉なんだろう。

 とは言え7000レイの食事なので、流石に一般的な食事より良いものだと思うんだが。

 肉がまずいといまいち納得できないな。

 まぁ野菜は全体的に新鮮で、普通に美味しかった。

 

 さて、明日はどうしようかな。

 とりあえず犯罪率が低そうな午前中に街を散策するか。

 午後は成り行きに任せよう。

 何か商売の種でも見つけられるといいんだが。

 ノックする音が聞こえる。


「食器を回収にきました。」

「どうぞ~」


 ドアを開け招き入れる。

 ずっとクロを横目で見てるな。


「ぐぎゃ!」

「ひいぃっ………………し、失礼しました」

「いえいえ、クロ静かにするように」

「ぎゃっ」


 すっかり給仕の顔色が悪い。

 クロは妙にワクワクした顔をしている。

 頼むから変なことしないでくれよ。


「申し訳ないんだけど、体を拭きたいのでお湯を貰えるかな?」

「分かりました。ただいまお持ちします。」


 給仕は何とかポーカーフェイスを維持しつつ、お湯を桶に入れて持ってきてくれた。

 さっさと体を拭いて寝よう。

 

 ぴんくが桶を風呂にしている…………。

 クロは小声でぐぎゃぐぎゃ変なラップみたいな声をだしつつ、俺より念入りに体を拭いている。

 こいつら自由だなあ。

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