第75話 閑話 チョコレートと隣人達
アジトでのある日。
唐突にボナスから、新しいチョコレートのメニューを考えてくれと頼まれた。
「なぁミル。もしよければだけど、何か新しいチョコレートのメニュー考えてくれないかな?」
「ぐぎゃう~?」
「新しい商品を作るの?」
クロはともかく、シロも珍しく関心を持ったようだ。
甘いお菓子はあたしも好きだ。
最近作ったコンポートはザムザもとても喜んでくれた。
あたしも、ボナスみたいに指でつまんで食べさせてみたかったな……。
だめだ、考えただけで恥ずかしくて手が震える。
「なるべく飽きられないようにしたいんだよなぁ。まぁ出来ればでいいんだけど。クロとシロも手伝ってくれるかな?」
「ぎゃうぐぎゃう!」
「うん。いいよ」
「じゃあ、ミルに協力してもらって進めてみて。別に失敗してもいいから。気軽に楽しんでみて」
クロとシロは妙にやる気を出している。
あれ、これはもしかして、すごく面倒なことに巻き込まれたんじゃ?
あたしは、なんか急に嫌な予感がしてきたよ……。
「ぐぎゃうぎゃう!」
「いやぁ……。クロ、虫はチョコレートに入れない方が良いんじゃないかねぇ」
「ぎゃーぅ?」
「カエルもなんか違うかもねぇ……」
クロは右手に虫を左手にカエルを握りしめて、キラキラした瞳であたしを見てくる。
ボナスはクロには異常に甘い。
クロが嬉しそうに持って行けば、虫やカエルが突っ込まれたチョコレートでも、何とか食べるだろう。
ただクロとシロを任された以上、これを放置するのも申し訳ない。
それにむしろ、こうなるのを見越してあたしを付けた可能性すらある。
仕方ない……。
「ねぇクロ。卵が手に入れば、チョコレートで面白いお菓子が作れるかもしれない。手にはいらないかい?」
「ぎゃあ!ぎゃあ!ぐぎゃあ!」
そう言うとクロは右手の虫を食べて、左手のカエルをあたしに押し付け、駆け出していく。
心当たりがあるようだ。
クロならば身軽だし、鳥の卵なんかもとれるのかもしれない。
とりあえず、クロの方は一旦これで良し。
さて……それじゃあ…………いい加減こっちも無視するわけにはいかないね。
「ねぇシロ。さっきから凄いブンブンいってるけど……それはなんなんだい?」
「蜂」
「ああ、まぁそうなんだろうねぇ……」
シロはボナスに仕事を頼まれた後、ふらっと何処かへ消えたかと思うと、大量の蜂をつれて戻ってきた。
恐ろしい数のハチがシロの周りを飛んでいる。
立派な針もついており、羽の音を聞いているだけで恐ろしくて鳥肌が立つ。
それなのにシロは平気な顔をしており、しかもよく見ると刺されている様子も無い。
鬼の回復力を活かして、刺されながら無理やり採ってきたものかと思ったが、どうも違うようだ。
「これ使ってみたい」
「これはハチの巣だねぇ……どうやって手に入れたんだい?」
「もらった」
シロが片手に持った深皿をこちらに差し出すと、蜜のたっぷりと詰まった蜂の巣のかけらが入っている。
アジトでとれる果物や花を感じさせる、何とも言えない甘い芳醇な香りがする。
「これは…………とんでもないね」
あたしは鼻が良い。
そのせいか、いい匂いのするものはとても好きだし、これまで色々なものを採集する中で、様々な香りを楽しんできた。
しかしこの蜂蜜は別格だ。
アジトにはとても香りのいい花や木、果物がたくさんあるが、この蜂蜜の香りはまさにそれらを凝縮したようなとんでもない蠱惑的な香りがする。
確かにあたしも蜂蜜の存在はきになってはいた。
とはいえ、この蜂の羽音がする場所は、キダナケモ達も近寄らない。
エリザベスでさえ避けて通るのだ。
普通に考えれば、そんな場所に近寄ることなど出来るはずがない……。
だがそれを、貰ったとはどういうことなのだろう。
「私は良くサトウキビを絞ってるんだけど、ある時から蜂が来るようになったんだよね。それで~、甘い汁を少し分けてほしいっていうから、あげたら仲良くなった。結構可愛いよ」
そういうとシロは飛んでいる蜂を一匹指でつまみころころしている。
蜂は特に嫌がるでもなく、何となく気持ちよさげに身をよじっている。
確かにそうしている様子を見ると、ふさふさした丸い体は何となく可愛い気がしなくもない……。
「とはいえ、巣をとったらさすがに怒るんじゃないのかい?」
「この蜂は、群れると頭がよくなる。頼んだら普通にくれたよ」
シロの話をいくら聞いてもあたしにはよく理解できなかった。
わかる範囲でまとめると、どうやらこの蜂は単体でもそれなりの知性と意思があるようだが、それが群れになると人の言葉を理解できるほど複雑な思考ができるようになるということらしい。
うん、やっぱりよくわからない……。
「でもまぁ、正直あたしには怖いね……そのブンブン言う音はやっぱり苦手だよ」
「エリザベスも苦手みたいだよね。でも、私はかわいいと思うな」
シロはやっぱり変わっている。
まぁ、あのボナスに入れ込むくらいだ。
相当な変わり者には違いない。
あたしならやっぱりザムザのほうが……いやそんなことを考えている場合じゃない。
「この蜂蜜なら、どうやったってうまくなるしかないね。そのままでも十分だとおもうよ」
「せっかくボナスにお願いされたから、チョコレートにしたい」
「じゃあ、素直に普通のチョコレートに練り込んでみようかね」
「うん。あ、一口で食べられる大きさにしたいな」
「ああ、わかったよ」
シロの方は簡単に片付きそうで良かった。
でもこの蜂たち一体いつになったらどっか行くんだろうね……ちょっと怖いんだよね。
「ぐぎゃうぎゃうー!」
「おかえり」
クロが帰ってくると同時に、蜂たちはいっせいに飛び去って行く。
そういえば、クロは良く羽虫を捕まえて食べてたね……。
「蜂はクロが怖いみたいだね」
「ぎゃうぐぎゃう?」
「それはまぁ、仕方ないよね」
シロだけは、いつもクロが言うことが分かるようだ。
よく2人で何か話をしているのを見かける。
「クロ、卵は手にはいったかい?」
「ぎゅあぎゃうぎゃう~ぎゃう」
派手に身振り手振りで色々と説明してくれるのだが、まるでわからない。
ボナスなんかは、不思議なことに、いつもこれで十分に言いたいことをくみ取れるようだ。
暫くよくわからない説明が続いた後、クロは服の中に手を突っ込むとゴソゴソと3つの卵を取り出し、テーブル代わりの石の上に、転がらないよう、器用に並べる。
「ねぇクロ? これは何の卵だい……?」
それぞれ大きさも色も違う。
そして、そのうちひとつは何というか……動いていた。
「ぐぎゃう~?」
「うごいてる」
「ああ、うごいてるね…………」
コツコツと言う音とともにカタカタ揺れていたかと思うと、卵が倒れころころ転がっていき、再びクロの手のひらに収まる。
「あっ、殻から……くちばし……かな?」
「顔は……まだ目が開いてないね」
「ぎゃぅ~!?ぐぎゃぅ~!?」
今まさに生まれつつある雛を手に乗せたまま、クロは今まで見たことが無いくらい慌てふためいて、その場でクルクル走り回っている。
「へぇ~。ちょうど産まれるところだったんだね。親鳥は何をしていたのやら……」
「あんまり毛は生えてないねぇ」
「あたしも詳しくは知らないけど、最初はそんなもんじゃないのかね」
「ぎゃぁう~?」
「こんなに小さいと、食いでも無いけど…………食べてみるかい?」
「ぐぎゃあ!? ぎゃうぐぎゃう~!!」
今クロが言おうとしたことは、何となくあたしでもわかった。
だからこれ以上、あたしのことを恐ろしい悪魔でも見るような目で見るのはやめてほしい。
「……クロなら、虫も捕まえられるから、試しに育てて見りゃいいんじゃないかい?」
すっかり殻から出てきた鳥の子は、頭をクラクラ揺らしながらも、意外なほど元気にピーピーと泣き始める。
クロは両手に小さな鳥の子を包み込んだまま、じっとその様子を見ている。
「ちょっと待ってな」
「ぎゃぅ~?」
産まれたばかりの鳥も、それを見てソワソワした様子のクロも中々可愛いものの、いつまでもそうしているわけにはいかない。
とりあえず、エリザベスの余った毛を少し取ってきて、小さめの蔦で編んだ籠に敷き、臨時の鳥の巣にしてやる。
これならこのまま持ち運ぶことも出来るだろう。
「まぁとりあえずはこれでいいか。乗せかえてやりなよ」
「ぐぎゃぅ」
クロは雛を器用に籠へ移すと、大きく息を吐きだす。
シロはチョコレート湯煎しながら、肩肘ついてその様子を面白そうに見ている。
「そういえば、残りの卵はどうなんだろうね…………」
「ぎゃう~」
「うーん、残りの2つは命の気配がしないなぁ」
シロが卵を手に取り、暫く観察するとそう言う。
鬼にはそういうのが分かるんだろうか。
そもそも残りの2つも一体何の卵なのやら少し心配になってきたよ……。
「ここからはあたしが仕上げておくから、クロは虫探してきてあげな。雛が食べる分だからなるべく小さいのでね!」
それからクロは走っていったかと思うと、直ぐに戻ってきて雛に虫を食べさせている。
まだ目も見えず、口も小さいので、中々苦戦しているようだ。
「ああ、残りの2つは普通の卵だったみたいだね。まぁ美味しくできるかは分からないけど、とりあえず作ってみようかね。あ、ダメだよぴんく。それは今からお菓子にするんだからね」
いつのまにかぴんくが物欲しげに卵を覗き込んでいた。
この子は中々油断ならない。
気が付くと何時の間にか窯に潜り込んでくる。
「ミル。湯煎終わったよ」
「ありがとう。じゃあ作っていこうかね――――」
シロの分は単に蜂蜜を混ぜるだけなので、湯煎したチョコレートに蜂蜜を練り込むだけで完成だ。
後は冷えるのを待つのみ。
クロのチョコレートケーキもどきは、今ぴんくと一緒に窯にいる。
後半時間ほどで完成する予定だ。
「もうちょっとで完成だね」
「ぅ~」
どうやら雛は眠っているようだ。
クロが口に人差し指を当てて、静かにしろと言ってくる。
いつの間にかシロは頬杖をついたまま、眠ってしまったようだ。
シロは中性的な顔立ちで、少しザムザにも似ているが、そうして目を閉じていると、まるで女神のように美しく神々しさすら感じる。
その顔を鑑賞していると、夜中にボナスへ覆いかぶさっていたシロを思い出してしまい、顔に血が上るのを感じる。
あの時のシロから感じたのは、今感じる人間離れした神々しさとはまるで逆の、信じられないくらい艶めかしく淫靡なものだった。
あたしもいつか…………。
「あれ? ちょっと寝ちゃってたかな?」
「ぅ~」
クロはシロにも静かにするように注意している。
シロを観察して妙なことを考えてしまい、少々気まずいので、あたしもおとなしく雛を見る。
クロがお前ももっとしっかり見ろと、シロを雛のところまで引っ張っていく。
それからチョコレートケーキが焼けるまで、3人で静かに眠る雛の様子を見ながら過ごした。
その日の夕食後――――。
クロとシロ、そして若干疲れた顔をしたミルが、チョコレートの試作品を持ってきてくれた。
思ったよりだいぶ早いな。
「ええっ!? もう完成したのか……」
「ぐぎゃうぎゃう~!」
「うん」
「ああ、なんとかできたね……」
クロが小さなケーキのようなものをつまんで、はじけるような笑顔でこちらを見上げてくる。
何故か頭に小さな鳥の雛が乗っているが、今は気にしないこととする。
「ぎゃぁ~う」
「うわぁ~! ガトーショコラみたいで美味しいよ! ありがとうな、クロ。どうやってこんなの作ったんだ?」
「ぐぎゃ~ぅ~っ」
「卵を使ったのさ」
卵……雛……うん?
「じゃ、私のたべて。はい、あ~ん」
今度はシロが妙に顔を近づけて、しっとりとした笑顔で、口を開けるように言ってくる。
逆らうすべはない。
だが、耳にイヤリングのようにくっついている蜂は何なんだろう。
普通に怖いんだけど……今は気にしないこととする。
「うぉっ、なんだ~これ。普通のチョコレートかと思ったら、めちゃくちゃうまいな。何の香りなんだろう……」
「蜂蜜」
蜂……蜂蜜……ううん?
何となく色々なことが繋がりそうで繋がらない変な気持ちをを抱えつつも、今は深く考えないことにする。
ミルの顔を見ていると、なぜかそれが正解な気がしてくる。
それに、何にしろやはり3人が俺のために作ってくれたチョコレートはとても心にしみるものがある。
今は深く考えずその余韻に浸りたい。
「あれ? これは……?」
いつの間にか石のテーブルの上、俺の目の前に小さなチョコレートが一欠けらある。
よく見ると、とても小さな紅葉のような可愛らしい手形がついている。
ふと視線をずらすと、テーブルの端からこちらをチラ見しているとかげがいる。
「あぁ……、お前も作ってくれたのね。どうもありがとう、ぴんく」
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