第76話 今できること

 その日は早めに夕食を食べた。

 まだ外は少し明るい。

 この時間帯は日中の熱気も和らぎ、とても過ごしやすい。

 

「村の復興について、今のうちに出来そうなことを考えてみるか」

 

 みんなで復興について、どういった手伝いをしていくか話し合う。

 まずは一番シンプルに、食料の供給だろう。

 少なくともキダナケモの燻製肉は供給できる。

 実際俺達だけでは消費しきれ無いし、このままだと腐らせるばかりだ。

 クロたちに頼めば、さらに量を確保することも可能だろう。

 後は芋類や、果物類等、仲間内ではとても食べきれ無い程ある。

 もちろん継続的に供給するのは不可能だ。

 とはいえ、一時的に持って行くのは構わないだろう。


「まぁ何にしろ、一時的なものにはなるだろうな」

「それでも、ここの食べ物は本当においしい。きっと気持ちも前向きになれると思うよ」


 ミルは最近手に入れた肉で、大量の燻製を作っていた。

 ある程度こういった流れも見越していたのだろう。

 俺としても、ぜひ食料は持って行ってやりたいところだ。


「輸送面ではどうだろう? エリザベスはかなり力になりそうじゃない?」

「うーん……。ちょっと難しいかもしれない」


 ギゼラが輸送について触れる。

 確かに俺もエリザベスの輸送能力には期待できると考えていた。

 だが、思いがけずシロが待ったをかける。


「多分エリザベスはサヴォイアまでは行けないんじゃないかなぁ」

「ぐぎゃう~」

「うん?」


 俺含め、皆いまいち理解できないが、クロだけは妙に納得した顔で頷いている。

 確かにクロとシロはよくエリザベスと一緒にその辺をうろうろしているが、何か事情があるのだろうか。

 皆困惑していると、呼ばれたと思ったのかエリザベスがのそのそと静かにやってくる。


「エリザベス~。おまえサヴォイアへは行けないのか~?」

「メェェェ?」

「エリザベスもキダナケモにしては小さい方だけど、それでも体はとても大きいからね――――」


 シロからの断片的な話をまとめると、どうやらキダナケモは地獄の鍋の中央から離れれば離れるほど理性が維持できなくなり、最終的には狂ってしまうようだ。

 クロとシロ、エリザベスでこの周辺を色々と駆け回った感じ、そう言った法則が見えてきたらしい。

 俺が思っていたより、随分遠くまで足を延ばしていたようだ……。

 そしてその傾向は、シロが理解している限り、主に体の大きさに影響を受けるらしい。

 それゆえ、大きいキダナケモほど、中央から離れようとしない。

 ふと、ここに来たばかりのころに見た、地形が動いてると錯覚するほどの巨大な蛇を思い出す。

 

「エリザベスが問題なく移動できるのは、三角岩のあたりまでかな」

「それじゃあ村とサヴォイアの往復は難しいんだな」

「エリザベスも少し無理をすれば、なんとかサヴォイアや村にも近づけるとは思うけど…………まぁ難しいかな」

「メェェェ……」

 

 シロの見立てでは、輸送手段としてエリザベスを頼りにするのは、やはり厳しいようだ。

 エリザベスも、あんまり行きたくないなぁ~みたいな、少し嫌そうな顔をしている。


「無理はしなくていいよ」

「ぎゃうぐぎゃう~」

「メェェェ~」


 最近のエリザベスは一緒に行動することが多いからか、すぐにクロとシロに甘える。

 もっと俺にも甘えてほしいが…………体力的に無理かもしれない。

 たまにじゃれつかれると、シロでさえ体を持って行かれそうになっている。


「確かに、以前探索したことを思い返すと、アジトの南、つまり地獄の鍋の中央に行くとやばかったもんなぁ……。結局地獄の鍋の真ん中には何があるんだろう?」

「森があることまでは分かっているけど、その中に入って帰ってきた人の話は聞いたことないなぁ。この世界を終わらせる化け物が眠っているっていう話もあれば、この世界を作った神様の家があるって話もあるよ」

「この世界にある10大不思議のうちのひとつだね」


 ミルとギゼラが一般的な知識を補完してくれる。

 10個もあるのかよ……。


 それにしても、エリザベスの移動範囲はかなり限定的なんだな。

 色々と今後の活動を妄想していただけに、少し残念だ。


「メェェェェエ」

「いやいや、いいんだよ。お前はただ可愛いだけでいいんだよ」


 残念そうな気持が顔に出てしまったのだろうか。

 エリザベスが申し訳なさそうな顔をしている。

 なんだか悪いことをしたな。

 既に彼女はアジトにおいて十分な活躍をしている。

 なにより可愛い。

 それに、アジトに帰ってくるのはダメでも、アジトから外へ出ることはできる。

 今はそれで十分だろう。

 それに輸送、というか資材の調達については、また別に当てがある。


「資材の調達と輸送については、メナスに相談してみようと思うんだが」

「ぎゃうぐぎゃう」


 それはいい考えだと、クロが頷いている。

 そういや、お前も輸送されてたもんな……。

 アジールの話を聞いていた時から、メナス達の顔は浮かんでいた。

 彼女たちの交易路は、サヴォイアとヴァインツ村のルートとかなり近しいはずだ。

 もちろん彼女たちが際どい商売をしていることは今ではよくわかる。

 協力してもらうのは難しいかもしれないが、相談くらいはしてみてもいいだろう。


「ああ、あのキャラバンを率いている?」

「そうそう、メナス達はタミル帝国側から来るから、何とかならないかなと」

「へぇ~。そんな商人がいたんだねぇ。村には来たことが無かったから知らなかったよ」


 ミルは全く知らないようだ。

 メナス達は、かなり近くを通りかかっているはずだが、村には立ち寄っていないようだ。

 もしかすると、俺達が気が付いていないだけで、あの村にはタミル帝国側の目があるのかもしれないな。

 

「……そういえば、今回の黒狼の騒動に巻き込まれていないか心配だな」

「あの人たちは相当なやり手に見えたし、大丈夫じゃないかな」

「今度サヴォイアへ行く前に三角岩へも一応寄ってみるか……」

「今日アジールを送った時にはいなかったね」

「まぁこればっかりは運もあるしな」


 かつて毎週のように三角岩へ通っていた時代が懐かしい。

 久しぶりに、メナスやエッダ、ジェダ達の顔が見たくなる。


「後は家々の再建か。これは…………ハジムラドと一度話したうえで、現地を見なければ何も言えないなぁ」

「鬼が3人いるんだ。力仕事はそれなりに役に立つと思うぞ」

「それは間違いないだろうな」


 ザムザも、ずいぶんと意欲的だ。

 体力的に持て余しているのかもしれない。


「まぁいずれにしろ、今考えられることはこの程度かな? 後はサヴォイアへ行ってからだな」

「ねぇボナス、サヴォイアへはいつ行くんだい?」


 ミルが活き活きとした顔で聞いてくる。

 行こうと思えば明日行けるが、準備に1日は欲しい。

 それに、ハジムラドより早くつきすぎるのも良くない気がする。

 村人たちに会いつつも、身動きが取れない状況が続くと言うのも、双方にとって気まずいだろう。

 早めに行って俺達だけ悠々と露店をするのも気が引ける。

 ハジムラドは5日後にサヴォイアへ着くと言っていたな……であれば3日後に着くようにするか。


「2日準備に用意して、3日後の朝アジトを出ようか。エリザベスが行けるところまで運んでもらえば、三角岩に寄ったとしても午前中には着くだろうし」

「わかったよ! それまでに燻製を仕上げて……」

「まぁ、大分余らせている食材もあると思うから、持てる限り持ってっちゃおうか」


 ミルは頭の中でこれからすることを整理しているのだろう。

 気持ち的にもすっきりしたせいか、活力に満ちた明るい表情をしている。

 ミルは頼られるのはどうのこうの言っていたが、そりゃそんな顔していれば、誰でも頼りたくなるわ……。


「とはいえ、一応エリザベスがいなくても運べる量にしておいた方がいいね。まぁ私は背負子が耐えられる限りは、いくらでも持てると思うけど」

「鬼3人が運べる量だけでも、相当な量を見込んでいいとは思うけどね~」

「俺も前より少し力が上がった気がするから、ぜひ任せてくれ」


 鬼達も随分やる気になっている。

 確かに俺やクロが持てる分なんて、こいつらが持てる荷物量からみると、ほんと誤差レベルなんだよな。

 ミルは小声でぶつぶつと用意するものを考えつつも、手持ち無沙汰になってきたようだ。

 夜な夜な紡いでいたエリザベスの毛糸を持ってきて、ブランケットを編み始める。


「ぐぎゃうぎゃう!」

「ああ、クロ。じゃあこれ、ここから任せるよ」


 クロもエリザベスの毛を扱うのが好きなようで、いそいそと作業に加わる。

 毛糸づくりの時から参加しており、大活躍していた。

 既に編む速度もミルより早い。

 これなら出発するまでに、みんなの分を用意出来るかもしれない。


「メェェェ……」

「いや~助かるよ、エリザベス」


 エリザベスは自分の毛が編まれていく様を、何とも言えない微妙な表情で眺めている。

 確かに自分の体毛を嬉しそうに編んでいる奴らを見ると、一体どんな気持ちになるのか想像できないな……。


「ボナス、どうぞ」

「ありがとう」


 シロがいつの間にかコーヒーを淹れていたようだ。

 俺にコップを手渡すと、静かに横に座る。

 最近はシロもコーヒーをよく淹れてくれるようになった。

 シロはそれほど器用な方では無いし、そのことを自認してもいる。

 だが彼女は、いつも人一倍俺の気持ちを汲んで、行動してくれようとする。

 

「ちょうど今、コーヒー飲みたいなって思ってたんだ」

「んふふ~」


 気が付くとすっかり日も暮れて、少し肌寒くなってきた。

 シロはやたらとでかい体を寄せてきて、少しだけ甘えてくる。

 流石に体格差が大きく持て余すので、座りの悪い感じもする。

 だが、最近はそれはそれで悪くないとも感じるようになった。

 

 ザムザはギゼラに武器の持ち方について何か教えられているようだ。

 ザムザは何度か素振りしては、感心したようにうなずいている。

 意外とギゼラは説明が上手い。

 実際に武器の製作もしているし、ザムザにとってもかなり勉強になるだろう。


 

 


 

 そうして皆が思い思いに過ごす中、ふとポケットの中がもぞもぞ動くのを感じた。


「あれ? ぴんく、どうした?」


 おもむろにぴんくがポケットから這い出てくる。

 俺の肩に乗り、上を見上げる。


「ん?」


 ぴんくの視線を追いかけ、目を凝らす。

 崖の上の方に、黄色く丸いものが一つ、ぽつんと浮かんでいるのが見える。

 まるで小さな月のようにも見える。


 

 ――――なんだろう?

 そう思い、その光を見上げていると、ふと周りの暗闇がうねるように動いた気がした。


 

「――ボナス、ごめん。守りきれ無いかも」


 シロがその場で立ち上がり、唐突にそんなことを言う。

 皆が同じ方向を、小さな光を見上げている。

 

 今さっきまで、はにかむように微笑んでいたシロが、今は悲痛な表情をしている。

 クロは何時の間にかナイフを抜いて立っており、無表情に身じろぎひとつしない。

 後は皆、あの光の正体を探るような顔をしている。

 そして、エリザベスは頭を下げ、攻撃態勢をとりつつも…………震えている。

 状況が掴めず、ただ呆然と頭上を眺めることしかできない。

 すると突然、小さな黄色い光とともに、周囲の暗闇がぬっと起き上がるように動く。

 その瞬間、恐怖に体が凍り付くのを感じる。


 

「いったいどういう…………」


 その滑らかな独特の動きで、その暗闇が生き物であることがわかる。

 一度その輪郭をとらえると、もはや見間違うことは無い。

 隻眼の巨大な黒豹が、崖の上からこちらをじっと覗き込んでいた。

 あの月のような小さな光は、黒豹の瞳だったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る