第86話 久しぶりのサヴォイアで①
ミルやヴァインツ村の面々と別れ、サヴォイアへと入る。
東門でアジールに言われた通り、領主から貰った木札を見せる。
一瞬木札を見た門番が固まったので、何か失敗したかと焦ったが、聞いていた通り、俺の分の税金は免除された。
どうやらかなり珍しい物らしく、門番も現物を見るのは初めてだったようだ。
対応もいつもより心なしか丁寧なものだったように思う。
さらに聞いたところによると、役場でボナス商会としてメンバーを登録すれば、同行者も免税されるらしい。
有効期限は1年とは言え、思った以上に価値があるものを貰えたようだ。
その気になれば色々悪用できそうだが……、一瞬でばれて吊るされることになりそうだ。
おとなしくしておこう。
「――――もうしわけございません。ハジムラドはまだ戻っていないようです」
「あれ? 少し遅れているのかな?」
「はい。予定ではもう帰ってきているはずですが、……戻っておりませんね」
久しぶりに傭兵斡旋所へ来たが、ハジムラドはまだ戻っていないようだ。
背の高い丸顔の女性が、こちらには目もくれず、奥の方にある出欠表のようなものを確認しながらそう答える。
よく見ると小刻みに体が揺れている。
カウンターの向こうでは貧乏ゆすりをしているのかもしれない。
「伝言お願いできる?」
「……はい。文字は書けますか?」
「いや、書けない……。口頭でもいいかな?」
「結構です」
「それじゃ、市場にいるので戻ったら教えてほしいと伝えてもらえるかな」
「承知いたしました」
ハジムラド以外の職員と話すのははじめてだ。
言葉遣いは丁寧だが、なんだかえらく面倒そうだ。
まさかあの不愛想な髭面のことを恋しく感じる日が来るとは思わなかった。
「あれ~名前は聞かないのかな~?」
「……失念しておりました。申し訳ございません」
「ボナス商会のボナスだ」
「うちの商会にあんまり舐めた真似しないでね~」
「……承りました」
俺の後ろからギゼラが職員にぐっと顔を近づけると、笑顔で職員に釘をさす。
ギゼラは周りの傭兵たちに比べても圧倒的に体格もいい上に、顔立ちはシロとまた違った成熟した女性の美しさがある。
横から見ていてもなかなか迫力のある笑顔だ。
最後まで俺の方をまともに見もしなかった女性職員だが、今は青ざめた顔で、慌てて伝言用の書類を作成している。
俺ももう少し舐められないような立ち振る舞いを身につけないとなぁ……。
振り返りシロを見る。
斡旋所にいる傭兵全員がシロを意識しているのが何となくわかる。
シロは周囲を警戒しつつも、ニコニコと微笑みを浮かべ悠然としている。
恐怖や警戒、憧れや嫉妬が混ざったような視線は感じるが、彼女を軽んじる者はいない。
「ボナス、どうしたの?」
「いや、シロもギゼラもかっこいいなぁ」
「んふふっ」
「ぎゃうぐぎゃーう!」
「あぁ、もちろんクロもな!」
俺は鬼達のように体格や顔立ちを活かすことはできない。
だが服装や身だしなみだけでも、だいぶ印象は変わるものだ。
今の俺は、その辺の子供と大して変わらん格好だからなぁ……。
早くまともな服を手に入れよう。
荷物も邪魔なので、まずはギゼラの家へ向かう。
とても治安が良いとは言えない場所にあるギゼラの家だが、特に空き巣にも入られた様子も無く、街を出たときと変わらない様子だった。
一応貴重品は倉庫に鍵をかけ、しまっておいたようだが、それにしたってこの長期間よく無事なものだな……。
ギゼラはいったいどれほどこの界隈で恐れられているのだろうか……。
俺が出会ってからの彼女は、ふわふわした無邪気さを持ちつつも、仲間思いで優しいお姉さん的な印象しかない。
だが先ほどの斡旋所でのやり取りや、治安の悪い地域での安定した暮らしぶりを見るに、実は都会的なサバイバルに関して、かなり高い能力を持っているのかもしれない。
「ボナス、なぁに?」
「んや、さっきは助かったよ。ギゼラは頼りになるなぁと」
「あはは~っ、まぁサヴォイアは長いからね~」
ギゼラはそう言って照れ笑いを浮かべながら、中庭にある井戸水で冷やした手ぬぐいをみんなに渡してくれる。
顔をぬぐうだけでも、意外なほどさっぱりする。
「ありがとう。いやぁ……気持ちいいなぁ」
「前まで全然気になんなかったけど、結構埃っぽい街だね~」
サヴォイアは人や荷車が活発に行き来する分、大量の土ぼこりを巻き上げていくのだ。
前まではサヴォイアへ来るまでにずいぶん時間もかかり、その間段階的に汚れたのであまり気にもならなかった。
今はエリザベスのおかげで、環境が一瞬で変わる分、だいぶと印象が違う。
「ふんふふ~ん~」
「ぎゃう~ぐぎゃうぎゃう」
一足先に体を拭き終えたクロは、井戸水を汲んで台所に持って行く。
どうやらコーヒーを入れてくれるようだ。
ギゼラはやはり久しぶりに鉄を打てるのが楽しみなのか、上半身裸で鼻歌交じりに体を拭きつつも鍛冶場に視線が吸い寄せられているようだ。
体格ではシロよりひと回り小さい印象のギゼラだが、胸だけはシロよりもひと回り大きい。
そうして無造作に体を拭いているだけで強烈な色気を発しているのだが、それと同時に何となく自分に関して投げやりな印象も受ける。
鬼族は全般的にその回復力に頼って無茶をするところもあるが、ギゼラはそれを差し引いても、どうも自分を大切にしていない印象がある。
たまに意図的に色気を振りまいて俺をからかってくる時もあるのだが、それでも意外と他の仲間にいつも気を使って一歩引いた感じもする。
彼女の気質なのかもしれないが、正直もっと甘えてきてほしい気もする。
「ギゼラ、はいこれ。自由にアレンジしていいからね」
「うん~? あ、ぴんくの絵だ。ああ~商会のロゴってやつねー!」
「かわいい」
ギゼラに図案を開いて見せていると、ぴんくが寄ってきて自慢げに同じポーズをとって見せる。
一応焼き印にすることも考えて、実際のぴんくよりはやや小さめではある。
「ボナス、おっぱい見すぎだよ」
「不可抗力だよ! 後シロも脱がなくていいから!」
「あっはっは。ごめんごめん~しまっとくよ」
そう言うとギゼラは再び適当に服を着る。
アジトでの暮らしでは、何かと布の消費が激しかったせいで、今はみんな結構ボロボロの服を着ている。
最初に会った時からそうだったが、ギゼラはシロ以上に着るものに頓着しない。
だが、武器の装飾や、俺の武器を見ても、明らかにギゼラはそういったセンスが良いはずだ。
う~ん……。
この自分のことをやたらとぞんざいに扱おうとするギゼラを見ていると、なんだか限界まで飾り立ててお姫様扱いしてやりたくなるな。
クロやシロは言うまでもなく、ミルやメラニーもこういうのは喜んで協力してくれそうだ。
素材としては、胸に限らず最高のものを持っているのだ。
飾り立てればさぞ輝くだろう。
何より反応が面白そうだ……。
「なんかボナスが悪そうな顔でニヤニヤしてる~」
「ちょっといいアイデアを思いついただけだよ。どうかな、焼き印作れそう?」
「これなら簡単だと思うよ。明日には作っておくね~」
「無理しない程度によろしく。あ、クロありがとう」
「ぐぎゃう~!」
クロがコーヒーを持ってきてくれたので、少し体を休めつつ、これからの動き方を考える。
直ぐに市場へ向かうか、服などの買い物に向かうか悩ましい。
メラニーやメナスに挨拶くらいはしておきたいところだが、一度市場に行ってしまうとまた色々慌ただしくしている間に、結局買い物できずに終わりそうな気もする。
ハジムラドに会えなかったので、露店の計画も立てにくいし、メナスとの打ち合わせも出来ない。
市場は帰り際に顔を出す程度にとどめて、今日は買いものに集中するかな。
「ギゼラ、忘れる前に渡しとくよ。はい、お金」
「ええ~仕入れは必要だけど、さすがに多すぎない?」
「結構金あるし、みんなの装備への投資でもあるから、じゃんじゃん使っちゃってよ」
「う~ん、確かにそっかぁ。わかったよ」
とりあえずまとまった金をギゼラに押し付け、俺達は買い物へ行くことにする。
さっきのことがあったので、余計に早く服を買いたくなってくる。
「ギゼラ、それじゃまたな。明日サヴォイアに着いたら、まずギゼラの家に向かうことにするよ」
「……ん~なんか急に寂しくなってきたかも」
「ぐぎゃうー!」
「直ぐ会えるって。鍛冶頑張ってな!」
「だいじょうぶ」
「うっわわわっ、あっはっはっは。わかったよ~また明日ね!」
少し寂しそうなギゼラにクロが飛びつくように抱き着いたので、俺とシロもその上からギゼラに抱きしめておく。
そうして彼女の家を出るころには、日もずいぶん傾いていた。
ザムザやエリザベスと待ち合わせの時間もあるので、あまりのんびりもしていられないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます