第106話 露店での打合

 ラウラとメナスへ昨日の話をする。

 彼女たちは俺が話し終わるまで、なにか口を挟むでもなく、ただ静かに聞いていた。

 もちろん、話に興味がないというわけではないだろう。

 隣国との政治的な関係性も考慮する必要があるため、ヴァインツ村の取り扱いに関しては慎重を要する。

 俺が適当に取り決めた事柄が、将来的になにか問題へと発展しないか、冷静に検証しているのだろう。

 ラウラのせわしない目の動きからは、そうした様子がうかがえる。

 そして当然、この話はラウラだけでなく、メナスにも影響があることだ。

 今後ヴァインツ傭兵団と行動をともにする事も十分考えられる。

 なにしろ現状メナスが使用している通商ルートと被る部分が大きい。

 彼女たちにとっては良い面もあれば悪い面もあるだろう。


「ボナスさん、なかなかうまくまとめましたね」

「本来私がすべき仕事ですが……うまく進められなかったでしょうね、私では……。ありがとうございます、ボナス様」

「いろいろと勝手に動いてしまったが、大きな問題はなさそうでよかったよ。まぁそういうわけで――――ああ、ちょうどいいところに。おーい、サラ!」

「――――あっ! ボナスさん、こんにちは!」


 誰かに俺達のことを聞いて探しに来たのだろう。

 ちょうどミシャールの市場をフラフラと歩いているサラが目に留まる。

 俺が声をかけると足を止め、しばらく視線をさまよわせていたが、俺達を見つけると、駆け足でこちらへとやってくる。


「いま斡旋所でヴァインツ傭兵団の登録してきたところです! その報告と昨日の御礼を改めてしたくて……探しに来ました。昨日は、ほんとうにありがとうございました!」

「ああ、まぁしっかり働いて、じゃんじゃん稼いでくれ。それで……いいタイミングなので、この二人を紹介しておくよ」

「はい?」

「領主代行のラウラと、メナス商会のメナス。将来のお客様候補だから、しっかり挨拶しとけよ」

「うわわわっ、わ、私はヴァインツ傭兵団の団長のサラです! どうぞよろしくお願いいたします!」

「領主代行のラウラです。ボナス様からお話は伺っております。こちらこそよろしくお願いします」

「サラさん。私はメナス商会のメナスです。今後行動をともにする事もあると思いますので、どうぞよろしくお願いしますね」

「は、はいい!」


 二人ともやわらかな笑顔で対応するが、サラはガチガチに緊張してしまったようだ。

 ラウラもメナスもサヴォイアでは最も気品がある部類の人間だ。

 本人たちにその意図はないだろうが、そういったものから縁遠い人間には妙な迫力を感じることだろう。

 サラが気圧されるのも仕方がない。

 だが彼女は昨日もそうだったが、意外とこういう慣れない状況に放り込まれ、目を回しながらでも、必死に対応しようとする胆力がある。

 それに、ラウラとメナスの顔を見ながら名前と役職を小さな声で繰り返しているところを見ると、状況に混乱しながらもきっちりと名前を憶えようとしているようだ。

 ミルが推すだけあって、見た目以上にしっかりしているのかもしれない。


「サラ様、もしよろしければ……、今回の遠征から早速雇われてはみませんか?」

「あ、あああ、はい! よろこんで!」


 ラウラがそんな彼女の様子を見てか、早速仕事を任せることにしたようだ。

 確かに、サラ達もなるべく早く稼げた方が良いだろう。

 それに村への愛着も適度に持ち続けてもらいたい。

 もちろん変に里心がつく可能性もあるが、それはそれで構わないだろう。

 あまりフラフラされるのも面倒ではあるが、俺としては貸した金は村での労働で返してもらっても一向にかまわない。

 個人的にヴァインツ村で試してみたいこともいろいろとあるしな…………。


「――――では、そういうことで、お願いしますね!」

「はい! ありがとうございます!」


 どうやらいつの間にか、ラウラとの話はついていたようだ。

 だが今度はメナスと何か話し始めた。

 メナスは村の地理的情報や農作物などについて気になっていたようだ。

 サラもちゃっかりと組織運営について教えを乞うている。

 俺があれこれ言う間もなく、しっかりやっていけそうだな…………。


 

「ラウラ、少し相談なんだが、これ作れないかな? 今回の遠征で、きっと役に立つと思うんだ。ギゼラもちょっと来てくれ!」

「は~い」

「これは――――」


 ギゼラとともにスコップについて提案する。

 俺達が一通り話し終えると同時に、提案は受け入れられ、作成することが決まる。

 ラウラがあまりに簡単に決めるので、少々不安になる。


「大丈夫ですよ、ボナス様。しっかり計算していますから、そんな心配そうな顔をしなくても」

「そっか……俺そんな顔してた?」

「わたくしのお母様みたいな顔をしていましたね~」

 

 ラウラが笑いながらそう言う。

 父親でないのか…………。

 彼女曰く、例え村人全員分を揃えたとしても、それほどコストのかかるものでもないらしい。

 何よりラウラとしては、よっぽどリスクのある話でなければ、こういった現場から近いところからの提案は、なるべく拾い上げる流れを作りたいようだ。

 もう少し村人からの意見も聞いておいても良いかもしれないな……。


「なぁ、ボナス。……それうちで作ってやろうか?」

「お? 爺さんとこ鍛冶屋だったっけ?」

「いや鍛冶屋では無いが、農機具なんかは商品として取り扱っておる。それなりに大きい工房に仕事を頼んどるし、無茶も効く。あまり時間は無いようだし…………手配しておいてやろうか?」

「まぁ! それは助かります!」

「あっ、いやまぁ、ラウラ様に感謝いただくほどのことでは……ボナスへの貸しにしておきます故、ラウラ様はお気になさらず」

「俺の扱い雑すぎだろ…………まぁ助かるが」


 俺の肩越しに常連の爺さんが声をかけてきた。

 話を聞いていたのか、どうやら手を貸してくれるようだ。

 ラウラの感謝にも澄ました顔で対応しているが、表情を作り切れていない。

 内心喜んでいるのがまるわかりだ。

 彼女は領主代行としての立場、そして貴族であることからも、常連達からはある程度距離を置かれている。

 だが、実はラウラはクロやメナスに次いで、爺さん達から人気がある。

 たしかに顔は地味だが、この地域では珍しい滑らかな象牙色の肌は自然と目を奪われる。

 それに、発言内容等はともかく、さすがに立ち振る舞いには品がある。

 本人は年齢を気にしているようだが、その年なりの魅力というものはあるものだ。

 頭の回転は速いが少し頼りない独特の喋り方と、そうした淑女としての見た目のアンバランスさが、妙な色気を醸し出しているのだ。

 そういうわけで常連の爺さん達は、貴族に対すると恐れと憧憬を持って距離を保ちつつも、こっそり彼女の様子を楽しんでいる。

 まぁ、何にしろこの短い期間でスコップを手配するのはかなり厄介な仕事だ。

 手を上げてくれたのは素直にありがたい。


「後はスコップの柄の部分か。今日は親方は――――」

「おう! いるぞ!」

「ぎゃう! ぐぎゃ~ぅ~!」


 そう答えるオスカー親方は、何故か自分で自分のコーヒーをドリップしている。

 顔に当たる湯気を気にするでもなく、やたらと真剣な面持ちで、ネルを覗き込みながらゆっくりと湯を回し入れている。

 その様子は木工仕事をしている時より職人らしい。

 そしてその横にはクロが難しい顔をして腕を組んで立っており、時折ぎゃーぎゃーとよくわからない指示を出す。

 オスカーもそれに対し、何かとても重要なことに気が付いたかのような顔をしクロに頷きかえしている。

 二人のやたらと真剣な表情から、おおむね意味のないやり取りであることだけは分かる。


「何やってんだ……?」

「常連は今のうちになるべく自分でコーヒーをいれられるように練習しているんだよ。クロはその指導…………たぶん。ボナス達、もうすぐ遠征に行くでしょ?」

「なるほどな……。だが、オスカーは一緒に行くはずじゃ……」

「オスカーは便乗してるだけだね。やってみたかったんだってさ」


 横からメラニーが教えてくれる。

 何となく店としてそれでいいのかと思わなくも無いが、客たちがそれなりに楽しんでいるようなのでいいのだろう。


「んでボナス、どうした!? おっ! 悪くないな! ボナスがいれたやつよりうまいんじゃないか!?」

「お前の好みなんぞ知ったこっちゃないわ。んで、これスコップっていうものなんだが――――」


 自分のいれたコーヒーを嬉しそうに飲むオスカーに図面を手渡す。

 説明しようかとも思ったが、コーヒーをゆっくり一口飲む間におおよそのことは理解したようだ。

 

「地面を掘る道具か! 簡易的な武器や盾にもなるのか……なるほどな……ボナス、前から思ってたが、こういうの描くの上手いな!」

「まぁな。それで、日もあまりないし、どれくらい数を用意できるのかもまだわからんのだが…………、現地で取り付けできる柄が欲しい」

「う~ん、そうだなぁ……強度もいるしなぁ……。何にしろ必要な数が分からんと手配も難しいぞ?」

「建築資材であれば多めに手配しても問題ないと思うんだ。何か流用できそうなものはないか?」

「あ~う~ん……。割高にはなるが、角材の品質を上げておけば、後は村人に削って使わせればいいかもしれん。金属部との接合箇所だけ俺が削れば、強度も保てるだろうし、大した手間にもならん」

「なるほどな、節の無い物で揃えておけば、それなりの強度は確保できるか」

「だな。割高にはなるが、材料が無駄になることは無いだろうな!」

「よし、それで行くか」

「手配するなら急いだ方が良いぞ。いま建築資材は品薄だからなぁ」

「わかった。ピリに連絡するか……」

「――――ピリになら俺が連絡しておくぞ」

「うわ、アジールか。ひさしぶ……酒臭いなぁ……」


 オスカーと打ち合わせをしていると、いつの間にか強烈な酒の匂いとともにアジールが現れる。

 眉間に深い皺を寄せているが、別に不機嫌というわけではないだろう。


「二日酔いか?」

「ああ……、コーヒーくれ」


 アジールが吐き気を抑えながら短く喋る。

 少し離れておこう。

 

「どんだけ飲んだんだよ…………。お前割と酒強かったろ?」

「最後に会った時から、起きている間は何かしら飲んでいたな」

「相変わらず傭兵らしくて何よりだが……。そんなんじゃ早死にするぞ」

「どうせこんな仕事してりゃ長生きは出来んさ」


 アジールはその場でしゃがみこみつつ、投げやりに答える。

 こいつに伝言を託して大丈夫なのだろうか……不安だ。


「ほら、コーヒーだ。ピリへの伝言、くれぐれもよろしくな?」

「わかっている。角材の話だろ? 何か別の用途にも流用したいから、節の無い質が高いものを多めに用意するように……だろ? ちゃんと今日中に伝えておく。ただ目安となる数量は言っておいた方が良いぞ」

 「あ、ああ。それもそうだな――――」

 

 そういうとアジールはしゃがんだままの姿勢で、実にうまそうにコーヒーをすする。

 意外としっかりと覚えているな…………。

 まぁいろいろとダメなところが目立つ男ではあるが、頼まれた仕事は結局いつも完全にこなすんだよな。

 こいつもなかなかに不思議な男だな。


「ねぇボナス~、せっかくだからオスカーに一輪車の相談しておこう?」

「ああ、ギゼラ。まぁ今回の遠征で使えるかは微妙だが……図面て、ああスコップの横に描いたんだっけ」

「なんだ? 変わった荷車だな?」


 それからしばらくの間、しゃがみこんでコーヒーをすするアジールを放置して、三人で一輪車の実現性について議論する。

 分かってはいたが、なかなかにオスカーも鋭い。

 すぐにこの設計の課題を洗い出し、どうすればいいか、具体的な提案をしてくる。

 ギゼラも車軸と接合金物について、どんどん意見を出してくる。

 二人の職人の、打てば響く様な反応が心地良い。

 俺はただぼんやりと相槌を打って図面へ描き込むだけで、どんどん話が進んでいく。


「――――じゃあ、今から作ってみるか!」

「そうだね、金物はすぐできると思うよ。でも木部は結構難しいんじゃない?」

「あ~まぁ~いけるだろ」

「これは面白そうですね。一人で押せて……そして小回りも効くと。大量輸送には向かないでしょうが、現場ではかなり作業の効率化が図れそうですね!」

「うぉっ! びっくりした!」


 いつの間にかラウラが混ざり込んできており、俺が適当に描いた略図を見てすぐに、具体的な利用方法にまで思考が及んでいるようだ。

 相変わらず頭の回転は異様に早い。


「予算は出しますから、どんどんやってみてくださいね!」

「おお! いいな! 金の心配せずに面白そうなもん作っていいなんて嘘みたいだな!」

「あっはっはっは。じゃあ私も作ってみようかな~」

「俺も後で合流するわ」

「わかった!」


 そう言うと、オスカーとギゼラは図面を持って、あっという間に行ってしまった。

 こういう時、身につけた技術があると、身軽に自分の腕で試してみることができて羨ましい。


「ボナス様……なんだか私、このお店に来ると、領主館より仕事が捗るような気がします……」


 ラウラもそんな二人の様子を少し羨ましそうに見送った後、露店の様子を改めて見渡しながら、つぶやくようにそんなことを言う。

 

「さすがに今日はタイミングが良かっただけだと思うけど……」

「ま、まぁ、そうですね……。ついお店に来るための言い訳を考えてしまったのかもしれません……。それじゃ、そろそろお暇しますね」

「ああ、また気晴らしにきてよ」

「はい、ありがとうございます」


 そう言うとラウラは、シロに抱かれたコハクを愛おし気にひと撫でし、皆と会釈を交わし帰っていった。

 何となく準備は少しづつ順調に進んでいる気がする。

 だが、現地の実情が分からないのはやはり不安だ。

 明日は露店も定休日だし、試しにボナス商会のみんなで村へ視察に行ってみようかな…………。

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