第107話 偵察
久しぶりのヴァインツ村だ。
エリザベスに乗せてもらうと、拍子抜けするほど近かった。
こんなことならもっと早くに来ておけばよかったな。
だがまぁ……、実際は分かっていながらも、無意識に避けていたのかもしれない。
やはり黒狼から逃げ回ったあの体験は、あまりいい思い出ではない。
今はあの時と違い、からっとした快晴だが、それでも村の跡地に立つと当時の恐怖が足元からはい寄ってくるような、ざわざわとした落ち着かない気持ちになる。
「服が汚れそう」
「う~ん、結構いろんな種類のがうろうろしてるねぇ~」
「腐肉漁りは近寄ってこないからめんどくさいな」
「ぐぎゃ~う~」
だが、そう感じているのはどうやら俺だけのようだ。
皆服についた埃でも払うかのような気軽さで、モンスターを蹴散らしていく。
ミルでさえ、荒れ果てた村にショックを受けているのかと思いきや、とくにそんな様子もなく、元々住んでいた自分の家を楽しそうに漁っている。
思った以上に使えるものが残っていたようで、嬉しそうな独り言が家の外まで聞こえてくる。
エリザベスは少し離れた場所で、逃げ回るモンスターを凄まじい勢いで追いかけまわし、肉塊へと変えていっているようだ。
実際にその様子が見えるわけでは無いが、遠くから響き渡る力強い蹄の音と、モンスターの絶叫から、大体の様子は想像できる。
シロとギゼラは武器も抜かず、歩きながらその辺に落ちている日干し煉瓦や石を拾い、モンスターを見つけ次第、競うようにモンスターへ投げつけている。
相変わらず狂った速度だ。
彼女たちが腕を振り抜くたびに、激しい衝撃音とともに、モンスター達は体の一部を失い、倒れ伏していく。
こいつらと野球は出来んな……。
俺とピリとの揉め事なんて、至極平和的なじゃれあいだったと思わずにはいられない凶悪な眺めだ。
クロは俺の気持ちを察してか、しっかりと手を繋いで歩いている。
我ながら大変に残念なことだが、クロの小さく柔らかな手が今はとても心強く感じる。
いつかお母さんと呼んでしまわないか心配だ。
そしてなぜかクロの頭に乗っている綺麗な黄緑色の小さな鳥が、俺を不思議そうに見てくる。
「いつの間にか大きくなったなぁ……」
「ぐぎゃう?」
「その鳥の羽、クロの目と同じで、綺麗な色だなぁ」
「きゃ~ぅ~!」
クロが嬉しそうに声を上げると、その鳥も複雑な鳴き声で返事をする。
キビタキのような声で心地良い。
ポケットからぴんくも顔を出し、鳥に手を振っている。
クロと小鳥のおかげで、荒廃した村の暴力的な景色にささくれだった気持ちが癒される。
ラウラは果たしてこんな場所で何日も活動できるのだろうか……。
「見えている範囲は大体モンスター倒せたかな~」
「結構建物も残っているね」
「そうだなぁ……屋根や建具は大体壊れているが、意外と日干し煉瓦の壁は残っているものが多いなぁ」
シロがミルの家の屋根に上り、モンスターがいないか周囲を観察する。
その下の建物からは両手にいっぱいに荷物を持ったミルが現れる。
ほとんどは何らかの道具のようだが、思いがけず色々と無事だったようで、実にうれしそうだ。
「ミルの家は屋根も残っているし、割と大丈夫だったんだな~」
「パン窯があるからね。火事が怖いし、内装にはしっかりと漆喰を使っていたんだ」
「なるほどな~」
「でも窓を突き破ってモンスターが入ってきたようで、中はだいぶ荒らされていたね」
「ぎゃう~!」
クロが遠くを指さす。
どうやらエリザベスもこちらへ戻ってくるところのようだ。
これでしばらくは安全が確保されるだろう。
少し、落ち着いた気持で、改めて村を見渡す。
最初に見たときは当初の村の様子から比べ、ずいぶん荒廃した印象を受けたが、実際は意外と簡単に直せそうな建物が多い気がする。
「掃除が面倒そうだね~。黒狼やモンスターの残骸がたくさん残っているよ」
「ああ、そうだなぁ……。ただ今回は、村人を連れて行く分、人手も確保できるだろうし、建築面はそれほど問題なさそうだな。結局安全確保が一番の問題か」
「まぁモンスター弱いんだけどねぇ~」
「ギゼラから見たらそうだろうけどな……。せめてまとめてきてくれれば殲滅も楽なんだが」
ギゼラはがれきの上に座り、リラックスした様子で、じゃれつくコハクをあやしている。
ちなみにザムザは到着してからずっと、一人で村中を歩き回っている。
地図を見ながらひたすら徘徊し、片手間にモンスターを倒しつつ、たまに立ち止まり何かを描き込む。
そういう作業をひたすら繰り返している。
ヴァインツ村の地図の写したものへ、現状の様子を描き込んでいるのだ。
頑張って昨晩のうちに描き上げられてよかった。
事前にヴァインツ村を抜ける面々の家などは描き込んである。
今回の偵察で、さらに建物の倒壊状況を把握できれば、相当詳しく現状を把握できる。
どのように仮拠点を設ければいいかも計画を立てやすいだろう。
仮拠点ができることで、最低限の安全と住環境を確保さえできれば、村人たちが自立的に生活を立て直していく流れが作れる。
ほんとうは、倒壊状況についても俺が調べて描き込もうかと思っていた。
だが昨晩寝る前に、ザムザが自分に任せてほしいと言ってくれた。
結果的にかなり助かっている。
俺一人では身の安全もろくに確保できないし、ザムザほど手早くは動けないだろう。
何より、モンスターの死骸がいたるところに散乱している今のような状況では、とてもそんな気分にはなれない。
「ぎゃうぐぎゃ~ぅ~?」
「まぁ、この程度なら最終的には何とかなりそうだな。今回はぴんくとエリザベスの手は借りない方が良いか……」
「人目が多いから?」
「もちろんそれが一番だが、俺達ばかりが活躍しすぎるのは、長期的に考えると色々と問題があるだろうからなぁ」
ギゼラの横に座り、荒廃した村を背景に無邪気に遊ぶコハクの様子を眺めながら、これからのことに考えを巡らせる。
クロが後ろから首に手を回して、顔を覗き込んでくる。
俺は何かクロを心配させるような顔でもしていたのだろうか。
「大丈夫だよ、クロ。こう……荒廃した風景って、元の姿を知っていると何となく気が滅入ってね。でもまぁ、ただそれだけだよ」
「ボナスは意外と繊細だね~、ミルちゃん」
「あたしは村の人間だけど、それほど感じるものは無いね。むしろ愛用の道具が無事に見つかって嬉しいよ!」
ギゼラとミルが、からかうように笑いあっている。
俺を元気づけるためというのも多少はあるのだろうが、それ抜きにしても楽しそうだ。
この風景を目の前にして、やる気をなくす村人もでてくるだろうと思ったが、ミルの様子を見ていると案外大丈夫なのかもしれない。
「そもそもこんな辺境で暮らしてる人間なんだ。皆それなりに覚悟もあるし、気楽な性格じゃなきゃ生きていけないよ」
「そんなもんか」
「ねぇボナス。はやく行こう?」
「ぐぎゃうー!!」
シロが屋根から降りてくると、手をクイッと動かしながらそう言う。
それを聞いたクロは荷物置き場へと走っていき、皆の分の釣りざおを抱え、フラフラと持ってくる。
クロが歩くたびに六本の釣竿が凄い勢いでしなっている。
見ていて不安になるが、クロはまるで気にした様子もなく、ワクワクが止まらない顔をしている。
皆で慌てて受け取ると、片手で自分の釣りざおを握りしめ、困り顔のエリザベスへよじ上ると、海の方角を指差して元気に騒いでいる。
「そうだな! 今日のメインはむしろ釣りだったな!」
「あたしが見本を見せたげるから! おーい、ザムザ!」
「ねぇ、ミルちゃん。海の水ってしょっぱいの~?」
「エリザベス、近くだが海までいけそうか?」
「メェ~……、ンメェ~? ……メェメェ……」
エリザベスは首をひねって悩んでいたが、とりあえず行ってみてることにしたようだ。
彼女も最近は、自分がどこまで狂わずに移動できるのかよくわからないようだ。
「ボナス、大体描き込めたぞ! この五件の家の間にバリケードを作れば、少ない資材と人員で村を守れるんじゃないか!?」
「お、おぉ……。ほんとだな、お前頭いいな。この家は確か住民がいなくなっていたから、見張り台をつけて、傭兵の駐屯施設にしてしまえばさらに――――」
「ぎゃう! ぐぎゃうぎゃう! ぐぎゃうぎゃうぎゃーうー!」
「わ、わかったわかった、クロ、ごめんって~。よし! とりあえずザムザ、釣りだ! 釣りしながら話そうぜ~」
「あ、ああ」
ミルに案内されて、沿岸部の岩場まで来る。
どうやらこの場所が村の釣りスポットらしい。
エリザベスもどうやらこの辺りなら大丈夫なようだ。
彼女のおかげで崖をショートカットできて、ずいぶんと簡単に来ることができた。
かなりの切り立った断崖だが、アジトの絶壁を軽々と移動できる彼女には大した障害にもならない。
そうして岩場まで移動した後は、なぜか半開きの口から舌をだして、ずっと静かに海を見つめている。
彼女は海を見たことがあるのだろうか。
「ね、ねぇボナス。なんかちょっと怖いかも」
「ぇえ? まぁそう感じることもあるか……んでもギゼラは泳げるだろうし、大丈夫だろ」
「さぁ釣ろう!」
「ぎゃうぐぎゃうー!」
「岩場は滑りやすくなっているから、気を付けるんだよ!」
意外なことにギゼラは海が少し怖いようで、しがみついてくる。
平場ならそれはそれでうれしくもあるのだが、不安定な岩場なので別の意味で俺も怖くなる。
クロとシロは足場の悪さをものともせず、元気に歩いていく。
教師役を買って出たミルだが、岩場はあまり得意では無いようだ。
ザムザに手を貸してもらいながら慎重に移動している。
妙に嬉しそうに頬を染めているが、それは見なかったことにしてやろう。
「とりあえず、ギゼラ。俺達も手を繋いで歩いていくぞ」
「わ、わかったよ~……う~ん、おっかない~」
ずっと固まっていても仕方が無いので、怯えるギゼラの手を取り、やや強めに引っ張っていく。
俺も久しぶりの海に気分が高揚しているのだ。
これほどの快晴に、目の前にはエメラルドグリーンの海が広がっている。
先程までのスッキリしない気持ちも、目の前の開放的な景色にすっかり吹き飛んで行く。
それに、この磯の匂いが何ともいえない懐かしさを掻き立てるのだ。
別に海の近くに住んでいたことがあるわけでは無いし、それほど海に親しんだ生活をしていたわけでは無い。
それなのに、何とも昔の……それも若かった頃のことを思い出す。
なんか……焼きそば食べたくなってきたな。
「――――おっ、カニだな」
「うわぁ~、なんか……蜘蛛みたい」
今日は手を引いたり、引かれたり…………妙な気分だな。
ギゼラの手を引きながら、そんなことを考えていると、カニが足元を横切っていくのが見える。
そう思いカニを目で追っていると、いつの間にかそこかしこに生き物がいることに気が付く。
よく見ると水中にもたくさんの魚が見える。
そうしてギゼラと二人、磯に住む生き物たちを見つけてはお互いに報告しあう。
しばらくそんなことをしていると、ギゼラも慣れてきたのか、手を引くまでもなく移動できるようになった。
「これ食えるのかなぁ」
「ああ、その貝はどれも焼けば大丈夫だよ。でもボナス、よく食べようと思ったねぇ。村の外の連中は、普通気持ち悪がるもんなんだけどねぇ~」
「まぁなぁ」
「ぎゃう~! きゃ~う~!」
その後結局ギゼラはすっかりこの環境にも慣れ、シロと背中合わせに岩へ腰掛け、組んだ足をプラプラと揺らしながら楽しそうに釣りを楽しんでいる。
その姿は先ほどまで、海を怖がって俺にしがみついていたとは到底思えないほど絵になっている……。
ちなみに俺は釣りは仲間に任せて、クロと一緒に磯だまりで遊ぶことにした。
どうやらクロは体格的にこの場所の魚を釣り上げるのは難しいようなのだ。
魚は掛かるものの、何度か海へ引きずり込まれそうになり、海釣りは泣く泣く諦めたようだ。
ただ、クロは磯遊びも相当に、もしかすると釣り以上に楽しいようだ。
虫を捕まえるのと似たようなところがあるのか、いろいろな生き物を発見しては手を叩いて喜んでいる。
たまに何か食べているような気がしなくも無いが、あえて見ないようにしている。
そんな俺達のすぐ横では、コハクもぴんくを乗せて、カニや波と熱い戦いを繰り広げている。
ぴんくは、普段とは違う周囲の様子に興味が尽きないようだが、カニのハサミは怖いようだ。
口を開けて威嚇しているようだが、こんな場所で主砲をぶっ放さないでほしい。
たまにクロの頭から小鳥も加わり、共闘しているようだ。
もう普通に飛べたんだな……。
コハクも小鳥も木桶に入れたカニの脱出を阻止してくれるので、意外と役に立っていたりする。
「ぐっぎゃやあああうぅぅう~!!」
「うおおおおおっ! タコだあ! やったなぁ、クロ!」
クロが岩の隙間に急に手を突っ込んだかと思うと、しばらく全身で踏ん張った末に、ひっくり返るようにして立派なタコを引きずり出した。
何となく嬉しくなり、クロと抱き合って喜ぶ。
これほど色々採れるならば、村への遠征もそれほど苦にはならないな。
魚も数は多くないものの、それなりには釣れているようだ。
シロが妙にカラフルな石鯛のような魚を釣り上げ、ミルが大喜びしていた。
あぁ、刺身で食いたいなぁ……。
遊んでばかりもいられないが、海はかなりいい気晴らしになる。
この村はモンスターの危険や政治的な厄介さが無ければ、自然環境にかなり恵まれている。
もっと人の集まる場所になってもおかしくないんだけどなぁ……。
少なくとも食い物には困ら無さそうだ。
俺もいずれはここに別荘が欲しいな。
「うわぁっ! ぴんくー!!」
「ぎゃ~う~!!」
木桶を見張っていたコハクの上からぴんくがタコに巻き取られていく。
タコの足もピンク色に擬態しており、もはやどこからがぴんくで、どこまでがタコなのかよくわからない。
なんとかタコ足を引きはがすと、涙目になったぴんくがヨタヨタと胸ポケットへ潜り込んでいく。
「ぴんく、海嫌いにならないと良いな……」
「ぎゃう……」
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