第108話 鳥

 偵察と称して散々遊んだ帰り道。

 エリザベスの背中に揺られながら採れた魚に考えをめぐらす。

 どう食ってやろうか……。

 今回の釣りでは大きい物から小さいものまで、十匹ほど釣り上げることに成功したようだ。

 終盤にはギゼラがかなりの大物をひっかけて、その魚影の大きさに皆でかなり盛り上がったりもした。

 残念ながら最終的に釣竿が折れてしまい、釣り上げることは叶わなかったが、それでもあれはなかなか楽しかった。

 ギゼラにしては珍しく本気で悔しがっていたのが印象的だった。

 今も後ろでミルと釣竿の改良計画を立てている。

 すっかり海を気に入ったようで良かった。

 釣った魚は内臓の処理等をした後、しっかりとエリザベスに縛り付けている。

 俺が紐でくくりつける間、ずっともの言いたげな顔でこちらを見ていた。

 戻ったら湖でしっかり洗ってやろう…………。

 他にもタコやカニ、貝などもたくさん採れた。

 磯で遊んでいたのは精々二時間程度だと思うのだが、中々のものだ。

 昼食が実に楽しみだ――――。




「ぐぎゃう~?」

「うん?」

「風向きが……変わった?」


 急に風向きが変わったのを感じる。

 先程までは海からの風にやさしく背中を押されるように感じていた。

 だが、急に風が鳴りだし、上空へと吸い上げられるような空気の流れを感じる。

 どうやらそう感じたのは俺だけでは無かったようで、皆上を見上げている。


「あれは…………鳥かな?」

「なんか…………、おかしな鳥だね~」

「うん~? ちょうど太陽と重なっていてよくわからんなぁ」


 太陽を背に、たまに黒い輪郭がちらつく。

 エリザベスも何か気になったのだろうか、ゆっくりと歩みをとめ上を向く。


「やっぱり鳥だな……結構大きいって、んなっ――――」


 悠長にそんなことを考えていると、次の瞬間全身が砕け散りそうな衝撃とともに吹き飛ばされる。

 体が宙へと浮き上がり、世界が回る。

 今自分がどこを向いているのか全く分からなくない。

 気持ち悪い浮遊感に死の気配を感じ、全身から冷や汗が噴き出るのを感じる。

 何かを掴もうと虚空をまさぐるが、手ごたえはない。

 慌てて頭を抱え込み、体を丸める。

 すぐに背中がはじけ飛ぶような衝撃を感じ、気が付くと地面を転がっていた。


「いっ――――、はっ――――」


 生きている。

 だが、息ができない。

 全身が痛い。

 もしかするとどこかの骨は折れているのかもしれないが、とりあえずは――――生きている。

 状況を確認したいが、うまく声が出ない。


「――――ボナスー!!」

「ザムザはミルを!! ギゼラ、ボナスとクロをおねがい――――!」

「シロ! ――――っく、わかったよ!」

「わかった!」


 仲間達の声が離れた場所から聞こえてくる。

 何か攻撃を受けたのだろうか、それすらも正確にわからない。

 だが、これは多分――――、風か。

 僅かに残った冷静な部分が状況を分析する。

 実際、直接攻撃を加えられたわけでは無いはずだ。

 地面へ転がり落ちるまで、直接的な痛みは感じなかった。

 昔、アジトでワニのような生き物に吹き飛ばされたことを思い出す。


「――――ぴんく! 落ちなかったのか、シロは…………良かった…………」


 なんとか呼吸を取り戻し、まずはポケットの相棒を確認する。

 ぴんくはポケットの中でなんとか踏ん張っていたようだ。

 磯遊びで疲れて気持ち良く寝ていたのだろう。

 ずいぶん不機嫌そうな顔をしている。

 まぁ何にしろ潰れなくてよかった……。

 体を少し起こすと、シロを乗せたエリザベスが巨大な鳥と戦っているのが見える。

 先ほどまでは豆粒程度の大きさにしか見えなかったが、実際はかなり大きい。

 体はエリザベスよりひと回り小さいが、羽を広げると十メートル弱はありそうだ。

 体は黒地に白のまだら模様で、顔には毛が無い。

 赤いただれたような肌が露出している。

 配色だけ見ると七面鳥のようにも見えるが、羽や筋肉の付き方は猛禽類のものだ。

 そして体の割に大きな目玉が半分ほど飛び出ており、その目がやたらとぎょろぎょろ動くので気持ち悪い。

 飛ぶタイプのキダナケモもいたのか…………まさに怪鳥だな。

 シロもエリザベスの上で金棒を振りかぶっている。


「みんな! 大丈夫か! クロー!!」


 皆は俺と同じような状況であることはすぐに確認できた。

 ミルはザムザに抱えられて既に立ち上がっている。

 その腕にはコハクもしっかり抱きしめられている。

 落下時にミルがコハクを、ザムザがミルを守ったようだ。

 だが、クロの姿が見えない。

 彼女の体重は俺の半分もないのだ。

 あれほどの風を受けてどうなっているか心配でならない。

 ギゼラが泣きそうな顔で俺に駆け寄ってくる。


「ボナス!! あぁ……大丈夫? ごめんね……油断した……」

「奇跡的に大丈夫そうだ。それにギゼラはいつもよくやってくれてるよ! それよりクロはどこに!?」


 ギゼラが滑り込む様に俺を抱きしめ、体を起こす。

 軽く抱きしめ返し、姿の見えなクロを急いで探す。


「――――――――-ぅ~ぎゃう、ぐぎゃう~!」

「あ、あぁ…………よかったっ」


 どうやらクロは俺よりさらに遠くまで飛ばされていたようだ。

 器用な彼女のことだ、うまく着地できたのだろう。

 元気そうにこちらへと駆けてくる。

 少し安心したせいか、全身に痛みを感じだす。

 間違いなく全身打撲だろう。

 だが、幸運なことに体は動かせる――――。



「――――ってえええ!」

「ボナス!!」


 そう思い立ち上がろうとした瞬間、また横殴りの風に体が吹き飛ばされ、地面を転がる。

 巨大な鳥がエリザベスをすり抜け、こちらへと急接近してきたのだ。

 クロもどうやら吹き飛ばされたようだが、元気そうな声を上げているのでひとまずは大丈夫だろう。

 それに最初の体が砕け散りそうな爆風に比べれば、ずいぶんマシだ。

 相変わらず気持ちの悪い浮遊感は感じるが、死を覚悟するようなものでは無い。

 体は死ぬほど痛いが、それよりもひたすら地面を転げまわるこの状況に腹が立つ。


「ボナス!!」

「シロ! 大丈夫だ!」

「ギゼラ! クロをフォローしてやってくれ! 頼む!」

「うん!」


 エリザベスが駆けつけてきて、怪鳥に角を叩きつける。

 だが、怪鳥は素早く軌道を変えると、ふたたび上空へと上がっていく。

 シロがエリザベスから飛び降り、俺を片手で抱え込むように抱きしめる。

 鳥が羽を動かすたびに、体を持っていかれそうにはなるが、シロのおかげでなんとか耐えられる。

 少し離れた場所では、ギゼラもクロを回収すると鉈を地面へ突き立て、うまく風に対して抵抗しているようだ。

 クロはギゼラの手を掴んで体を宙に浮かせているが……少し楽しそうだな……。


「ボナス、ぴんくは?」

「難しい……だろうな。風が強すぎて狙いが定まらない。それにあいつ……俺から見て常に太陽を背負っている……見えにくいんだ。警戒されているのかもしれない」

「これまでも、ぴんくや私たちの戦いを、上空から見ていたのかもしれないね」

「まずいな」


 何かの拷問器具のようにも見える巨大な鍵爪は、捕まればまず無事ではいられないだろう。

 簡単に体が引きちぎれそうだ。

 赤く湾曲したくちばしは鋭く大きい。

 俺の頭なんて簡単に砕くだろう。

 だが、今のところ直接攻撃はしてこない。

 狂った見た目をしている割には、かなり慎重に戦っているようだ。

 それとも俺達をいたぶって楽しんでいるのだろうか……。

 だが、いずれにしろエリザベスを警戒しているのは間違いないだろう。

 厄介な暴風も彼女にとっては、そよ風程度のものだ。

 豊かな毛に守られた体は、あのくちばしや鍵爪でも傷つけることは難しいはずだ。

 それに質量差は明白だ。

 エリザベスの角がかすりでもすれば、あの怪鳥も無事ではいられまい。

 ただそれでも、上空にいるかぎりはどうしようもない。

 そうして考えている間にも、怪鳥は定期的に地上へと近づき、俺達はいともたやすく体勢を崩される。


「はらだたしい……」

「あの風は魔法か何か仕掛けがありそうだな」


 いくら翼が大きいとはいえ、さすがに風が強すぎる。

 少しづつ状況は明らかになっていくが、問題解決のめどは一向に立たない……。


「きついな。シロ、アジトへ逃げ込んで、亀裂から狙い撃つのは……行けると思うか?」

「うまくいくかは分からないけど…………、このままじゃ間違いなく私達がやられると思う。少しずつでもアジトへ向かおう」

「そうだな。しかし、このルートは俺達逃げてばっかだな……」


 前に黒狼から逃げたことを思い出す。

 あの時と今、どちらが厳しいだろうか。

 改めて皆でエリザベスに乗る。

 その間にも怪鳥は何度も邪魔をしにくる。

 だが、今度は飛ばされないように、鬼達がしっかりとフォローする。

 体の軽い俺やクロ、ミルを抱きかかえるようにして、エリザベスにしがみついている。

 最後にギゼラとクロを乗せると、一気にエリザベスが走りだす。

 彼女からすると俺達を乗せているので、全力というわけでも無いだろうが、それでも猛烈な速さだ。

 たまに方向転換をしているのは、怪鳥を牽制しているのだろう。

 あわよくばこのまま見逃してもらえないかとも考えたが、どうもそうはならないようだ。

 むしろ俺達を逃がすまいと、風は一層強くなっている気がする。

 シロに抱きかかえられてはいるが、それでも四方八方から強烈な風が吹いてくる。

 上体を煽られ、飛んでいきそうになるのをこらえているうちに、エリザベスへ押さえつけられるような体勢になっていく。

 目もろくに開けていられないので、もはや何が起きているのか全く把握できない。

 シロの体温と息づかいを感じながら、エリザベスの毛に顔を埋め、ただひたすらアジトへ無事着くことだけを祈る。

 一方のシロは頻繁に振り返り状況を確認しているようで、俺と比べると随分余裕を感じる。


「ボナス! アジトにつくよ! ――――あれは?」

「うん――――?」


 シロの声に体を起こすとアジトの見慣れた絶壁がもう見えてくる。

 見慣れた景色に安堵しかけたが、どうやら今日はイレギュラーなことばかりが起こる日らしい。

 アジトのいたるところから、大量の小さな――――――鳥の群れがこちらへとやってくるのが見えた。

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