第109話 群れ
小鳥の群れは、まるで一つの巨大な生き物のように見える。
その巨大な生き物が、粘性を感じさせる動きで、アジトからその上空へと大きく伸びあがる。
見慣れたはずのこの場所が、何か良くわからない怪物の巣のように思えてくる。
群れはある一定の高さまで上昇すると、今度は滑り台を滑り降りるように一気にこちらへと近づいてくる。
そうして、あっという間に俺達の頭上を通り越すと、一斉に怪鳥へと群がっていく。
その様子はまるで、巨大な生き物が怪鳥を捕食するため襲い掛かっているかのようだ。
怪鳥は一瞬迷うような動きを見せる。
だが、最終的にはそのまま中空へ留まることにしたようだ。
今まで以上に暴風を生み出しながら小鳥の群れに対抗する。
小鳥たちは吹き荒れる風に、一瞬軌道を乱される。
しかし、一切速度は緩めない。
むしろその風を利用してより速く動いているようにさえ見える。
そして、あっという間に怪鳥は小鳥の群れに飲み込まれてしまった。
怪鳥はバランスを崩しながらも激しく飛び回り暴れている。
だが、小鳥の群れを引きはがすことはまったくできていない。
怪鳥の動きはどんどんと苦し気なものに変わっていく。
まるで粘つく巨大生物に飲み込まれ窒息しているようだ。
見る間に高度が落ちていく。
「何が起きているんだろうか……」
「鳥に鳥が群がって……食べてる?」
「ぎゃう~! ぐぎゃう~!!」
「羽も毟られていってるね」
「痛そうだな……」
怪鳥はあっという間にボロボロになっていく。
ついに飛行状態さえ維持できなくなったのだろう。
大きく姿勢を崩すと、もがくようにアジトへ落ちていった。
「結局……助かったのか?」
「あれは、いつもクロと遊んでいる小鳥達だったよね」
「ぎゃう、ぐぎゃーぅ!」
「とりあえずアジトへ落ちたようだし、行ってみるか」
エリザベスが崖を駆け下りると、大量の鳥にたかられて地面をのたうつ怪鳥がすぐ見つかる。
今ならぴんくで簡単に倒せるだろうが…………もうその必要は無さそうだ。
怪鳥はなんとか体を動かそうと弱々しくもがいている。
たが、しばらくすると首がガクンと折れまがり、それに引きずられるように地面へと倒れ、動かなくなった。
それでも小鳥たちは少しの間、様子を確認するかのように飛び回っていたが、やがて一羽、また一羽と飛び去って行く。
「首が食いちぎられたみたいだな」
「全身いたるところの毛が毟られて、出血してるから、ずいぶん苦しんだみたいだね……」
先程まで、手も足も出なかったあの怪鳥が、実にむごたらしい姿で死んでいる。
勝手に襲い掛かってきて、勝手に死んだ。
俺達はただ翻弄され、慌てふためいているだけだったわけだが……何とも言えない妙な気分だな。
「結局何もできなかったが……生き残れたな」
「ボナス、体大丈夫?」
「ああ、なんとか……とにかく痛いが、一応無事だよ。みんなは?」
「ミルが足を痛めた! 先に湖に行って冷やしてくる!」
「ザムザ大げさだよ! だ、大丈夫だって! 自分で歩けるからっ!」
「あっはっはっは~……はぁ、今度こそ死ぬかと思った。ねーコハク」
「んな~ぅ!」
「ぐぎゃ~う!」
ザムザは暴れるミルを横抱きにし、湖へと走っていく。
ミルの顔色を見るに折れてはいないだろう。
むしろ少し嬉しそうだった。
先程まで怪鳥へ襲い掛かっていた小鳥たちが数匹、クロの肩へ乗っている。
いつもの風景なのだが、あの怪鳥とのやり取りを見た後だと、少し心配になる。
クロの育てている黄緑色の鳥も、いつのまにかクロの頭に陣取っている。
こいつが仲間を呼びに行ってくれたのだろうか…………まぁ、考えたところでわからんな。
怪鳥は間違いなくキダナケモだろうが、この小さな鳥たちも、やはりそうなのだろうなぁ…………。
「俺達を守ってくれたのか、それとも縄張りでもあるのか…………」
「やっぱりあの風は魔法だね」
「だね~。小鳥たちには効いていなかったから、この子たちも飛ぶのに使っているのかも~」
シロとギゼラがエリザベスから荷物をおろしながらそう言う。
あれ程の暴風に晒されながら、荷物や魚は無事だったようだ。
魚の入った籠を覗き込むと、まだタコも動いている。
体は痛いが腹は減ったな。
「もしかしたら…………、魚たべたかったのかな?」
「あっはっはっはっ、…………意外とそうかもね~」
「いやまさか……」
シロが魚を下ろしながら、ぽつりとそんなことを言う。
ギゼラも茶化すようにその可能性を示唆するが……確かに否定しづらいな。
あの怪鳥の目的が分からない以上その可能性も捨てきれない。
たしかに魚、うまそうだもんな……。
まぁ何にしろ地獄の鍋で油断は良くないということだけはわかった。
アジトの小鳥もそうだが、これほど長く住んでいてもまだまだ知らないことだらけだな。
「はぁ……きつかった」
「ボナス、私達も湖に行こう?」
「そうだね、もうぐちゃぐちゃだよ~」
「ぎゃう、ぐぎゃう~?」
「ああ……その鳥、どうしようか?」
クロが怪鳥の死骸の前で俺に尋ねるように首をかしげてくる。
全身をついばまれたせいで、羽は半分ほど抜け落ち、傷だらけだ。
首はちぎれかけている。
だが、残った羽やくちばしなどは、いろいろと活用できそうだ。
あと唐揚げ食べたい。
「湖に行った後で解体しとくよ。わたし鳥肉好きなんだよね~」
「……これうまいのかな?」
ギゼラがそう言うと、クロに群がっていた小鳥達が彼女の髪へ一斉に隠れる。
一見すると色鮮やかな羽飾りで髪を飾り付けているようにも見える。
まぁ、モゾモゾと動いていなければだが……。
「きゃ~ぅ~」
「あっはっはっはっ、ごめんごめん。君たちは食べないよ~」
「まぁ湖行こうか」
クロはくすぐったいようで、首をすくめて妙にくねくねと体を動かす。
あらためてこの小さな美しい鳥たちが、俺達が総出で当たってもどうにもならなかったあの怪鳥を、あれほどあっさりと倒したとは……、とても信じられない。
「よいしょっと――――」
「え……? ちょいまってくれ。歩けるから、大丈夫だって!」
「怪我してるでしょ」
「じゃあ、クロは私が運んであげる~」
「ぎゃうぎゃーう!」
シロがおもむろに俺をお姫様抱っこをして運んでいく。
さてはザムザとミルを見て企んでいたな……。
残念な中年を乙女扱いするとは……、何かに目覚めたらどうしてくれるんだ。
クロはギゼラに肩車をされて無邪気に喜んでいる。
湖につくと、ザムザとミルが半身を湖へ沈め、楽しそうに話をしていた。
ミルはすっかり開き直ったのか、ザムザにつかまりながら、しっかりと体を洗ってる。
シロに抱きかかえられた俺を見てミルがニヤついている……こいつ……。
「ザムザ、ミルが大変そうだからもっとしっかり支えてやれよ」
「ん? わかった」
「だ、大丈夫だよ!」
俺は何とかシロの甘い拘束から脱出し、水に体を預けながら脱力する。
熱をもった体に湖の水がひんやりと気持ち良い。
痛みも少し和らぐような気がする。
「ふぅ~……疲れたなぁ」
「ボナスは遠征までしっかり休まないとね。でも……私はサヴォイア行っておきたいんだよねぇ……車輪、結構いいところまで来てると思うんだ~」
「ぎゃう~ぐぎゃうぎゃう~!」
「メェェェ~」
「うわわっ」
ギゼラがエリザベスから魚を下ろしながら、俺に休めと言ってくる。
クロも同意見のようだ。
実際のところ、明日はサヴォイアへ行くのはきついかもしれないな……。
エリザベスはギゼラが魚を下ろし終えると、ざぶざぶと水の中に駆け込んでいく。
よっぽど魚が嫌だったのだろうか……。
体が大きいのでそれだけで大きく波が立つ。
ぼんやりしていた俺は流されそうになりながら、再びシロの腕へと納まる。
何故かクロも一緒に。
「ボナスはわたしが見ておくから、みんなサヴォイアへ行っても大丈夫だよ」
「ぐぎゃ~ぅ~」
「まぁ……それも悪くないか。今日村へ行ったおかげで、ある程度目途は立ったし……たまには昔みたいに三人でゆっくりしよう」
「んふふふ~」
「きゃう~!」
「うわっと――――」
シロが俺とクロごと抱え上げ、珍しく子供っぽくはしゃいでいる。
毎日一緒にいるだろうに……。
ギゼラとミルは苦笑いをし、ザムザは首をかしげている。
「――――あぁぁぁ! タコが逃げ出しているぞ!」
「ぴんく! こんなところでぶっ放しちゃだめだー!」
「はぁ……、もうここで料理してしまおうか。あんたは……今は面倒だから、一旦戻りな」
そう言うとミルはタコをひっつかんで木桶へと放り込む。
魚はここで調理してしまうようだ。
体が痛くて身動きするのも面倒な気分だったのでちょうどいい。
それに腹も減っている。
ミルはやや足をかばいながら移動しているが、ザムザも手伝うようだし大丈夫だろう。
「――――うまそうだな」
「ボナス……生だよ?」
「今回はちゃんと焼いて食うか……」
「金網持ってくるね~」
俺とミルが魚を捌き、ザムザがその手伝いをする。
シロは薪を集め火をおこす。
ギゼラは網を用意してくれるようだ。
クロはタコと遊んでおり、ぴんくはコハクの上からその様子を睨みつけている。
ちなみに捌いた魚の半分は細かく切り分け小鳥達へ献上した。
先ほど見た群れのほんの一部だとは思うが、たくさんの小鳥たちが群がってくる。
是非遠慮なく食べてほしい。
今回はこの小鳥たちに命を救われたようなものだ。
遠慮がちに岩の上をピョンピョン跳ねながら魚をチョンチョンついばむ姿は、愛嬌があって可愛らしい。
あの巨大な怪鳥をえぐるようについばんでいた凶悪な姿は、あくまで攻撃時特有のものであって、食事のためでは無かったようだ。
「ミルちゃん持ってきたよ~」
「ゼラちゃん、ありがと」
丁度火の準備が出来たところで、ギゼラが網と鉄鍋、塩や小麦粉、野菜やパン等を持ってくる。
ザムザは魚へ塩をまぶし網へ並べていく。
ミルは鉄鍋に油を入れ温め始める。
臭みのありそうな魚は素揚げにするのだろう。
「芋焼いていいよね?」
「いいよ~。でも半分は揚げるから……残しておいてね。パンも少し炙ろうか」
シロが好物の芋を焚火のなかへ潜り込ませ、燃えないように世話をはじめる。
ミルが早朝に焼いたパンも網の上で温めなおす。
このパンはそのままでは少々固いのだが、揚げたての魚を挟んで食べると、程よく油を吸っていい具合になる。
湖で釣った魚もこの食べ方をすることが多い。
すぐに煙とともに周囲にうまそうな匂いが立ち込める。
最近はよく湖の魚も食べるようになったが、やはり海の魚は期待が大きい。
身から脂が滴り落ちる音を聞いているだけで腹が減る。
「え……な……だれ?」
「あ……出てきちゃったのか」
「きゃぅ~!」
「うわぁ~……なぁに、その生き物?」
「ニィ~……」
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