第110話 カワウソもどき
確かにさっきから肩に小さな重みを感じていた。
てっきりクロがもたれかかってきているのだろうと思っていたが、どうやら違ったようだ。
カワウソもどきが肩に手を乗せて、俺の背中越しに魚が焼けるのを覗き見ていたようだ。
うまそうな匂いに釣られたのか、それとも海魚が珍しかったのだろうか。
ミルとザムザが呆然とした顔でその様子をみている。
周りからの視線を一身に浴びて、何故かカワウソもどきも唖然とした顔をしている。
ギゼラは目を輝かせて手をわななかせており、その様子にややカワウソもどきが怯える。
そんな中、クロとシロは特に気にした様子もなく、軽く挨拶するように手を振る。
とっくにこいつの存在に気が付いていたようだ。
「えーっと、こいつは……この湖に住んでて、たまに魚をくれる……。隣人みたいなもんだわ」
「そんなのいたんだ……」
「知らなかった……地図に描き込んでおこう……」
「ニィ……」
「……まぁ、海の魚は珍しいだろ? 食べていきなよ」
「ニェ~」
「どうぞ~……あ、熱いかな?」
ギゼラが焼き魚を一切れ手に摘まんだまま、あげていいものか迷っている。
カワウソもどきは特に気にした様子もなく湯気を上げる魚を両手で受け取り、頭からむしゃむしゃとかじりだす。
「お~うまそうに食ってるなぁ……」
「ンニャムニャムニャムニャム…………ニィ~?」
「あっはっはっはっ、食べてる、食べてるよ~!」
「…………俺達も食うか」
「そうだね」
「ぎゃ~ぅ」
魚を必死で食べるカワウソもどきの様子が気に入ったようで、ギゼラは手を叩いて喜んでいる。
その様子を尻目に、俺達も各自取り分けて食べる。
見たまんま、鯛だな。
身がふっくらふわふわしていてうまい。
なんとも懐かしさを感じる味だ。
じつは少し前まで、皆それほど魚が好きでもなかった。
だが、湖の魚を自分たちの手で釣るようになってからは、魚料理にもずいぶん馴染んだ。
それぞれに好みの魚も食べ方も違うようで、各自こだわりが強い。
だが、目の前の焼き魚は皆それなりに美味しく食べられているようだ。
そうして皆で魚を食べていると、湖の方からエリザベスがゆっくりと近づいてくる。
頭には眠そうなコハクが張り付くように乗っている。
だがそれに加えて、いまは複数のカワウソもどきが背中にしがみついている。
カワウソもどきたちは何故か皆幸せそうな顔をしているが、エリザベスは困った顔で俺を見つめてくる。
「メェェ…………」
「…………あまり量は無いけど、食べてみるか?」
「ニェ」
「ニィ~ニィ~」
「ニェ~」
「うわぁ~」
俺が声をかけると、カワウソもどきたちはエリザベスからスルスルと降りてきて、ヨタヨタと特徴的な歩き方でこちらへ集まってくる。
すがたかたちは可愛いのだが、手を前に出してこちらへ群がってくる姿はやや不気味だ。
だが、ギゼラは何故かその様子に目を輝かせている。
それほど数は無いので、焼けた魚を小さめに切り分け、ギゼラと協力して配っていく。
カワウソもどき達は特に争うでもなく、おとなしく順番を守り、魚を貰うと少し離れた場所へと歩いていく。
そうして最初の一匹と同じようにムニャムニャと口を動かしながら、焼き魚を貪り食べる。
日中だとあまり黄色い手足は光って見えないんだな…………。
「臆病な生き物だと思っていたけど、この間夜更かししたので慣れたのかな?」
「ぎゃ~ぅ~?」
「かな?」
「うわ~、うわ~、かわいいねぇ~」
「ニェェ……」
焼き魚に夢中な一匹のカワウソもどきをギゼラがそっと抱き上げる。
カワウソもどきは一瞬「しまった」みたいな顔をするが、すぐに諦めて抱きしめられた体勢のまま魚を貪りはじめる。
ザムザとミルはもう気にすることを止めたのか、海魚の感想や調理法について仲良く意見交換している。
シロは芋を幸せそうに食べており、クロは鳥たちとよくわからない歌を歌っている。
仲間達とカワウソもどき達の何とも言えない間の抜けた雰囲気に脱力して、石の上にゴロンと寝転がる。
遠くで小鳥たちが飛んでいるのが見える。
さっきまではもう少しで死ぬところだったんだけどな……。
改めて思い返すと、あの怪鳥は本当にやばかった。
次同じことがあったとしても、有効な対策が思いつかない。
特に最初の爆発的な攻撃は恐ろしいものだった。
何の前触れも感知できず、ただ一方的に攻撃を喰らってしまった。
生き残れたのは、単に運が良かっただけだろう。
どうも俺は魔法についての知見が足りなさすぎる。
学んだところで対応できるとは限らないが、それでも情報を集めるべきだな…………ラウラに頼むか。
やはり背中が痛む。
痛みから逃れるようにうつ伏せに姿勢を変えたところで、黄色い脚がヨタヨタとこちらへ歩いてくるのが見える。
いつも最初に出てくるカワウソもどきだな。
他の個体より手足がムチムチしているのでわかりやすい。
やはり名前が無いと不便だなぁ……。
「ニェ」
「なんか名前を付けようかと思うんだが……」
種族名をつけるべきか、それともこの個体に名前を付けるべきか悩ましい。
目の前のカワウソもどきは、特に群れのリーダーというわけではなさそうだ。
だが、基本的にはいつもこいつが最初に来るし、俺の周りにいることも多い。
こいつの名前でいいか……。
「ニィ~」
「よし~! お前はニーチェだ! これはからニーチェと呼ばせてもらおう」
「ニィニェ……」
「いい名前だね!」
「ギゼラもそう思――――うはっ、くすぐったいっ。やめるんだニーチェ!」
「ニィ~」
名前が気にいったのかどうかは全く分からないが、ニーチェは小さな手で俺の背中をペタペタと触ってくる。
打撲が酷い場所だが、痛いというよりくすぐったい。
そうして身もだえている間に、別のカワウソもどきがまたヨタヨタとやってきて、ニーチェと一緒に俺の背中をペタペタと触りだす。
「なっ、なになにっ? ちょっ、ちょっと、くすぐったいんだけど、何をっ!?」
「うわぁ~、いっぱいきた~! …………あれ?」
ギゼラはそういうと、何故か一緒になって俺の背中を触る。
手の大きさが全然違うな。
「ねぇボナス。背中、ちょっと良くなってる……かも? へぇ~おもしろい~……」
「ちょっ、えっ? なに? ギゼラもくすぐったいんだけど?」
俺が一人で身もだえている間に、ニーチェたちは満足したのか、またヨタヨタと離れていく。
ニーチェは一仕事終えたような顔をして、俺の横へと寝転がる。
「ボナス、背中どう~?」
「うん? あぁ、そうだなぁ……確かに、痛みがマシになってるなぁ……」
「やっぱそっか。それほど強い力ではないみたいだけど、この子達が少し治してくれたみたいだよ」
「まじかよ……」
まったく仕組みはわからないが、ニーチェの黄色い手は癒しの手だったようだ。
とはいえ、打撲跡がすべて消えたわけでは無いので、シロ達の自己回復力ほどの効果は無さそうだ。
それでも痛みはだいぶましになった。
正直今日はろくに寝られないだろうと覚悟していたが、これなら何とかなりそうだ。
「いや~助かったよ! ありがとうな~、ニーチェ」
「ニェ」
俺の横でだらしなく転がっているニーチェに礼を言う。
それにしても、小鳥といいカワウソもどきといい、アジトに住む生き物たちは見た目だけではよくわからない。
シロと妙に仲の良いハチなんかも怪しいな。
クロがたまによくわからないものを捕まえて食べているが大丈夫なのだろうか……。
あまりアジト内の環境を乱すようなことは、軽々しくしない方が良いのかもしれない。
近所づきあいは慎重にしなければ。
「あははっ、この子たちは面白いねぇ~」
「じつは魚捕まえるのが凄くうまいんだぞ。水の中だとめちゃくちゃ動き速いしな」
「ニィ~」
ギゼラはどうもこのカワウソもどきたちのことが、ずいぶんと気に入ったようだ。
二体のカワウソもどきの間に挟まるように寝転んで、なにが楽しいのかクスクスと笑っている。
「きゃぅ~」
「ニィ~……」
先程まで小鳥たちと遊んでいたクロが、ふと思い出したかのようにこちらへ来るとニーチェに手を差し出す。
ニーチェは仕方なさそうな顔でその手を取り、起き上がる。
「なにするの~?」
「うん? あぁ…………踊るんじゃないか。この前も一晩中そんなことしてたし」
「ん? え? 踊る? あ、ああ…………あー踊ってるー! あっはっはっはっはっ」
ニーチェたちはクロに誘われて、催眠術にでもかかったかのように踊りだしている。
今日は手を繋いで輪になるのか……。
俺とギゼラを中心に回るせいで、何かの生贄にでもなったような気がしてくる。
ギゼラはその様子がツボに入ったのか、涙を流して笑っている。
「あっはっはっはっはっ、なにこれ~! も~! 生まれて初めて海を見て、魚釣りして、死にかけて……、今はよくわからない可愛い生き物が私の周りで踊ってる。ねぇボナス、私の人生最高だよ! あっはっはっはっはっ」
「まぁ実際今日はいろいろありすぎだよな…………明日はやはりゆっくり休もう…………」
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