第105話 ネクタイ

 朝、ザムザと二人で仕立屋へと向かう。

 思いのほか早く、ジャケットのクリーニングが仕上がったようだ。

 露店の準備をしていると、次女のメアリがわざわざ知らせに来てくれた。


「ボナス。なんだか……今日は眠そうだな」

「ああ、まぁ昨日の夜ちょっとな……。なぁザムザ、お前髪伸びてきたな~」

「うん? そうか?」

「いつも適当にナイフで切って、そのまま放置しているだけだろ。そろそろ新しい服も出来上がるだろうし、少し整えた方が良いんじゃないか?」

「わかった」

「クロに頼めばいい具合にやってくれるぞ」

「あぁ……クロか……俺だといたずらされそうな気がする……。ボナスが切ってくれないか?」

「俺かぁ……。まぁ構わんが、うまくできるかなぁ……」


 二人でのんびり喋りながら歩く。

 ザムザは基本的には口数が多いタイプでは無い。

 だが、話すテンポのせいか、それとも声質のせいかはわからないが、こいつとは気分よくずっと話していられる。


「おはよ~」

「あら、おはようございます。ボナスさん、ザムザさん――――まぁ! ありがとうございます!」

「いらっしゃいませ。――――やったー! ありがとうございます!」

「ボナスさん、いらっしゃい。出来ていますよ」


 大人びた顔で挨拶をしてくる姉妹たちだが、手土産のチョコレートを渡すと、あっという間に表情が崩れ、無邪気にはしゃぎだす。

 店主のトマスは、そんな娘たちの様子に苦笑いしつつ、奥の部屋から俺のジャケット持ってくる。

 ただしジャケットを持った逆の手にも別の服をもっている。


「ありがとう。それは?」

「これは、ザムザさんの分ですな。先ほど仕上がったばかりです。ちょうど良かった――」

「俺の分か……」


 ジャケットを羽織りながらトマスへ尋ねると、どうやらつい最近注文したばかりのザムザのジャケットがもう仕上がったらしい。


「日を追うごとに作業が早くなっている気がするが……、トマスはちゃんと寝ているのか?」

「ずいぶんと慣れましたから。ある程度簡略化する方法も見つけましたし、作業効率も上がっております。娘達も新しい仕事には熱心なもので……」

「なるほどねぇ。……まぁ体を壊さない程度にしておいてくれ。――――ザムザ、着てみたらどうだ?」

「わ、わかった……」

「さぁさぁ、こちらに!」

「どうぞ、こちらに!」


 いつの間にかこちらへ来ていた娘達がザムザをぐいぐいと引っ張っていく。

 ずいぶんと楽しそうだ。

 まぁ、こいつ顔立ちはシロに似て、相当整っているからなぁ…………。


「ボナスさん、これもお返ししておきますね」

「うん? ……ああ、ネクタイか」

「型紙も作りましたし、いくつかサンプルも作ってみました。是非見てみてください」

「おお~。結構いろいろ作ったなぁ」

「ええ、それで私のお勧めはですね――――」


 ザムザが着替え終えるまでの間、トマスとネクタイについてあれこれと話をする。

 なかなか奇抜なデザインのものもあるが、サヴォイア風ということで見れば面白い。

 サンプルということだが、せっかくなので紺と白の毛で細かな織り柄のあるものを購入させてもらう。

 一般的な獣毛にエリザベスの毛を混ぜたものらしい。

 エリザベスの毛のおかげだろうか、上品な光沢感が素晴らしい。

 


 

「ボナス、どうだろうか?」

「うん? まぁそうだなぁ…………、腹立つほど格好いいわ」


 ザムザが珍しく恥ずかしそうな顔をして出てくる。

 二人の娘たちはご満悦な様子でザムザを見ている。

 言うまでもなく、ザムザは背が高く、体格も良く、顔も整っている。

 似合わないわけがないのだ。

 付き合いも長くなり、表情の端々に年相応の幼さも見て取れるようになったが、それでもスーツを着るとぐっと大人びて見える。


「ちょっと首を前に」

「うん? これは!?」

「――――よし! お前は性格もいいし、見てくれも良いから……、これから変な奴が寄ってくることも増えるだろう。なるべく普段から隙の無い、品のある格好をしておけよ!」


 なんとなくシャツの襟を大きく開いている様子が気になったので、俺がこの世界へ来た時につけてきたニットタイを締めてやる。

 う~ん、やはり髪も整えてやった方が良いな。


「ボナス…………これは大切なものでは?」

「ああ、そうだな――。だからお前にやるよ」

「あ、ありがとう……。大切にする……」

「まぁ、傷みやすい生地だから、遠からずダメにはなると思うが……、まぁあんま気にするなよ。そんなことよりさっさと髪切れ!」


 ザムザはなんだか感極まったような顔をしているが、さすがに大げさだ。

 何となくその様子を見ていると、妙に気恥しくなってきたので、とりあえず髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜておく。

 当然思い入れはあるが、いつかはダメになるものだ。

 俺が執着して持っているより、こいつがつけてくれた方がいいような気がする。

 ちょうど新しいものも手に入れたのだ。

 これ以上の機会は無いだろう。

 それに実際、俺のネクタイをつけたこいつの姿を見ていると、悪い気はしない。


「それじゃ、露店に戻るかな。トマス、ロミナ、メアリ、ありがとう」

「ありがとうございます。またお越しくださいませ」

「お待ちしておりますね」

「ボナスさん。メラニーさんから聞いたのですが……、露店のお手伝いが必要だとか?」

「ああ! そういえばメラニーがメアリのこと言っていたような……。手伝ってくれるの?」

「ええもちろん! ボナスさんの露店って、まだまだ色々なことができると思うんですよ!」

「あ、うん……まぁ基本的にはメラニーと相談しつつ、彼女が良いって言うなら好きにやっていいよ」

「本当ですか!? あっ……お引止めしちゃってごめんなさい。また、午後に露店にお邪魔しますね!」


 妙にやる気をみなぎらせたメアリに少し気圧される。

 遠征から帰ってくる頃には露店が魔改造されていなければいいが……。

 

「娘がすいませんな」

「いや、実際かなり助かるよ。客の扱いもうまいしね。もちろんちゃんと給料も出すよ」

「ありがとうございます!」

「いいなぁ~私も……」

「ロミナ、お前がいないと店がつぶれるよ……」

「それじゃ、また~」


 慌ててロミナを説得するトマスを尻目に、露店へと戻る。

 やはりこのジャケットはいいな。

 汚れもきれいに落ちており、風合いも以前のままだ。

 新しいネクタイもなかなか悪くない。

 はやくエリザベスの生地で服を作りたくなってくるな。


「ボナス……ありがとう」

「お前はいつまでそんな顔をしているんだ。戻ったら、みんなにお披露目だぞ? シロやギゼラにもしっかり見てもらうんだぞ」

「うっ……なんだか緊張してきたな……」

「まぁ、心配すんな。さっきも言っただろう? 腹立つくらい格好良いから」

「わ、わかった」




 露店に戻ると当たり前のように、ラウラがメナスとコーヒー片手に談笑している。

 領主代行ということがバレて、もう露店には来ないのかと思ったが、そういうわけでもないようだ。


「あら、ボナス様おかえりなさい。まぁ! ザムザさん、今日は素敵なお召し物ですね!」

「こんにちは、ボナスさん。最近のボナス商会の方々はほんとうに素敵な服を着ていることが多いですね~」

「こんにちは、メナス、ウララ……でいいのかな? しかしメナスにそんなこと言われるとなんだか気恥しいな~」

「あ、あの! ラウラで結構です……み、皆さまご存じのようでしたから……」


 ラウラとメナスに応対していると、さっそくザムザが女性達に囲まれているようだ。

 エッダが褒めてるのか貶しているのかよくわからない感想を言っている。


「うわ~……なんか色っぽいなぁ。ほんとザムザは鬼っぽくないね」

「少しは大人っぽくなってきたね~」

「いいね。それボナスからもらったの?」

「ああ、これはボナスに締めてもらった」

「そっか。大切にするんだよ」

「当たり前だ」


 シロやギゼラはまるで保護者のような視点でファッションチェックしている。

 メラニーや常連の婆さん連中は、ただただうっとりした表情でザムザの姿を楽しんでいる。

 こいつに給仕させたら…………いや、別の商売になってしまいそうだ。

 爺さん連中はそんな様子をつまらなさそうに一瞥すると、口直しするかのようにクロの姿を目で追いかけている。

 そんなクロは、ラウラ達のテーブルに俺の分のコーヒーをさりげなく置いてくれる。

 ちなみに昨日は、クロが大はしゃぎして、最終的にはカワウソもどきたちと手を繋いで変な踊りを延々踊っていた。

 それでも寝不足の俺とは違い、まったくいつも通り、とても元気そうだ……。

 

「ボナス様、村民の方々の様子はどうでしたか?」

「ああ~、そうだった。そのことをラウラに話さなきゃな……。基本的には一緒に村へ帰ることは納得してくれたよ。ただ、若者を中心に十五名は今後も街で暮らしたいようだ――――」


 俺はコーヒーを飲みつつ、ぼんやりする頭をなんとか覚醒させ、昨日あったことを一通り説明する。

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